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(そりゃ妖だからな。餌の言い分など理解できないだろうが)

『彼女』のあれは、違う気がした。根本的なところが通じていなかった。妖は、『仲間』という繋がりは持たないのだろうか。馴染みの妖が消されたとき、胸に迫る何かを持つことさえないのか。誰かを特別だと感じることも……

(今まで倒した妖がどうだったかなんて、思い出せない)

 人を襲い、苦しめた妖に容赦したことなどなかった。口を交わすことはあったが、繰り出されるのは敵愾心をむき出しにし、互いを煽るもの以外になかった。挑発し、意気を挫く。『思いが通じる』等と閃いたことさえなかった。

(やはり驕っていた……。人の目線に立った物言いだ、あれは)

 鮮やかな切り返しにぐうの音も出てこなかった。姿形が人に似ていようと、あれは全く別種の存在なのだと、改めて思い知らされた。それもまた落ち込む一因である。

 眠気を払拭すべく顔を洗っていると、戸口をどんどんどん、と勢いづいて叩く者がいた。戸板が破られそうだ。

「はいはい、すぐ出ますって。どなたです」

 こんな朝っぱらから、と呟いた平次は、尋ねてきた相手の様子に絶句した。あの六郎爺さんが、蒼白になって立っていたのだ。多少のことならどんと構えていられる人である。ただ事ではない。そう直感した。

「……たえを、見なかったか。昨夜から戻って来んのだ。もしかしたらまたあんたが倒れて、様子でも見てるのかと思ったんだが」

 ちらりと平次の肩越しに室内を見て、六郎爺さんは歯がみした。

「たえさんが?」

 たえとは、六郎爺さんの娘のことだ。六郎爺さんの一人娘で、流れ者でゆかりもない平次に良くしてくれた。彼女の作った煮付けは味が濃いけども、美味くて好きだった。良く笑う、明るい人だ。その彼女が、身内へ何も告げず失踪するなんてことは、ありえない。

 だからこそ、六郎爺さんはこれほど取り乱しているのだ。陽が昇ってから、方々へ探しに出ていたのだろう。普段なら漁へ出ている刻限に、息を切らせて、着物を汚して、駆けまわって。

 たえの意思で消えたと考えられない。何かが彼女の身に起こったのだ。通り魔か、怨恨か、辻斬りか、海岸線で足を滑らせたか……さまざまな可能性が一瞬に浮かんでは消えた。真っ先に疑うのは海辺の事故だろう。きっと誰もがそちらへ注意を向けているはずだ。

 その中で、消えない心当たりを、平次は言いだせなかった。

 平次の脳裏には一人の妖が浮かんでいた。

 ――妖とは、人を襲うものよ。

 ――好物を前に控えよと強要するか、人間。

 疑惑の芽が平次の中で育っていた。あれは人を襲う妖だ。違ってくれと願いながら、拳をかたく平次は握りしめた。それを否定できる根拠がなかった。むしろ……

(早まるな。人だって人を襲う。それに『彼女』がおたえさんを襲ったとは限らない。もっと別の妖かもしれない)

 この最近、活発になってきた妖が人を襲い始めたのは知っていた。だが、町はずれに住む者たちへ被害が出てなかったため、平次は本腰で取りかからなかったのだ。いらぬ波風は立てるべきではない。まして、本職の退治屋ではない自分が動くべきではない、と。

 見知らぬ誰かが涙を流すと知っていて、目を逸らしていた。被害者が顔見知りでない分、冷静に事件を眺められたためだ。多少胸が痛んだとしても事態の悪化を防ぐため、なりゆきを見定める必要があった。慎重に判断を下さねば、集まった不安定な妖たちを刺激しかねない、と。

「あの……、おたえさんが夜に出歩くとは思えません。おたえさんがいなくなったのはいつ、どの辺りか詳しく教えてもらえませんか」

 理性と感情がせめぎ合う。下手にしゃしゃり出るべきではない。迂闊に藪をつついて大物が釣れた場合、ろくに戦えない自分おまえがどう対処するつもりだ。首を突っ込むな。その余裕さえないだろう?

 せせら笑うような暗い思念と呼応するかのごとく、左肩へ痛みが走る。いまやあの傷は、肩を越えて背中へ広がりつつあった。

(黙れ! 放っておけるはずがない。俺にしか見つけ出せないところにいるかもしれないんだぞ)

 六郎さん、と平次は話を促した。六郎は苦いものを口に含んだような顔で、視線を彷徨わせ、ややあって誰も……、と重く吐き出す。

「誰も、気付かんかった……。夕餉の間際に孫のさよが、お母さんがいない、と騒いで初めてわかった程だ。わしらはたえが外におると思うておったし、さほど気に留めんかった。誰かと話しこんどったら、たえは中々戻らんかったからな。思えば、何故あのときすぐに探しに出なんだか」

 夜も遅い時間に、周辺をざっと探してみたが見つからなかったのだと言う。平次は難しい表情になった。昨日は日暮れから町をふらついたが、たえらしき姿は見かけていない。

 いや、危険の多い夜に女性を見かけること自体が稀だ。女性や子どもは目立つので、気づかないはずがない。そもそも近頃は夜に出歩くものさえまばらなのだ。外出そとでの必要がある場合は、三人四人と連れだっている。それだけ物騒になっていた。

「今、隣近所にも声をかけて探しておるところだ。平次さん、あんたもあれを見かけたら、わしが心配しておったと伝えてくれやせんかね」

「俺も出ます。一緒に探させて下さい」

 すまない、と六郎爺さんが肩を震わせた。励ますようにその肩に触れた。大丈夫ですよ、と気休めの言葉は出てこない。それを口にするには、平次は良く似た事態に関わり過ぎていた。……妖が関係せずとも、最悪の場合はありうるのだ。

 平次は身支度もそこそこに、たえを探しまわった。海に関しては素人はすっこんでな、と一喝されたので、浜辺や海岸へは出ていない。代わりに市場や大通り、商店……と町中を中心に足を運んだ。しかし半日が過ぎても「たえが見つかった」という一報は届かなかった。何十人と手分けして捜索しているのにも関わらず、目撃情報さえないのだ。顔見知りを見つけるたび行方を尋ねるが、誰もが首を振った。

 平次は『彼女』を探すうちに見つけた、妖たちのねぐらを重点的に回った。民家や商店の屋根裏、納戸、昼間でも光のささない路地裏……、橋の下。妖を見つけてはとっ捕まえて、たえの行方を問いかける。主に捕まえられたのは低級の妖たちで、彼らは平次に怯えてぎゅいぎゅい鳴くばかりだった。知らない、知らない、そんな人間見てない。何も知らない、と頑なに奴らは首を振る。何かに怯えているようにも感じられ、平次はため息交じりにそれらを解放した。

 小物たちは悪さをしても本格的に人を襲わない。人間の報復を恐れているためだ。そして自分たちより上位の妖についても、あまり喋らない。下手なことを漏らして、他の妖に目をつけられては堪らないからだ。口を閉じることが一番賢いと、知っている。

 だが……

「影法師?」

 その名前が出てきたのは、皿の付喪神を捕まえたときだ。退治屋の間ではわりと有名な通り名だった。いくつもの町や村を襲い、何百人、何千人と襲った妖がそれだ。姿形はまばらであったが、影を使って人を襲うことだけが共通していた。

 影法師は鼻が利き、退治屋が訪れる前にすうっと町から消える。そのときには死体の山が残されると云う。平次も、一度は遭遇してみたいと思ったことのある妖の一つだ。

「そうです。あいつなら人間を呑み込める」

 呑み込む、という言葉で咄嗟に浮かんだのは、『彼女』の姿だった。赤い月夜を背景に、人を襲っている姿。感情のろくに現れない『彼女』は、そのとき影を操っていなかったか。動揺が平次を襲う。

「他に……人を襲う妖はいないのか」

「申し訳ありませんが旦那、新参者のことまでは……。あれらは一気に増えたんで、把握のしようもございません。むしろわしらは迷惑しておるんで」

 新たに増えた妖は、人に強く恨みを抱いたものが多いようだ。逆に、この町に古くから住みついている妖は、本来なら大人しい性質のものばかりである。どうやら穏健派と武闘派に妖たちは割れているらしい。人と共生を望む妖たちは弱く、力を持たない。乗り込んで来たよそ者に強く非難が出来ないようだ。

 愚痴交じり以上の情報は得られず、あっという間に夕暮れが近づいた。たえは、まだ発見されない。肩を落とす六郎爺さんの背中も痛ましいが、母親がいないと泣き喚く子どもたちの姿もやりきれなかった。

 自分の長く伸びた影を視野に入れながら、平次は人通りの多い道をとぼとぼ歩いた。目はたえを探すために、あちらこちらへ向かうが……手掛かりは得られなかった。有益な情報も入って来ない。

(影法師、か。どうして気付かなかったのだろう)

 珍しそうに、平次の土産を口にしていた姿が脳裏に浮かんだ。甘いものが好きなようで、持って行くとどこか嬉しそうだった。あれが、殺戮を繰り返してきた凶悪な妖なのだろうか。

(もしかしたらおたえさんのこと、何か知っているかもしれないが)

 西日をぼうっと眺めながら、平次の足は止まった。赤い光が半身を染める。彼女の行方を尋ねて、鼻で笑われるのではないかと気後れしたのだ。

 ――妖とは人を襲うものと言わなんだか。人間風情がどうなろうと知らぬわ。

 そんな台詞がありありと浮かんだ。心ない言葉を今、聞きたいと思わない。そして、たえの失踪にあれが関わっていたとき、どうしたらいいのか。苦悩の隙間に平次はため息を溢れさせた。

(久しく忘れていたな)

 一般の者たちに紛れて暮らすことが、楽しかった。わざわざ町はずれの人気のない場所を住処に選んだが、誰かと気軽に関われることは嬉しかった。しかし妖はどこにでも現れ、人々の生活を脅かす。平次のささやかな平穏さえ……

「平次さま、こんなところに! 探しましたよ」

 熟れた柿のような太陽を背に、小柄な影が駆け寄ってきた。佐之助だ。少年は笠を外すと小さく礼をした。また来たのかと平次は呆れ顔になった。佐之助は、何度も平次を訪ねていた。用件は毎度同じで、「具合はどうだ。町を離れ、一門へ戻ってくる気はないか」ということばかりだ。その度、平次は断り続けていた。己はもう退治屋ではないと。少年はしゅんと肩を落とすのだ。

 もう来なくていいから、と何度も言い渡した。しかし少年は、またお訪ねします、と頑なに言い張るのだ。手土産を携えて。

 平次は佐之助が持ってきた土産のいくつかを六郎爺さんへ分けて、いくつかを影法師に渡してきた。その連鎖が何やら空しく思え、緩い笑みを浮かべる。

「懲りないな。いくら来ても考えは変わらないと言ったろう」

「今日は別件で寄らせていただきました」

 別件、と平次が訝る。佐之助がいつもの用件以外でこちらを訪れる理由が、浮かばなかったせいだ。佐之助は神妙に顎を引いた。

「近いうちにここいらで大規模な狩りが行われます。近隣から腕の立つ退治屋が集められているのを、ご存知でしたか」

 剣呑な話題に、ぴくりと平次が眉を寄せた。

「すでにうちの一門は招集がかかりました。恐らくこの近辺で妖が増えたのは、先だって行われた東の討伐が影響したのだと」

 以前佐之助がやってきたとき、平次が推測していた通りだった。佐之助の属する一派が、派手な狩りを行ったのだ。その余波がこの一帯を覆い、巡りめぐって、たえの失踪へ繋がった可能性がある。

「わかった。俺の話を聞きたいってことだな」

「そうです。先日伺ったとき、この町にも大物がいると仰られてましたので、是非にと」

 強情な面差が、否やは聞かないと告げている。しかし、そこにただならぬ緊張が見え隠れしていた。手を貸して下さいますよね、という懇願にも似た脆さが伝わってくる。重蔵にしてはえらく慎重じゃないかと軽口を叩いた平次へ、佐之助はすっと身を寄せた。声を潜めて、

「影法師をご存知ですか」

 周囲を警戒した低く小さな囁きに、平次はぎくりとする。

「先だって受けた依頼はそれを狙ったものでした。……しかしこちらの動きを察してとうに逃げた後。次はここらではないかと、検討をつけたところです」

 少年は、平次が話した大物と『影法師』は別の妖かもしれないが、手強いと判断された妖の情報は、些細なものでも得ておきたいと説明した。すでに東で行われた大規模な掃討戦は、退治屋の被害も甚大だったらしい。平次の良く知る重蔵も、軽傷を負ったとのこと。

 その事実が佐之助を苛立たせ、不安がらせているのだろう。そういえば以前、自分は待機中だと漏らしていたか。

(俺への使いもずっと任されていたようだしなぁ)

 戦場いくさばへ出してもらえないのは、己の未熟ゆえと臍を噛んでいたのだ。仲間の一大事に駆け付けられない己を恥じて、先達の死に怯える感情は、手に取るように理解できた。

 この町から東へ位置する地域は、妖の数が多かった。ちまちまと町や村、個人単位で依頼を受けてきた退治屋であったが、民を治める領主がようやっと重い腰を上げたのだ。そうなった以上、妖の掃討は徹底的に行われただろう。退治屋の犠牲も厭わずに。

 平次はすっきりしない思いだった。そんな作戦が展開されるなら、もっと早くに行って欲しかった――などと。



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