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das Unbedingte  作者: ルクス
3/5

春殺しの青鬼


「筋肉をつけたら、どうなんですかぁ? そんなに気鬱ならですよぉ……センパイ?」

 それで(旧)躁鬱病が治るならば苦労はしない。虹口はつい思わずそう言ってやりたくなった。しかし考えてみると三島由紀夫はその完璧主義、強迫神経症の疑いのある気性から、ああも彼の生涯を終焉に導いたのだ。

 ならばボディビルディングやらで筋肉をつけても、虹口、彼の精神病理になにかよい影響があるのかは疑わしい。筋肉をつけるといいのは糖尿病である。だいたい精神病というがそれは言わば脳の病気である。筋肉がインスリンやらノルアドレナリンを出すからといって、脳がこの効果を得るのかは怪しくはないか。……

「やばーい、せんぱい、やばーい。鬱ってますウツってます。カワイそー」

 峯撫はこうケラケラ笑った。彼女はコーヒー──キャラメル香るライオンコーヒーを紙コップにいれて嗜みながら、虹口の前の席に居座っていた。

 虹口は閉口した。

 さっきのことである。虹口が意気消沈して、教室の自分の机へとつっぷす惰眠の姿を、峯撫はおいつくように教室へと入ってきて、発見した。朝の八時になったあたりの時間である。ホームルームは八時半だが、教室にはいまだ人影は二人の他にはなかった。

 そうして峯撫は虹口を起こし、珈琲の件の顛末を伝えたり、それで虹口が珈琲を淹れたりして関係したわけではないとわかるや、その珈琲を二人分持ってきたりした。

 虹口の後輩、そのうちの異性のなかでもことさら美形なのが、この峯撫という少女であった。

 背は虹口よりも頭ひとつほど下であるが、たしかにそう小柄ながらチビというわけでもなく、痩せ鼠くさいみみっちさがあるわけでもない。

 あくまでも可愛げな、異性として男子が魅惑されるほどの、いわんや「をかし」げな愛しさがあった。適度なおもみ(・・・)がある、実物大の美少女であったわけだ。虹口にはなにか、こう親しげにしてくれているのだった。

 謎めいているといってよかった。ワケもなくこうも目にかけてくれる(・・・・・・・・)異性、それも魅力のある見た目の姿をうまれつきもっていた、そういう存在の人間を(──とくに自分のこうした特典を理解している女子を、)虹口、彼はある種の偏見によってみていた。 

 つまり、彼女は選べる若者ら、そのうちの一人であるのだ。若い時分の一大事な恋という沙汰において、強者とまでは言わずも選択の権利を有する、有権者であるのだ。恋愛とは選挙の投票じみているな、そうとさえ虹口は思っていた。

 だからこそ自分のような、いっさいの恋のための選挙活動(オシャレ)なんてしていない、そういう男子に票をいれる有権者なんて、いなくて仕方がない。

 それが当然なのだ。

 事実、虹口はこの少女が彼へとああも手間暇かけて関わってきてくれるのには、彼の不甲斐なさもそうだが、そのどうしようもない大人しさが、大きく理由になっていると思われていた。

「顔が好き」「かわいい」「ネコみたい」──こういう虹口という少年についての評価を、ほかでもない峯撫が言っていたのを、虹口はその耳にしていたからだった。

 彼女がクラスメイトと話してみせた、こういう虹口についての話題が、その虹口本人にはますます堪えていた。

 いうまでもなく哀れなものだったからだ。考えてみれば愛玩動物扱いである。人間の異性として見られてるなんてあろうことか、異性の()にさえ範疇とされてない。

 ペットの猫に自分の裸を見られて、それを恥ずかしがるような女子がいるものか。いたらソイツは化け猫の類、すなわち同族か、あるいは天元突破級のぶりっ子である。そこまで突き抜けてるぶりっ子など、それはもう本物である。ホンモンの何かなのだろう。

 そうしてこういう本物には、なにかと不便する現代社会ではこれを望むべくもない。だいたいが天然というブランドの名のもと、無駄死にしないように保護下で育てられた大量生産品である。

 まあそこまで言わずとも、単純に顔見知りていどな、告白してみよう!──「ごめんなさい、友だちだと思ってたの」・de・エンド──〜〜完〜〜……な、そういう感じに見られてるんだろうな、と、そのくらいまでならば虹口にも見当がつく。期待するだけ無駄だ。

 虹口は今日もそうして諦観して、机につっ伏して、寝るのだった。

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