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Strange彼女  作者: るびん
Part1:彼等の序章
4/42

メモリー4:絡み合いが空回り

 キーンコーン、カーンコーン・・・


「あ、チャイムだ」


 そうホッとしたような声で言った清華。

 いや、むしろホッとしたのは俺の方か。


「あ~、足がしびれた・・・」


 さすがに一時間も同じ姿勢で立ちっぱなしでは足もしびれる。


「そう?」


 大きく伸びをした俺とは裏腹に、何故かほとんど疲れた様子を見せずケロッとしている清華。姿勢が良いというのもあるのかもしれないが、それだけではない気がする。こう、なんというか、そうだな慣れているとでもいうか・・・そんなことを考えていると、教室の扉が開いて温子先生が出てきて、俺たちに声をかける。


「二人共、反省したかしら?」

「は、はい」

「はーい」


 まるで小学生のような返事だな、清華は。

 それを見た先生は表情を緩め、くすりと笑った。


「それじゃ私は行くけど、ほかの先生の時でも授業中に私語はもう駄目だからね?」


 そう告げて身をひるがえし颯爽と去っていく先生。その後ろ姿はどこかカッコいい・・・ちっこいけど。


「じゃ、教室に入ろ?」

「ああ」


 教室に入るや否や、盛大な笑い声で迎えられた。まあ仕方あるまい。

 それでもこのクラスのやつは基本的にいいやつばかりなので、負の感情が湧くことはないが。


「あ、あの・・・西崎君・・・」

「ん?」


 自席に戻る俺にそう話しかけてきたのは桐生さん。彼女は普段から大人しく姿勢も良くて礼儀正しいことから、付いたアダ名は『ナデシコ』。しかし本人が嫌がるので目の前で言う人はいないが・・・ホントにぴったりなんだよね、髪だって腰まで届きそうな長く綺麗な黒髪で、肌も白く、制服より和服の方が絶対に似合うと誰もが断言する。

 そういう感じの美人で、家柄も超が何個つくのか分からないくらい由緒正しいお金持ちと聞く・・・まさに大和撫子なんだ。

 その彼女から話しかけてくるなんて、これまた珍しい。


「何か用、桐生さん」

「え、えっと、ですね・・・」

「げっ、もう先生来たぞ!」


 桐生さんが口を開こうとしたその時、そんな誰かの叫び声が聞こえた。


「うわ、早いな・・・ごめん、桐生さん。また後で!」

「は、はい・・・・・・」


 桐生さんには悪いが、次の授業は世界史。機嫌の良いときと悪いときで授業内容が極端に変わる先生なんだ。だから、先生が始業時間より早めに来たとしてもこちらがそれに合わせて席に着いていないと機嫌が悪くなり、淡々とした教科書通りのつまらない授業になってしまう。

 さすがの俺も、そいつは勘弁だ。


「うう・・・全然分かんない・・・」


 隣から聞こえる唸り声の方に目をやると、清華が頭を抱えて机に突っ伏していた。当然だろう・・・記憶喪失のはずの彼女が分かったら、逆に怖いくらいだ。

 なのだが、記憶喪失ということは隠さなくてはいけない。いくら長いこと海外にいたということにしていても、それで世界史が分からないということの言い訳にはならないのだ。

 これは、帰ってから勉強させないといけないかもしれない。


「ふうぅ~~ん・・・」


 授業が終わり、帰りのHRも終わったところで大きく伸びをする。

 そういえば、桐生さんが何か話があるみたいだったから、俺から尋ねに行こう。ここである種のゲームならば、「行く / 帰る」みたいな選択肢が発生するところだが、そんなわけもなく。大事なクラスメイト(しかも美人)だ、ちゃんと声を掛けておくべきだろう。


「や、桐生さん」

「あ、西崎君っ」


 俺の方から声を掛けたのが意外だったのか、少し驚いたような表情を見せた。

 しかし、何故か一つ小さな咳をするとすぐにいつもの穏やかで品のある笑顔になる。


「え、えっと・・・この後、時間ありますか?」

「へ?」


 予想外だった。まさか彼女からこんな風に誘われるなど思いもよらない。しかも、どこか顔を赤らめているような。

 しかし、清華に世界史を仕込まなきゃならないという、急を要する用事が俺にはあるからなぁ・・・残念。


「ごめん、清華が世界史苦手らしいからさ、叩き込む約束してるんだ」

「え、あ・・・そうなのですか・・・・・・」

「う、うん。ごめん」


 妙にしゅんとしたその姿に、ちくりと胸が痛む。

 な、なんでここまで悲しそうな顔をするんだ?


「柊也~、帰ろー」

「おう。じゃ、そういうことで。またね」

「はい、さようなら・・・」


 なんかすごく沈んだ声だ、胸が更にちくちくしてくる。


「柊ちゃん・・・あんたって、ホント鈍ちんねぇ」


 すれ違いざまに、さりげなく友香が言う。一部始終を見ていたのだろうか。だがその言葉の意味は俺には分からない。


「は?」

「なんでもないわ。それより、清華に変なことするんじゃないわよ?」

「するか!」


 こいつとはいつもこんな感じだ。さすがに幼馴染、一切遠慮がない。

 全く、俺をなんだと思ってるんだか。


「ねえ、ホントに今晩は世界史の勉強をしなきゃ駄目?」

「だ~め」

「うえぇ・・・勉強嫌だなぁ・・・」


 いくら清華が好奇心旺盛でも、勉強はやっぱり好きじゃないみたいだ。

 カバンをぶんぶん振り回しながら文句を垂れる・・・危ないって、誰かに当たったらどうするんだ。実際俺に当たりかけたし。


「あーあ、帰りにどこか寄って行きたかったんだけどなー」

「そうだな、本屋にくらいなら」

「本屋に?」


 俺の言葉にキラッと目を輝かせた清華だが、甘い甘い。


「ああ。参考書を買いに」

「あうぅ・・・」


 並んで正門に向かいながらそんな話を交わす。その様子はもうずっと長い年月こんなやりとりをしていたかのようだ。

 そしてちょうど、校門から出た時だった。


 ザザッ!


「あん?」


 黒いスーツを身にまとった、いかにもという連中に囲まれる・・・俺、なんかやったっけな?最近は大人しくしていたはずだったんだけど。


「しゅ、柊也・・・」


 不安そうに俺の腕にしがみついてくる清華。

 まずいな、これだと清華を巻き込みかねない・・・いや、それ以前に昼間コイツと約束をしたばかりなのに。


「西崎柊也、それから水月清華だな?」

「おいおい、こんなトコで騒ぎを起こすのはあんたらにとってもマズイだろ?」


 何かがおかしい。こいつ等は清華の名前を知っている。

 何者だ?


「騒ぎを起こすつもりは無い。ただ、ちょっと来てもらいたいだけだ」

「だったら、もう少しやり方ってモノがあるだろ?」

「素直に来てくれるとは思えないが?」


 明らかに挑発めいた俺の物言いに、表情一つ変えない。どうやら並のヤクザとは格が違うようだ。


「ここで暴れたら水月清華まで怪我をしかねない。だから西崎柊也、君は大人しくするしかない。分かるか?」


 命令ではない。不思議なことに、まるで諭すかのように言ってくる・・・信じられないほど冷静に。

 それはともかく、それでも俺が本気になったら、問題なく倒せるだろう。しかし、もしスーツの下に銃を隠し持っていたら清華に被害が及ぶ可能性が高くなる。

 ち・・・従うしかないみたいだ。


「分かったよ、案内しな」

「柊也・・・」


 不安そうな清華。


「大丈夫だ、俺がいるから」

「・・・危害を加えるつもりは無い。それは約束しよう」


 誘拐するという時点で、その言葉は信用性に欠けると思うが。


 バタン。


 俺と清華は真っ黒に染められたベンツに乗せられた。

 だが、驚いたことにまるでVIPを迎えるのようにドアを開け、頭まで下げられた。


「なんだ、目隠しとかはしないのか?」

「言ったはずだ、危害を加えるつもりは無い」

「?」


 あまりに中途半端な誘拐に・・・いや誘拐ともいえないそれに首を傾げる。


「ねえ、柊也・・・」

「ん?」

「この人たち、なんか違うよ」

「は?」

「よく分からないけど・・・悪い人たちじゃないと思う」


 誘拐してるところで悪い人じゃないか?

 確かに、敵意は無いような気がしなくも無いが。


「なんとなくだけど、そう思うの」

「・・・そうか。じゃあ、気楽にいくか」


 まあ、なるようになるだろう。

 俺はそう腹を括ってふかふかのベンツの座椅子に深く腰を沈めた。


「・・・今の、西崎先輩ですか?」

「やっぱり瑠流ちゃんもそう思う?」


 何故か一緒にいた瑠流と友香。意外に気が合うらしい。


「あれって、誘拐・・・ですよね?」

「そうね、たぶん」


 瑠流が夢でも見たかのように問いかけるも、さらりといつもの事のように答えた友香。


「先輩があんなにあっさり?」

「清華が一緒にいたから、巻き込むことを怖れたんでしょうね」


 さすがは幼馴染、俺の行動を理解している。

 それを聞いた瑠流はうなずくも、拳を握って言った。


「・・・・・・行きましょう」

「どこに?」

「決まってるじゃないですか!助けに、なのですよ!」

「大丈夫よ、柊ちゃんだもの」


 あっけらかんと言う友香、そりゃこいつは俺の強さや今までの武勇伝をよく知っているから。

 しかし瑠流は対照的にもう大騒ぎである。


「何言ってるのですか!いくら先輩でも、相手が銃を持っていたら・・・それに、私が助け出したら感謝感激して・・・・・・」


 途端に妄想モードに入る瑠流。感謝感激はありえないから安心しろ。


「あらら、乙女ねぇ・・・でも、どうする気?」

「ふふふ、こんなときのために!」


 瑠流はバッグから何かパソコンのようなものを取り出した。


「・・・何それ?」

「西崎先輩レーダーなのです!」

「は?」

「先輩がいつどこにいても分かるように、こっそり発信機を取り付けておいたのです!」

「や、やっぱりあの城ヶ崎の妹ね・・・」


 瑠流の常識外れの行動にあきれ返る友香。時折俺の起こしたことに巻き込まれることを経験していたから、大抵のことには冷静でいられるようになってしまっていた彼女も、さすがに瑠流の破天荒ぶりには辟易するだろう。


「反応ありました!後は足ですが・・・タクシー呼びましょう!お金なら大丈夫!」

「すごいわ、この子・・・柊ちゃんも、とんでもない子に好かれたものね」

「友香先輩も行くのですよ!」

「え?なんでぇ!?」


 完全に傍観者のつもりでいた友香、瑠流の勢いに押され・・・というか引きずられて巻き込まれるのだった。




「もし・・・そこのお方」

「ん、俺?」


 一人の帰り道で、突然声を掛けられた拓海。

 振り返ったところにいたのは、まだ幼さの残る少女。小さい体に変わった服を纏い、可愛らしい帽子を被っている。かなりの美少女の部類に入るのは疑いようが無い。

 ・・・が、どこか普通ではない印象を受ける。それは髪の色、瞳の色だけにとどまらず、全体としての雰囲気・・・それは見た目とは裏腹に、妙に大人びていて。

 それは外国の人にしても何か違和感があったが、そこは拓海。相手が可愛ければなんでもいいのである。


「この方を、ご存知ありませんか?」


 そう差し出した写真に写っていたのは、拓海にも覚えのある人物だった。


「これ・・・あの子じゃないか」

「ご存知なのですか!?」


 あっさりと知っているような口調をした拓海に、目を丸くして驚く少女。

 きっと尋ね始めたばかりだったのだろう、まさかいきなり知っているという答えが返ってくるとは思わないのも当然だ。


「知ってるも何も、今日うちのクラスに転校してきた子だよ」

「転校・・・事情は分かりませんが、無事なのですね、良かった・・・」

「?」


 心底ホッとしたように呟いた少女の言葉の意味は拓海には分からない。


「今、この方がどこにいらっしゃるか分かりますか?」

「さあ、さすがにそこまでは・・・」


 しかしその二人の横を黒い車が猛スピードで通り過ぎる。


「あ・・・今の車に乗ってたの、柊也じゃないか」


 そう、その車こそ俺たちが乗せられた車だった。はっきりと顔は見えなかっただろうけど、なにせ俺たちは親友だ。雰囲気とかで分かっても不思議ではない。


「ってことは、あの車にあの子も乗ってるかも」


 そう推理して少女の方を振り向く。


「あれ・・・?」


 しかしそこには既に少女の姿は無い。


「おっかしいな・・・錯覚か?」


 いくらなんでもそこまではっきりとした錯覚は無いだろうに、拓海は何故かそれで納得する。

 そういうヤツなんだ、あいつは。




「・・・なんかすごいところに連れてこられたな」

「大きい家だね・・・」


 車が止まった所は、一体どれほどの名門なのか、やたらめったら大きい門構えで。


「冗談じゃない、壁の果てが見えないぞ・・・」


 そう、白い漆喰の壁が視界の続く限り広がっている。こんなギャグのような家が本当にあるとはびっくりだ。


「ヤクザの家にしても、大きすぎるよな」

「ヤクザって?」

「あー、知らなくていい。ロクなもんじゃないから」

「ふーん・・・」


 車のドアが開かれると、何故か多くの人に出迎えられた。そしてみな一様に頭を下げる。なんか不気味な光景だ。


「ようこそおいでくださいました」

「あのな、俺たちは拉致られたんだっつーの」

「だっつーのー」


 清華は意味が分かっていないだろうに俺の言葉を真似た、何かこの状況を楽しんでないか?

 しかし、そいつらはそんな俺たちの言葉などお構い無しに。


「こちらへどうぞ」

「はいはい」


 至極、儀礼的な面持ちで俺たちを屋敷の奥へと案内する。中は予想通り旧家をイメージさせるつくりだった。


「へぇ・・・変わった家だね」

「おまえからしたらそう見えるだろうな。でも昔の日本はどこでもこんな感じだったらしいぞ」


 語弊はあるけど。


「こちらでお待ちください」


 通された部屋は、客間というべきか。一面に畳が敷き詰められた、日本人にはとても落ち着く空間だった。


「なんか落ち着く部屋だね~・・・」


 ・・・こいつは日本人になりきってないか?


「お茶をどうぞ」

「あ、おかまいなく」


 どこでそんな言葉を覚えたのか、清華はお辞儀をして答える。しかし、お茶まで出されるとは・・・誘拐にしてはあまりにも変だ。そしてこのお茶、無茶苦茶高級品じゃなかろうか、なんともいい香りがする。


「もうしばらくお待ちください、お嬢様もすぐいらっしゃられると思いますので」

「お嬢様?」


 一体何事だ?

 あのクソオヤジがまたなんかしでかした(以前に勝手に許婚を決めていたことがあってエライ目にあったことがある)のか?

 だが考えていても何も進展しない。というか俺たちはここで大人しく待っているしかないのだ。


「柊也、なんか楽しいね?」

「は?」


 何を勘違いしているのか、やはり清華はこの状況を楽しんでいたようだ。一体、先ほどまでの不安そうな様子はどこに行ったのだろう。


「ほらほら、柊也。そんな怖い顔してないでさ。ここの人たち、いい人ばかりだよ?」


 誘拐されたのになんて事を言ってるんだこいつは。


「つっぎは何が起こるっかな~♪」


 ついに鼻歌まで歌いだしたし、根っからのお気楽思考だ。

 ま・・・いざとなったら俺が守ってやればいいだけだし・・・俺ももう少し気楽に構えるとしよう。

 そうやって俺までどこかのんびりとした心持ちでお茶をすすった。




「そこで止まりました!」

「こ、ここ・・・?」


 タクシーで発信機の電波を追いかける瑠流と友香。しかしその場所のあまりの異質さに驚きを隠せない。


「・・・瑠流の家より大きいのです」


 城ヶ崎家もデタラメな金持ちで、家の大きさはかなりのものなのだが、この家はレベルというか次元が違う。あまりに桁外れなのだ。


「冗談でしょ・・・関わり合いになったら命が危ういわ・・・」

「でも、行くのです!先輩が待っているのです!」

「待ってない、待ってない。いいから帰ろ、瑠流ちゃん」

「駄目なのです!先輩を助け出すまでは帰れないのです!運転手さん、ありがとうございました!」


 そう叫んでお金を払い、必死で逃げようとする友香の腕を掴んで無理やり引きずってゆく。


「い~や~ぁ~・・・」


 ずるずると引きずられていく友香。


 シュッ。


 その二人の上を、影が通った。


「?」

「・・・瑠流ちゃん?」

「今、何かが・・・」

「え?」


 しかし、顔を上げた先には何も無く。


「気のせい、ですか・・・?」

「はあ・・・もういいわ、腹をくくってあげる。行きましょ、瑠流ちゃん!」

「じーん・・・分かってくれたのですね、友香先輩!」

「毒を食らわば皿までってね。やったろうじゃない!」


 さすがは体育会系、やる気になったら熱い。


「ではでは先輩、これをどうぞ」


 瑠流はどこから出したのか、怪しげなものを友香に渡す。

 彼女はそれを見て目を丸くする・・・そりゃそうだ。


「何これ・・・どう見ても武器・・・っていうか・・・」

「はい!こんなこともあろうかと密かに作っておいた『アサルトキャノンREー856』です!」

「ちょ、ちょっと!銃刀法違反どころじゃないわよ!」

「法律がなんですか!愛の前にそんなものは障害ですらありません!というか(ちょっと)改造したスーパーモデルガンだからいいんです!」

「む、無茶苦茶ね・・・」


 瑠流が無茶苦茶なのは今更だぞ、友香。

 そして瑠流は自分用にも取り出す。


「そしてこれが私の傑作『バスタージェノサイドOPー666』です!」

「ホント、どこに・・・」


 あまりにまがまがしい銃器。もうそれだけで世界の終末を演出しているかのようだ。うーん、もう世紀末は突破したよな?


「柊ちゃんも、ホントにとんでもない子に好かれたものね・・・」

「いきますよ~・・・イッツ・ショータイムなのです!」

「あああ・・・明日の一面に載らなければいいな・・・」


 さすがの友香も、これには半ば諦め気味だった。




 ドタドタドタ・・・


 ふすまの向こうから、廊下を駆ける音が響く。


「ん・・・お嬢様とやらが来たか」


 それにしては、やたら激しい足音だ。俺たち庶民の考えでは、お嬢様というものはおしとやかで足音なんてほとんど立てないイメージなのだが・・・そうそう、ちょうどクラスメイトにぴったりの子がいるな。

 なんて呑気に思っていると、おそらく侍女辺りの人との掛け合いの声が聞こえた。


「お嬢様!そんなドタドタと走ってはいけません!」

「それどころじゃないでしょう!なんて失礼なことをしているのですか!」


 ・・・どこかで聞いた声だな。


「なんか、聞いたことのある声だね?」


 どうやら、清華までもが俺と同じように感じたようだ。

 はて、俺たちが共通で聞いたことのある声って・・・そんなことを考えていると、ふすまが勢いよく開けられた。


「・・・あ」

「あ、どおりで聞いたことある声だと思った!」


 慌てて飛び込んできたお嬢様の正体は、つい先ほど思い浮かべた人物だった。


「はぁはぁ・・・皆さんが失礼をしました。西崎君、水月さん」

「き、桐生さん・・・」

「雪乃ちゃん~♪」


 そう・・・まさしく彼女は俺たちのクラスメイト、桐生雪乃さんだった。彼女は大人しい人柄だったから清華はすぐに安心して打ち解けていたのだ、今も笑いながら手を取ってきゃいきゃいはしゃいでいる。

 ・・・って、そうじゃなくて!


「一体、どういうこと?」

「え、えっとですね・・・」


 俺が桐生さんに尋ね、彼女が非常に申し訳無さそうに口を開いたその時だった。


 ドッカーーーン!


「うわっ、なんだ!?」


 ものすごい轟音と共に屋敷が揺れた。

 地震ではない。言うなればそう、近くで爆発でもあったかのような。


「な、何事ですか!?」

「大変ですお嬢様!何者かがとんでもない武器を持って侵入してきました!」


 即座に客間に飛び込んできた人はそう言った。

 武器?何か嫌な予感がするな・・・ものすごく心当たりのあるような。

 そう考えていると、桐生さんは普段とは別人のように凛々しい表情をして指示を出す。


「応戦しなさい!侵入者などに遅れを取っては桐生家の恥、すぐに捕らえてここに連れてくるのです!」

「はっ!」


 ・・・これ、ホントに桐生さんか?

 いつもの控えめな声は、よく響く力強いものになり。柔らかな笑顔に栄える穏やかな瞳は、キリっとした表情の中で凛と輝いている。

 う~~ん・・・・・・・鉢巻と薙刀がものすごく似合いそうだ。


「雪乃ちゃん、カ~~ッコいい~♪」


 そして清華はすごく楽しそうだ。

 すると今度は別の人が駆け込んできた。ちょっと他の人たちとは別格の気配だ、桐生家に仕えている人の中でもかなり上の方の人だろう。

 ちなみに、やはり和風美人。長い黒髪を後ろで結っている・・・・・この人は竹刀とか似合うだろうな。

 彼女は桐生さんに請う。


「お嬢様、私の出陣とアレの使用許可を!」

「それほどの強敵なのですか?」

「はい。女二人組みなのですが、我々の科学力に負けず劣らずの装備をしております」

「なんと、それほどの・・・困りましたね。今お父様はお出掛けになられているのに、私の一存でアレを許可するのは・・・」

「ねえねえ、雪乃ちゃん。アレって何?」


 目をキラキラ輝かせて尋ねた清華。

 こいつ、あれだな。戦隊モノとか絶対好きだな。

 桐生さんは少しだけ誇らしげに、そしてまるで近所の子供にでも接しているかのように答えた。


「ふふ、我が桐生家最大にして最高の兵器・・・『青龍剣』です!」


 この時代に剣が最高の兵器?どういうことだろう。

 だが、清華はぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだ。


「カッコいい~っ♪・・・で、どんな剣なの?」


 そう尋ねると桐生さんは、ちっちっちっ、と指を左右に振って大げさに。


「ただの剣ではありません・・・桐生家の科学力の粋をもって作られたレーザーソードです!内蔵された高密度エネルギー粒子を刀身に変え、どんなものでも切り裂けるのです!」

「わ~~~いっ♪」


 おいおい。現代科学技術の限界を明らかに越えてるだろ、それ。誰が扱えるんだそんなもん。


「安心してください・・・お二方の身は何が何でも守ります!」


 そう拳を固く握りしめて言う。

 ああ・・・桐生さんのイメージがどんどん崩れてゆく。


「雪乃ちゃん、いいぞーーっ!」


 あおるな、あおるな。


「そういうわけです。葛葉、準備はいいですか?」

「はっ!では、どうぞ」


 そう言って桐生さんにトランシーバーのようなものを渡す・・・葛葉さんだっけ?彼女はそのまま何故かジャンプして天井へと消えた。どこの忍者だ、おい。


「桐生さん、お父さんの許可無しにはまずいんじゃ?」


 そうだ、そう言っていたはず。

 すると桐生さんは、何故か頬を赤らめた。


「西崎君のためなら、お父様に怒られようがなんだろうが構いません」

「・・・へ?」


 はて、どういうことだろう?


「これだけは譲れないのです。お父様が何か文句を言おうと、問答無用で徹底的に容赦無くねじ伏せて差し上げます」


 ちょ、ちょっと今の桐生さんは怖いかもしれない。ひょっとしたら桐生家の最高権力者は彼女なのじゃなかろうか。

 そして彼女は再び表情を引き締めると、トランシーバーを握る。


「雪乃ちゃん、何をするの?」


 次は何が起こるのだろうとわくわくしている清華・・・俺、こいつの年齢設定間違えたかな?

 桐生さんは、ふっ・・・と笑みを浮かべる。

 カッコいいな、ホントに。


「青龍剣の使用最終決定権は基本的にお父様です、そして剣士は彼女・・・桐生家筆頭遊撃剣士である緋邑 葛葉(ひゆう くずは)です。しかしそれでも、私がいなくては青龍剣を使うことは決して出来ません・・・その理由はお分かりですか?」


 なんか俺まで盛り上がってきたぞ。この設定はアレしかないだろう。


「その通りです、私の声でだけ鞘から抜くことが出来るのです!」

「おぉっ!」

「わわわっ、ドキドキだよ!」


 俺たちの興奮染みた言葉に、きっと桐生さんもノリノリになってきているのだろう、トランシーバー越しに声を掛けたそれは熱が入っていた。


「葛葉、準備はいいですか?」

『はっ!いつでも!』


 トランシーバーの向こうから葛葉さんの声が聞こえた。

 ついに始動だ、俺たちは息を飲んで見守る。

 桐生さんは大きく息を吸い込み・・・・・・叫んだ。


「目覚めよ、神剣!青龍っっけーーーんっっっ!!」




「あっはははははは!私に勝てると思っているのですか!?」


 ちゅどーん。


 豪快にぶっ放す瑠流。庭はもうすごいことになっている。修理代は誰が払うんだよ。


「結構面白いわね、これ!」


 どどーん。


 病み付きになりかけている友香。さすがだ。


「むっ!?」

「あれは・・・人型ロボット!?やりますね・・・」


 ついに合金で作られた人型ロボットが現れた。それの前では瑠流の持ってきていた武器の威力も半減するだろう。

 ・・・・・・無茶苦茶だ、俺はもう語彙を失くした。


「友香先輩!これを!」

「これは?」


 瑠流がまたしてもどこからか取り出したのは、さきほどよりも一回り大きい銃。

 けれど、やたら軽そうに手にしている。


「これは出したくありませんでしたが・・・『粒子オメガライフルKLー08』です!」

「おっけー!いっくわよ~・・・っ」


 ビーーー・・・ドカーーーン!


 それの前では人型ロボットも意味をなさない。

 こうなると桐生家の精鋭はもうどうしようもなく、どんどん後ろに押し込まれる。


「あはははは!すごーい!」


 ほとんどバーサーカーとなっている友香、もともと乱暴なヤツだったけど。

 しかしそこで瑠流が何かの気配を感じ取り、身構えた。


「・・・油断しないで下さい、何か来ます!」

「!?」


 ヒュンっ


「!?」


 次の瞬間、友香の持っていた粒子オメガライフルKLー08は真っ二つになっていた。マジか。


「そんなっ!?」

「少しおイタが過ぎましたね・・・」


 颯爽と現れた葛葉さん、その手にはうなりをあげて光り輝く青龍剣。にやりと笑う姿にはすさまじい強者感があり、さすがの瑠流さえも頬を汗が伝った。


「レーザーソードですか!?そんな・・・アンダーグラウンドでもまだ開発途中ですのに!?」

「甘いですよ!桐生家の科学の結晶・・・覚悟してください!」

「・・・桐生家?」


 葛葉さんの言葉が二人に掛けられると、友香が首を傾げた。しかしそんなことには瑠流も葛葉さんも気付かない。

 瑠流は少々腰が引けていたものの、甲高い声を上げた。


「あはは、私の武器がこれだけだと思いましたか!?」

「何!?」


 すると瑠流は再びどこかからか巨大な武器を取り出す。っていうかおまえ、ホントどこに隠し持っていたんだ?


「そ、それは!?」

「うふふ・・・可愛いでしょ?私の最終兵器『アークディザスターROX35ーQP』なのです!」

「く・・・まさかそんな恐ろしいものまで所持しているとは・・・それは個人の装備としては現在最強のもので、完成品は無いとまで言われていたはずなのに・・・」


 いや、モデルガンだよね?

 そんなモノローグのツッコミはほったらかしに、焦る友香。


「ね、ちょっと待って瑠流ちゃん・・・剣士さんも」

「友香先輩は下がってください!巻き込まれますよ!」

「いや、だから・・・」


 友香がなんとか止めようとするも、熱くなり過ぎている瑠流と葛葉さんは聞こうとしない。

 そして葛葉さんが楽しそうに言った。


「なるほど・・・これは久しぶりに青龍剣のフルパワーを披露できそうですね』

「フルパワー!?」

「行きます!ゲート、オープン・・・ネガ・ジェネシス回路、システムオン!反物質スイッチ、1番から10番までフルスロットル!」


 ズオオオォォォッッ!


 あふれだした光の奔流。それのあまりの眩しさに、一同は思わず目を細める。


「か、カッコいいのです・・・・・・っ」


 瑠流がつい洩らした感嘆の台詞。

 しかし彼女はすぐにはっとして表情を引き締めた。


「こ、これは思った以上なのです―――一か八か、フルパワーしかないのです!ジェネレイター・オーバードライヴ!超弦回路チャージ・・・・・・っ!」


 瑠流の武器の形が変化し、彼女自身よりも巨大化する。双方とも、どんどんまばゆいばかりの光に包まれてゆき、互いのエネルギーのあまりの巨大さに、それだけで地響きが起こる。

 俺はその辺のことは詳しくないが、おそらく次元さえをも揺らいでいたのではなかろうか。それでもってついでに、嵐まで巻き起こっていた。


「ね、だから落ち着・・・」

「一轟招雷!ゼイン・カイザあぁぁぁーーーっっ!」

「吼えろ!アーク・インパルぅぅーーーースっっ!」


 二つの力が激しく激突した。


 ドッカアアアアアァァァァァンッッッ!


「きゃああああーーーっっ!」


 何もかもを包み込む激しい閃光。

 ―――辺りは、白く染まった。




「・・・静かになったね?」

「ここ、日本だよな?」


 っていうか、地球だよな?


「・・・葛葉、詳細を」


 桐生さんが報告を聞いている。


「なんですって、青龍剣ダメージレベル6!?それで、侵入者は?」

『はっ。それが、爆発の際に姿をくらましまして・・・』

「せんぱ~~~~~いっ!」


 ・・・何か聞こえたぞ。

 ボロボロの格好で、銃口が砕けてしまっている銃を手にしている瑠流。

 その後ろからは同じようにボロボロで、更に憔悴しきっている友香がふらふらと駆けてきた。

 おい、侵入者ってまさか・・・?


「み、見つけた・・・」


 振り絞るように言った友香。


「や、柳沢さん!?」


 驚いたのは桐生さん。当然だろう。


「あ、瑠流ちゃんと友香ちゃんだったんだ」


 どうやら清華にもこいつらが騒ぎの元だったことが分かったようだ。

 そして桐生さんは慌てて謝った。


「あ、あなた方だったとは・・・ロクに調べもせずに失礼しました」

「こ、こっちこそ雪乃の家だとは知らずに・・・ごめんね」

「・・・すいません」


 友香になだめられ、少々納得がいかないようだが謝罪をした瑠流。

 だけど、それよりも肝心なのは。


「それで、なんでこんな事になったんだ?」


 そう、それだ。元はといえば、俺たちが誘拐らしきものをされたからこんなことになったのであって。


「あ、あの・・・それはですね・・・私がつい、西崎君を家に誘えなかった、と口を滑らしてしまって・・・」

「は?」


 確かにHR後に桐生さんから誘いのような言葉を受けたが・・・あれは家に誘うつもりだったのか。いやしかし、それがなんで今回の一件につながる?


「いえ、その・・・みなさん、私を応援してくれているようで・・・」

「?」


 余計分からん。

 応援って、何に対しての?


「柊ちゃん、そこまで鈍いと犯罪よ?」

「そう言われても・・・分からん」

「あ、あのあのっ!べ、別に分からなくてもいいんですっ!」

「へ?」


 もうそこに先ほどまでの勇ましい桐生さんはどこへやら、いつも通り・・・でもないか、顔を真っ赤にして友香の口を塞ぐ様は、なんかどこにでもいる普通の女の子だ。


 バキバキバキッ!


「きゃあっ!?」


 そんなほのぼのムードの中で突然、天井を突き破って人が降ってきた。しかも女の子だ。


「きゅぅ・・・・・・」


 ちょっと小さいけどかなり可愛い・・・じゃなくて。完全に気絶してるな、こりゃ。さっきのドンパチに巻き込まれたか。


「しゅ、柊也・・・」

「あん?」

「あれ・・・・・・」


 清華がこっそり指差す先には、少女の被っている帽子からはみ出ている、彼女同様にちょっとへニャッとなっているも確かにとがった耳があって・・・・・・ん?

 なんだとぅっ!?


 ばっ!


 慌てて帽子の中にその耳を押し入れる。


「・・・今、何か見えなかった?」


 こういう時に鋭い友香。

 意地でも気のせいにしなくては。


「あ、あはははは。気のせい、気のせい。疲れてるんだろ、友香。桐生さん、この二人ボロボロだからさ、お風呂に入れるなり着替えさせるなりしてあげてよ。この子は俺たちが見ておくから」


 そうやって必死でごまかそうとする俺。なんで俺ばっかりこんなに気を使わなきゃいかんのだろう?なんか悪いことしたか?


「あ、はい。そうですね・・・じゃあそうします。柳沢さん、瑠流さん。こちらへどうぞ」


 そうやって俺の言うとおりに二人を連れて行ってくれる桐生さん。

 ああ、素直っていいことだなぁ。


「ねえ、この子って・・・」


 部屋に俺たち以外誰もいなくなったところを見計らって話しかけてくる清華。


「ああ・・・十中八九、おまえの関係者だろうな」

「なのかな・・・」


 結局、この少女が目覚めるまでは何一つ分からないわけだが、これからきっともっといくつもの大騒ぎに巻き込まれるであろう事は、嫌が応にも予測できてしまうのであった。

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