メモリー3:彼女が望んだ日常
どたどたどたっ!
豪快だけどどこか軽い、けれど慌ただしい足音が我が家を闊歩する。
その主は記憶喪失の少女、水月清華。
「ほらほら、早くしろって」
「ままま、待って!制服、着にくくって・・・ねぇ、ちょっと手伝ってよ!」
「ああ、もうしょうがないなぁ」
朝っぱらから大騒ぎで手間の掛かる彼女に対し、溜め息をつく俺、西崎柊也。
それにしても、転入初日から遅刻なんて言ったら洒落にならない。
まあ、ある程度時間に余裕を持っているから大丈夫なはずだが。
「・・・って、着替えを手伝うだって?」
「う~・・・上手く着れない・・・あっちもこっちも引っ掛かっちゃう!」
おいおい、下着見えてるぞ。
だけどなんかもう、子供を相手にしてるみたいで全く変な感情は浮かんでこない。
うーん・・・彼女は相当の美少女のはずなのに。
「全く・・・すぐに慣れろよ?」
「う、うん、分かってるよ~。でも今は助けて!」
なんだかんだ言って手伝うから、俺って世話焼きのいいやつだ。
「いってきま~す♪」
「誰に言ってんだ?」
「んー、家」
「なんだそりゃ」
靴を履いてつま先をとんとんと突きながら言った清華。
不思議な感覚を持つやつだ。
「忘れ物無いか?」
「たぶん、大丈夫。お弁当ちゃんと持ったし!」
もちろんそれだって俺が作ったのだが、それが一番初めに浮かぶのが食いしん坊である彼女なのだろう。
しかしどうして女物の弁当箱があったのかが非常に謎だ、母さんのものか?
「ま、いいか。いくぞ」
「うん!」
そして並んで学校に向かう。
走る必要もないので、普通に歩いて、だ。
そんな当たり前のことなのに、やたら清華は嬉しそうで。
「なんでそんなに嬉しそうなんだ?」
「んー、なんか嬉しくって」
「?」
「あはは、自分でもよく分かんないけど」
まあ、でもそんなものかもしれない。
俺も高校に初めて行く日は、何故か心が高ぶったものだ。
「それにしても、制服がまさか朝に届くとは思わなかった」
「ね。業者さん、必死そうだったものね」
「別にそこまでしなくったって、何もしないのに・・・」
「柊也のお父さんが理事長さんとお友達だったんだっけ。だから、頑張らなきゃいけないと思ったのかな?」
「だろうな。契約を打ち切られたらマズイとでも思ったんだろ、全く・・・」
大人って、大変だ。
「初日くらい私服でも別に何も問題は無いんだけどな。実際、この間2年に転入してきた女の子はそうだったはず」
「へぇ・・・」
「制服が間に合わないことも多いから・・・あ、でも昨日買った服はともかく、おまえの服はちょっと問題あるか」
「ん?」
そういえば清華が最初に着ていた服は変わっていた、それどころじゃなかったから、すっかり頭から抜け落ちていたが。
それは、俺ですら知らない文化のものだろう変わった紋様が入っており、生地は半端じゃなくいいものだった。そして少しだけ身につけていた貴金属は、金でも銀でもなく・・・これもやはり見たことの無いもので、薄いのにもかかわらず丈夫で軽い。
そう、言うならば本当にファンタジーの世界のもののようだった。
ともかく、それらは相当に高級品であろうことは間違いない。
「おまえ、ひょっとしたらどこかの国のお姫様かもな」
「私が?あははっ、それは無いでしょ!」
自分できっぱり否定しきった清華。いいのか、それで?
まあでも、それは無いだろう・・・もしそうだとしたら、今頃ニュースになっているはずだから。
そんなことを考えていると、背後から聞きなれた声が届く。
「おっはよー、柊ちゃーん!・・・・・って、それ、誰?」
その反応は当然だろう、彼女は柳沢 友香。
近所に住む・・・俗に言う俺の幼馴染、というやつだ。
活発で俺を平気で笑いながら叩いたりする、あっけらかんとした子で、陸上部に所属している。髪型はショート、鉄板だ。
そんな風に奔放な性格なのだが、実は意外に面倒見がいいところもあったりする。
女の子にしては背の高いほうで、背の低い男子よりはあるだろう・・・もちろん俺の方が高いのだけど。
「おはよ、友香。コイツは・・・って、何してる?」
友香に紹介しようとした途端、俺の背中にさっと隠れてしまった清華。
「おい、こら」
「あうぅ・・・」
なんでなのかは分からないが、仕方ないので首根っこを掴んで猫のように持ち上げて友香に面を向き合わせる。清華が軽いから出来る芸当だ。
「こいつは水月清華。一応、俺とは遠縁に当たる」
そういう風に決めたのだ。
「今まで外国に住んでいたんだけどな、俺の両親がコイツの両親に無理やり仕事を手伝わせることになって、その間ほっとくわけにもいかないから、日本に住むことになったんだ。遠縁とはいえ身内がいるからな」
ああ、苦しい。自分で作っておいてなんだが、無茶苦茶苦しい話だ。
だが、根が素直ということにしておこう、な友香は信じてくれたようだった。
「ふーん・・・あんたにイトコなんていたんだ?あれ、ハトコかな?・・・ま、どっちでもいいか。よろしくね、清華!」
初対面でも全く気にしなくニコっと笑顔を見せた友香は、清華に向かって手を差し伸べる。
「あ、あうぅ・・・よ、よろしく」
そうやって、未だに俺の服を握りしめてビクビクしているも、なんとかその手を握り返す。
すると、友香が一言。
「・・・本当にアンタの血縁?」
「どういう意味だ」
失礼な。
「ま、いいわ。じゃ、私は日直だから先に行くわね。また教室で!」
「ああ、じゃあな」
友香はそのまま走り去っていってしまった、さすがに速い。
それにしても朝から元気だな・・・対照的にコイツはどうしたんだ?
「おい、一体どうしたんだ?」
「だ、だって・・・知らない人だったから・・・」
「は?」
「知らない人は、どう接したらいいのか・・・」
意味が分からない。どういうことだ?
「あのなぁ、昨日は普通に買い物してただろうが」
「あれは、その時だけの人だったから」
「その時だけ?」
突然何を言い出すんだ。その時だけとは、いったい・・・
「で、でも友香ちゃんは柊也と仲いいみたいだから、身近な人だよね?だったら、これからも会うことになるから、それで・・・」
「なんじゃそりゃ」
全くもって意を解せない。
いや、それは俺だけではなく彼女自身でさえもそのようだった。
清華はうつむいて呟くように言う。
「じ、自分でもよく分からないけど・・・怖いの」
「怖い?」
「うん。『よく知らない人が怖い』・・・ごめん、変なこと言ってるよね・・・」
そうしゅんとする清華。
ひょっとすると、まだ失われたままの記憶に関係しているのだろうか。
それが何であるのかは記憶が戻るまで分からないのだが。
ズキンッ!
「!?」
「柊也っ!?」
―――何故か、頭痛がしてふらついた
「どうしたのっ!?」
「だ、大丈夫。昔の怪我の影響か、たまにあるんだ。持病ってわけでも無いから気にするな」
「で、でも。柊也は、あの時に・・・・・・・」
「ん、俺がどうした?」
清華は自分でも何を言ったか分かってなかったらしく、ハッとして口を塞いだ。
俺は少し息をつくと、パニックになって訳が分からなくオロオロしてしまっている彼女の頭を軽く撫でる。
そんな恥ずかしくなるようなことを無意識でやってしまい、少し赤くなってしまった俺とは裏腹に、たったそれだけで安心しきった表情になってくれた。
「それいや、俺は怖くないのか?」
「うん。柊也だけは、自分でも分からないけど、怖くないの。むしろ、一緒にいると安心する」
俺が尋ねると顔を上げてはっきりと答えた清華。
そういえば前にもそう言っていた・・・それはそれで不思議であるのだが、俺としてもそう言われて悪い気はしないわけで。
「分かった。でも、少しずつでいいから、友人たちにも慣れていってくれよ?ま、悪い奴はいないから大丈夫さ」
「う、うん。頑張る」
頷いたその言葉がイマイチ頼りなさ気だったので、俺は笑って言った。
それは、信じられないほど自然に。
「心配するな、ずっと傍にいるから」
あれ、今なんて言った、俺?
「ホント!?良かった・・・嬉しい・・・」
途端に満面の笑顔を浮かべる清華。
俺、ひょっとしてとんでもないこと言ったんじゃないか?
なんだけど、元気になった清華を見てたらそれはどうでもいいかなって思えて。
ああ、なんかキャラ変わったな、俺・・・と思いつつ学校へと向かうのであった。
「ふーん・・・変わった事情だけど、西崎君のお父様の唐突な行動を取る癖は聞いているわ。じゃ、今日からよろしくね、水月さん」
そう言うは、担任の坂本 温子先生。
少しカールの掛かったセミロングの髪が印象的な英語の先生。
ちょっと背が低く(むしろ、ちびっ子)、見た目も可愛い系の顔立ちなのにどこかアダルトチックな大人の雰囲気が溢れ出ているので大人気だ。
・・・まあ、時折すさまじい殺気を放ったり、女の子が好きだとかいう怪しげな噂もあったりするけれど。
「は、はい。よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる清華。
今更だがここは俺たちの通う学校、都立千代田西高校(実際にありそうな名前)の職員室。
温子先生に清華を紹介しているのである。
「・・・大変なことになるわよ、西崎君?」
「え、何がですか?」
先生が突然にやにやとしながら口にした言葉はよく分からない。
その様子が先生には楽しかったのか、クスクス笑う。
「ま、色々と・・・ね」
俺と清華は目を見合わせた。なんなんだ?
「それじゃ、水月さんは後から私が連れてくから、あなたは先に教室に行きなさいな」
「あ、はい」
そう先生に促された俺は、職員室を後にしようとした。
ところが。
「しゅ、柊也・・・」
ぐいっ。
俺の制服の袖を引っ張る清華。
ああ、そうだった。
「大丈夫、温子先生は信頼できるから」
そう言っても、やはり不安なのか清華はその手を離そうとしない。
仕方ないからポン、ポン、と軽く頭を撫でるように叩いてやった。
「またすぐ会えるから心配すんなって。何かあったらすぐ分かるし。それじゃな」
何故かそれだけで安心できたのか、安堵の表情と共に手を離す。
・・・ん、俺、今なんて言った?
ガララ・・・
何気に古臭い音を立てる職員室の扉だった。
「まったくあの子は・・・水月さん、前途多難よ?」
唐突に先生は清華にそう語りかける。
前途多難なんていう言葉を清華が知っているかどうかは怪しいのだが、先生の声の調子でいいことではないと悟ったのだろう、不安げな様子を見せる。
「な、何がですか?」
「うふふ・・・すぐに分かるわ。これはもう、大騒ぎで楽しいことになりそうね・・・ふふふ・・・」
先生はそう言うと、不敵な笑みを浮かべたのだった。
「ちょっと西崎君!あの子誰よ!?」
教室に入るや否や、そうクラスメイトの女の子たちに怒号を浴びせられる。いくらなんでもそれは酷くないか?
「は?いきなりなんだ?」
いくら傍若無人(何故かよくそう言われる)だろうと、そんな風に突然怒鳴られては反論もする。
「しらばっくれないでよ!たくさんの人が目撃してるんだから・・・一緒に学校に来た子よ!どういう関係!?」
何故自分にそんなことを言うのか分からないが、そんな責められるような言い方をされてはいくらなんでも黙っていられない。
仕方なく答えようとした・・・が。
キーンコーンカーンコーン。
「あ、チャイム鳴ったぞ」
「うぬぬ・・・救われたわね、西崎柊也」
そう言って席に戻っていくクラスメイト。
少しホッとしたのは秘密。
「えーと、今日は転校生を紹介したいのだけど・・・いいかげん教室に入ってきてくれないかしら?」
そう溜め息をつく、我らがちびっ子担任の温子先生。
促されておずおず教室に入ってくる清華。
その姿を見せるや否や、男共の歓声が教室に響き渡る。
清華は可愛いから仕方ないとしても、そのせいでまた怯えてるじゃねぇか。
しかし、先生が彼女の耳元に何かを囁く。
すると彼女は俺の方をちらりと見て、ホッとしたように。
「水月清華です。よろしくお願いします!」
元気に、そう自己紹介をした。
そして先生が簡単にコトの経緯の説明をする。
そのおかげで、クラスメイト達の変な誤解は解けたようだった。
・・・ところが。それでは終わらせないのが温子先生で。
「えっと、席は・・・ふふ、西崎君の隣が空いているわね。じゃあ、そこで」
「あ、はい」
―――悪意が非常に感じられた。
「えへへ・・・よろしくね、柊也♪」
「はぁ・・・わーったよ、もう何から何まで面倒見てやるよ」
こうなったら毒を食らわば皿までだ、とことんコイツの面倒を見てやる。
しかし、清華は俺のその言葉を違う意味に受け取ったのか、申し訳無さそうな顔をして言った。
「あぅ・・・迷惑掛けてごめん・・・」
そう悲しそうな顔をしたんだ。さすがにそれには俺も慌てた。
「あ、いや、迷惑なんかじゃ・・・」
もう何がなんだか。
しかし約束した以上、そばにいてやらなきゃいけないわけで・・・だけど、それはーーー
この感覚は、それだけでない。
「そんな顔するな。俺だって嫌々なわけじゃないのは、もう分かってるだろ」
「・・・うん。ありがとう」
何故か、その清華の言葉にやたらホッとした俺がいた。
まあ、転校生ってのはそういうサダメなんだろうな・・・授業が終わって休み時間になると同時にクラスメイトに囲まれて質問攻めになる清華。
一般的に言って相当に可愛いだろうから、男女問わず囲まれる。
「ねえ、外国ってどこ?」
「趣味は?」
「好きな人っている?」
「今、どこに住んでるの?」
といった質問の雨あられ。
記憶の無い清華には答えられないものばかりだが、その辺りは予想の範疇だ・・・ちゃんと設定は作っておいたから問題無い。
彼女は俺が教えた通りに答えていた。
不思議なことに日本語と英語はペラペラに話せるので、英国に住んでいたとして。
趣味は、美味しいものを食べること。
好きな人は・・・英国にはいないし、日本には来たばかりだから、と。この設定には何故か不満気な表情をした清華だったが。
で、一番悩んだのが、どこに住んでいるか・・・かなりの時間頭を悩ませたが、とあるアパートに一人暮らしということにした。さすがに、俺と二人で暮らしているというのは色々と問題があるから。
そんなこんなで、クラスにはあっという間に溶け込んだ清華だった。
んで、昼休み。
「ねぇねぇ、学校を案内してよ」
そう俺の制服をくいくいと引っ張ってせがむ清華。
まあ、確かに先生にも頼まれてはいるしな。
「分かった分かった。とりあえず、弁当を食べてからな」
とはいえ、教室で一緒に食べるのは色々と大変なことになるだろう。
それを察知した俺は、清華を屋上に連れて行った。
「ん~・・・涼しい」
9月も終わりに差し掛かっているとはいえ、まだ夏服でも暑い。
しかし屋上はその立地条件からか風がよく通って涼しいため、そこで俺たちは昼食を取った。
「なんか、『平和』だねぇ・・・」
不意に、そんな言葉を吐く清華。その瞳が、どこか虚ろだったのが気にかかった。
「何言ってんだ、おまえ・・・」
「うーん、なんか、そんな気がして」
何故だろう。
俺の方を向いた彼女はもう笑顔だったのだが、彼女のその言葉は、すごく重く感じられて。
どうしてか、俺が守ってやらなきゃいけない・・・そんな気がした。
そして、俺はまた無意識で清華の頭を撫でた。
清華はびっくりした表情をしていたけれど、くすぐったそうに笑って。
俺はーーーどうしてかこうして清華に触れていると、何かを取り戻したような感覚がーーー
弁当を食べ終わってから校内を案内してやると、その一つ一つにいちいち清華は反応して感嘆の声を上げていた。そんなに珍しいものじゃないはずなのだが。
そして、一通り案内し終えて、教室に戻ろうとした時だった。
「あっ!」
背後から、甲高い声が聞こえた。
その瞬間、俺は本能でそれが誰かを悟り、身構えた。
「せ~~んぱーーーいっっ!」
ダダダダダッ!
廊下を走ってはいけないという学生の基本ルールを完全に無視した豪快な足音が響く。
それがどこに向かっているかはもう慣れっこだ。
ひらり。
「はいっ!?」
どんがらがっしゃーんっ!
俺に向かって飛びついたはずの女の子は、俺が華麗にかわしたものだから勢い余ってそのまま派手な音と共に転がっていく。こんな音が現実にあるのかは疑問だが。
「先輩・・・酷いのです・・・」
その女の子は転がってひっくり返ったまま、俺に向かってそんな恨み言を述べたもうた。
「いきなり飛び掛ってきたら、普通は避けるだろうが・・・」
すると彼女はバッと起き上がり、その二条にまとめた綺麗な髪をぶんぶん振り、その瞳と同じように大きな声で言う。
「でもでも~っ!瑠流は先輩を愛してるのですよっ!?」
「おまえな・・・人が聞いたら誤解しそうなことを大声で言うなよ・・・」
「・・・柊也?」
案の定、清華が心配そうに尋ねてくる。ほら、さっそく誤解してる。
仕方ないから、ため息をついて答えようとする俺。
「勘違いするな。こいつは・・・」
「あーっ、先輩!」
しかしそれより先に大声をあげたのは瑠流、せわしない。
「この人、誰なのですか!すっごく美人じゃないですか!もー先輩・・・瑠流がいるのに!」
「だからなー、もう・・・」
ああ、頭が痛くなってきた。こいつにだけは見つかりたくなかった。
すると、俺の気持ちなど無視で瑠流は清華に向かって自己紹介らしきものを始めた。
「私は城ヶ崎 瑠流なのです!以後お見知りおきを!」
「う、うん・・・水月清華です、よろしく・・・」
まあ、清華でなくとも瑠流の元気120%には圧倒されるだろう。
そして瑠流は指をビシッと清華に向けて啖呵を切る。
「でもでも!先輩は譲りませんからね!」
「え?」
・・・まあ、いろいろあって面倒なことになったんだ。
そう、あれは今年の春。
「・・・ん?」
俺は、温子先生の命令(断ると後が怖い)で入学式の手伝いをさせられていた。
なのだが、人数が少なくて俺の負担が大きく、隙を見て一息入れようと外に出ていたところ、不良どもに絡まれている新入生を見つけた。
「あ、あの・・・」
「君、可愛いねえ・・・何か分からないことある?お兄さんたちが教えてあげるよ?」
そいつ等の目は、はたから見ても下心が見え見えで、新入生の女の子はどうしたらいいのか心底困っていた。
「まったく・・・」
面倒ごとは避けたかったが、新入生に絡むなんてバカにはお仕置きが必要だ。
「おい、おまえら」
「あん?・・・げっ、西崎!?」
俺は結構有名なのだ、色々な意味で。
「こんなトコで油売ってる暇があったら入学式の準備を手伝え。人手が足りないんだ」
そう、結構サボるやつが多くて忙しいのだ。
おかげで俺まで休みを返上していたのだから。
「お、おい、どうするよ・・・こいつはある意味先公よりやばいぜ・・・」
「う、噂だって!この人数なら・・・」
不良ども5人で何やらこそこそと話し合う。
どうしてこういう奴等は一人じゃ何も出来ないのだろう?
たたたっ!
「あ!」
ホントに間抜けだ。
その隙に新入生は俺の方に逃げてきたのだ。
「・・・面倒なことになりそうだから、少し下がってな」
俺は柄にも無く優しい声を出してそう言うと、新入生は少し不安げではあるけれど言葉に従って後ろに下がった。
そして俺は不良どもに向き直り、新入生に向けたものとは180度違う睨みを利かせて言う。
「さ、どうするんだ?大人しく手伝いに行くのなら、このことは不問にしてやる」
ま、だけど不良ってのはそういう言葉に素直に従うはずも無く。
「う、うるさい!やっちまえ!」
そうリーダーらしいやつが声を上げると、一斉に俺に向かってくる。
「はあ、やれやれ・・・」
けど、俺がこの程度の連中に負けるわけは無い。
一分も掛からなかったろう、あっという間に不良どもは一人残らず地面に突っ伏していた。
俺は少しだけ乱れた制服を直すと、新入生に向き直って。
「さ、入学式の会場に案内するよ・・・あ、このことは黙っておいてね」
「は、はい・・・なのですけど・・・」
「あいつ等なら大丈夫。一応手加減はしておいたから、時間が経てば目が覚めると思うよ」
「・・・」
急に黙り込んだ新入生。
しかしその瞳は俺をじっと見つめていて。
「どうした?」
その後の彼女の言葉は俺にとって信じられないもので。
「先輩、惚れました!付き合ってくださいなのです!」
「・・・はあ?」
一瞬、何のことだか理解出来なかった。
「もうこれは運命なのです!だってそうでしょう?入学式当日に不良に絡まれた美少女新入生と、颯爽と現れそんなピンチから救い出すクールな先輩!・・・まるでドラマのような出会いなのですよこれは!」
なんだ・・・何を言ってるんだこの子は?
「あ、あのね、君・・・」
「やん、先輩。瑠流って呼んでください♪」
「はあ?」
「城ヶ崎瑠流なのです!これからよろしくお願いしますね♪」
「・・・・・・城ヶ崎ぃっ!?」
「へー、そんなことがあったんだ?」
「ああ。おかげで今じゃ校内でいつもこんな感じだ・・・」
「ふーん・・・やっぱり柊也は柊也だね」
「?」
なんかやたら意味深な言葉な気がするが。
そして瑠流は感慨深げに、うっとりしたように言った。
「それから先輩は、ずっと私のヒーローなのです!」
もちろんそこまで言われれば男としては嬉しいものだろうが、いかんせん俺は自分ではどちらかというと不良に近い側の人間だと思っている。
下手をしたら、ただのろくでなしじゃないかと思うくらいで。
更に瑠流は続ける。
「お兄さんよりイイ男には初めて会ったのです」
「お兄さんって?」
「ああ・・・城ヶ崎 茂友。二年で生徒会の役員になるくらい能力は高い人物なんだが、実はこいつがまたとんでもないヤツでな・・・」
そう、兄妹そろって普通じゃないのだ。
瑠流はまだいいとして、兄貴の方は人様・・・特に女の子に迷惑を掛けまくっている。
正直、関わりたくない。
「おっと、もうこんな時間だ。またな、瑠流」
不意に時計が目に入った。
もう休み時間は残り少ない。
「はい♪瑠流は先輩に会えて幸せいっぱいのお昼休みでした!また遊んでくださいね!」
「あ、ああ・・・」
「それから、水月先輩!・・・負けませんからね!?」
そう告げると走っていってしまった。
元気なヤツだ。
「・・・モテモテだね、柊也?」
何故か、にやーっと笑って覗き込んできた清華。
やけに嬉しそうである。
「そうか?」
「鈍いなー」
今度は何故かため息をつく。
はて・・・女の子ってよく分からん。
「それよりもさ・・・柊也、喧嘩するの?」
しかし急に声のトーンを先ほどまでのものとは変えて言う。
俺はこれまでの喧嘩の経過を思い出す。
「んー、自分から売ることは無いな。瑠流の時みたいに仕方ない時がほとんどだ」
「ふーん・・・」
「ま・・・昔、くそ親父に連れられて世界中回ったときに鍛えられたから、そんじょそこらの奴には負けないさ。ある時なんて、その道のプロざっと500人くらいに囲まれたときもあったからな」
「へ、へー・・・」
「とはいえ、その時は親父が400人くらい倒したんだけど。あのおっさんは人間じゃないぞ、きっと」
100人倒せた俺も十分人間じゃない気はするが。
それは別に自慢でもなんでもなく、普通に言ったのだけれど。
「で、でもさ・・・」
「ん?」
清華は俺の服の袖を掴んで上目遣いで。
「いくら強くても、喧嘩しちゃ駄目だよ?」
「あ、ああ・・・けど、やむを得ないこともあってな・・・」
「うん、分かってる・・・でも、私は柊也が傷付いたら嫌だよ・・・想像しただけで苦しくなる」
なんだろう?
心配そうに言った言葉には、やたらと重みが感じられて。
これを否定するなんて思いは、ただの一欠片も浮かばずに。
―――少しだけ、何かがフラッシュバックした気がした。
「分かった。喧嘩はしない」
「ホント?」
「ああ、約束する」
嘘偽り無く、その場の間に合わせなどでもなく、心から強く言った。
「・・・ふふ、よかった」
すると曇りの無い、満面の笑みを見せてくれて。
ドキッとするとか、そういうのじゃなく――何故かその笑顔を見て心の安らいだ俺がいて。
キーンコーン・・・
「あ、予鈴だよ。戻ろう、柊也」
「あ・・・そうだな」
何故かそれは、すごく自然だった。
「おい、柊也!おまえやるなあ!」
「あ?」
教室に戻るや否や、竹馬の友・・・渡谷 拓海からそう言われた。
こいつは、見た目は爽やかでそこそこなのだが、いかんせん中身に問題あり。
まあそいつと親友ってことで俺も似たようなものなのかもしれないが。
俺と同様に音楽が好きで、以前に学祭でバンドを組んだこともあるくらいだ。
「友香ちゃんから聞いたぞ?一緒に学校来たんだろ?」
「清華と、か?当然だろ、案内しなきゃならんのだから」
「いやいや、実は、昨日おまえ等二人をショッピングモールで見かけた人がいたらしくてな。それと友香ちゃんが朝に会ったってことから考えたところ、面白いことが予測できてよ・・・」
しまった、昨日の買い物を目撃されていたか。友香もこんにゃろに言うんじゃない、後でお仕置きだ。
そんな風に珍しく俺が焦っていると、にやりと笑って拓海は続ける。
「なんか、明らかに日常生活に必要なものを買い込んでいたんだってな?」
なんでそこまで知ってるんだ?
誰かに見られているという感じはしなかったはずだけど・・・誰だそんな気配消せる化けもの。
「何が言いたい、拓海?」
「ふふふ・・・こういうことさ」
ガシッ!
「ん?」
突然俺を羽交い絞めにする拓海。
はて、どういうつもりだ?
「今だみんな、清華ちゃんに質問するんだ!」
「何!?」
そう拓海が叫ぶと同時に清華を囲んで様々な質問を投げかけるクラスメイトたち。
なるほど、そういうことか・・・ふふん、清華を舐めるな。
結構本質的には頭もいいし、記憶力もある。
そう簡単にボロは出ないだろう・・・俺がそんな風に余裕ぶっていると、ある質問が聞こえた。
「ねえ・・・お昼、何食べた?」
「え、お弁当だよ」
瞬間にして頭を悪い予感がよぎった。
食べ物に関しての質問には、清華は多分素直に答えてしまうような、と。
「へー、外国に住んでたって聞いたけど、どんなお弁当にしたの?」
「ううん、私が作ったんだじゃないの。柊也がね・・・・・・あっ」
―――やっちまった。
途端に、まるでスキャンダルをスクープしたマスコミのように大騒ぎするクラスメイトたち。
「えーっ!?お弁当作るって・・・ひょ、ひょっとして、朝御飯や晩御飯も?」
「う、うん・・・」
やはり食事のことで嘘はつけない清華。
しまった、まさかそこを突いてくる人がいるとは思ってなかった。このクラス、怖えぇ。
「そ、それって、同棲・・・?」
誰かが不意にそう呟いた。
・・・・・・観念した。
それからはもう今更嘘もつかず、本鈴が鳴るまで質問に答えていくしかなかったのだ。
おい作者、ラブコメで同棲がこんな早くバレるって聞いたこと無いぞ!!!
「・・・・・・ごめんね」
授業中、そう清華が話しかけてくる。
「いいさ。どうせいつかはバレただろうし」
ま、いつまでも隠し通せるとは思ってなかったさ、もともと。
さすがに、清華の耳のことや一緒に風呂に入ったことは秘密のままだが。
もちろん記憶喪失ということも。
「なんか、また迷惑掛けちゃったね・・・・・・」
こいつ、結構考えすぎるやつなのかもしれない。
ふぅ・・・仕方ない。
「あのなあ、そうやって落ち込まれるほうが迷惑だぞ?」
「う・・・」
溜め息、一つ。
「正直、こんな風にドタバタするのもいいかなって思ってる。今までは、なんでか分からないけど『何かが無い』って感じしてたしさ・・・だからおまえがそんな顔する必要は無いんだ」
「柊也・・・」
「一人で暮らしてるってな、思ったより寂しいものなんだ。それでせっかく賑やかになってそんな気持ちも和らいできたのに、そんな表情されたら困る。そんなすぐに落ち込まないでさ、笑っててくれよ」
なんか、自分で言ってて恥ずかしくなる。
けど清華には暗い顔をして欲しくないのは本心だったから、その言葉は本当だ。
「・・・うん、分かった。ありがとう・・・・・・」
するとまた、すごく・・・心から嬉しそうな笑顔。
それは、どこか遠い記憶の彼方で見たことのあるような・・・・・・そんな懐かしい気がして。
俺も、同じように笑った。
「・・・で、お話は終わったかしら、お二人さん?」
声に気がついて上を見上げると、マンガみたいな怒りマークを付けた笑顔の温子先生が腰に手をやって俺たちを見下ろしていた。ちっこいけど、さすがに座っているのと立っているのでは高さは先生の方が高いわけで、殺意まで感じるようなオーラを振りかざしていた。
ヤバイ、俺でも命の危機を感じるくらい怖いな、この人。
「あはは、は。なんとか終わりました」
そう引きつった笑顔で答える俺。
しかし直後、額に先生の強烈なデコピン一発。死ぬほど痛かった・・・いや俺じゃなったら、首の骨が折れてるんじゃ!!?
「二人共廊下に立ってなさい!それから、西崎君は減点5、水月さんは減点1!」
「なんでっ!?」
同じように話をしていた(むしろ清華から話しかけてきた)のに減点に差がある。
それはちょっとおかしくないですかい?
「あら、だって可愛い女の子には優しくするのが私の流儀だもの♪」
ひょっとして先生が時々女生徒を連れ込んでいるという噂は真実なのか?
「減点って?」
「通算10になると、地獄の折檻が待っているらしい・・・」
俺はこれで8だが、以前受けたやつは2、3日は正気を失っていたという折檻だ。
だからこのクラスの英語の成績は他より圧倒的に良い。赤点が怖すぎるから。
「ほら、早くしないと減点追加するわよ?」
「は、は~いっっ!」
俺と清華は大笑いが巻き起こる中、慌てて廊下へと飛び出す。
「・・・・・・」
その姿をじっと見つめる少女がいた。彼女はとても物静かそうな見た目で、一言でいえば大和撫子。まさにそんな女の子だったのだが。
「桐生さん、お気持ちは分かりますけれど、授業に集中しないとあなたまで減点を受けますわよ?」
彼女の隣の席から、丁寧な言葉で彼女にそう諭すように言うのはゲスト出演の生徒会副会長。
「あ・・・は、はい」
少女の名は桐生 雪乃。
由緒正しい家柄が故に、なかなか本心を表に出すことをためらいがちな性格をしていたが、どうしてか俺たちの大騒ぎの中心人物になるのは、これからすぐのことであった。