少女の夢
三題噺もどき―さんびゃくにじゅうきゅう。
ある日突然、その人はやってきた。
視界の霞むような砂地を歩いて、私たちの住む小さな町に。
―町というか、集落といった方がいいかもしれない。
「……」
正直。
人が来るようなところではないのだ。
外から、人が来るような、来れるような場所に私たちの集落はない。
ここは、台風の目のような場所に存在しているから。
周りは風に覆われ、砂に覆われ、出ることも、入ることもかなわない。
―こんなところにどうやって先祖が住もうとしたのかは知らないが。
「……」
家が建っている土地も、砂の上になんとか作っているようなものだ。
この集落がつぶれていないのが不思議なくらいだと、この頃思うようになった。
住んでいる側としても、出ていきたいくらいな場所で。
でもそれが出来ないから、未だこの集落はあり続けている。
「……」
砂にまみれながらやってきたその人は。
大き目の鞄を背負い、顔が半分以上隠れる程大きなつばのついた帽子を飛ばされないようにと押さえながら歩いてきた。
集落自体は、風はない上に、砂埃もそこまでひどくない。周囲に比べればだけど。
毎日、痛いほどの日差しにさらされると言う点だけ、個人的にはどうにかしてほしい。
「……」
ようは、砂地に生まれた大きな台風の目の中でだけ暮らしていると言った方が想像はしやすいかもしれない。……しにくいだろうか。
あまり正しい表現とかは分からない。
この「台風の目」という言葉も、突然やってきたその人が教えてくれたのだ。
「……」
砂地に囲まれている以上。ここに外部から人が来ることは、だから、ないのだ。
あらゆるものは、自分たちで作って、消費する。
外から取り入れることも、外へ取り出すことも出来ない。
―これだけ言えば、突然やってきたその人の異常さが分かるだろうか。
「……」
突然やってきたその人は。
旅をしている絵描きです。数日とどまらせてください。
そう言って、にこりと笑いながら人々の前に現れた。
―大きな帽子からみえた口元だけをみて、私はそう判断したんだけど。もしかしたら笑っていなかったかもしれない。
「……」
ん。なんだか、こんな言い方をすると。この人が悪者だったみたいな感じに思われるかもしれないので、やめておこう。
外からやってきたこの人は、とてもいい人だった。
不思議な人ではあったが。
常に帽子は取らないし、言うのを忘れていたが大きなポンチョを着ていて、これも脱ぐことはなかった。
ここに居る間は、住民の手助けをしたり、子供たちと遊んだりしていたのに。
「……」
その人は、大人たちには、実は毛嫌いされていた。
主には、頭の固い老人たちだけではあるけど。それに媚びへつらうやつらも含め、か。
それでも、その人のやさしさに触れてか、好青年だったからか、懐柔されるのは、割と早かったように思う。
「……」
なにせ、基本手助けを必要としているのは、そのあたりの老人たちだったし。
既に長老のような立場にある人は、やってきた旅人を受け入れていたんだから。
あんなのただの子供じみた意地を張っていただけだろう。
「……」
その点、子供や若い人らは、その人を受け入れるのは早かった。
初めは遠巻きに見てはいたけど、子供、特に4,5歳あたりの子供たちはすぐに懐いた。
そこからはもう、芋づる式に。
「……」
こうやって、色々と話をしている私も、その人のことは、多少なりとも好意的には思っていた。
でも、自分で言うのもなんだが……。
それなりの、年齢の子供なので。
「……」
あんなものを見せられなければ。
もっと心穏やかに、この集落で、静かに暮らして。
死んで行けたのになぁ……とか思ってしまう。
「……」
あの人は、自分のことを、旅烏だと言っていた。
それは、よくよく聞けば名前ではなく、旅をして旅をする人の事を言うらしいけど。
―だから、あの人の名前は知らない。
「……」
絵描きの旅烏は、その名の通り、絵をかいていた。
手助けをしたり、子供と遊んだり、絵をかいたりしていた。
「……」
私はその時。
初めて。
この世界には。
ここ以外の世界には。
そんなに知らないものがあるのかと。
「……」
筆を取り出し、紙を持ち出し、色を操り、世界を描く。
その様が、他の人にどんな風に見えたのかは知らない。
「……」
私はただ一人。
目を惹かれて、魅せられて。
描き出されたその色を。
この外にあると言うその色を。
この目で見たいと思った。
「……」
そう、思った次の日。
絵描きの旅烏は。
突然現れたその日のように。
突然、集落から消えたのだ。
「……」
今はもう、ここにはいない。
あの人を覚えている人も、もう居ないかもしれない。
「……」
あの絵に。
あの色に。
魅せられた私は。
「……」
いつか外に出たいと。
無謀な夢を抱いた私だけ。
お題:砂地・旅烏・筆