インフレ桃太郎
諸君は『桃太郎』を知っているだろうか。簡単に説明すると老夫婦が大きな桃を拾い、中から赤子が生まれてなんやかんやで犬猿雉をお供に鬼退治に行く物語(諸説あり)だ。
俺は転生した、桃太郎にだ。齢3歳頃に前世の記憶を思い出して、桃から生まれたと聞いた時はびっくりしたね。転生物って言ったら洋風というかナーロッパというか、そんなかんじの所が舞台になりがちだからな。
鬼退治に行くきっかけは…鬼が村の人を困らせている噂を聞いて自ら赴く…そんな感じだった筈だ。
少なくともいきなり自称神の使いの雉が飛んできて「鬼退治に行きなさい桃太郎(意訳)」なんてキッカケではなかったはずだ。
「ほら雉さまや。これをお食べ」
「ありがとうございます。して、桃太郎。行ってくれますね」
「あー雉さん?ちょっと二人で話せない?聞きたいことがあってさ」
「そう言えばまだ名乗っていませんでしたね。私は鳴女と申します」
鳴女っていったら有名なあの漫画の鬼…ではなく『天探女』の雉か?神の使いの雉ってまんまそうだもんな。
「そして質問内容についてはわかっております。上の者が色々とアレしてしまったので私がきました。この後も色々とアレになっております」
「えぇ…すっごい嫌な予感しかしないぞ…」
アレってなんだアレって。
「鬼に関しては問題ありません。あなたの旅路は元の物語と比べればとても楽になるはずです」
「桃太郎や、鳴女さまもこうおしゃっていることだし鬼退治に行ってもらえんかね。昔から力自慢だったろう?」
「あー、そう武器とか!武器がなきゃ鬼退治なんて出来ないだろ?」
「それならワシが柴刈りの共に使っている刀をやろう。草を容易に切り払える不思議な刀じゃ」
なーんかトンデモ神具を渡された気がするぞぉ?
「じゃあ黍団子をたくさん作ってあげるから、頑張っておくれ」
「アッハイ」
外堀がどんどん埋められていく…仕方ない、腹を括るか。
「まぁ括らなくても問題ないくらい過剰戦力なんですけどね…」
次の日、俺は両親に見送られて家を出た。
「もしかして鳴女さんが雉枠だったりします?」
「はい、犬と猿はもっと凄いのがきますよ」
「へー、ところで俺の目か頭がおかしくなったか、よっぱらっているのかはわからないんですけど、あそこで寝ている犬の頭が三つに見えるんですよね。一回帰って良いですか?」
どうか帰らせてください。嫌な予感しかしません。
「目も頭もおかしくなってませんし酔っているわけでもありません。あの方が今回の犬枠です」
なんてこったもう世界観が滅茶苦茶だ。真ん中の首がこっち向いてる。
「あ、どうも。今回ヘルプで来たケルベロスです。よろしくお願いします」
「いえ、こちらのトラブルでご迷惑をお掛けして大変申し訳ありません。ご足労いただきありがとうございます」
すっげー帰りたい。もう色々めちゃくちゃだもん。戦いたくはないけどせめて原作通りにはして欲しい。
「ほら桃太郎、黍団子を渡してください」
「アッハイ。えっと、三つ渡した方が良いですか?」
「あ、とりあえず二つで、三つ目は左首が起きた時もらいます」
おお、左の頭はマジで寝てるのか、すっげー。
「思ったより甘いですね、個人的にはもっと甘いものが好みですが」
ケルベロスが仲間になってからは早かった。外様(しかも冥府の番犬だ)に来てもらっている以上あまり時間はかけられないらしく犬橇で移動する事になった。
それでも時間がかかるので野宿して次の朝。猿が会いに来た。
「どうもー斉天大聖でーす」
俺は口に含んでいた黍団子を吹き出した。
「何やってるんですか汚い。すいませんご足労いただいて」
「いや〜こっちの都合で一日おくれちゃって、申し訳ない。今日中に鬼ヶ島に行って財宝を持って本土に帰還、野宿して桃太郎さんの家に財宝を置いて解散で大丈夫ですか?」
「ええ、予定ではそうなっています。ほら桃太郎、船を待たせているのです。早く黍団子を渡してください」
「アッハイ。えっと斉天大聖さんって…孫悟空さんで間違い無いですか?」
「あ〜こっちだとその名前の方が一般的なんだっけ?呼びやすい方で呼んでくれてかまわないよ」
あの有名な7つの球を集める漫画の主人公…ではなく『西遊記』の孫悟空だ。つよい。
「では改めて私にも黍団子を貰えますか。話の流れは合わせておきたいので」
「アッハイ。もしかして鬼が四天王だったりします?」
「鬼は変わってませんよ。鬼ヶ島が結構広い上に洞窟みたいに入り組んでるので手早く終わらせるための人選です」
いじめだ。これじゃ俺つえー!じゃなくてもうあいつらだけで良くない?状態になっちまう。
2時間程で船着場に着いたのは良い。ケルベロスパワーすげーって感じだ。問題は目の前にあるクソでかい西洋船だ。
「お!桃太郎さん一行ですね!お待ちしておりました。ようこそアルゴー船へ!」
もう鬼がかわいそうすぎる。ダメだろこれ。
「申し訳ありません。お手を煩わせてしまって」
「いえ、ちゃんと報酬ももらっているのでそんなかしこまらなくて大丈夫ですよ。出航して30分後に到着予定です。こちらの船員は準備できています」
「こちらも大丈夫です。桃太郎、着いたら適当に号令をかけてください」
「アッハイ」
さて、鬼ヶ島が見えてきた。
「では桃太郎、どうぞ」
「あー、うん、あまりやりすぎない程度に成敗してくれ!以上!」
そこから先は蹂躙だった。ケルベロスは外の殲滅、孫悟空は分身して洞窟にあるすべての入り口から突入、鳴女はケルベロスの支援。もう見てられないくらいには一方的だった。
「なにこれひどい」
「私たちも手伝えればよかったんだけどね。話の流れは守っておきたいらしくて財宝の搬出しか手伝えないんだよね」
「この船の乗組員って…やっぱ良いです聞くのが怖い」
獅子の毛皮を被った大男とか弓を持った女狩人とか蛇の巻き付いた杖を持つ船医とか他多数、有名どころが揃っている時点でどう足掻いても過剰戦力だ。もうこの船だけで良くね?ってくらい過剰戦力だ。
「終わりました。財宝の搬出お願いします」
十分掛かってなくね?外から見ても鬼の数は二十は超えてたはずだけど…
「了解です。じゃあ皆頼むぞ!」
財宝も山のようにあるのに数分で運び終わる。もう俺にはどっちが悪者かわからないよ。
「到着です、お疲れ様でした」
「アッハイ」
「ありがとうございました」
本土に戻ったと思えば手早く犬橇に財宝を移してアルゴー船は行ってしまった。最後まで仕事が早かった。
「んじゃこれを桃太郎の家に送り届ければ終わりか、昨日野宿したところまで戻ってから明日到着か?」
「そうですね。それで『めでたしめでたし』です」
「じゃあ行きましょうか」
「アッハイ」
その後も特に問題もなく家に到着。
「では今回はありがとうございました」
「いえいえ、偶には外に出るのも悪くないですね。日の光はあまり好きになれませんが」
「いやぁ短かったけど久しぶりに冒険できて満足だ。またよんでくれ」
そう言ってケルベロスと孫悟空は帰っていった。
「では私もそろそろ…」
「あ〜最後にいろいろ聞いて良いか?」
「なんでしょう」
「結局使う事のなかったこの刀、やっぱりアレ?三種の…」
「ええ、その通りです。模造刀ですが」
「あ、模造刀なのね」
「はい、性能はさほど変わりませんが。天羽々斬と迷いましたがそちらにしました」
贅沢な悩みだな。
「それと…結局なんでこんな過剰戦力になってたんだ?下手な神話より神話みたいな戦力だったろ」
「あまり教えられることはありませんが…そもそもあなたが桃太郎になっている所からおかしかったのです」
「えぇ…最初からおかしかったのかよ」
「はい、それで上の方でアレやコレやとしているうちに対処が間に合わなくなったので多少の戦力過多を承知で他所に支援を求めたのです…複数の神が」
「あ〜、それで色々来たって訳だな?」
「役職被りがなかったのは不幸中の幸いですね。雉枠兼説明役で私が来れたのも運が良かったと」
「なんていうか、お疲れ様です」
「本当に疲れました。では私もそろそろ帰ります。まだこの件の仕事は残っているので」
「あ、ありがとうございました」
「いえ、あなたにも迷惑をかけてしまって申し訳ございませんでした。では」
なんというか、話自体は超スピードで進んだのに色々ぐだぐだだったな…最後鳴女さんの背中煤けてたし。まぁ面白い体験だった事には間違いない。さて、昔話なら最後は決まってこの文句。
めでたしめでたし
ネタ被りしてそうだけどしてたら謝る。