Apartmentality
とある住宅街のとある高層集合住宅。昼には閑散とし、夜にはコンビニの灯りと街灯だけが、人の気配を感じさせるよすがとなる町の二十階建の茶色を基調とした建物。下層階は駐車場、それ以上を居住区域としているようである。入り口前の煉瓦敷きのちょっとした広場では、四角く切り取られた花壇が、日暮れの空の下妙に白けている。
エントランスには黒く口を開けた郵便受けがびっしりと並んでいる。隣には何か月も前の日付が書かれた連絡事項が掲げられた掲示板。「ゴミは収集日の朝に出しましょう」「ゴミは分別しましょう」「燃えるゴミにカン・ビンを混ぜないでください」「ゴミの収集日は守りましょう」
重低音の絶えないエレベーターに乗り、五階以上で降りるとそこには重苦しい色だけは立派な扉が等間隔に並ぶ。濁った蛍光灯がどこまでも廊下が続いているような錯覚を覚えさせる。
一人暮らしには広く、家族連れには手狭な若い夫婦向けとでも言える居住区域の下層部。その六〇八号室。キラキラと華美な雑貨に装飾された部屋。そこには睨み合う男女。
「殺してやる。このアマ。人が下手に出りゃ、図に乗りやがって。ふざけんな。」
男は静かに深いテノールに怒りを表した。それ以外の反応の仕方が見つからなかったらしい。心中には冷え切った部分もあったようなのだが。
「あたしが何したっていうのよ。遊びに行ってただけじゃない。」
女はこの部屋に帰ってきてから冷淡な態度を崩そうとしない。二人で半年前に越してきた部屋。今は空気が次第に張りつめていく。女は目をそらし、寝室に向かいながら華美な装いを少しずつ剥ぎとっていく。ネックレス、ピアス、プラスチックの髪飾り。そして部屋の扉を開け、ゆったりとぼやけたような色のワンピースに手をかけたところで男が動いた。
女の手首をつかみ、リビングルームに引き込んだ。
「何すんの。放してよっ。」
「うるさい。」
男は女をソファに突き飛ばし、自分はドアの前を行ったり来たりし始めた。女は瞳に警戒や恐怖心よりも怒りを湛えていた。抵抗して抑え込まれ、突き飛ばされてストッキングに穴があき、ワンピースの小さな飾りリボンが取れかかっていた。
「どういうつもり。なんとか言いなさいよ。」
「お前今日どこ行ってた。」女の問いに被せるように詰問は始まった。
「別に。どこだっていいでしょ。」
女はようやく男の怒気にあてられたのか、ソファに座った。神経質そうな指先を、ほつれたリボンに絡ませている。唇は醜く歪み、目尻が引き攣る。男は行ったり来たりのスピードを増していく。
「お前が浮気してるから、別れた方がいいって雄哉が言ってきた。」
この言葉に女はさっと振り向くが、反論はせずに目を眇めた。慎重に有効な手段を選んでいた。
「おい、本当なのか。否定しないのかよ。」
「あたしよりユウヤを信じるのね。」
「お前は信用ならないからな。今まではごまかせたかもしれないが、もう許さない。いいか、お前は一年前、俺の為に前の男と別れたって言ったよな?」男は往復をやめて女の背後に回り込んだ。振り返る女の肩を掴み、ソファの背凭れに押さえる。
「でも付き合い始めてすぐそいつが殴り込んで来たよ。まんまと俺は二股架けられてたわけだ。」
男の右手は女の髪を撫で、左手は細い首筋を辿る。女の目尻の引き攣りは強まっていく。
「それにお前が浮気してるって忠告する奴もこの一年、片手じゃきかないんだぞ。俺の気持ちがわかるか?」ついに男は両手を女の首に回した。早い脈動が女の皮膚を内側から叩いている。唇では口紅が干乾びていく。抵抗は敢えてしないという選択を下した女は、それ以外の選択肢は検討したのだろうか。
「なあ、お前は俺が好きだったわけじゃないんだろ? なのになんで俺はこんな思いをしなくちゃならないんだ? え? 何に不満があるんだ。俺はお前が好きだし、養ってもいる。どうして?」
入居者の比較的少ない八階は切れかかった蛍光灯のために白々しさがいや増している。数少ない人の住む部屋の一つは、物が少なく人の出入りもあまりない八一六号室。部屋の中にあるのは机と椅子とベッド。そしてスリープ状態のデスクトップ型コンピューター。あとは小さな本棚に本とCD、少しのDVD。開封されていない段ボール箱いくつか。台所には触った形跡もない。窓はさほど大きくなくカーテンは開いているが、外はもう夕焼けの赤みが消えかかっている。
水音がする、浴室から。この部屋の持ち主は浴室の扉に影を映しながら髪を洗っていた。
振り返ることは出来ない。
そこに何があるのか。またはないのか。振り返れば見えるのだろうか。なにもかもは不確実なまま留保されている。振り返って見たくないものが見えたとき、見たいものが見えたとき、なにをすべきか。
しかし可能性は予測不可能な広がりを持って常に留保されている。振り返るべきか振り返らざるべきか。その間にも無限の広がりがある。振り返っていく過程にどれだけ首をまわし、すべての過程において本当に振り返るのか振り返らないのか、再考しなくてはならない。
今背後にはきっと広大な原野の夢幻が広がっている。そうであってほしい。
今振り返れば私は原野の狼となり、また夕日に映える一本の木となり原野に生きるのだ。
だが振り返らない。
自ら進んで向き合いたい自分自身なんて、生憎と持ち合わせていない。明日なんて必ずしもありはしない、来てみなければわからない。全ては現在の状態を保持しているだけ。現在すら特定し得ない貧弱な思考を抱えて、奈落の底に落ち着く瞬間を夢見ている。
二〇代の女性の住む一〇〇五号室、ある夕方、訪れた妹との対話。BGMはテレビのニュース番組。姉は食卓の椅子に座り、白いコットンのセーターを編みながら話す。
「人生の基準は愛か理性か。どっちだと思う?」
「何それ?」妹はソファでニュースを眺めながら応える。
「ラジオで、素直な愛情を歌ったとかいう触込みで、男の人が歌う歌を聞いてね。それを聞いてこの歌なら本命の彼女だけじゃなくナンパした相手でもよろめくだろうなと思ったの。
男の素直な愛情に響くのが女という性だと思うし。それに素直な愛情に響く女は一人である必要はないとも思うし。男って素直に複数の愛情を抱けるものでしょう?」
「まあ、そういう人もいるかもね。」
「こういう言い方すると大方の人に嫌われるだろうね。」
「そりゃ、その言い方認めたら確実にフラれるでしょ。」
「確かにこの言い方だと男は不誠実な生き物だって言ってるようなものだよ。でもね、それって基準が『愛』にあると思うんだよ。いわば人間社会の暗黙の了解というか。俗な倫理だと思うんだよね。」
「どういう意味? 高尚な倫理だと思うけどね。」
「理性的に考えてみるとさ、まあ、ちょっと露悪趣味だけど、オスとメスが番うのは子孫を残すためでしょう。てことは、芳しい恋人たちの愛の隠れ家ってのは個体間で探り合う遺伝子の優劣の競技場みたいなもんだよ。愛の語らいは生存競争を生き抜くための知能を測る関門なんだよ。」
「うん、まあそうかもね。」相槌は打つが、妹の集中の半分以上はテレビに向けられている。
「それでね、遺伝子のレベルから、人間の心のレベルまでで、一体どこから愛情が絡むのか、気になってこない? 相手がいなくても体の中ではその時に備えて減数分裂してる。そこに愛があるわけない。人間以外の動物のセックスに愛情はある? 魚の産卵と放精とか、蛇の絡み合いとか。南国の鳥の求愛の踊りって、同じ種の雌ならどのメスにも踊って見せるよね。あと、飼い主に結婚式を挙げられてる血統書つきの愛玩犬なんて、自分で相手を見つけて飼い主に挨拶に来たはずないでしょう。」
妹の相槌がないながらも、姉は滔々と話し続ける。口調は次第に固くなっていく。それでも毛糸を編む手は止めない。
「高校の生物の授業で、『優性遺伝、劣性遺伝と言っても、遺伝子に優劣の基準があるわけじゃない。異なった形質のいずれがより反映されるかが問題なんだ。』って言われなかった? でも、より反映されるのはそれが生存競争に『有利』だからじゃないの? 有利ってことは遺伝子上優れているってことじゃないの? その有利さが必ずしも社会通念上の基準に当て嵌まるわけじゃないって、言いたかったのかな?
こういうことをね、人間社会の暗黙の了解に当ててみるとね、『愛してる。お前だけだ。』って言える方がモテるから男は言うのかもしれないし、『浮気なんか最低。』って素直に思える方がモテるから男はそういう価値観を受け入れるし、素直な愛情を込めて言えればベターなら、男の心中には何の矛盾もなく『愛してるのはお前だけだ。』と複数の女に囁けるのかもしれない。そこに愛はあるのかと聞いて、彼は何と答えるのかな?
もしかしたらこういうことが進化なのかもしれない。より多く子孫を残せるようにという進化。」
ふいに手を止め、視線を暗い窓の外に漂わせた。
「本命以外の愛情を沸き起こらせるのは無意識で、浮気をしてはいけないと歯止めを掛けるのは意識。浮気をして罪悪感を沸き起こらせるのは無意識。浮気の欲望と罪悪感は両方とも無意識に属しながら矛盾している。でも社会で生きていくには社会通念と無意識の折り合いをつけなくちゃならない。隠し果せた浮気はだれも傷つかず、複数の女の卵子に男の精子を受け入れてもらう許可を得ている。恋人に誠実な意識先行型人間か自分に誠実な無意識先行型人間か。」
彼女は掌を擦り合せ、次第に声を小さくしていく。瞬きは少ない。
「一つの卵巣から二ヶ月周期で放出される一月に一つの卵子。子宮は充血して受精卵の着床を待つ。常に万端整えて待機している何千何万の精子。一極集中ハイリスクハイリターンか、リスク分散数打ちゃ当たるか。女は一個の卵子を賭けるに値する一個の精子を探している。男はより多くのチャンスに賭けるべくより多くの卵子を求めている。
恋人と共に横たわって、『愛し合うから遺伝子が求め合うのだ。そしてその逆もまた真なのだ。』と確信できたら人生の勝者かもしれない。」
姉は妹に目を向けた。妹はソファで膝を抱えて携帯電話でメールでもしているらしい。友人か、恋人か。姉は膝の上の編み掛けのセーターに目を落とし、それを手に取りやさしく撫でる。テーブルの影の彼女の下腹部は、膨らみ始めたばかりだ。
相対的に人影の多い上層階に至っても、絶対的に人影は少ないようだ。一三〇七号室ではフライパンの中、鷹の爪の色鮮やかなペペロンチーノが出来上がりつつある。住人は料理をしながら内省に耽る。そして夕食後の日記にはその日の食事のメニューと内省が書き付けられる。
朝 トースト、マーマレード、コーヒー。
昼 味噌汁、白飯、サラダ。
夕 ペペロンチーノ、スープ、サラダ。紅茶。
私は「人の営み」に興味がある。人はいかに生き、いかに感じ、いかに世界を見ているのか。他人の人格を体験しながら、私自身として、彼を観察したい。何をして彼の心は動かされ、また死を決意するほどの絶望を味わうのか。
決して叶えられることは無かろう欲望。長いこと焦れている。どんなにか、すれ違い二度と会うことのない人の日々の暮らしに思いを馳せただろう。報いられた例はない。彼に対しての思いはいっそ恋に似て、あらゆる興味に勝る強さを持つ。
いまだに唯我的思考を脱却できず。自分以外の人格を実感できない。あるいは自分自身の人格の実感もまた、未だない。どんなに親しく友情を築こうとも、悲しいかな融通の利かない理性は言う。彼、彼女の感情など知る由もない。どうしたって結局、人は一人だ。
そのことに異を唱えることなど不可能。他者との精神的合一など目指しているわけではない。ただ自分以外の他者の存在が果たして…。
確信がほしい。私たらしめてきた周囲の他者の存在。人は一人とはいえ、社会の中で社会に対する自己を位置付けする。そうして今の私がある。しかし私を私たらしめる社会の存在に確信のない私は、私にも確信がない。
とにかく私は他者の営みを見たい。参加するのではなく、ひたすら観察していたい。
この週末を、他者はどのように過ごしただろう。
上層階では子供の少ない下層階に比べて、雰囲気に騒々しさが混ざっている。一四〇三号室の扉の脇に一台置かれた三輪車が、冷やかに佇んでいる。この部屋に住む家族は三十代の夫婦とその子供である双子の男の子の四人。
この双子は、見た目は良く似ているが性格がひどく違うことがすぐにわかる。兄の方は母親にべったり。夕食のシチューを、もうすぐ五歳になろうというのに母親に食べさせてもらいたがっている。弟は一人黙々とシチューを平らげ、テレビを見ながらジュースを飲んでいる。この時父親は体調を崩している母親を見舞いに隣県の実家にいた。
「勇気、大気、食べ終わったらあっち行きなさい。お母さん、お片付けしなきゃ。」
「はーい。」大気はすぐに答えて居間に行ったが、勇気は母親の足にまとわり付いている。
「勇気、お願いだから邪魔しないで。大気と遊んでなさい。すぐ終わるから。」
「ヤダ。」
いつものことらしく、母親が諦めるのはすぐのことだった。一方素直な大気はカーテンの前の床に座って、小さめのスケッチブックに絵を描いていた。
そろそろ子供の眠るべき時間だというのに大気の手は止まらない。その時、流行りの女性歌手の曲が流れた。ソファの上に置いてある母親の携帯電話に着信があったようだ。大気は一つ息を吐いて母親に携帯電を届けに立ち上がる。
台所へ入ると母親は眠りかけてごねている勇気をあやしていた。鳴り止まない電話に母親が気付き、役目を果たした大気は小走りに居間に戻っていく。母親は勇気の重さに苦労しながら、どうにか電話に出た。
「はい、お義母さんの様子は?」相手は夫らしい。
「え、そんな。死んじゃったの?
うん。ああ、そう。県立病院にいるのね?
わかった。今からそっちに、二人も連れて。うん。じゃあね。」
電話を置くと一つ溜息を吐き、出かける準備を始めた。
「勇気、大気、これからお祖母ちゃんのお家に行くからね。お父さんもそっちにいるから。いい?」
「ン、なんで?」勇気は眠気に耐えられず、目蓋が開かない。
「いいから、すぐ行くの。大気?」
「僕は行かない。家にいる。」
「だめよ。一人じゃ置いてけないんだから。」
「大丈夫だよ。今日はもう寝るだけだし、明日の昼にでも帰って来てくれたら。」しっかりした大気の言い方に、電話以来妙に緊張している母親はたやすく説得されかけている。
すっかり行かないことに決め込んでいる大気に諦めた母親はいくつかの訓示を残し、眠り込んだ勇気を抱えて出かけて行った。それを見送った大気は居間の床に置いたままのスケッチブックを拾い、早速 家を出ることにしたようだ。ドアを出ると予備に置いてあった鍵で施錠することも忘れない。そしてエレベーターの前に来ると上階行きのボタンを押した。
上層階の廊下では、扉と扉の間が下層部より広い。ここでも蛍光灯は白々と、壁の染みにも埃にも、容赦はしない。しかし一八〇一号室の一室では灯りは全て消され、唯一つ灯っているのは遠くのビル街のものである。
住人の初老の男は大型のイーゼルに八十号の正方形のカンバスを据え、左下側に木炭を走らせている。カンバスの向うには、数種類の野菜と果物が乱雑に置かれた机がある。トマトや茄子、ピーマン、人参はバスケットに入れられ、桃や青林檎は白い布袋から顔を出し、玉蜀黍は机の端から穂を垂らしている。
男は静かな空間で瞬き少なく、背筋を伸ばして描き続ける。他の机には似たような野菜の素描が何枚か散乱している。また別のイーゼルには完成間近と見えるサボテンの絵があった。真っ赤な花をつけた、鉢植えのサボテンである。
何かの切掛けがあったのか、男は顔を上げ玄関の方を振り向いた。そして静かに立ち上がり裸足の白い足を踏み出す。足下も覚束ないような陰の中を歩きながら、迷いはなかった。
玄関の扉の外には、少年がスケッチブックを抱えて立っていた。
「どうしてこんな時間に来たんだ?」
「家には誰もいないから。」
「そうか、君の親は何を考えてるんだ?」
「さあ、何考えてるんだろうね?」
「まあ、入りなさい。」男は少年を招き入れ居間に通した。椅子に座り紅茶を間に向き合った二人は旧知の間柄のように対等だ。
「そのスケッチブックは? 見せてくれ。」
少年は無表情に差し出す。広いテーブル越しのため立たなくてはならない。
スケッチブックをパラパラと捲る男の顔は、真剣に見定めているようだ。一通り見てから、もう一度見直しながら「うん、すこしずつうまくなっているようだ。もう少し自信を持って描くように心がけて経験を積めばいい。君には多くの時間があるんだから、焦らずにじっくり。」
椅子に浅く腰かけ腿の上で手を組んだ少年は、真直ぐに男の視線を受け止めながら応えた。
「はい、時間はあります。でもまとまった時間がなくて。お母さんは外の遊びをさせたがっているようです。それに最近はピアノ教室にも通わせたいらしいんです。」
「うん、ピアノはいいと思うよ。指が鍛えられるだろう。それにどれだけ長い時間があったとしても、その分集中していられるわけじゃない。その時ある時間にしっかり集中できれば、その時間なりに満足できるものが描けるさ。」
男はもう一度スケッチブックに目を落とす。「後は、何を題材に選ぶか、だね。君の描くものは技巧的には優れている。でも美しさはどうだ? 自分ではどう思ってる?」
少し考え込むように少年は組んだ手に目を落とした。
「わかりません。描く時は見ることしかできません。僕はまだ美しいものを見た経験が少ないんです。」
「確かに、それはそうだろう。美醜を判断する基準は、たいていその人の経験に寄っているからな。
うん、まあ、それなら一つ忠告してやろう。おいで。」
男は立ち上がると先程まで絵を描いていた部屋のドアを開けた。大きな窓からビル街の灯りが差し込んでいる。そこには構図が浮き上がっただけのカンバスと、対称に位置する食物がある。
イーゼルの前に腰かけた男は、少年を側に立たせ食物を眺めた。
「どうだ。私はあれが美しいと感じる。あれはとてつもない生気と力に満ち溢れ、大いなる連鎖の中にいる。だから私はその連鎖の一つを感じ取りたい。観察し、カンバスに再現する。
もしかしたら、絵に描くということは錬金術のようなものかもしれないな。こうして言葉にしたり、活用したりすることも、あるいは、錬金術と言えるのかもしれない。
私の経験では美しいものはつまり自分の何かしらの感覚に良いものだ。例えば美味しいものはどれも皆、美しい。美しいものは他にもある。手触りの良いもの。好きな楽器。そういう基準で探っていけばいい。君の場合は美味しいものから描いた方がいいかもしれないね。手近でわかりやすい。最近食べた美味しいものは何だね?」
「シチューです。」
「今日の夕飯かな? じゃあ、思い出せる限り描いてごらん。
また今度来た時に持って来てくれ。今日はもう帰りなさい。大人しく寝るんだ。」
「はい。わかりました。さようなら。」
男は去っていく男の子の後姿を見送った後、再び木炭を手に取った。
Apartmentalityとは集合住宅的思考