第67話 託されしモノ・後編
眩い光でつぶった瞼を開ける。視界に飛び込んでいたもの。
それは朝焼けにも、黄昏にも見える空。場所は修行の谷で間違いない。けれど何かが違うような気がした。漂う空気に違和感を覚えるというか。
風に揺れるものが見えた。気づいて焦点を当てる。
白金色の長い三つ編みの髪。自分よりやや高い背丈で、翻る外套から星空が覗く。細身だったが、体格からおそらく男性だろう。彼がすっと振り返って微笑む。
「ここにいらしたのですね」
背後から若い男性の声がして振り返った。
移した視線の先に、既視感を覚える人物が立っている。
(えっと、どこかで……。あ、英雄像の人だ)
年齢が違うように感じたけど面影はあった。
初代ジルビリット王と思しき人がこっちに歩いてくる。道を開けようとしたら、すっと俺の身体を通り抜けていく。
突然のことに驚き、慌てて自分の手を見ると透けていた。
「俺のほうが幻なの!?」
大声を出てしまい、はっとなり顧みるが2人に反応はない。
だが数秒遅れて納得する。姿が見えないのだから、声が聞こえなくて当然だ。
「やあ、元気そうだね。わざわざ探してくれたんだ」
「ええ。道を違えるとしても、挨拶くらいはしたいですから」
白金の髪から覗く虹色の瞳が、一瞬だけ交わったように感じた。
鼓動が高鳴って肩が跳ねる。勘違いだろうか。愛しげに綻んだその顔を、つい最近見たように思う。
(そうだ。似てるんだ、あの子に……)
成長した姿という言葉がぴったりなくらい似ていた。
ズラした上体ごと視線を戻し、三つ編みの青年が口を開く。
「なるほど。大変だろうけど頑張ってね、王さま♪」
「ご冗談を、貴方に言われると恐縮してしまいます」
「別に恐縮する必要はないさ」
一方は半ば背を向けているため表情は見えない。青年はさらに続ける。
「君は立派な王様になれると思うよ」
「貴方だって長き平穏を築いてきた国王だったでしょう」
「まあ、事実ではある。でも僕は失敗したんだ。ただ1人の兄と、分かり合えなかったんだから」
(ただ1人の兄? ううん、それよりこの人も王様だったの?)
目の前で繰り広げられる会話に謎が深まっていった。
それでも今見ているものが、過去の出来事なのはわかる。1人は初代ジルビリット王と考えてよさそうだ。
彼らが話していた時、重い響きの足音が近づいてきた。
1体のゴーレムがのそのそと歩いてくる。俺が知るものより傷が少ない。
三つ編みの青年が歩み寄っていく。彼は懐から何かを取り出してゴーレムに渡す。よく目を凝らしてみると、それは宝珠のようだった。
「これを君に託す。好きにしたらいい」
「グゴ、ゴコォ」
大きな手で受け取った物を見下ろし、瞳を明滅させて小さく首を振る。
「遠慮しなくていいよ。今となっては、僕が持ってても意味のない物だ」
「フシュー」
了承した風に息を噴射した。
英雄王が静かに歩み寄って行きながら言う。
「テスカポルニア様、いろいろとお世話になりました」
「嫌だなぁ。ちょっと眠るだけなのに、今生の別れみたいじゃないか」
「私にとっては変わりません」
あまりにも両者の様子が違い過ぎる。
哀愁さえ感じる英雄王に対し、青年の態度は「またね」程度に軽い。
「ふ~ん。まあ、相談したい時は気軽に訪ねておいで」
「またまたご冗談を……。これから眠られるのでしょう?」
「うん、でもイルイスに留守を任せたからね。話は通しておくよ」
「わかりました。どうか、お元気で」
身を翻して彼は、遠巻きに見ている人々と一緒に去って行く。
「僕達のエルメシアを滅ぼした一石。まだ終わってないのかな」
突然、背後から掛けられた声に驚き振り返った。
まっすぐとこっちを見てまた微笑む。俺が眉根を寄せたら、彼はすっと背を向けた。鼻を啜る音の後にこう告げる。
「輪廻の果てに、また邂逅しよう。兄さん」
感情を押し殺したような声音だった。
たった1人しかいない場にそぐわない言葉だ。これは独り言なのか。
自問自答していると再び眩い光に包まれる。とても目を開けていられない。俺は答えを導きだす暇もなく瞼を閉じた。
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視界を覆う光がやんで、古びたゴーレムが目の前に立っている。
周囲には試験官とお兄さんがいて、戻って来たんだと実感が湧いた。視線を向けると、気づいた様子のお兄さんが首を傾げて言う。
「ぼーっとしてどうした?」
「え? だって今、この宝珠が光って初代ジルビリット王が――」
対する彼は瞬きを繰り返し、見るからに驚いていた。
そこに左隣から試験官の声が掛かる。
「確かに宝珠は光りました。けれど、それだけです」
「うんうん。第一、初代ジルビリット王って大昔の人だろ。普通にないない」
「そ、そうだよね。うん」
まさか自分以外には見えていなかったのか。
同時になぜ見えたのかが気になってきた。俺は宝珠をしまい、腕を組んで考える。何か意味があるような気がしてならない。今しがた垣間見た情景が真実、過去に起きたことなのか。これは好奇心を擽られる内容だ。
特に初代ジルビリット王と話していた青年。
テスカポルニアと呼ばれていた。時々こっちを見ていたようにも思う。気のせいだったのか、本当にみていたのか。
あと「僕達のエルメシア」という言葉が引っ掛かった。
「エルメシア、エルメシア、う~ん。どこかで聞いたかなぁ」
「今度はなんか考え込んでるよ」
「ええ。魔導王国がどうかしたのでしょうか」
「そうか、魔導王国か!」
試験官のほうに顔を向けたら、彼女は一瞬目を丸くしていた。
「わわっ、急に大声出すなよ」
「ごめん。でも、つまりあの人は神祖族と関係あるってことだ」
(いや、王様と言ってたから神祖族本人か)
まだ確信は持てないけど的外れとも思わない。
彼の種族がもつ神秘性は段違いだ。いや、それを抜きにしても、メロースが見せた幻影と瓜二つだった青年のことが気にかかった。
意味深な発言が強く脳裏に焼きついている。心惹かれているのだろう。
「グゴゴ、シュー」
肌を、髪を撫でる息遣いが、俺を現実に引き戻す。
見上げた顔は、変わらずチカチカと明滅していた。ゴーレムなりに何かを伝えようとしている。
しばらく眼光による対話が続いたが、もう一度息を噴いた後、ゴーレムがこっちに背を向けた。緩慢な動きで、駆動音を響かせながら歩いていく。
「あいつ、どこ行くんだろうな」
隣でお兄さんがそう呟いていた。
ちらりと見れば、彼の横顔は去って行く背中に向けられている。
俺は視線を前に向けて言う。大事なものを託された気分だ。
「うん。俺、頑張るよ」
「ん、うん?」
お兄さんの返事はなぜか疑問の音を含んでいた。
足音が遠ざかっていき、その姿が山の、緑の中へと消えていく。
「事件は落着しましたね。正直、大事にならずほっとしてます」
ずっと静かだった試験官が口を開いた。表情が和らいでいて、声音も穏やかだ。
「まあ、ちょっと危なかったけどな」
槍を担ぎ直しながら、肩が凝ったのか、軽く首を左右に動かしている。
零された気持ちに俺は共感して頷く。不測の事態もさることながら、もし壊して止めるしかなかったらと思うとゾッとした。
守護者と名高いゴーレムと対峙して、その強さを実感したのだ。
あれで壊れているなんて笑えない。この先戦うことがあったら、自分は勝てるのだろうか。
「ところで番人の石は入手できましたか」
「もちろん採れました」
試験官に問われ、俺は鞄から白い石を取り出す。
「これでいいですか?」
「はい、大丈夫です」
手に乗せたものを確かめ彼女が答えた。
安堵に胸を撫でおろしながら石をしまう。これは記念に持って帰るつもりだ。
陽はまだ高いけど、俺達は休憩することにした。茂みの中から毛皮を回収して、焚火の準備をし、簡単な料理を作りお茶を淹れる。
ちょうどいい倒木を見つけ、そこに腰を下ろして話す。
「そっちは目的達成か。お疲れさん」
「こちらこそお疲れ様」
互いに労い合い、しっかりと身体を休めた。
相当に疲れていたらしく、喉を流れていくぬくもりが心地いい。
「さてと、こっちはひと段落したし僕は行くよ」
「待って。これ、大したものじゃないけどお礼」
言いながら俺はオレンジや調味料などを入れた小袋を渡す。
「サンキュ。助かるぜ」
「ううん、本当にありがとう。気をつけて」
「じゃあな」
来た時と同じく手を振り彼は去って行った。
すっかり静かになり、もうしばらく休んだ後で俺達も歩き出す。
帰りの道中、メロースを警戒しての野宿。
松明を手に辺りを照らしつつ、ふと鞄のほうへ目をやる。脳裏にあの時中断された思考が過った。神祖族、テスカポルニア、そして魔導王国についてだ。
次におそらく同一人物であろう少年の幻影が浮かぶ。
(宝珠のことといい、なんで俺に? 神祖族の知り合いなんていないのに……)
託されたと感じた以上、これは旅をして突き止めたい謎だ。
もちろん、おじさんとの再会は忘れていない。
(でも目的は1つじゃなくていいよね。おじさんを探して、神祖族についても調べる!)
手始めに王都ルーンを探ってみよう。
番人の石は手に入れたけど、試験官と相談して、博物館や図書館に立ち寄るくらいはいい筈だと考える。やりたいことが定まり、ふつふつと期待が膨らむ。
交代の時間まで見張りをやりつつ、先の予定を練っていくのだった。




