第56話 大乱戦! 引率者たち、立つ
大気が震えて動物らが逃げていく。徐々に鳴き声は近づいている。
未だ全貌を見せない何者かは、地響きを起こし既に相当な存在感を放つ。樹木の奥でチラチラと見え隠れするもの。
王者の余裕とばかりに、ゆったりと進む大きな影を俺達は睨む。
「ヤバ、俺死んだかも……」
生徒の1人が震えた声を零した。
次に聞こえたのは切迫しつつも挑むような声音だ。
「燃える展開だが今日は笑えねぇ。こっち来るぞ」
「話は後に、森へ! 身を潜め機をみます」
逃走を図りつつ移動する。ロゥギルが上着から青緑色の小瓶を取り出す。
蓋を開け中身を一口含んで息を吹く。するとアクアグリーンの泡が宙を舞う。
身を隠すものがない平原を避け森の中を進んだ。フェロウ達からすれば来た道を引き返す行動だけど仕方ない。
「ヤツめ味を占めたか、見境がねえのか。くぁ~挑んでみてぇ」
「何があったのです」
問いかけたのはバルフェロで、引率者2人の会話が続く。
「小型を追ってる内に川辺に出ちまってな。そこで一般の連中がやられてた」
「弱りましたな。こちらには学生の皆様がいます」
現状での一般とは冒険者のことだろう。交通規制がかかっている筈だ。
動く気配に意識の大半を傾ける。敵の姿が見えそうで見えない状況が続いた。向こうもこっちを探しているんだろうか。すると上から控えめに声が掛かる。
「魔物、かなり大きいにゃ」
「わかり切ってたけど大型か」
頭上を仰ぎみて応えると男子生徒が口を開く。
「違う。大型なんかじゃない」
「えっどういうこと」
そっちに顔を向けて問い返した。彼は震えてながら言う。
「俺達、前に大型を見たんだ。でもアレは全然比じゃない」
一度口を閉ざし、続きを告げようとした時、再びあの雄叫びが響き渡る。
直後に辺りが一気に明るくなった。軋みを上げ、俺達を覆い隠していたものが薙ぎ払われる。己の状況を直感で理解して敵を振り仰ぐ。
周囲の木々に届くほどの大きな体躯。姿形はコカプアルに間違いない。
だが禍々しい威圧感を放ち、こっちを見下ろす双眸。何かが違う違和感と恐怖から身の毛がよだつ。足が竦みそうになった時、声が響く。
「ぼさっとするな。走れ!」
反射的に視線を向けた。小型まで現れ、引率組が皆を先導し守っている。
彼らの声に勇気を貰い俺は足を踏み出す。チラチラと敵を見つつ駆けていく。
「きゃっ」
途中、あらぬ方向から少女の声が聞こえた。
ニーアじゃなく、トゥワでもない。フェロウは前方で飛び出しそうになるのを止められている。ならばいったい誰だ。そう思い、俺は声のしたほうを見た。
「コケ、コッブオッ」
狂ったように暴れる魔物の目が地に伏す1つの人影に向く。
(まずい)
考えるより早く方向転換していた。頭は思考し、選び、身体が反応する。
敵や人影との距離、取っ掛かりがなく糸は無理だ。敵に絡めるのも危険過ぎるか。ならばと風魔法を放つ。浮遊感の中で、もう1発を進行方向へと放った。
微々たる風でも敵が一瞬怯む。その瞬間を狙い、すり抜け様に人影を拾う。少し離れた所で着地しそっと降ろす。
「大丈夫、立てる?」
「ありがとう」
身を起こした人が身に纏う外套のフードが落ちる。
少女の顔が露わになり、セミロングの茶髪の間から短いとんがり耳が覗いた。
「これはいかん。ロゥギルさん」
「くそ、邪魔だ。おい逃げろ!」
「ケーブケケェェ」
弾かれたように振り返る。敵は目前まで迫り、逡巡する暇などなかった。
頭は混乱しつつも咄嗟に剣を構えた。ギュッと強く柄を握り込む。
「――ッ」
思わず息を呑んだ。構えはしたけど身体が震えてしまう。
「バカ野郎」
どこか遠くで響く声。妙にゆっくりと動く敵味方。
視界の端でロゥギルが右足に手を伸ばすのが見えた。その瞬間――。
「はあぁぁぁっ」
ガキンッとぶつかり合う音と敵に着弾する矢。
目の前に鮮やかな赤毛が飛び込んだ。斧槍で敵の突進を受け止め、力強く跳ねのける。僅かにのけ反り後退る魔物。そこを狙って乱入者が鋭い突きを放つ。
更に剣型の光が頭上から敵に降り注ぐ。それは翼や尾などを地面に繋ぎ止めた。
「爺さんナイス。それと、助かったぜ相棒」
「苦戦してるようだね。ここからは俺も加勢するよ」
ロゥギルが順に声を掛け、アルフが武器を構えたまま応える。
囚われたコカプアルが大きな身体を振り乱して抗う。
「長くは持ちませんぞ。次の手を考えねば」
「つかお前、ガキどもはどうした」
「いやぁ~なかなか侮れない子達だよね」
「まさか言い負かされたのか。情けねえ」
軽口みたいな内容だが声音は決して穏やかじゃない。
こんな状況なのに、なぜか立ち並ぶ姿を見て安心した。すると背後から潜めた声で名を呼ばれる。確かめるが誰の姿もない。
「オイラだよ。こっち、今の内に」
「トーマス?」
数秒遅れて景色の一部が歪む。絵が剥がれるようにトーマスが姿を現した。
彼は外した外套を裏返してまた羽織る。留め具の魔石がキラリと煌めく。もしやアレの効果で透明化していたのか。
茂みに半分隠れて手招かれ、俺は少女と共に駆け寄った。
背後の喧騒が再び激しさを増す。尻目に見ると、光の剣が崩壊し敵が起き上がっていた。群がる小型と合わせて両者が攻防に動き回る。
「ブケーイィ」
「小型!? しまった」
横から飛び掛かってくる影に反応が遅れた。
応戦しようと足を踏ん張った時、樹上の一点が光る。次の瞬間には矢が敵を射抜く。更に反対方向から咆哮が聞こえた。
振り向くのと同時に魔物が飛んできた暗器に屠られる。
直後、すぐ横で土を踏む音がしてロゥギルが視界に滑り込む。受け身の態勢で後退ってきた様子だ。彼の顔が一瞬だけこっちを向く。それからアルフの声。
「ロゥギル、例のアレを頼む」
「いいのか。手強いぞ」
「他に誰がやるのさ」
「へっ了解だ。爺さん、援護頼むぜ!」
「畏まりました」
手に持つ錨を地に突き立てた彼が、懐から橙色の小瓶を取り出す。
蓋を開け中身を一口含む。そして近づいて来たアルフに向け息を吹く。オレンジの泡が対象者に触れ弾けた。途端に魔物らの眼光が斧槍を構える戦士に集中する。
「じゃあ、お相手願おうか」
切っ先を向け、勢いよく突撃していく。
思わず追った視線を戻すと錨を持ち直す男と目が合う。
「早く行け、ガキども」
「う、うん。でも何かっ」
「気持ちは有難てぇが足手まといだ。行け」
「わかった」
互いに背を向けて走る。茂みの前でトーマスと合流して緑の中を行く。
時々、赤や黄色の光が森の中に差し込んだ。行く手を塞ぐ小型の数は減ったがゼロじゃない。俺は戦いの光が射す中、魔物を斬り伏せながら進む。
仕損じても後続の魔法や、並走する仲間の剣が助けてくれた。
喧騒が遠くで聞こえる距離まで来る。
まだ森の中なのは変わらない。だが緑の中に仲間達の姿を見つける。
希望を見た心地で駆け寄る途中、同じく木々の合間を移動する人影を見た。あのオレンジ色の衣と金髪はきっとハロルドだ。
集合していた皆がこっちに気づき、ニーアが口を開く。
「エミル君、ハロルド君も無事でよかったです」
なぜ彼女がハロルドのことを知っているか、と一瞬疑問に思う。
けれど集団の中にニルスやギルバートの姿を見つけ合点がいった。
「そっちも無事でよかった。全員いるよね?」
代表して1人の男子生徒が答える。大型の話をしたのとは別人だ。
「いるよ。フェロウが飛び出しそうで超怖かったけど」
男子生徒がちらりと俺の傍らに視線をずらした。
少女の姿を確認したのだろう。明らかに安堵した表情になる。
「ハロルド、透明外套はどうしたの?」
「敵を掻い潜る際に破けてしまってね」
「やっぱ強度に不安ありかぁ」
「ならばコレを使って下さい。狙撃手が持つほうが有用でしょう」
「ありがとう。使わせて貰うよ」
チーム間で会話を繰り広げ、ハロルドがギルバートから外套を受け取っていた。
彼らのやり取りを聞きつつ、端っこで遠くを睨むフェロウが目に入る。殺気が駄々洩れている感じで近寄り難い。
あまりの気迫に固唾を呑んでいると、横からハロルドの声が割り込む。
「さて、これからの行動を決めよう」
「そんなの逃げるに決まってるじゃないか」
今度はずっと怯えていたほうの生徒が口を開いた。もう1人の生徒が頷く。
「普通なら救援を呼びにいくのが妥当だと思う」
「残念だが期待はできない。僕らは報せを飛ばして来たからね」
「状況的に間に合わないと思います」
ハロルドの返答にギルバートが加勢した。
耳に届く轟音が戦いの激しさと継続を物語っている。今、どんな感じなのか。つい口から出た言葉に、1人の生徒がはっとして頭上へ向け叫ぶ。
追うように空を仰ぐとトゥワが宙に立っていた。身じろいでから降りて立つ。
「平原に移動したにゃ」
「勝てそうかい?」
「苦戦してるっぽい。魔法が効いてる風だったにゃ」
「魔法か。アルフさんは使えないと言っていたよ。他の2人はどうだい」
ハロルドの問いかけに、男子生徒2人は揃って首を振る。
つまり現状だと魔法が使えるのはバルフェロただ1人。そのことを皆に伝えた。
(こっちには魔法が使える人多いのに……)
幾ら強くても、苦戦中なら助けに行くべきじゃないのか。
「トゥワ、増援は来てたかな」
「ううん。3人だけだったにゃ」
(足手まといって言われたけど、増援がまだなら)
確かに、あの人達からみれば力不足かもしれない。
年齢は上だし経験の差だってあるだろう。逃げることも大事だと知っている。
だけど冒険者を目指す身としては、守られているだけなんて嫌だ。小さな力でも隙を作れるかもしれないんだから――。
「俺は行く。遠くから魔法で援護くらいできる筈だ」
全員が目を丸くして顔を向ける。
だが、やがて覚悟を決めた様子で「一緒に行く」と頷いた。怯えていた数人もやや遅れて応じる。皆の意思を受け止め、胸の奥が熱くなるのを感じながら俺は身を翻す。
大変お待たせしました。投稿が遅くなりすみません。




