第55話 裏の事情に惑い、夢想して
帰路の途中、俺は雑念だらけの思考に頭を抱える。
考えすぎなのはわかっていた。でもバルフェロが、あの馬車を気にしている風なのが気になってしまう。だからといって彼を尾行するのは気が引ける。
(馬車、紋章ときたら貴族だよね)
先日までは気にならなかった。なのに今はちょっと知りたい。
旅人が貴族と知り合うきっかけってなんだろう。考えて、我に返り首を振る。
(ダメダメ、他人の事情を漁ろうなんて無粋じゃないか)
「そりゃよく聞いちゃうけどさ。俺だってさすがに……」
「エミル君、何のことですか?」
「ひゃいっ」
素っ頓狂な声が出てしまった。直後、カッと顔が熱くなる。
思ったより近くあるニーアの顔に、つい一歩後退ってしまう。どう返そうか迷っていたら不意に横から声が掛かる。
「ちょっとごめんね。君達、グランデール学園の生徒さん?」
「はは、はい。そうです、けど……」
仲間の視線から逃れたくて、舌を噛みそうになりながら応じた。
振り返ってすぐ俺は2度瞬きをする。年上とわかる男性の容姿が原因か。
人間族っぽいのに鮮やかな深紅の髪と紫の瞳。これだけで奇抜と平凡を両取りしている。軽装で動きやすそうな服装と背に斧槍を担いでいた。
(インクリッドさんと同じ? ううん、違う気がする)
あの人はもっと読めない感じだったと思う。
けれど、目の前にいる彼はもう少し身近な感じだ。どこが違うかと問われても困るが、強いて言うなら直感が囁く。でも気のせいかもしれない。
相手を見れば、男性もまたじっと俺を見つめ、何度も瞬きをしていた。
「あぁ、ごめん。実は俺、こういう者なんだけどさ」
言いながら男性が案内札を見せる。記載されている内容に目を通す。
「アルフ・キサラギさん。この名前、トーマスのとこの引率者さんですか?」
「トーマス君を知ってるんだ。そうそう」
「知ってます。わぁ、聞いてた通りだぁ」
「聞いてたって、ちょっと怖いな。でもよかったよ」
照れたように頭へ手をやり、すぐ表情を引き締めてアルフは口を開く。
まずハロルドのことを知っているかと聞かれて応える。すると落とし物を渡して欲しいと本題に入った。簡単に事情を話してくれて、チームで活動中に落としたらしい。最後に彼が抑えめな声でこう零す。
「うっかり渡し忘れちゃってね。お願いできないかな」
急に親しみやすさが増した。なんとなく蓮之介に通ずるものを感じる。
「はい、構いませんよ」
「助かるよ。じゃあ、お願いします」
安心した風に顔の強張りを解き、小さな小袋を手渡された。
軽く手を振り去って行く後ろ姿を見送る。また今後の予定を話して歩き、寮の前でニーア達と別れた。男女で寮が分かれているからだ。
(まずはハロルドの所だよね)
すっかり中断してしまった考察は後に回す。個人的な興味だし別にいいだろう。
部屋にいるかな、と考えながら探して歩く。
(こうして訪ねる日が来るなんてなぁ)
今まで用事らしいものがなかったから仕方ない。
扉をノックして待つが返事がなかった。もう一度ノックして今度は呼びかける。
「ハロルド~。いないのか?」
「…………」
(うーん。留守ってことは学園のほうかな)
空いた時間を講義や自習に使う生徒は多い。俺だってそうしている。
待つのを諦めて踵を返した時だ。部屋からくぐもった物音が響く。反射的に振り返り、引き返して扉を叩きながら再度声を掛けた。
「誰かいるの、ハロルド? ねえ、いるなら返事してよ」
なかなか返事が来ないことに不審者を疑う。
意を消してドアノブに手を回し、施錠の感触を確かめ、大きく息を吸って一旦扉から離れる。やりなくないけど今は蹴破るしかない。
覚悟を決めて一撃を叩き込もうとした時、寸前のところで扉が開く。
「待たせてすまない。どちら様か存じないが今立て込んで、て」
現れたハロルドが言葉を吞み込んだ。
それもその筈、俺が蹴りを寸止めしていた。内心ヒヤッとしつつ姿勢を戻す。
相手も気を取り直し、うっすら笑みを浮かべ前髪をそっと払う。ほんのり花か、石鹸らしき香りが漂ってきた。心なしか髪が湿っているように見えた。
「エミル、君か。まったく何を考えてるんだい」
「ごめん」
眉間に皺が寄っているのを見て、悪いことをしたなと反省する。
正直に感じたままを説明した。あと落とし物のことを伝え、小袋を出して確認して貰う。彼は俺の手から品を受け取って開く。中には魔法印が入っていた。
「よかった、ちょうど探していたのだよ。ありがとう」
「ハロルドので間違いなんだね」
「ああ」
「そっか。じゃあ、渡したから俺は行くよ」
もう一度さっきのことを謝罪して歩き出す。
気まずくて一切振り返らず自室に帰る。途端に力が抜け、のそのそとベッドに歩み寄り腰を落とした。
(不審者じゃなくてよかったぁ)
寝転ぶと余計な力が抜けてだらける。
だがゆっくり寛いでもいられない。勢いよく身体を起こして鞄の中を整理した。支度を終えたら再び部屋を出て、学園に向けやや早足で歩き出す。
到着早々、まっすぐ図書室へと足を運んだ。
目的はもちろん先刻の興味、考察のこと。今思えばハロルドに聞く手は会ったかもしれない。でも今更だし、また顔を合わせる気分にはなれなかった。
「えーっと紋章、紋章の本はあるかな」
棚に並ぶ本の背表紙を眺めていく。
(貴族の内情は難しくても、あの紋章がどこの家かは調べられる筈)
紋章というものは先祖代々、受け継がれているものだと思う。
かなり奥のほうまで進み、ようやく目当ての1冊を見つける。早速近くの読書スペースに移動して読み始めた。頁を捲るごとに様々な紋章が目に入る。
「うわ、似たような模様も結構あるな」
(三日月と一角獣のヤツがたくさんないといいけど)
獅子系は本当に多くて困惑した。
流し見ていくと件の紋章が記された頁になる。嬉しいことに1つだけだ。
「どれどれ。イニグラル国のクランベール家、か」
確かこの国は、と俺は一緒に持って来ていた地図を開く。
確認してやっぱりと頷いた。イニグラルはジルビリット王国の西にある国だ。アルマス国とも隣接していて、ゴールドキャニオンが掛かっている。
(随分遠方から来てるんだなぁって、あれぇ)
――コリー・サンダリア・フォルツァネーラ様をご存じありませんか?
「フォルツァネーラって確か地名になかったっけ」
ついでに地図で調べたらあった。ローデリム合衆国の中でも東側にある都市だ。
「海越え、か。つまりどういうこと」
ぼそりと呟き、脳裏にその姿を思い浮かべて考える。
詳しくないが意外とお洒落なほうだったかもしれない。学園の生徒で、身なりの悪い人はいないと思う。けれど気を遣っている人との差は出るんじゃないか。
もう1つ、以前のコリーが口にしていた言葉。頑張って思い出してみる。
――ローデリムの平原や森が主です。地元じゃ……。
あんな風に言うってことは、彼の故郷はローデリムのほうか。
更に生み出して操っていた人形。なんと言っていたか。はっきり思い出せないけど、ローデリム語っぽかったと思う。状況的に考えて母国語の可能性が高い。
(じゃあ馬車の人は何。どういう繋がり?)
他所の国の貴族に何かやらかしたのか。海を越えないと会えない人相手に。
不穏な考えに至り、俺は首を振って追い払う。それこそ勝手な思い込みだ。
「あぁ、やめやめ。碌なことにならないや」
「何が碌なことにならないんですか」
間近から問いかけるような声が掛かった。条件反射で振り向く。
至近距離に立っていたギルバートが視界に入る。
「う、ぎゃああぁぁ!?」
気がつけば、また変な声を上げてしまっていた。
目の前の彼がすっと僅かに視線を流す。その動作を追い、ここが図書室だったのを思い出した。慌てて周囲に声を落とした謝罪をする。
再びギルバートを見て、彼の視線が机上の地図と本に向かうのに気づく。急いで自分の位置を変えて隠す。
「奇遇だね。ギルバートも勉強に来たの」
苦し紛れに質問した。相手の視線がまっすぐ俺を捉えのを感じ息を呑む。
「はい。図書室で他のことをする気はありません」
(ぐ、痛いところを突いてくるな)
「だよね、愚問だったよ」
しばしの沈黙の後、感情の読めない顔と声音で彼が言う。
「貴族の紋章に興味があるとは意外でした」
「ま、まあね。冒険者たる者、旅先の情報は入れるに限るからさ」
「そうですか。なら下手に隠さないほうがいいですよ」
「か~くしてない。これは、そう、不測の事態に備えフットワークを鍛えてっ」
内心は冷え冷えの極寒地獄だった。頭の中が真っ白でめちゃくちゃだ。
恐る恐る相手の様子を窺うと、ほんの少し口端が上がったように感じる。次いで「周りの迷惑にならないように頑張って下さい」と励まされた。そのまま何事もなかった風に去って行く。
ぐったりと椅子に腰を落とし机に突っ伏す。
どっと疲れた心地で息を吐く。数秒か、数分か、とにかく生きた心地のしない時間だった。
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3日目はお昼に噴水広場で待ち合わせる。
王都の外へと歩きつつ互いに言葉を交わす。日常の小さな発見話さえも、バルフェロは静かに聞いてくれた。この機会を逃すまいと、一歩踏み込んで以前の暮らしぶりを聞く。
すると意外にもあっさりと答えが返ってくる。それを聞き、俺は適当ない相槌を打つ。
「へぇ~前は執事さんだったんですね」
「ええ、皆様くらいの坊ちゃまがいるご家庭でした」
「会ってみたかったなぁ。あ、でもハロルドみたいな感じだったら少し困るかも」
素直に思ったままを呟いた。後で言葉遣いを忘れていたことに気づく。
でもバルフェロは大丈夫だと安心させるように言う。
「利発でお優しい方でしたから、きっと仲良くなれましたよ」
「ふーん。バルフェロさんはずっとそこに勤めてたんですかにゃ?」
少し前のほうを歩くトゥワが歩調を緩めてきた。ニーアがその隣に並ぶ。
「いいえ。都度長さは異なりますが、各地を点々としておりました」
「龍族は長命と聞きますし大変なのでしょうね」
「私は原種世代から遠いのでそれほどでも。ただ人恋しい性分もありますので」
温かく微笑みながら応える彼に、俺は身を乗り出して尋ねる。
「人それぞれか。じゃあ、他の龍と会ったことは?」
「たまに知り合いを訪ねることは御座います」
「西は、西にもいますかっ」
「随分ご興味がおありのようで。はい、何人か、顔見知りもいれば噂程度のものもあります」
嬉しさから期待が膨らみ、詳しい所在を聞こうとした時。
「君達、例の学生さん達だね。ちょっといいかい」
なんと間の悪い、なんて思いながら平静を取り繕って応じた。
冒険者と思しき3人組が今朝がた掴んだ情報を伝える。確定ではないらしいけど、海岸付近で奇妙なものが発見されたという。水辺も怪しいから学生は近づかないようにと忠告された。
教えてくれたことに礼を告げ、別れた後は気を引き締めて王都を出る。
やり方は昨日までと大して変わらない。
連携して魔物を倒しつつ平原を進み、馬車道にほど近い所まで来た。道の反対側は青々と茂みが広がっている。
「この辺は、今のところいないかな」
「みたいですね」
次に行こうとした時、無数の影が鳴き声をあげ慌ただしく飛ぶ立つ。
通り過ぎていく影は水鳥の群れだ。逃げるような荒々しさが不安を煽っていく。
「警戒してる声にゃ」
「嵐の前の静けさでなければいいのですが……」
「誰か来ますぞ」
低い声で告げられ、直後に奥から葉擦れの音が連鎖して茂みが揺れる。
そして次の瞬間、駆け込んできた集団の顔ぶれに目をむく。眼前まで迫る顔を前にお互い飛び退った。意表を突かれたような顔で立つのは、なんとロゥギルだ。
だがすぐに平静を取り戻し、俺達を一通り流し見た。
よく見たら他の面々も動揺を隠せてない。しきりに周囲を確かめている。
「引率者つきってこたぁ学生か。参ったな、こりゃ」
ロゥギルがバルフェロのほうに視線を向け、口を開こうとした時――。
「ゴブオォォーケホゥ!」
木々の向こう側から空を劈くほどの雄叫びが轟いた。
活動報告にも書きましたが、幕間08の地名誤字を修正しました。
執筆中も確認した筈なのに完全に目がバグッてたようで……。なかなか気づかずにすみません。
途中から「なんで、こんなことになった?」と思いながら書いてました。
間を繋ぐだけのつもりがかなり筆が進んでしまい。最初は絡ませるつもりなかったのに……。




