表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/75

第55話 裏の事情に惑い、夢想して

 帰路の途中、俺は雑念だらけの思考に頭を抱える。

 考えすぎなのはわかっていた。でもバルフェロが、あの馬車を気にしている風なのが気になってしまう。だからといって彼を尾行するのは気が引ける。


(馬車、紋章ときたら貴族だよね)


 先日までは気にならなかった。なのに今はちょっと知りたい。

 旅人が貴族と知り合うきっかけってなんだろう。考えて、我に返り首を振る。


(ダメダメ、他人の事情を漁ろうなんて無粋じゃないか)

「そりゃよく聞いちゃうけどさ。俺だってさすがに……」

「エミル君、何のことですか?」

「ひゃいっ」


 素っ頓狂な声が出てしまった。直後、カッと顔が熱くなる。

 思ったより近くあるニーアの顔に、つい一歩後退ってしまう。どう返そうか迷っていたら不意に横から声が掛かる。


「ちょっとごめんね。君達、グランデール学園の生徒さん?」

「はは、はい。そうです、けど……」


 仲間の視線から逃れたくて、舌を噛みそうになりながら応じた。

 振り返ってすぐ俺は2度瞬きをする。年上とわかる男性の容姿が原因か。

 人間族っぽいのに鮮やかな深紅の髪と紫の瞳。これだけで奇抜と平凡を両取りしている。軽装で動きやすそうな服装と背に斧槍を担いでいた。


(インクリッドさんと同じ? ううん、違う気がする)


 あの人はもっと読めない感じだったと思う。

 けれど、目の前にいる彼はもう少し身近な感じだ。どこが違うかと問われても困るが、強いて言うなら直感が囁く。でも気のせいかもしれない。

 相手を見れば、男性もまたじっと俺を見つめ、何度も瞬きをしていた。


「あぁ、ごめん。実は俺、こういう者なんだけどさ」


 言いながら男性が案内札を見せる。記載されている内容に目を通す。


「アルフ・キサラギさん。この名前、トーマスのとこの引率者さんですか?」

「トーマス君を知ってるんだ。そうそう」

「知ってます。わぁ、聞いてた通りだぁ」

「聞いてたって、ちょっと怖いな。でもよかったよ」


 照れたように頭へ手をやり、すぐ表情を引き締めてアルフは口を開く。

 まずハロルドのことを知っているかと聞かれて応える。すると落とし物を渡して欲しいと本題に入った。簡単に事情を話してくれて、チームで活動中に落としたらしい。最後に彼が抑えめな声でこう零す。


「うっかり渡し忘れちゃってね。お願いできないかな」


 急に親しみやすさが増した。なんとなく蓮之介に通ずるものを感じる。


「はい、構いませんよ」

「助かるよ。じゃあ、お願いします」


 安心した風に顔の強張りを解き、小さな小袋を手渡された。

 軽く手を振り去って行く後ろ姿を見送る。また今後の予定を話して歩き、寮の前でニーア達と別れた。男女で寮が分かれているからだ。


(まずはハロルドの所だよね)


 すっかり中断してしまった考察は後に回す。個人的な興味だし別にいいだろう。

 部屋にいるかな、と考えながら探して歩く。


(こうして訪ねる日が来るなんてなぁ)


 今まで用事らしいものがなかったから仕方ない。

 扉をノックして待つが返事がなかった。もう一度ノックして今度は呼びかける。


「ハロルド~。いないのか?」

「…………」

(うーん。留守ってことは学園のほうかな)


 空いた時間を講義や自習に使う生徒は多い。俺だってそうしている。

 待つのを諦めて踵を返した時だ。部屋からくぐもった物音が響く。反射的に振り返り、引き返して扉を叩きながら再度声を掛けた。


「誰かいるの、ハロルド? ねえ、いるなら返事してよ」


 なかなか返事が来ないことに不審者を疑う。

 意を消してドアノブに手を回し、施錠の感触を確かめ、大きく息を吸って一旦扉から離れる。やりなくないけど今は蹴破るしかない。

 覚悟を決めて一撃を叩き込もうとした時、寸前のところで扉が開く。


「待たせてすまない。どちら様か存じないが今立て込んで、て」


 現れたハロルドが言葉を吞み込んだ。

 それもその筈、俺が蹴りを寸止めしていた。内心ヒヤッとしつつ姿勢を戻す。

 相手も気を取り直し、うっすら笑みを浮かべ前髪をそっと払う。ほんのり花か、石鹸らしき香りが漂ってきた。心なしか髪が湿っているように見えた。


「エミル、君か。まったく何を考えてるんだい」

「ごめん」


 眉間に皺が寄っているのを見て、悪いことをしたなと反省する。

 正直に感じたままを説明した。あと落とし物のことを伝え、小袋を出して確認して貰う。彼は俺の手から品を受け取って開く。中には魔法印が入っていた。


「よかった、ちょうど探していたのだよ。ありがとう」

「ハロルドので間違いなんだね」

「ああ」

「そっか。じゃあ、渡したから俺は行くよ」


 もう一度さっきのことを謝罪して歩き出す。

 気まずくて一切振り返らず自室に帰る。途端に力が抜け、のそのそとベッドに歩み寄り腰を落とした。


(不審者じゃなくてよかったぁ)


 寝転ぶと余計な力が抜けてだらける。

 だがゆっくり寛いでもいられない。勢いよく身体を起こして鞄の中を整理した。支度を終えたら再び部屋を出て、学園に向けやや早足で歩き出す。



 到着早々、まっすぐ図書室へと足を運んだ。

 目的はもちろん先刻の興味、考察のこと。今思えばハロルドに聞く手は会ったかもしれない。でも今更だし、また顔を合わせる気分にはなれなかった。


「えーっと紋章、紋章の本はあるかな」


 棚に並ぶ本の背表紙を眺めていく。


(貴族の内情は難しくても、あの紋章がどこの家かは調べられる筈)


 紋章というものは先祖代々、受け継がれているものだと思う。

 かなり奥のほうまで進み、ようやく目当ての1冊を見つける。早速近くの読書スペースに移動して読み始めた。頁を捲るごとに様々な紋章が目に入る。


「うわ、似たような模様も結構あるな」

(三日月と一角獣のヤツがたくさんないといいけど)


 獅子系は本当に多くて困惑した。

 流し見ていくと件の紋章が記された頁になる。嬉しいことに1つだけだ。


「どれどれ。イニグラル国のクランベール家、か」


 確かこの国は、と俺は一緒に持って来ていた地図を開く。

 確認してやっぱりと頷いた。イニグラルはジルビリット王国の西にある国だ。アルマス国とも隣接していて、ゴールドキャニオンが掛かっている。


(随分遠方から来てるんだなぁって、あれぇ)


 ――コリー・サンダリア・フォルツァネーラ様をご存じありませんか?


「フォルツァネーラって確か地名になかったっけ」


 ついでに地図で調べたらあった。ローデリム合衆国の中でも東側にある都市だ。


「海越え、か。つまりどういうこと」


 ぼそりと呟き、脳裏にその姿を思い浮かべて考える。

 詳しくないが意外とお洒落なほうだったかもしれない。学園の生徒で、身なりの悪い人はいないと思う。けれど気を遣っている人との差は出るんじゃないか。

 もう1つ、以前のコリーが口にしていた言葉。頑張って思い出してみる。


 ――ローデリムの平原や森が主です。地元じゃ……。


 あんな風に言うってことは、彼の故郷はローデリムのほうか。

 更に生み出して操っていた人形。なんと言っていたか。はっきり思い出せないけど、ローデリム語っぽかったと思う。状況的に考えて母国語の可能性が高い。


(じゃあ馬車の人(こっち)は何。どういう繋がり?)


 他所の国の貴族に何かやらかしたのか。海を越えないと会えない人相手に。

 不穏な考えに至り、俺は首を振って追い払う。それこそ勝手な思い込みだ。


「あぁ、やめやめ。碌なことにならないや」

「何が碌なことにならないんですか」


 間近から問いかけるような声が掛かった。条件反射で振り向く。

 至近距離に立っていたギルバートが視界に入る。


「う、ぎゃああぁぁ!?」


 気がつけば、また変な声を上げてしまっていた。

 目の前の彼がすっと僅かに視線を流す。その動作を追い、ここが図書室だったのを思い出した。慌てて周囲に声を落とした謝罪をする。

 再びギルバートを見て、彼の視線が机上の地図と本に向かうのに気づく。急いで自分の位置を変えて隠す。


「奇遇だね。ギルバートも勉強に来たの」


 苦し紛れに質問した。相手の視線がまっすぐ俺を捉えのを感じ息を呑む。


「はい。図書室で他のことをする気はありません」

(ぐ、痛いところを突いてくるな)

「だよね、愚問だったよ」


 しばしの沈黙の後、感情の読めない顔と声音で彼が言う。


「貴族の紋章に興味があるとは意外でした」

「ま、まあね。冒険者たる者、旅先の情報は入れるに限るからさ」

「そうですか。なら下手に隠さないほうがいいですよ」

「か~くしてない。これは、そう、不測の事態に備えフットワークを鍛えてっ」


 内心は冷え冷えの極寒地獄だった。頭の中が真っ白でめちゃくちゃだ。

 恐る恐る相手の様子を窺うと、ほんの少し口端が上がったように感じる。次いで「周りの迷惑にならないように頑張って下さい」と励まされた。そのまま何事もなかった風に去って行く。


 ぐったりと椅子に腰を落とし机に突っ伏す。

 どっと疲れた心地で息を吐く。数秒か、数分か、とにかく生きた心地のしない時間だった。



     ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔



 3日目はお昼に噴水広場で待ち合わせる。

 王都の外へと歩きつつ互いに言葉を交わす。日常の小さな発見話さえも、バルフェロは静かに聞いてくれた。この機会を逃すまいと、一歩踏み込んで以前の暮らしぶりを聞く。

 すると意外にもあっさりと答えが返ってくる。それを聞き、俺は適当ない相槌を打つ。


「へぇ~前は執事さんだったんですね」

「ええ、皆様くらいの坊ちゃまがいるご家庭でした」

「会ってみたかったなぁ。あ、でもハロルドみたいな感じだったら少し困るかも」


 素直に思ったままを呟いた。後で言葉遣いを忘れていたことに気づく。

 でもバルフェロは大丈夫だと安心させるように言う。


「利発でお優しい方でしたから、きっと仲良くなれましたよ」

「ふーん。バルフェロさんはずっとそこに勤めてたんですかにゃ?」


 少し前のほうを歩くトゥワが歩調を緩めてきた。ニーアがその隣に並ぶ。


「いいえ。都度長さは異なりますが、各地を点々としておりました」

「龍族は長命と聞きますし大変なのでしょうね」

「私は原種世代から遠いのでそれほどでも。ただ人恋しい性分もありますので」


 温かく微笑みながら応える彼に、俺は身を乗り出して尋ねる。


「人それぞれか。じゃあ、他の龍と会ったことは?」

「たまに知り合いを訪ねることは御座います」

「西は、西にもいますかっ」

「随分ご興味がおありのようで。はい、何人か、顔見知りもいれば噂程度のものもあります」


 嬉しさから期待が膨らみ、詳しい所在を聞こうとした時。


「君達、例の学生さん達だね。ちょっといいかい」


 なんと間の悪い、なんて思いながら平静を取り繕って応じた。

 冒険者と思しき3人組が今朝がた掴んだ情報を伝える。確定ではないらしいけど、海岸付近で奇妙なものが発見されたという。水辺も怪しいから学生は近づかないようにと忠告された。

 教えてくれたことに礼を告げ、別れた後は気を引き締めて王都を出る。



 やり方は昨日までと大して変わらない。

 連携して魔物を倒しつつ平原を進み、馬車道にほど近い所まで来た。道の反対側は青々と茂みが広がっている。


「この辺は、今のところいないかな」

「みたいですね」


 次に行こうとした時、無数の影が鳴き声をあげ慌ただしく飛ぶ立つ。

 通り過ぎていく影は水鳥の群れだ。逃げるような荒々しさが不安を煽っていく。


「警戒してる声にゃ」

「嵐の前の静けさでなければいいのですが……」

「誰か来ますぞ」


 低い声で告げられ、直後に奥から葉擦れの音が連鎖して茂みが揺れる。

 そして次の瞬間、駆け込んできた集団の顔ぶれに目をむく。眼前まで迫る顔を前にお互い飛び退った。意表を突かれたような顔で立つのは、なんとロゥギルだ。


 だがすぐに平静を取り戻し、俺達を一通り流し見た。

 よく見たら他の面々も動揺を隠せてない。しきりに周囲を確かめている。


「引率者つきってこたぁ学生か。参ったな、こりゃ」


 ロゥギルがバルフェロのほうに視線を向け、口を開こうとした時――。


「ゴブオォォーケホゥ!」


 木々の向こう側から空を劈くほどの雄叫びが轟いた。

 活動報告にも書きましたが、幕間08の地名誤字を修正しました。

 執筆中も確認した筈なのに完全に目がバグッてたようで……。なかなか気づかずにすみません。


 途中から「なんで、こんなことになった?」と思いながら書いてました。

 間を繋ぐだけのつもりがかなり筆が進んでしまい。最初は絡ませるつもりなかったのに……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ