第54話 言の葉にのせる想いは……
一緒に準備を進めて、いよいよ本番がやってくる。
王都から一歩出たら探す必要もなく姿を見つけた。小型といえど俺の身長の半分程度はありそうだ。すぐ近くの平原を我が物顔で疾走する影を追う。
敵を挟んでトゥワが回り込む。俺達から逃げるように魔物は方向転換し、数歩進んだ所でパキッと音がした。
急成長した蔓に囚われもがく。俺は駆け込んで行き――。
「せい!」
踏み込んで勢いよく剣を振り両断する。
更に視界を横切った別個体を追いかけ近くの森へ突入。
「ココ、プィケーッ」
「ぐっ」
飛び蹴りを咄嗟に剣で受け止めた。衝撃が重くて歯を食いしばる。
そこに背後からの水弾が横をすり抜け命中。次いで光の矢が敵の眼前で弾け閃光を放つ。目が眩んだ様子でコカプアルはよろめく。
閃光が小さな玉となり四方八方に散った。木々や茂みの暗がりを灯りが走る。ほんの一瞬捉えた影を俺は見逃さない。
「トゥワ、こいつを頼む」
「はいにゃ」
入れ替わりに位置を変え、木々の合間へ雷魔法を飛ばす。
枝葉を揺らし別の個体が姿を現した。しかも葉擦れの音は1つじゃない。
(この方向は後方)
ヒヤリと背筋が凍り振り向く。後方にはニーアがいるのだ。
「ニーッ……」
「させませんぞ」
速やかに間へ身体を滑り込ませたバルフェロが防ぐ。
忍ばせていた暗器で払い除ける。滑らか過ぎて一連の動きを捉えきれなかった。
「後方はお任せ下さい」
こっちに向けられた言葉に頷いて敵に向かう。
新たに現れたのは3体。うちの1体はバルフェロが返り打ちにし、最初にいた1体はトゥワが撃破している。残る2体が右に左に駆け回った。
「ふうぅぅ」
背中合わせの彼女が小さく唸った。獲物を狙うように静かな声音。
(隙さえあれば動けるのに――)
魔物から目を離さず機会を窺う。
動けずにいた時、敵1体の足元に暗器が刺さる。柄のオレンジ色の石が輝き、起点にして小さな火柱が立ち上った。突然の炎と熱に慄きコカプアルが足を止める。
「ニーアさん、今です」
「はい」
合図に応じる声が聞こえた直後、盛り上がった地面が標的を挟み込む。
隆起した土塊に弾かれ暗器が宙で弧を描く。思わずそれを目で追ってしまう。使い手が難なく受け止め、即座に2つをもう一方の敵に放つ。
今度のは白金の光を帯び的確に足を狙う。しかも紐状の光が両者を繋ぎ、両足をグルグルと絡めとった。疾走の勢いそのままに魔物が転倒する。
「足止めしてる間にとどめを!」
「わかった」
「やるにゃ」
ニーアの声に応じ、意識を集中させ踏み出す。
それぞれ正面の敵に向かう。俺は土塊に挟まれているほうだ。
「てーりゃあぁぁ」
「乱れひっかきッ」
叫びが重なり合う中で剣を振り下ろす。
一撃では倒せず、後方の2人に追撃して貰いつつ連続攻撃した。
断末魔の叫びを上げて倒れ伏す魔物。起き上がる気配なく、勝利を確信し武器を収める。
手早く獲物を縄で縛りあげ、平原に残してきた奴も回収して中継地点へ行く。
町の外に設営されたテントでは町人の姿があった。彼らは護衛に守られながら解体作業をしている。受け渡しのため列に並んだ時だ。
「フェロウ、てめぇ闇雲に突っ込むなと何度言やぁわかるんだ!」
「アバダダダ、ゴフ」
辺りに響き渡った声につい見てしまう。
テントの脇で海龍族の2人が取っ組み合っていた。フェロウに負けず長身の人物は声音からして男。しなやかな身のこなしで難なく羽交い絞めにする。
「調子に乗んのはなぁ。他所サマの水に適応してからにしろ」
彼は背に錨を背負い、垂れた鎖が擦れて音を鳴らしている。右足にも何か……。
更に特徴的なのは、切れ長の目元に黒茶色の模様があること。最初はくまかと思ったけど、光沢があるからおそらく鱗だ。
周囲にいる生徒達が苦笑いを浮かべていた。彼らの呟きが聞こえてくる。
「関節技って、海龍族同士のスキンシップ怖ぇ」
「肉体派すぎだろ」
「逃げた時は錨が飛んでくもんなぁ」
「ああ。オレ達ん時は普通なのマジ助かる」
近づきたくない様子の生徒らの前で、フェロウが関節を外して抜け出す。
しかし完全に離れる前に男が素早く足払い。転んだ隙にすかさず組み伏せた。囚われたほうは激しく手足で地面を叩く。
「離せ! ロゥギル嫌い~」
「おう、嫌いで結構。反省するまでとことん締め上げっからな」
「アギャバパパー」
(あのフェロウが形無しだ)
恐るべき光景を目の当たりにした気分だ。
闘争にも見える過激な交流から静かに視線を外す。俺は見なかったことにし、受け渡しを済ませて仲間とその場を後にする。
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2日目、やることは昨日と大して変わらない。
受講生は特別日程で、俺達も朝から森で対応に当たっていたけれど……。
「ひと雨降りそうですな」
「うーん。あ、本当だにゃ」
昼を前にして2人の口から零れた言葉に空を仰ぐ。
雲が流れるばかりで変わらぬ青空だと思う。でもバルフェロ達が嘘を言っている風にも思えない。鵜呑みにする訳じゃないが、玄人の助言は頼りにすべきだ。
「雨が降ったら戦い辛くなるね」
「匂いも流れちゃうにゃ」
「では一度帰りますか?」
「すぐ止むなら待つのも出だよ。その辺どうなの」
トゥワは耳を動かし首を傾げた。一方でバルフェロは長雨ではないと言う。
「続行なさるのでしたら罠を張っては如何でしょう」
「罠ですか」
問い返す俺に相手は「はい」と頷いて答える。
「例えば索敵は音を利用すればいいのです。悪天候で魔物の動きも鈍りましょう」
「毛が濡れちゃうにゃぁ」
「ええ、身体を冷やしすぎないようにしないと……」
仲間達が「どうする」と俺に意見を求めてきた。
ちょっと考えて罠を張ると決断する。皆に意向を告げ、僅かに難色を見せて女性陣へ真剣な気持ちで口を開く。
「厳しそうだったら戻るから。とりあえずやらせて、お願い」
誠心誠意に頭を下げて頼む。少ししてから2人の声が返ってくる。
「うぅ、わかった。ミャーの忍耐力を見せてやるにゃ」
「仕方ないですね。皆さん、体調管理は徹底して下さい」
「決まりましたな」
「はい」
決まったら即行動だ。助言に倣って木々の合間に糸を張っていく。
辺りが暗くなっていく中、糸に鳴子を取りつけていった。最適な場所を選んで地面を掘り進める間に雨が降り出す。
土や泥で汚れるのも厭わず木の葉で隠して次に行く。
複数の箇所に仕掛けて天雫を避けるように移動する。集合地点の木陰にたどり着き、外套の水気を払った後、そっとカップが差し出された。
「冷えたでしょう。どうぞ」
「ありがとうございます」
バルフェロから湯気の立つカップを受け取る。
中身はコーンスープだった。ふぅ、と息を吹きかけながら飲む。
(あったかぁ。生き返る~)
身に染みる幸福感に目を細め、自然と頬が緩んだ。
彼は同じように水筒から注いだものをニーア達に渡す。
最後に自分の分を入れ、幹の傍に歩み寄り立ったまま飲んでいた。視線は水の滴る森を見据えふと独り言ちる。
「こうしていると、親友や坊ちゃまを思い出します」
控えめな声音だった。誰だろうと思いつつ彼の横顔を見つめる。
しとしとと降りしきる雨音に耳を傾けて身体を休めた。心地のいい水の調べは、なんて穏やかなんだろう。
(はぁ、平和……)
――カランコロン。唐突にけたたましい音が耳に届く。
(じゃないよ!?)
反射的に腰を上げて俺達は駆け出した。
ぽつぽつと顔に雫が当たる。浅い水溜まりを踏み抜き、枝葉を払い除けていく。草が服越しに手足を撫で、湿った土の匂いがする中を進む。
(この変か)
俺は足を止め周囲を注意深く見回す。視界は最悪で見つけられない。
だが再び音が響き、後ろの枝から足音が聞こえた。見なくても自分を飛び越え消えていく後姿でわかる。あの軽快な動きはトゥワだ。
ニーアは、バルフェロと一緒か。安心して先を行く仲間の後を追う。
『トゥワ、どこ』
進んだ先で能力を使い呼びかけた。
答えるように木の葉が揺れ、殆ど音を立てず件の人物が姿を現す。彼女がある一転を指示した。視線を向けると木々の向こうに動く影がある。
直後、バキバキと木が割れる音が聞こえた。俺は後続の2人に腕全体で方向を示す。互いに頷き合って同意を伝え、慎重に茂みの中を近づいて行く。
「ココ、コプゲー」
「おお、かかってる」
かなり深く掘ったから出られないようだ。
落とし穴に余っている間にとどめを、と思った時、また鳴子が鳴り響いた。
「距離はある、けど逃げられちゃうな」
「さっさと仕留めるにゃ」
先に行って足止めするというトゥワをニーアが止める。
1人で行くのは危険だと言う。それから少しの間、沈黙してから口を開く。
「仕方ありません。気は引けますがこうしましょう」
彼女は杖を掲げ、短く呪文を唱え、大量の水を穴に注ぐ。
十分に満たされた穴に今度は岩の蓋をする。すぐに切り替えた様子で「行きましょう」と言われた。
(思い切ったことするな)
背筋が冷える心地を覚えながら次に向かう。
時々聞こえる音を頼りに敵を追跡する。最中、空から晴れ間が差し始め雨脚が弱くなっていく。
近くまで来たところで俺の傍らにバルフェロが立つ。その腕からそっとニーアが降ろされた。遅れてトゥワが木陰から飛び出す。
「見つけた、あっちにいるにゃ」
すぐ近くだと彼女が一転を指し示して言う。
「近くに私が仕掛けた罠があります」
「じゃあ、そこに誘い込もう。罠はどっち?」
「あちらです」
「ならミャーが囮になるにゃ」
援護を頼んで、俺達が頷くのを見てから走り出した。
即座にニーアが木々のほうを向き何か語り掛けている。傍に守護者の存在を確かめ、俺は囮役の援護に向かう。
予測地点に来て、身を潜めつつ周辺を警戒した。
(他の敵はなし、と)
注意が反れそうなものがないかを確かめる。あれば排除しなければならない。
次第に鳴き声と破砕音が近づいてくる。気になってそっちを睨んだ。
「来た」
小さく呟き、身をかがめた。
ほどなく2つの影が勢いよく眼前を通り過ぎる。
完全に見えなくなってから移動した。辛うじて見えたトゥワは迷わず進んでいる感じだ。
(向こうで何かしてるのかも)
先回りしたり、追い抜かれたりして罠の地点までたどり着く。
ここまで何事もなかった。安堵と緊張の入り混じる心境で待ち構える。
「コーブェケー!!」
「ここで終着にゃ」
泥沼目前でトゥワが高く跳躍。一瞬目が合い、しゅたっと空中で静止した。
僅かな間、その足は風に立ち、また軽やかに飛び陸地に着地する。一方で魔物は沼にハマって泥をまき散らし暴れていた。俺は茂みから出て雷魔法を放つ。
「もう1発、雷よ」
降り注ぐ雷に打たれ、うっすら煙を上げ敵は泥に沈む。
太陽の光が差し込み辺りを明るく照らし始める。沼面を凝視している時に仲間が全員集合した。
「さすがに疲れました」
「うん、一度撤収しようか」
「ミャーはまだ平気だけどにゃ」
「無理は禁物ですよ」
「ほっほっ、では回収を済ませて帰りましょう」
安全を確認してから罠と獲物を回収していく。
後処理を終わらせて、途中受け渡しをした後に町へと帰還した。
寮に戻るため街道を歩く。
その時、横を通り過ぎる馬車に目が留まった。あの紋章入りだ。
追った先でバルフェロの横顔が目に入る。彼もまた馬車を見ていた。しかしすぐ視線を外し、こっちに向き直って言う。
「申し訳御座いませんが、本日はここでお暇して宜しいでしょうか」
声に反応して他の2人も振り返ったようだ。
全員の気持ちは同じで快く受け入れる。答えを聞いたバルフェロは、礼儀正しく会釈を返し踵を返して行った。馬車が去った方角と同じなのは気のせいだろうか。
つい勘ぐってしまう自分を叱咤して、俺は皆と一緒に寮への道を歩き始めた。
ダメだぁ、頭と鼻と喉が……心なしか背筋も寒いような……。
ただでさえデリケートなキャラ達なのに……。所々おかしなことになってるかも。




