第52話 紫瑶、涙の告白
約3日間の滞在を終え、道中の護衛をして王都に戻ってくる。
邸宅へと続く門と道を進んで馬車は停まった。俺は馬から降り、そっと撫でて労い、やって来た使用人に手綱を渡す。その後は部屋に案内されて依頼主から報酬を貰う。
「ご苦労でした。こちらも是非どうぞ」
一緒に渡された物を確かめて勢いよく顔を上げる。
「オリハルコンの糸、いいんですか」
「もちろんです。必要になったら使って下さい」
「ありがとうございます」
ニーアのほうも植物の種を貰っていた。
東のほうの物らしい。とても嬉しそうな顔で感謝を伝えている。
「じゃあ、学園で会おうにゃ」
「うん、またね」
「また会いましょう」
挨拶を交わし合い、アシュレイに頭を下げて邸宅を後にした。
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休日に欠席分の補習を受ける。帰りに寄り道をしたくなって町をぶらつく。
当てのない散歩だったけど、目の前に停まった馬車から降りてきた人物に足が止まった。俺と馬車の間隔は離れていたが紫瑶で間違いない。
同乗者のほうを向き口を動かしている。雑多な音に紛れ声は聞こえないが、彼女の横顔がふと気になってしまう。固いというか、張りつめているというか。
衝撃を受け、声を掛けられぬまま人波の中へ姿を消してしまった。
(遠かったし、相手がすっごい偉い人だったんだよ。きっと)
適当な言い訳を心の中に落として俺は帰路につく。
せっかくの気分が抜けてしまったのだ。寄り道は諦めて寮に戻ろう。
夜、風に当たりたくて忍び足で室内を歩く。
部屋を出る時に鞄へ手を伸ばし腰につける。なるべく持ち歩くようにしていた。寮の屋上に足を運び、柵に腕を置いて軽く体重を預ける。
月明かりが淡く照らす中で、肌を撫でる風が気持ちいい。思わず目を細めて余韻に浸りながら景色を眺めた。
「見慣れた眺めだけど落ち着くなぁ。て、あれ?」
少しだけ前かがみになって眼下を凝視する。飛びもせず通りを歩く人影を――。
(こんな時間にどこへ)
深く考える前に俺は糸を使って屋上から降りた。
いけないと思いつつ寮を抜け出す。暗闇によく映える影を追いかけていく。途中で見失ったが、ふわりと舞い降りた羽に天を仰ぐ。
鐘塔の屋根に淡く光を反射するものを見た。
扉は当然だけど開いてなくて、罪悪感を抱きつつ糸で壁面を行く。鐘のある階から屋根に上り、翼を持つ背中の前に立つ。
闇に溶けるような色の髪と翼が風を受けていた。彼女の身を包む羽衣の長い裾と袖がはためく。
「紫瑶!」
思わず名前を叫んでしまっていた。
肩を震わせ、振り向いた瞬間に目元から輝く粒が零れる。髪飾りが鈍く月光を跳ね返す。視界に移った光景に思わず目を見開いてしまう。
次いで紫瑶がはっと気づいた様子で、顔を背け袖で涙を拭った。そして、もう一度振り向く。
「お見苦しいとこ見せちゃッタ」
照れたような苦笑いを向けられ、首を振って応える。
再び彼女は顔を逸らす。彷徨うように足元を見つめて、最終的にまた夜景へと向けた。どこか遠い目で、外さないままにか細い声で言う。
「話、聞いてくれル?」
「うん」
数秒ほどの間をおいてから紫瑶が次の言葉を告げる。
「実はね、今日、従弟の話を聞いたノ」
「…………」
「ずっと行方不明で、死んだと思っテタ」
口を開きかけてやめた。よかったね、とは言えなくて。
なぜなら彼女が、ほんの一瞬困ったような顔を向けたからだ。親戚が生きていて嬉しくないのか。そんな疑問が脳裏を過るが、辛うじて相槌をうち沈黙を続ける。
「ボクの従弟、雷 浩然っていうのネ。で、なんかローデリムにいるみタイ」
「いろいろ難しいね」
難しいと感じた理由を敢えて言わなかった。大変だともだ。
紫瑶は緊張を解すように伸びをする。それから息を1つ吐いて振り返った。
「そろそろ里に帰らないといけナイ」
「へ、へぇ。そうなんだ」
「うん、思わぬ収穫あったケド。ボクには成すべきことあるカラ」
覚悟の光を宿しつつ僅かに揺れる瞳だ。
相手の視線をまっすぐ受け止め、飾らずに「頑張れ」と伝えた。もうすぐ彼女は学園からいなくなるのか。寂しい気持ちはあったけど純粋に応援したい。
「きっと、また会えるよね。いや会いに行く」
「えーっと、ボクの故郷。簡単に入れないヨ」
「試練とか必要な感じなの!? ど、どうしよう」
どうやったら立ち入り許可が得られるんだろう。
あれこれと想像していたら、紫瑶は腹を抱え満面の笑みで声を上げる。
「大丈夫、たぶんどこかで会えるヨ」
「どういう意味、テキトー?」
「大天を仰グ、騒乱起こりし刻、我義をもって行カン」
詩的な物言いに眉根を寄せた。答えになっているようでなっていない。
明確な言い方をしないのは彼女なりの配慮なのか。紡がれた言葉の意味に考えを巡らせる。直後、目の前で翼が広がった。数枚の羽が抜け風に舞う。
「話、聞いてくれてありがとウ。気持ち楽になッタ」
こっちの返事を聞かず、羽ばたき飛び去って行く。
眼前に舞い降りた1枚の紫がかった黒い羽をそっと掴む。
闇夜にさす灯りを受け、艶めくそれを見つめ、次に羽の主が飛び去った方角を見据えた。今はただ、時間だけが静かに刻まれていく。
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休日の補習が明けて、これまで通りの登校日がやってくる。
でも短期交流生だった彼女の姿は学園のどこにもない。皆が名残惜しげに噂していた。もっと話をしたかっただとか、寂しいだとか。どんなに言おうと日常は変わらず流れていく。
午後の講義で俺はトゥワと一緒になっていた。科目は普通科と合同の家庭科だ。
「今日はよろしく」
同じ班になったトーマスが言う。彼は面子をみて「頑張ろうね」と言い足す。
冒険科が一緒なのは、旅先で必要になる技術だからだろう。
「裁縫はタルホに教わってるから任せて」
「頼りにしてる~」
適当な返事をする傍で不安げな声が上がる。
「ちょっと自信ないにゃ」
「トゥワちゃんは苦手なんだ」
「うん。こういうのはシゥバのほうが得意だったから……」
「へぇ、友達? それとも家族?」
「幼馴染だにゃ」
班内で盛り上がる中、俺はふと周囲の人々に視線を流す。
普通科の生徒に交じってフェロウが渋面を作っている。面倒だ、なんて声が聞こえるくらいだ。ハロルドは髪を弄りながら格好つけていた。
(アイツ、裁縫なんてできるのかな)
ロープクラフトの講義が思い浮かぶ。
まあ、班の人だっているし、気にすることじゃないか。
(そうだ、ギルバートもいる筈だよね。どこだろ)
目立たないよう密かに姿を探す。他より特徴が弱くて視線が彷徨ってしまう。
ようやく窓際に姿を見つけた時、教師が入室してきたらしい。ざわつく気配と音で気づき顔を向ける。
今回の課題はポーチ作りだ。道具は技巧科が貸し出してくれて、基本的な説明が終わってから各自で動き出す。
「難しそう。早速不安になってきた」
本音を漏らすとトーマスから呑気な声が返ってくる。
「気楽にやろーよ。別に職人レベルを求められてないしさ」
「ほら、早くしないと時間なくなるにゃ」
促されてまずは材料と道具を用意した。
適度な大きさのレザー布と、ベルトにつける用の金具や留め金。接着剤や針にろうそくと1つひとつ確認して机に並べる。
必要な物が揃ったら席に座り作業を始めた。定規を使って線を引き、レザーを2枚切り取っていく。その後は接着部を薄く削る。
「あれ、意外と……」
「ぬぁ~イラッとくるにゃ」
口部分を折り返し叩いて接着していると、向かいから苦渋の声が聞こえた。
声のほうを見ればトゥワが針に糸を通そうとしている。
「縫う時、杭で穴開けたほうが通しやすいよ」
「そうなんだ。トーマス、ありがとう」
互いに教え合いながら作り上げていく。
縫い終わりの所を火で炙り、角を調整してひっくり返す。
大きさの違う杭で穴を空けて留め金をはめ込む。ベルトにつける用の部位も、ここまでの作業でやったことを応用すれば問題ない。
「できた。結構いい感じ?」
完成したものを試しにつけてみた。
大きさは普段使いしている鞄より小さいか。
武器や主な道具類はかなり選びそう。入れられる量は期待できない。
(でも、ちょっと出掛ける時の小物入れにはいいか)
このポーチに糸針を仕込んだ手袋は無理か。
身軽なのは良いけど用途に迷うな、と考えた。やっぱり見た目よりもそっちが気になってしまう。町で暮らす分には全然いいんだろうけど……。
「ねえエミル、オイラのはどう。割と力作だと思うんだ」
「どれどれ、おお上手いじゃん」
「トゥワちゃんは今どのへん」
トーマスが尋ねながら目を向けた。トゥワはまだ縫い合わせ中だ。
凄く集中していてこっちの声に気づいてない。
「話しかけないほうが良さそうだね」
「そうだね」
話しながらそっと他の班を覗き見る。
ハロルドは妙に力の入った顔で手元を睨んでいた。放心している風なフェロウを通過し、ギルバートへと視線を流す。
もう終わったのか、彼は窓の外を眺めている。ふと気づいた様子のギルバートと、視線が合いそうになり慌てて外す。
(ビビった)
胸が酷く騒いだ。自分でも変な行動をとっている気がする。
時間がきて教師が全体に呼び掛けた。物音が一瞬だけ大きくなり、次第に落ち着いて次々と席を立つ。話し声が増えて遠ざかっていく。
片づけ終わった机に突っ伏すトゥワが視界に入る。
「お疲れ。無事完成したの」
「なんとかにゃ~」
ひらひらと手に持つものを見せてきた。
素人目にみてもよくできていると思う。だから「上手だね」と伝える。
これから昼休みなので、彼女が起き上がるのを待ち食事に誘う。いいよと答えが返ってきて、一緒に教室を出るのだった。
余談ですが、紫瑶の衣装などはとあるBL作品の影響を受けてます。
賛否両論はあると思うけど、個人的に大好きな物語の1つです。正直、表記を羽衣にするか、漢服とするか悩みました。
どうにも頭が回らなくて……。プロットとメモのおかげでなんとか。でも後で書き直すかもしれません。




