第51話 トゥワの決心&ちょっぴり観光
宿に戻ってからは自由時間を貰えた。
部屋まで来て扉を開け、入った後でふうと息を吐く。肩の荷が下りた心地で荷物を置き窓を見る。空は暗く星が輝いていた。
眺めるのはほどほどにして、時計を確認し風呂に向かう。
着替えを手に持ち通路を進んでいるとトゥワの姿を見かけた。共用テラスの片隅で尾を揺らしながら空を見上げていた。凝視していたら別の方向から声が掛かる。
「エミル君、トゥワさんを見かけませんでしたか?」
「あ、ニーア。トゥワならあそこにいるよ」
横に視線を流して一瞥し、再びテラスへと戻す。
先に踏み出したニーアを追って俺も近寄っていく。背を向けていた彼女は耳を動かし、勢いよく振り返った。一瞬だけ顔を逸らした後で静かに頷いてみせる。
(何、この空気。決心でもしたみたいな……)
考えてみて、はっと気づく。護衛のことで頭がいっぱいですっかり忘れていた。
お試し期間が少し過ぎちゃっている。急がせるつもりはないけど、ずっと悩んでいたんじゃないだろうか。
(聞いたほうが良かったのかな。でも忘れてたし)
しかしまだ決まった訳じゃない。気持ちを落ち着けて言葉を待つ。
目の前に立つ相手は、僅かに身体を震わせ大きく息を吸う。
「遅くなってごめん。改めて、卒業までよろしくにゃ!」
直後は口を閉ざしたまま目を瞬く。
次第に実感が湧いてきて、気分がわっと沸き立った。
「ちょっと待ってください。私、特に何かした覚えがないのですがっ」
「言われてみれば、まだ護衛終わってないし目立った活動してない」
急に体感温度が下がり冷静さを取り戻す。
つい喜んじゃったけど、アピールらしいことをしてない気がする。判断基準を測りかねて脳裏に動揺が走った。
だけどトゥワは「そんなことない」と首を振って言う。
「群れを何だと思ってるの。居心地や動きやすさは日頃の態度に現れるにゃ」
あと匂いが好み、と力強く断言した。絶対最後のこれが一番の理由だ。
「えへへ、ありがとう」
「ちゃんと見てくれて嬉しいです」
「当たり前でしょ。まあ、2人はちょっと放っとけないのにゃあ」
「ああっ、今さりげなく頼りないって言っただろ」
「言ってないにゃ~」
ふいっと顔を背けて軽い調子でからかってきた。
一段と明るくなった場の空気の中、改めて「よろしく」と言葉を返す。今後も一緒に活動できる喜びに胸の内が温かくなっていく。
話に一区切りがついた頃、ニーアが優しい所作で手を合わせて微笑む。
「では早速、トゥワさん一緒にお風呂へ入りましょう」
途端に誘われた当人の尾が逆立つ。脇をぴたり占めて硬直した。
軋み音が聞こえてきそうなぎこちなさで振り向く。
「お、お大風呂は勘弁だにゃ」
「誰も大きいお風呂なんて言ってませんよ。清潔にしないと万病の元です」
「綺麗にするのは賛成。でも水溜まりは嫌にゃー!!」
「大丈夫、足はちゃんとつきます。掴まってれば溺れたりしませんからねぇ」
「ミャーは泳げる。違うの、そうじゃないのにゃ~」
逃げようとするトゥワを、ニーアはがっちり捕らえ連れて行く。
情けない叫びを上げながら2人は去って行った。まるで嵐が過ぎ去ったみたいな静けさの中に、1人立ち尽くしてしまう。
(また違った意味で賑やかになりそう)
彼女達の姿が見えなくなった後、気を取り直して俺も歩き出した。
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翌日、鷹狩が終わっても別件で滞在は続く。
部屋を出てから仲間達と落ち合う。他の護衛と顔を合わせた時は挨拶を交わし、俺ら学生組はお休みを貰って外に出かけた。特訓は大切だけど観光もしたい。
(昨日はいろいろ疲れたからなぁ)
「どこから行こうか」
「そうですね。せっかく芸術の町に来たんですし出展巡りしたいです」
「食べ歩きもしたいにゃ」
「よーし、回れるだけ回っちゃおう」
高らかに宣言した俺に2人も続いて声を上げる。
意気揚々と並んで歩き出す。調和のとれた建物の中に散りばめられた美と芸の産物。中でも目に留まったのは大きな噴水だ。
水面の中心に立つ3柱の女神像は美しい。だけどなによりも、幾重もの滝と水のアーチを飾る極彩色の泡と花が綺麗だった。
「すっげぇ~! 華やかだし、あの浮いてるのって魔法かな」
「像のモチーフは光、水、大地の女神様ですね。なんて神々しいのでしょう」
「んん? 真ん中の女神様だけ分身してるにゃ。どうして……」
トゥワが言う通り、中央に立つ像は1対だ。
腰から下の衣装が繋がってて、離れてないから鏡に映した風になっている。
「それはですね。光の女神様には同一説と姉妹説があるからです」
「同じ理由で闇の神様もそんな感じだよ。夜の神様が弟だとかそんな感じ」
「ややこしいにゃ」
彼女は頭を抱えるように手を当てて唸った。
正直にいえば半分くらいは同感だと思う。でも神話ってそういうものだとしか言えない。俺達の説明にしばし悩んでいた様子だったけど、やがて何か合点が言ったように頷く。
(なんだか知らないけど納得したみたい)
自分なりのうまい例えを考えついたのだろうか。
絶景に満足したら次の場所だ。人通りの多い道をはぐれないように歩いた。
その途中、さる店の前でローズマリーの姿を見かける。互いに気づいて自然と足が進む。
「ごきげんよう。皆さんもお出かけですか」
「うん、観光中」
「まあ、それは楽しそうですわね」
「はい。とっても楽しいです」
合間にちらりと看板と傍のメニューを見る。
「お菓子がうりの店っぽいね」
「ええ、ここのパフェは絶品ですのよ」
絶品のひと言にトゥワがゴクリと喉を鳴らす。
尻目にみた彼女の様子は興奮しているっぽい。これは引き下がらない雰囲気だ。
「せっかくだし食べてく?」
「いいのにゃ。食べる~」
「清々しいまでの食欲ですこと。でも気持ちはわかります」
「私も気になってきちゃいました」
すっかり気分が乗って、皆で一緒に店に入っていく。
お洒落な壁紙や磨き抜かれた机が並ぶ店内。奥から甘い香りが漂い、やや女性客が多かった。入った瞬間は妙な圧迫感が胸の奥にわだかまる。
けれど軽い空腹感と、仲間達の穏やかな顔がすぐ忘れさせてくれた。
店員の案内で窓際の席に座ってメニューを眺める。パフェと言ってもトッピングの種類は豊富だ。他の料理だってあるから悩んでしまう。
「どれにするか悩むなぁ」
「ローズマリーさん、おススメは何でしょう」
「わたくしは苺クリームが一番好きです。でも気分で決めればいいと思いますわ」
「ミャーはこのフルーツミックスにゃ」
和気あいあいと談笑しながら注文を済ませた。
少し経ってから俺の前に、チョコとバナナのコーンつきパフェが届く。
早速、匙でひと口分を掬い頬張る。口いっぱいに広がる仄かな甘さが美味い。コーンのぱりぱり触感も最高だった。クリームをコーンにつけて食べるのも格別だ。
「うんまぁ~」
「そうでしょう。はぁ、この味たまりませんわ」
俺の感想に明るく返し、ローズマリーは苺を口に運んで微笑む。
その隣では色鮮やかな果物が乗った一皿を、トゥワが黙々と食べていた。こっそり横を見たら、ニーアが美味しそうにメロンのものを食べている。
(あれ、今……)
視線を前に戻した時、ローズマリーの笑顔が一瞬切なそうに見えた。
何度か瞬きつつ凝視してしまう。不意に彼女と目が合って小首を傾げられる。その時にはもう憂いの色はない。見間違い、あるいは勘違いだったのか。
「そういえばハロルド達とチーム組むんだよね。うまくやれそう?」
苦し紛れに問いかけた内容につい動揺する。我ながら唐突過ぎた。
対する相手は口元を隠すようにふふっと噴き出す。
「ご心配なく。ハロルドさんは紳士で面白い方ですし、ギルバートさんも視線がちょっと気にかかりますが頼もしい方です」
「視線が気になるって、それ大丈夫」
相手が相手だけに不安になってしまう。
転生者ってことはないと思うけど、魔装使いという珍しさから油断ならない。それ以前にお嬢様なら狙われる理由は幾らでも思いつく。
「今のところ実害はありません。悪意は感じられないですし、人間観察のようなものだと思います」
「仮に何かあっても、ローズマリーなら軽く捻り潰すにゃ」
「おほほほ、そんな野蛮なことは致しませんことよ」
(否定してるけど、めちゃくちゃやれそう)
過去の活躍っぷりを思い出して口元が引きつった。
襲ってきた側に同情する結果が目に浮かぶ。だが心配なのは変わらないので「気をつけてね」と注意を促す。相手が力強く頷くのを認めて話を切り上げた。
美味しいパフェを存分に味わい満足して店を出る。まだ時間があるということで、4人揃って再び町中を練り歩く。
路上で演奏する音色に耳を傾け、足は次第に美術館へと向いた。
入館料を支払った後は皆で絵画や彫刻を見て回る。ぐにゃりとした変な絵を見て眉間に皺を寄せ、細やかで勇猛な大牛の像に歓声を上げそうになった。
「よくわからなくても結構面白いね」
「詳細な知識がなくても楽しめる。その心意気が素晴らしいですわ」
唐突に褒められ照れてしまう。素直に、感じたままを言っただけだ。
少し離れた所でトゥワがあくびを零した。ニーアは静かに絵を眺めている。
ゆっくり歩みを進め、一段と広い部屋にたどり着く。中心には大きな絵があった。薔薇窓のステンドガラスから光が差し込み、床や壁に模様を映し出す。
「めっちゃ大きい。しかもコレってまさか」
すぐ横に寄ってくる足音と並び立つ人の息遣い。
「魔導王国エルメシアの想像図ですわね」
「かつてあった神祖族の王国だよね?」
「ええ、これと似た壁画がミゴン遺跡にあると耳にした覚えがあります。いえ、あちらが原点なのかしら」
(ミゴン遺跡、そっか関係あるかもしれないんだ)
「また難しい話かにゃ」
気落ちした声音にニーア達が苦笑いを浮かべる。
共感を覚えつつも改めて絵を見てみた。空や地に数多の人と動物がひしめき合う。彼らが立つ背景は歴史を感じる趣があって、厳かな印象を受ける建築群だ。
全体的な色合いは緑と青。そこに他の色が星々みたく散りばめられている。
「お城の真上に浮かぶ花、蓮に似てますね」
「本当だ。なんだろうね、アレ」
淡い光のベールに覆われ、大きな花は浮かんでいるように見えた。
魔装を作ったという謎多き種族。冒険に出たら調べてみてもいいかもしれない。
(やりたいこと増えたかも。早くいろんな所見てみたいよ)
そう思いはしたが冒険は命がけだ。今はきちんと学んでいこう。
自分の中で考えをまとめ、他を見て回り、美術館を出たところでローズマリーと別れる。ゆるゆると町を散策する中で、時間は瞬く間に過ぎていった。




