第49話 行く先での再会
朝目覚めて、支度をする最中に窓を叩く音が聞こえた。
カーテンを開けてみると鳥が止まっている。生物らしくない雰囲気に、もしやと合点がいき窓を開く。
鳥は翼を広げて机まで飛ぶ。そして静かに解け紙片となった。予想通りの現象を見て、俺は飛びつくように近づき手に持つ。
(やっぱり蓮之介からだ)
開いて文面を読んでいく。所々に筆圧が滲んだ文字がある。
何度も考えて、筆を止めながら書いたのだろうか。そんな想像が頭に浮かんだ。
「頑張ってるなぁ」
読み進めていく間に思わず呟いてしまった。
手紙には依頼をこなしつつ修行に励んでいること。道中で出会った人々のことが記されている。隣国に足を運んだという彼を羨ましく思う。
勇者の国へ行ったのなら勇者には会えたのだろうか。手紙からは読み取れない。最近噂を聞いたばかりだし気になってしまう。
(でも今は鷹狩。そろそろ行かなくちゃ)
机に置いてあった鞄を持つ。一度開いて中を覗き込む。
着替えや教本、日用品はよし、貴重品の財布と魔法印もちゃんと入っていた。忘れ物はないのを確かめ大きいのは背負い、小さいのは腰に着けて部屋を出る。
途中で軽く朝食を済ませ、ニーアと落ち合い、一緒に町を歩いて行く。
「この辺はあまり来たことなかったかも」
店が多く立ち並ぶ通りと違い、この辺りは落ち着いた雰囲気が漂う。
「私は前にも少しだけ。ほら、あの先に魔法具屋があるんですよ」
彼女が角を示して言った。紹介されたけど店は見えない。
静かに過ごせそうな喫茶店や、上品そうな店がちらほらと見えた。地図を手に道を進んで宝飾店の前までやってくる。扉には閉店を示す札が下がっていた。
「えーっと、裏って言ってたよね」
「はい。そう言ってました」
許可が下りたと告げられた後日、またトゥワが訪ねて来たのだ。
伝え忘れたと場所を告げられ、地図で確認して今ここにいる。言われた通りに店の裏手へと回り込む。そこには立派な庭つきの邸宅があった。
外側から見ても店舗と繋がっていそうな造りだ。大きな門の奥は噴水と像が並び、美しい円を描いて道が玄関まで続く。路上には馬車が4つ止まっていた。
「おはよう。待ってたにゃ」
軽快な足取りで駆け寄ってきたトゥワが言う。
俺達が挨拶に応えると、彼女はひと言入れた後に顔を近づけ鼻を鳴らす。
「もしかして変な匂いしてる?」
「え、そんな私ちゃんと……」
学園で会う時はこんな行動しないから戸惑った。
どんな意味があるのか、不安に感じて聞く。すると相手は顔を遠ざけ、普段通りの調子で答える。
「仲間の心得だにゃ」
「わかるような、わからないような」
「すみません。もうちょっと詳しくお願いできますか」
僅かな沈黙が流れ、何度か瞬いてからこう言う。何かに気づいた様子でだ。
「その日の調子は匂いに聞くにゃ。2人のいつもは覚えてるし」
「へ~最初の時のアレはそういうこと」
「あの時は驚きましたよね」
零された感想に共感したし、行動の意味を今にして納得できた。
行動の意味を知ったところで、紹介するからと俺達は導かれていく。暖かな色味と上質な調度品の置かれた邸宅内を進む。案内された扉の前で一度足を止め、声を掛けてから入室する。
そこには家主と思しき青年と、執事服の男性が立っていた。主人に会釈をした執事と入れ違う。
(んん、この人どこかで……)
見覚えがある気がするけど思い出せない。
対面した金髪碧眼の青年は柔らかい微笑を浮かべている。
「アーシュ、ミャーの友達を紹介しますにゃ」
まずは挨拶と自己紹介をした。それから次の言葉を紡ぐ。
「この度は同行の許可を頂きありがとうございます」
「失礼のないよう努めますので、よろしくお願いします」
全身が固くなり、声が震える心地でなんとか言い切った。
姿勢を崩さないまま内心ほっとする。青年は丁寧な所作で胸に右手を添えて言う。
「ボクはアシュレイ・フォルスチャップです。エミル君とは1年振りくらいですね」
(思い出した。前にインクリッドさんと一緒にいた人だ)
「はい、あの時はご一緒できて楽しかったです」
「こちらこそ楽しかったですよ。いつもトゥワがお世話になってます」
いやいや、世話になっているのは俺だろう。
無理を言っているのだし、素直にとんでもないことだと伝えた。優しげな相手の風格が場の空気を和らげ、適度に緊張感を宥めてくれる。
初見の対応が終わった後は、鷹狩の大まかな流れを確認だ。
「少々の遠出になってしまうけど、よろしく頼みますね」
はい、と3人で声を揃えて応じた。
退室して外に出たら、執事が護衛の人らと話す姿を見かける。
「君、ちょっと宜しいかな」
「構いません。何でしょうか」
早速誰かに呼び止められた。視線をやると使用人風の男性が立っている。
自らを鷹匠と名乗った彼は、俺を上から下までじっくり見て口を開く。
「聞いてた通りの出で立ちだね。悪いんだけど、あの馬車には基本近づかないように頼む」
鷹匠は格子つきの小窓がついた大きい馬車を指で示す。
「わかりました」
申し訳なさそうに「中の子らが神経質になるから」と告げ立ち去る。
ほどなくしてアシュレイが豪奢な装飾の馬車乗り込む。俺は借りた馬に、ニーアは馬車の1つに乗った。トゥワはわざわざ頼んで護衛側の馬車に行く。
順に走り出す馬車と並走する騎馬。遠征地キャンパニアへ向け出発した。
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昨今の出来事から警戒していたが、野営込みの道中は何事もなく進んだ。
忌避剤を備えつけた柵を越える。一歩踏み入れてまず目に入るのは、通りや広場で存在を主張する芸術品の数々だった。
(ここがキャンパニア。うぅ、目がチカチカする)
光り輝くとはまた違った眩しさだ。つい目移りしてしまう。
動物や女神の像、泡を吹く噴水が見える道を通っていく。風向きによっては潮の香りがするそうだが今はしない。
(予定じゃあ、宿に寄ってから会場に行くんだっけ)
頭の中で時間割を思い起こしながら追従する。
準備の際に届け出を出しておいて正解だった。周囲を眺めている間に宿に着く。指定の場所に馬車を停めて、護衛らしく依頼人について中に入る。
客人を出迎える位置に、森の女神みたいな絵画が掛けられていた。
(わぁ、ニーアみたいだ。綺麗だな)
額縁に納められた美女が、親しい人と重なり魅入られそう。
「エミル君、おいてかれちゃいますよ」
「ごめん。今行く」
手放しかけた心を引き戻し慌てて追いかける。
会談の場として設けられた一室で1人の男性と合流した。アシュレイが品性良く挨拶を交わし話す。失礼のないよう部屋の片隅で静聴する。
どうやら水の都アクアリオから来た参加者の1人らしい。
「おや、今回は随分と可愛らしい護衛を連れて来たんだね」
「ええ。勉学の一環で同行して貰っています」
「ほう、となると学生さんか。実はね、私も同じ年頃の姪を連れて来ていてね」
次第に話の方向性が、鷹狩と関係なくなっているような……。
戸惑っている間に手招きされてしまう。俺達は大人しく従って歩み寄った。一定の距離を保ち、静かに会釈をして言葉を待つ。
(どうしよう。難しい話されたら答えられないぞ)
まさか話を振られる展開になろうとは思わなかった。
相手の男性はこっちを見つめ、やがて相好を崩す。
「勉強と護衛を両立するとは偉いね。是非、私の姪とも仲良くしてやってくれ」
「は、はいっ」
傍らの2人も同様に返事を返した。交わす言葉はほんの僅かだ。
退室を許され、他の護衛へと会釈をして先に出る。扉が閉まると同時に俺は胸を撫でおろした。肩の荷が下りた気分で通路を歩く。
「まさか話しかけられるなんて思わなかったよ」
「ええ、今も身体が強張ってます」
「2人ともお疲れにゃ」
労いのひと言を告げ、トゥワが足取りも軽く先導する。
「姪御さんってどんな人だろう」
「気になりますよね。お部屋にいらっしゃるのでしょうか」
「ぬふふ~。きっと驚くにゃ」
含みのある言動に絶対何かがあると感じた。
教えられた部屋の前で、ちょうど扉が開き鎧姿の少女が出てくる。目が合った瞬間、互いに間の抜けた声を零す。なぜならローズマリーだったからだ。
彼女は薄紅色のブラウスにリボンタイをつけ、チェック柄のジョガーパンツを履いていた。制服じゃないのが逆に新鮮かもしれない。
「なんですの。まじまじと見て」
「ごめん! いつもの印象が違うから、その、見惚れちゃった」
「今日は一層凛々しい装いですね」
つい取り繕ってしまったけど、相手は僅かに頬を赤らめ表情を和らげた。
活発そうな服装に反し、淑やかな所作で「ありがとう」と告げる。
「ミャーはふりふりの服よりこっちのほうが好きにゃ」
「ふふ、そうですわね。ドレスは素敵ですけれど、あちらは鎧が着れませんもの」
(鎧、確かにそうかも)
ちらっと見たニーアは苦笑していた。ドレスと鎧、どっちに反応したのか。
奇遇ですわね、と続ける彼女に俺は事情を伝える。すると次に出たのは「叔父様ったら心配性なんですから」だった。いったい何の話だろう。
再会の嬉しさで世間話が弾む中、ふとローズマリーが視線を流す。
「ところで蓮之介さんの姿が見えないようですが?」
「レンは夏休み前に卒業したよ」
相槌を打つ彼女に今度はメシィフェカのことを聞く。
「彼女でしたら親戚の結婚式へ行ってます。それとわたく達、最近晴れて卒業しましたのよ」
「本当!? おめでとう」
良い報せに声が弾むのが抑えらえない。
微笑んで応じる相手に、いつ頃の事かと気づいたら聞いていた。文化祭の直前に卒業したのだという。なるほど、ヴァルツ達と同じくらいの時期か。
しかも驚くことに卒業後、ハロルド達と旅をする約束をしたらしい。
(いつの間に約束したんだ、あいつ)
独自の繋がりを得ているのは素直に感心してしまう。
「さて、お話は尽きませんが、別で用がありますので失礼しますわ」
「こちらこそ長々と話しちゃってごめんね」
「私のほうこそ気づきませんでした」
急にニーアがもじもじと縮こまる。どこか恥ずかしそうだ。
それぞれに「またね」程度の感覚で声を掛けて別れた。窓の外を見れば、日暮れまでまだ時間がありそう。疲れは感じるけど、ちょっとだけなら練習できるかもしれない。
「まだ時間あるし、近場でちょっぴり練習しない?」
対する2人は一度顔を見合わせてから頷く。
もしもの時に備え、宿の人へ簡単に伝えてから出掛けた。




