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第48話 鷹狩へのお誘い

 もぞもぞと温かい物に包まれて微睡む。

 細い光が目元を射抜き、瞼に力を込めて寝返りを打つ。

 朝が来たと直感が囁いている。頭が半分覚醒しているんだろうか。


「あと、10分……」


 返される声はなく、意識がまた遠のき始め、ふと夢にタルホの顔が浮かぶ。

 途端に目が覚め俺は飛び起きた。掛け布団を勢いよく押しのけベッドを抜け出す。足音も高く右往左往して、身支度を整え、机の引き出しを開ける。


「ふあぁ~。エミル煩い」

「ごめん!」


 同室のトーマスを一瞬だけ振り返ってすぐ戻す。

 小袋を取り出しポケットに入れ、別の袋からバナナを1本捥ぎ取った。引き出しをしめた後は部屋を飛び出し急ぎ足で外に向かう。寮を出て町中を駆け足だ。


(もうこんな時間。急がないと間に合わない)


 空を仰いで太陽の位置を認め、バナナを咥えながら進む。

 まさか寝坊するとは不覚だ。後夜祭が終わって帰寮後、いろいろ考えてたら寝つけなかった。今日は学園が休みでよかったと思う。

 店や街路樹が立ち並ぶ通りを抜け、馬車乗り場までたどり着いた。


「おーい、待って。まだ行かないでっ」


 大声で呼びかけると母さん達が振り向く。ニーアの姿もあった。


「遅いよ、大遅刻。さては寝坊したね」

「うっ正解」


 タルホの呆れ顔と言葉に全然言い返せない。

 すぐ隣で母さんが声を上げて大笑いする。恥ずかしくてつい言い返す。


「笑い過ぎっ、酷いよもう」

「あっははは! 気にしないの、よくあることよ」

「まだ笑ってるし……」


 励ましになってないし、未だ笑い続けているしで散々だ。

 傍で娘との別れを惜しんでいたおじさんが「まあまあ」と言う。ようやく笑いを引っ込めて、別れの挨拶もほどほどに空を仰ぐ。


「いい天気、気持ちいい風。やっぱり帰りは飛んでかない?」


 唐突な爆弾発言にこの場の全員が固まった。一瞬の静寂を破り、まずは俺から口を開く。


「止めて、また父さんに怒られるよ」

「怒りはしないさ。ちょっと困った顔にはなるけどね」

「大して変わらないじゃん。ダメダメ、絶対ダメだから!」

「そうですよ。空の旅は楽しそうですが、我々は飛べないので……」

(おじさん、助け船は有難いけどズレてる)


 隣ではニーアが困惑し、必死に考え込んでいた。

 どうも分が悪いと感じた時、タルホが思い切った様子で声を上げる。


「龍族は珍しいから王都の人が驚いちゃいます」

「はぁ~最近運動不足だったんだけどな。また馬車で我慢かぁ」

「あれだけ競技で大暴れしてたのに、まだ足りないんだ」


 幼馴染の疑問を含んだ呟きが零れる。

 そこに出発を告げる号令が聞こえ、別れの挨拶もほどほどに切り上げた。歩き出す寸前に、俺はポケットの中の小袋をタルホへ渡す。


「兄弟と一緒に食べて」

「ありがとう」


 またね、と互いに告げて馬車に乗り込む彼らを見送った。



     ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔



 休日を挟んで片づけ期間を終え、通常の日程が始まる。

 いつも通りに講義を受けて昼休み。早速3人で食堂に集まり、今後の予定を詰めていた。以前と違い医療科に加えて普通科の都合が加わるからだ。おまけに私的な依頼が無理となると難しい。


「うーん、困ったな。休日の自主練は入る?」

「たまになら……。そうだ、今週末にアーシュが鷹狩に行くにゃ」


 いきなりの話題転換に戸惑う。しかし続く言葉を聞いて納得した。

 つまり鷹狩に同行するという名目で野外訓練をしないか。そういうお誘いらしい。名前の挙がった人物はトゥワの後見人だと説明される。


「ご迷惑じゃないかな」

「ですよね。他の方々もいらっしゃるでしょうし」


 一応、互いに休日の都合を確認し合う。俺もニーアも今のところ予定はない。


「そこはちゃんと聞くから大丈夫。考えといて欲しいにゃ」

「うん。まあ、許可が下りたら教えて」

「はいにゃ」


 明るい調子でトゥワは返事をした。なんだか嬉しそうだ。

 それから匙で焼いた鶏肉を引っかけ豪快に齧りつく。飲み込んだ後、舌で唇を舐めとりカップを手に取る。ホットミルクに口をつけるが「んにゃっ」と渋面になり尻尾が逆立つ。

 隣席のニーアに心配されながら次を頬張る。ちらりと見たトゥワの皿では、彩を添える野菜が隅で窮屈そうにしていた。


「野菜、苦手なんですか」


 視線を向けたのは俺だけじゃなかったみたい。

 遠慮がちに問われた本人は、喉を詰まらせ、ミルクを飲みひと息吐く。


「違うにゃ。後にしただけ~」

「トゥワさん、隠さないで。苦手なものや食べられない物は教えて下さい」


 強い口調で言われ、彼女は唇を引き結び目を瞬いた。

 じっとと見つめられて、今度は指摘した側が動揺を見せる。顔を正面に戻し俯き加減に言う。


「ごめんなさい。つい出過ぎたことを言ってしまいました」


 彼女らを交互に見ながらフォローに悩む。うまい言葉が浮かばない。

 しかしこっちが考えている間に、トゥワが目を柔く細め口端を上げた。まっすぐ相手を見つめ優しい声音でこう告げたのだ。


ありがとう(ハニュガゥル)


 不意打ちのひと言に俺は一瞬、思考が止まった。


(今の、演技じゃないよね? トゥワって、トゥワって何者)


 自然と口をついて出た感じが謎を、疑問を呼ぶ。

 いや、考えすぎだろうか。でも知らない言語の響きに胸の内が踊ってしまう。

 食事が終わり、片づけして食堂を出る。まだ少し時間があるので図書室に足を運んだ。各自で棚から気になる本を選んで持ち寄り席につく。


「エミルは何を読んでるにゃ?」

「勇者エルエトスの騎士道伝説」


 表紙を見せながら紹介した。タルホが大好きな物語で一番有名な勇者伝説。

 彼女は同様にニーアにも尋ねる。あっちは学術書らしく、聞いた本人が文面を覗き込んで目を回していた。そしてすっと目を反らし自分が選んだ本に向かう。


(トゥワが読んでるのは推理小説かな)


 題名からおおよその内容を推測する。名探偵とあるからたぶん間違いない。

 互いの読んでいる物に興味が湧き、交換こしながら昼休みを過ごす。申し訳ないけど、約1名のヤツは俺にもさっぱり意味不明で断念した。

 だけど熱心に本を読む姿を見て、意外と読書家なのを知ったんだ。



 別の日、アーシュという人の許可を待つ間のこと。

 学園生活の傍らで、もう1つの懸念を解消しようと俺は動く。休み時間に教室移動中のハロルドを引き留める。


「ねえ、ハロルドってさ。確かギルバートとチーム組んでたよね」

「だから何だというんだ」


 素っ気ない彼の対応は気に留めず続けた。


「彼ミステリアスでしょ。講義で一緒になるんだけど、話が弾まなくてさ」

「話題作りに苦心してるのか」


 意地の悪いニヤけと、やれやれ感を合わせた顔を向けてくる。

 むかついて小突きたい衝動を覚えたが我慢だ。自分だけが知っているという、その鼻をへし折ってやりたい。調子に乗り出す前にさっさと次を聞いてしまおう。


「2人きりだと場が辛くて。何か好みとか知ってたら教えて欲しいんだ」


 本当は「何者なのか」と直球で尋ねたいんだけど無理。

 目の前で真顔に戻るの認め、思案する素振りを見せた後で口を開く。


「食事に関してならトーマスと好みが合うようだ。ほら彼、乳製品が好きだろう」

「あぁ、チーズやヨーグルトとかね」


 前に食事を振舞った時、結構食いつきが良かった気がする。


「おそらくだが、動物も好きなんじゃないかな。よく犬猫と戯れてるよ」

「確かめた訳じゃないんだ」

「当たり前じゃないか。根掘り葉掘り聞くなど、無粋な真似はしないさ」

「へぇ~あっ、でも馬と仲良しだし動物好きは確かかも」

(うーん、いまいち外堀ばかりで掴めないな)


 進展しているのか不安になってきた。好みの話だからいけないのか。


「じゃ、じゃあさ。逆にこれだけはダメッて話題はある?」


 我ながらぶっ飛んだ問いかけだと思う。

 案の定にハロルドは、一瞬目を剥いて、わざとらしく咳払いした。


「……あまり言うものじゃないんだけどね。家族の話、かな」

「そっか。うん、気をつける」


 とても転生者云々を聞ける状況じゃない。だから礼を告げて別れる。

 次の講義に向かいつつ、今しがた得た情報を念頭に入れ思案を巡らす。家族の話が禁句とは予想外だった。うっかり零してしまわないよう注意しないとな。

 でもなぜ禁止案件なのか。ギルバートの謎が更に深まるばかりだった。



 2、3日後になって冒険科の教室にトゥワが訪ねてくる。

 扉の前で覗き込むように見回しているっぽい。周囲のざわめきから察し、振り向いたら目が合った。彼女の耳が揺れ、気持ち高めの声音で呼ぶ。


「エミル、ちょっといいかにゃ~」

「もちろん。何かな」


 手に持っていた教本や筆記用具を机に置き歩み寄った。

 密かに注目を集めるが、当の本人は意にも介さない様子だ。むしろ俺のほうが少し気恥ずかしい。用事とは、もしや鷹狩のことだろうか。


「実はね、前に話した同行の件なんだけど」

「うん」


 相槌を打つのと合わせ、トゥワが軽く腕を広げて言う。


「条件を守ってくれるなら良いって言われたにゃ!」

「おお、やったじゃん。それで条件は何て言ってたの」


 喜ぶのはほどほどにして大事なことを聞く。

 促すと彼女は頷き、条件について話し出す。道中の護衛に参加することと、鷹匠や犬引きの邪魔をしないのが条件らしい。


(たぶん他の参加者も含まれてる筈だよね)

「わかった。アーシュさんには、参加するってことで話を通しておいて」

「了解。じゃあニーアにも話してくるにゃ」


 またね、と挨拶を交わし、彼女は元気よく廊下を早足で進んでいく。

 その後は学校でも寮でも気分が弾んでいた。鷹狩は今までやったことがない。馴染みのない催しに期待と不安が膨らむ。準備を進める中で、失礼のないようにしなければと考えていた。

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