第47話 ハジケろ! みんなと文化祭・後編
現れたトゥワは膝丈までのフードつき外套を羽織っている。
独特な模様が描かれており、下から覗く衣装と合わせ民族風だ。耳に丸い飾りをつけ、顔は独特な曲線を描く化粧。いつもつけている首飾りに加えて、羽や珠をあしらった腕輪や足輪を身に着けていた。
腰に貝や牙で作られた仮面を引っかけ、呪術っぽくて儀式的な装い。新鮮過ぎて、ついまじまじと見つめてしまう。
(よ、予想外過ぎる。何の衣装なんだろう)
トゥワが大仰且つおもむろに天を仰ぐ。
そのまま片膝を床すれすれまで下げ、合わせた手を上下に揺らす。
俺達は唖然と一連の動作を見つめていた。何か神聖な儀式をしているような厳かな雰囲気が漂う。そして彼女はすっと立ち、姿勢を正してこう告げる。
「精霊に導かれし者よ。汝が望むものを告げるがよいにゃ」
誰1人として、すぐに返事をしない。耳を僅かに動かしてトゥワが首を傾げた。
すると我に返った様子で指名した張本人が口を開く。
「ごめん、トゥワちゃん。演技が上手すぎて驚いちゃった。ちゅ、注文だよね?」
こくりと彼女が頷いた。演技が本気だったから確認しちゃうの共感できる。
動揺が挙動に現れている友人の横で、もう1人が奇抜な衣装を見て言う。
「それって何の衣装なんだよ」
「精霊と語らい、祈りの儀を行う者。シャーマン様にゃ」
「はぁ~言われてみればそれっぽい」
「じゃあ時々出てる謎言語も演出?」
今度はトーマスが問いかけた。そうしたら彼女は何度か瞬き――。
「あ、あぁうん。そんな感じだにゃ~」
(今、変な間があったような……)
「やっぱりか。少数民族っぽさ全開って感じで再現度高いね」
「一瞬で演技剝がれたな」
指摘された当人は口元を手で押さえ身体ごと首を振る。
「皆ずるいですよ、僕が選んでる間に。えっと、レモンティーとスコーンをお願いします」
しれっと注文をして、他も次々と料理を頼んでいく。
受けつけたトゥワが一度引っ込んで料理が運ばれてきた。目の前に配膳されたミルクティーと野菜とソーセージのクレープを食べる。
向かいの席に座っている友人はパスタを啜り、隣のタルホはソーダを飲んでいた。トーマスはミルクとアップルパイだ。
「さっきも串焼き食べてたのによく入るね」
「へへ、余裕」
向かいの友人が笑いながら答えた。匙を持つ手を止めない。
雑談を交えながら食事を終えて席を立つ。代金を支払って店を出た所で、警護に行くという2人の友人と別れた。
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昼食後、3人で一度冒険科のほうに足を運ぶ。
正確にはタルホは関係ない。だから道中、母さん達の姿を探しながらだ。でも全然見つからなくて、代わりに外の露店前でハロルドと出くわした。
こっちに気づいた途端、彼は一瞬だけ渋面を見せすぐ元に戻す。
「ねえ、エミル。彼に頼んだら?」
「そうだね」
今は提案通りにいこう。呼吸を整えて歩み寄る。
「こんにちは、ハロルド君」
「やあ、タルホ。こんにちは」
「よ、よう。奇遇だね、こんな所でさ」
「君とは正直会いたくなかったよ」
タルホに続いて、喉が詰まりそうな気分で挨拶した。
言い辛いけど、ずっと突っ立っている訳にいかない。頼みごとをする前にまず都合を聞いてみる。定番の「暇か?」で初めて相手の返答を待つ。
運よく空き時間だと返答された。ちょうど裏方の手伝いを終えたばかりらしい。
「今からニーアちゃんを誘いに行くところだったんだ」
次に飛び出した言葉に俺はむっと顔に力が入った。
(お、落ち着け、落ち着くんだ俺)
「へぇ、そんなんだ。あのさ、実は頼みがあるんだけど」
平静を保ちつつ言ったつもりだ。しかしハロルドは身構えて半歩後退る。
僅かな動きだったけど見逃さないぞ。なんだよ、今の反応は、失礼な奴だな。
「ハロルド君さえよければ一緒に回りたくて。いいかな?」
「一緒にだって」
言葉が途切れた間に横から誘い文句が飛び出す。
それを受け、不服そうな顔で順に見つめてきた。気を取り直して口を開く。
「そう、実は俺達これからヘルプ確認に行かないとなんだ。でもタルホ1人になっちゃうし、いろんな人が来てるから危ないだろ」
だからお願いと誠実な心持ちで頼む。対する相手は、視線を交互に横へ流し……。
「事情はわかった。彼だけなら別に構わないよ」
「やった、ありがとう」
「ふん、礼を言われることじゃない。では行こうじゃないか」
「うん、2人ともありがとう」
微笑んで礼を告げ、先を歩くハロルドを追いかけていく。
少しずつ離れていく彼らの背中に最後のひと言を投げかける。
「気をつけてね。頼んだぞ、ハロルド」
「言われなくても!」
「エミル、トーマス君も頑張ってね」
静かに見ていたトーマスが「ばいばい」と軽く手を振った。
目下の不安が取り除かれ、安心して冒険科への道を再び歩き出す。
日頃から慣れ親しんだ学び舎は様変わりしていた。
一部の施設や部屋は出し物に貸し出している。けれど殆どは物置きと化し、生徒会の警備対策室や控え室といった事務的な部署が集中しているのだ。
おかげで適度な静けさがある廊下を進み、一室に設けられた「なんでも支援室」に踏み入る。
情報の書き込まれた黒板と乱雑に物が置かれた机。
人が行き交う中でまっすぐ黒板に向かう。時間と場所、求めているものがずらりと並んでいた。一覧の中から印が入っていない箇所を選んで目を通す。
(運搬、代役、会場スタッフといろいろあるな)
近くでトーマスが部屋にいた生徒と話す声が聞こえる。
彼らのやりとりを聞き流しつつ運搬の要請に印をつけた。ひと声かけて退室し現場に行く。校舎を出て別棟を目指して走る。
(経営科まではあっちの道が近道だよね)
「この辺りは人が少なくて助かる。……首尾は?」
「はい。やはり学園に何人か、障害になり得そうな者がいるようです」
「――ッ」
只ならぬ雰囲気の会話が聞こえ、すぐ足を止めて近くの壁に背を預けた。
声の主らはこの先か。素早く、慎重に角から周囲を覗き込む。
「障害とはね、何か基準があるのか。あぁいや、それで具体的にいうと?」
「……要監視対象が在校生に3人、卒業生に1人。観察が他校生に1人と卒業生に2人います」
これはギルバートの声だ。もう1人は誰だろう。死角になっていて見えない。
「随分多いんだね。しかし、なぜ彼は君にそんな調査を指示したのかな」
「知りませんよ。あの人の、転生者の考えることなんて」
(えっなに。今、転生者って言ったよね)
気になる単語の登場に立ち去れなくなってしまう。
相手が知りたい心境だが、迂闊な行動は避けて耳を澄ませた。
「でも、どうせ碌でもない企みでしょう」
「まあ、そうか。何はともあれ決して悟られないようにね。特に天狗族のご令嬢」
「心配なんですか」
「それはもちろん。気持ちは察するが、熱くならないように頼むよ」
「肝に銘じます」
動き出す気配がして身を縮める。見つからないように祈った。
恐る恐る視線を向けた先、結構離れた所を1人の男性が歩いていく。遠目に見えた特徴は人間族の貴族っぽい。肩ぐらいある白金の髪を揺らし、肌色と合わせて白さが際立つ。
気づく様子がないことに安堵の息が零れる。
煩い鼓動を数えながら角の向こうを覗く。だが、ギルバートの姿はなかった。既に立ち去った後かと思ったけど俺は道を変えるべく身を翻す。
何事もなく指定の場所にたどり着いた。
回り道したから不安を感じつつ「遅れました」と声を掛ける。山積みにされた箱の前で、紙とペンを手に確認作業をしていた生徒が振り向く。
「ギリギリだね」
「すみません」
謝罪は軽く流され、募集しに行かせた助っ人と一緒だと告げられた。
毎年対策を変えているが完全とはいかない。こうした些細な行き違いは起きてしまう。
「只今戻りました。助っ人、連れてきましたよ」
背後から声が聞こえ、入り口から身を避ける。
息を荒げて1人の生徒が部屋に踏み入っていく。その後を追って入室した人物に俺は息を呑む。心臓が飛び出るくらいに全身へ衝撃が走った。目の前に立つギルバートを食い入るように見て思う。
(今、一番会いたくなかったよ)
彼の顔がこちらを向く。視線を受け止め、内心の緊張がバレないよう努める。
「俺も手伝いに来たんだ。よろしくね」
「……はい」
気づかれてないか、大丈夫なのか。胸が締めつけられる思いだ。
しかし彼はいつもと変わらぬ表情で視線を外す。横から呼ばれ、俺も意識を切り替えて運搬作業を始めた。指示に従って箱を抱え露店と物置を行き来する。
(さっきの、ギルバートは転生者が嫌いなのかな?)
作業に勤しむ間でも、ふと思い浮かぶのは先程のこと。
何度思い返そうと密談にしか聞こえなかった。ギルバートの本心もだけど、あの金髪の男性が本当に相手だったのか。
仮にそうだとすれば、どんな関係なのかが気になる。
(学園で見かけたことないし、外来の人だよね)
「次、これを運んで」
「わかりました」
悩む頭を抱えながら声を返した。急ぐ物から順に運んでいく。
見かける度、通り過ぎる度に疑惑が膨らむ。気分が沈んでどうしようもない。学友にこんな感情を抱くことになるなんて……。
「ダメだ、ダメだ。今はこっちに集中しないと」
首を軽く振り、己に言い聞かせ、憂いを振り払って次に向かった。
残る物資を運び終え、別れ際にギルバートの無表情な視線の先を追う。
人込みの中に紛れて進む紫瑶の姿。彼女は従者を伴っているようだ。両者は接触することなく、通り過ぎて行くのを認め胸を撫でおろす。
視線を戻した時、ギルバートもまた背を向けていた。別方向に歩いていく。
「ふぅ、よかった」
つい零した呟きに我ながら動揺する。
再び浮上しかけた考えを押し込み、他の支援に行くため歩き出した。
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外来客が失せた校内で後夜祭が開催される。
ゆったりとした余韻に浸り、静寂と賑やかさの合間をとった空気が流れた。淑やかで切ない音楽が流れ、緩く舞い踊る人々が焚火を囲む。
別の場所だと宴会を開いていたり、少しだけ片づけながら話す人らがいる。寂しげに空を見げる顔や、穏やかに灯りを見つめる顔がちらほらとあった。
(終わっちゃったなぁ)
場の雰囲気に流され、名残惜しい心地を覚える。
花壇の縁へ腰かけ手にしたカップを覗き込む。揺れる水面に移る自分の顔。
「お~い! エミル、一緒に盛り上がろうよ」
「エミル君っ」
「黄昏てんじゃねーぞぉ」
ニーアやトーマスら友人達が呼んでいた。
顔を上げると手招きしたり、談笑する姿が視界に入る。灯りの差し込む角度ですべての顔が見える訳じゃない。うっすらと長い影まで揺らめいて楽しそうだ。
俺はカップの中を飲み干し、立ち上がって砂埃を払う。それから前を見据えて声を張る。
「今、行く」
手に持っていた物を一旦花壇に置いて駆け出す。
一抹の不安を胸に宿しつつ、親しい笑顔が並ぶ、文化祭最後を彩る光の中へと飛び込んだ。




