第46話 ハジケろ! みんなと文化祭・前編
文化祭2日目が始まる。昨日と同様に大賑わいだ。
午前中、特に忙しくない時間帯を利用して見物に行く。都合のついたトーマスと露店を渡り歩いていたら、人込みの中から2人組に呼び掛けられる。
「よっ、今暇? 一緒に回ろうぜ」
手に軽食を持ち、活発そうな雰囲気の友人が言った。
同じ冒険科の生徒で時々話すことがあるんだ。手帳を持ち、落ち着いた雰囲気の相方からも誘われる。断る理由はないよな。皆が同意して一緒に歩き出す。
まず向かったのは、裏庭に設置された大きなアスレチックだ。
近くを通った際に見えていて気になっていた。技巧科がちょくちょく大きな物を搬入しているのは知っていたけど……。
「壮観だねぇ」
「こんなに大きかったんだ」
「きっとパーツごとに分けて運んだんですよ」
トーマスが感嘆の声を上げ、俺に続き、友人の片方が予測を語った。
足場が組み合わさった塔や木組みの舟、回転するロープの垂れたキノコ。子供の数が多い場所と実況が響き渡る場所とがある。貴金属の預り所でも冒険科生徒の姿が見られた。
「おーっと! これはパワフルなご婦人だ。重い扉を難なく開いて次のステージへ!!」
(熱狂が凄いな。て、あれ)
盛り上がっている地帯に目を向け違和感を覚えた。
隣にいる友人達が「どうしたの」と尋ね、次に「面白そう。見てみようぜ」と促す。歩み寄るにつれ、今しがた感じた違和感の正体に気づく。
「母さんっ」
「あ、エミル~」
度肝を抜かれ、落ち着く間もなく知った声音が俺を呼ぶ。
振り向いた先には「こっちこっち」と手を振るタルホの姿があった。母さんの大躍進を横に再会を果たす。よく見たら傍にニーアの父親までいる。
「やあ、こんちには。お友達と休憩中かな」
森の香りを纏わせ、温和な雰囲気のするおじさんが挨拶した。
俺も元気よく挨拶をし質問に肯定で返す。友人達も順に会釈して応える。
その時、ゴールの号令から歓声が沸き起こった。まだ次の挑戦が残ってそうな雰囲気だ。舞台上で母さんが、気づいた様子で親指を立てた拳を前に突き出す。
合図に大きく手を振って応え、再びタルホ達に向き合う。
「まだ続きそうだし、私は娘の所に行くとしますか」
「じゃあ俺が医療科まで案内します。皆、いいかな?」
友人達が揃って頷く。微笑んで礼を告げられ、2人を新たに加え歩き出した。
母さんはいいのかと聞かれたけど平気だろう。滅多なことが起こる気がしないからだ。
目的地に向かう道中でいろいろな話をする。
静聴する者と、積極的に交じる者とで大いに盛り上がった。父さんとニーアの母親は留守番らしい。
「それで、おじさん達のご厚意で連れてきて貰ったんだよ」
タルホが改まった様子で隣の保護者に礼を言う。
感謝された当人は穏やかな表情で応じる。
「いいんだよ。文化祭は君にとっても良い刺激になるだろうし」
「はい。おかげさまで凄く楽しいです」
(いいなぁ、こういうの)
聞いているうちに、温かく染み入った心地が全身を巡っていく。
医療科につくと早速目当ての人物を探す。ひと口に言っても範囲が広いので大変だ。一番可能性が高いだろう教室へと向かう。
売り出しはしていないが、研究の成果と思しき産物が並ぶ。
植物と小動物に溢れた癒しと安らぎの空間を通り過ぎて。確かこの部屋だった筈と、花や石鹸などの香りが漂う一室の前までやってくる。香りの正体はオイルや香水みたい。
「うん~閃きを誘うエキセントリックな香り。アロマ戦術に使えますかね」
オイルが陳列された棚の前に、思いもしない人物が立っていた。
「戦術って、戦闘は専門外だと言ってなかったっけ」
「いや戦術と言えど、何も魔物と戦うばかりではない訳でして。おっやや」
相手が顔を向ける。そもそも彼がいるのが不思議で、俺は「なぜ」と問う。
アイザックが「カラド被服科・選抜部隊で来ました」と朗らかに返す。冒険科だけじゃなく、あちこちで連携関係が結ばれているようだ。
おじさんが教室に入るなり周囲を見回していた。でも落胆した様子で肩を落とす。同じく周囲を確認するけどニーアの姿が見えない。
「誰か探してるんですか」
「そう、ニーアなんだけど知らない?」
「彼女なら先程までいたが呼ばれて行きましたよ。救護班の腕章をつけてたかな」
「ああ、そっか。対策室を設けるとか言ってたなぁ」
人が増えれば怪我人や急病人への対応が増える。
自分らの出し物を運営しつつ交代で行っている筈だ。有力な情報を得て一安心した時、ふとアイザックが時計を確認して去って行く。
「おじさん、ニーアは救護対策室にいるみたい。行ってみましょう」
「そのようだね。引き続き案内をよろしく」
「はい」
頼られて嬉しい気持ちになった。身が引き締まり、胸を張って先導する。
校舎1階にそれは設置されていて、いろいろな人や物の出入りが激しい。近づくだけで音が一気に増え忙しさが伝わってくる。
「ここだね。探してる子いるかな」
友人の1人が追い抜いていくのを俺は引き留めた。
中に入って探すより、いたら呼んで貰ったほうがいい。そう考えて偶然退室した生徒に声を掛ける。
「すみません。ニーア・クラリスに用があって来たんだけど……」
「ああ、クラリスさんなら中にいるよ。呼ぶ?」
「お願いします」
足を止めた生徒が転身し中に声を飛ばす。
数秒後くらいで呼ばれた当人が部屋から顔を出した。俺は対策室から少し離れた所を指で示し、頷いた彼女と一緒に移動する。
同行者の存在がほぼ事情を説明しまっていた。おじさんが歩み寄って言う。
「ニーアちゃん、やっと見つけたよ」
「お父さん。来てくれてたんですね」
(おじさんは全然変わらないなぁ)
故郷での情景よりも幾分控えめなハグをしている。
微笑ましい光景だけど、ニーアは複雑な顔で時々俺達に視線を送っていた。
「当然じゃないか。教室の出し物見たよ、素晴らしかった。うぅ、立派になって……」
満面の笑みから一転、今度は涙を溢れさせる。
差し出されたハンカチで拭うが止まらない様子だ。うん、ここも変わらないな。情緒が猛スピードで切り替わっていくから本当に賑やか。ちらっと周囲の友人らを盗み見る。
「感動屋なお父さんだねぇ」
「表情筋どうなってるんだ? 娘の前で百面相しちゃってるぞ」
「仲が良くて微笑ましいですね」
「そうなんだよ。おじさんはニーアちゃんのこと大好きだから」
各々に呟きや感想を語る彼らの表情は柔らかい。困惑しつつも好印象みたいだ。
ニーアに宥められ、おじさんは普段の落ち着きを取り戻す。すっかり慣れ親しんだ風景にまた心が温かくなる。
「ありがとう。私はもういいから君達で楽しんでおいで。タルホ君もね」
「はい! 皆、タルホ、行こう」
「私は戻らないといけないですから」
「じゃあ、また」
2人と別れて友と、めくるめく遊びの旅へと出発した。
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早速タルホの要望で多目的ホールに立ち寄る。
ここではより知的な成果物が展示されていた。大型の彫刻や発明品が存在感を放ち、一角に設けられた舞台では楽団が空間に音楽を添えている。
艶やかに輝く楽器をもつ一団へ、トーマスの視線が向けられているのに気づく。
「音楽気に入ったの?」
「違うよ、細かいなって思っただけ」
何がと問えばホルンの色だと答える。どうも昨日は1つだけ銀色だったらしい。
「へぇ~。それよりもほら、皆行っちゃうよ」
「本当だ、待ってよ皆」
目を離した隙に小さくなっていく背中を2人で追う。
いつにも増して、タルホは明るく歩き回っていた。彫刻を眺め、次に珍妙な形状で目を引く発明品へと足を運ぶ。さすがに説明のできない物体を皆で興味深げに観察する。
「筒に翼が生えてる。なんだろコレ」
「鳥にしちゃ平べったいな」
「金属らしい胴体ですし、とても駆動するような翼じゃないですよね」
「用途が全然わからないや」
俺の疑問を筆頭にして素直な思いを口々に言う。
目の前に置かれた鳥の如き物体はとても硬質そうだ。人が乗れそうな大きさだけど、船ほどはなく、例えるなら巨大ブーメランか。真ん中部分がだいぶ変な形をしている。
すぐ近くに備えつけられた表札を見たタルホが、ゆっくりと音読していく。
「スカイボードっていうみたい。えーっと人を乗せて飛ぶ、でいいのかな」
「読んでるのにどうして疑問形なんだよ」
「ちょっと説明文に難しい字が混ざってて……」
返答に友人の1人が苦笑いを浮かべて口をつぐむ。
僅かに沈黙した後、申し訳なさそうな顔で「わりぃ」と軽く謝罪した。これに対し、謝られた当人は首を振る。
「いいんだ。こっちが勉強不足だっただけ」
それよりこの字を教えて、と聞く姿に皆の表情が和らぐ。
教えを請われた友人達はまんざらでもないらしい。楽しそうな輪に俺も加わりながら、ホール内を気が済むまで回った。
小腹がすいて、料理の匂いが漂う普通科までやってくる。
他学科に比べて飲食店が多いのが特徴的だ。他にも占い小屋やお化け屋敷がひっそりと客を待ち構えていた。
つい足が向きたくなるけど、今は喉を潤し、腹を満たすべく喫茶店へ。
「いらっしゃいませ、お客様。本店はロープレ喫茶で御座います」
入店と共に執事服の生徒が対応してくれた。
奥を見れば、騎士や神官、貴族に勇者といろいろな格好の店員がいる。
「ご所望がありましたら、何なりとお申しつけ下さい」
「指名していいってことだな。じゃあ……」
それまで静かだった友人が急に喜色を露わに身を乗り出す。
「是非、トゥワちゃんで!!」
「畏まりました。お席にご案内致しますので、少々お待ち下さいませ」
丁寧な所作で礼をとり、客人を席へと導いていく。
向かう途中、友人2人が「勝手に呼ぶなよな」などと言い小突き合っていた。メニューが渡される。選びながら話題を広げて待ち時間を待つ。
「休憩中だったら、どうする気だったんだよ」
「断然待つ! 待つに決まってるじゃないですか」
友人達によるさっきまでの話題はまだ続いていた。
興奮気味でやや鼻息の荒い相方を前に、いつもは活発な友人が呆れた息を吐く。
「オレとお前はこの後警護だろ。無理に決まってんじゃん」
「ふぐ、いえ、この機会を逃したらトゥワちゃんと近づける機会がぁ」
苦悶してなにやら考え込む。それを察してか、隣の彼が先手を打つ。
「悪巧みはほどほどにしろな」
「なぜ心が読まれたっ。どうしてわかったんです」
「おいおい、悪巧みの自覚あんのかよ」
2人のやり取りを聞き、トーマスが感心した風に言う。
「阿吽の呼吸って奴かなぁ。でもさ、トゥワも人間族に人気あるよね」
「当然ですよ。可愛いじゃないですか」
零れた呟きへ即座に応える姿はいつ見ても圧倒される。
紫瑶といい、トゥワといい、人間族に人気なのがトーマスは疑問らしい。実は俺も少し感じていた。純粋な気持ちを伝えた彼に、友人は彼女の魅力を熱く語りだす。興味があるので静かに聞き耳を立てる。
「彼女の可愛さは別格です。何がとは決められないけど親近感が湧くんですよ」
耳や尻尾、全体のバランスとか言い出していた。全然わからない。
もう1人のほうは、ファンの熱量じゃないが多少の理解はある風に言う。
「ほどよく薄毛なのが良いって声聞くよな」
「え~毛の深さはオイラ達の自慢で誇りだよ。信じられなーい」
好評を示す言い分にトーマスが異議を申し立てる。
「俺はどっちでもいいかな。個性だと思うし」
「見た目、見た目の話だったの?」
困惑し始めたタルホに熱弁が振るわれるのを見つめた。
双方に共感できる部分があるのは事実だ。これは両親の影響かもしれない。父さんは結構細かいところを気にするけど、母さんは大雑把でなんとかなる精神の持ち主だからね。
からからと軽い物が当たる音が耳に入った。遅れて衣擦れと足音も聞こえる。
「おぉ、魂力が満ちておる、騒いでおるにゃ」
「この声はトゥワちゃ、んッ」
声に引っ張られて振り向く、と同時に全員が沈黙した。
思ったより長くなりそうなのでここで一旦切ります。
ああ、前後編にする予定なかったんですけど……。




