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第45話 ハジケろ! ニーアと文化祭

 ついに文化祭の本番当日がやってくる。いよいよ開幕だ。

 外部から多くの人が来場して賑わう。展示や露店、出し物などが立ち並び、老若男女の客でひしめき合っていた。


 1日目の午前中は生徒会と連携しての警備を行う。

 道案内をすることもあって、他の冒険科の生徒と交代するまで頑張った。昼前には終わり時計を校内の時計を確認する。


(まだ時間が早いし、ちょっと露店巡りしてようかな)


 ニーアとの待ち合わせまで時間を潰すために歩く。

 少し歩いた所で生徒ばかりの集団を見かけた。騒動じゃないかと疑い歩み寄る。


「いったい何の集まりなの、これ」


 人だかりの人に話しかけた。男子生徒が振り向く。


「ああ、大食い対決だってよ」

「大食い対決?」


 疑問に感じるまま注目の的へと視線を移す。

 中心ではギルバートと、お揃いの上着を羽織った生徒達が競い合っていた。上着には「ずーやん♥ファンクラブ」と刺繍っぽい文字が入っている。

 こっそり隣の人に「ずーやん」が誰か聞くと紫瑶だと返答された。彼らは出された大盛オムライスを黙々と食べ続ける。最中に野次が飛ぶ。


「頑張れ~スケベ班長!」

「今回は透明化しないのかぁ」

「お前ら好き勝手言いやがって。あれはな、事故だ。()()ッ」


 一番眼立つ席に座っていた生徒が抗議した。

 状況から察するにおそらくは経理班長だろうか。軽い調子で弄られて、一瞬迷った後、俺は止めようと口を開きかける。

 しかし口を出すより早く、彼の表情が急に緩み頬が染めて言う。


「だがしかし、ずーやんのことで責め立てられるとこう。全身がビビッと痺れて、あぁん」

「うわ……」

「やべ、マジの変態だ」

「拗らせちゃってる」


 野次を飛ばす一同がさっと後退る勢いで静まり返った。

 とんでもない方法で誹謗中傷を黙らせ、経理班長は再びオムライスにがっつく。わざとなのか、本気なのか、いまいち掴めない人だと感じた。ちょっとお近づきになりたくないかも。


「くおぉぉー!! 今度こそ負けないぞ」

「そうだ、ずーやんのために。勝って彼女の良さをわかって貰うんだ」

(なんか、関わらないほうがいい気がしてきた)


 彼らの意気込みを聞くほどに興味が薄れしまう。俺は静かに立ち去る。



     ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔



 午後、食事を済ませ、時計を確認して俺は待ち合わせ場所に行く。

 中庭の東屋前でニーアを待つ。数分後、彼女が「お待たせしました」とやってくる。それに対して「全然、今来たとこ」と返し一緒に歩き出した。


 露店は先刻のことがあるので避けつつ、まずは校内を巡る。

 芸術科は絵画展や仮装舞踏会を開催していた。大部屋が多いのをうまく利用しているな。張り紙に絵画展の目玉「深海の乙女」が宣伝されている。

 作品や広告が並ぶ廊下を進んでいたら、魔法か何かで拡張された音声が響く。


「怪盗が出たぞ! 探せ、探せ」


 騎士の格好をした人達が廊下を駆け込みながら叫ぶ。

 窓越しに下で探偵の助手風な男子が紙をばら撒いている。


「号外、号外。怪盗の予告状が届いたよ。手がかりを見つけた人は是非、我が探偵事務所へ」


 かなり広範囲に渡る演劇みたいだ。丸々ひと区画を使う気だろうか。

 隣のニーアが興味深そうに見ていた。面白そうだし参加してみようと誘う。彼らが配っている紙を受け取って内容に目を落とす。



 親愛なる騎士団、ならびに探偵諸君。

 これより1時間おきにお宝を頂戴致そう。開始の刻限は××時××分だ。

 阻止したくば、以下に記された謎を解き明かし私を見つけてくれたまえ。


 第1の宝、窓辺の乙女が抱く深海の青玉。

 第2の宝、梟の集いに迷いし子羊の輝く心光。

 第3の宝、美と技の共演に添えられた銀の角笛。

 第4の宝、四葉の調べ、彩の衣に包まれ眠る姫君。


 我は幻惑のベールに身を包んで汝らを待っている。~怪盗アンジール~



 以上の文面と共に4つの枠が描かれていた。開始時刻はもうすぐだ。

 攻略者は証印を押して貰え、揃ったら指定の場所に行くと景品をくれるらしい。


(4つ揃えてって、細かい部分は気にしない脚本っぽいぞ)

「はっちゃけてるなぁ」

「かなり力が入ってますね」


 さすがに全部を回るのは大変そうだ。

 興味はあるけど、他の所を見て回りたい。素直な気持ちを話すとニーアも同意した。だから参加は保留にして幅広くという感覚で散策していく。


 張り紙の案内に従って回りつつ、仮装舞踏会がちらりと目に入る。

 奥に置かれた立派な椅子に腰かけた、アイマスクの姫君が気になった。ひょっとしたら人形なんじゃないか。身じろぎ1つしない様が奇妙だ。

 入口の看板に、4時間後の楽曲「祝福のクローバー」だけが指定されている。


「素敵な衣装ですね。お姫様みたいで」

「うん。ニーアも着てみたら? ほら、あそこで貸し出してるよ」


 きっと似合うと勧めてみる。彼女はしばし悩んで控えめに頷く。


「ちょっと待ってて下さいね」

「わかった」


 別室に入っていく後ろ姿を見送って待つ。

 部屋の前でずっと立っていた所為か、係の人が「貴方もどうぞ」と誘ってきた。正直なところ似合うかどうか不安だけど、面白そうな催しに乗らない手はない。


 男性用の更衣室に入るといろいろな衣装が並んでいた。

 王子様や騎士、愚者に教皇など、劇場でしか見たことがない物でいっぱいだ。見て回りながら悩む。幾つか手に取って鏡に向かい吟味する。


(無難に王子様? うーんでも、騎士も捨てがたい)


 でもニーアと踊ることを考えたら、と夢想してつい頬が緩む。


「これに決めた!」


 選び抜いたのは、一見、王子様に見える銃士の衣装だ。

 この帽子のもこもこが気に入った。尻尾の部分に苦戦しつつ着替える。ちゃんと係の人に言えば、困っても調節してくれるから大助かりだった。


(我ら3銃士、姫を救わんとここに集う)


 空想の蓮之介とタルホを召喚して鏡の前で決めポーズをとる。

 さすがに恥ずかしいから声は出さない。十分に満足したら早速披露に向かう。


「ニーアはまだかな」

「エミル君」


 呼ばれて俺は声のしたほうに振り返った。

 視界に入ってきたニーアの美しさに思わず見惚れる。

 渋めの緑に桃色を合わせたお姫様風のドレス。花を模した刺繍やレースが普段に使われ可愛い。長い髪は編み込んでアップにし、月桂樹のティアラを被っていた。


「――ッ」


 絶句したまま立ち尽くす。キラキラで眩し過ぎるだろう。

 そうしていると、目の前の姫君は頬を染めて少し上目遣いに言うのだ。


「へ、変ですか。やっぱり似合わない?」


 我に返るのと同時、俺はちぎれんばかりに首を振る。


「全然、まったく変じゃない。素敵過ぎて、その……めっちゃ可愛いよ」

「ありがとうございます」


 嬉しそうに彼女は満面の笑みを向けてきた。

 我ながら褒め下手過ぎかな、と思う。カッコいいよと返され、俺は照れ隠しに役者っぽく姫君へ手を差し出す。


「花の姫君。俺と一曲、踊ってくれませんか」

「ええ、喜んで」


 ふわっとドレスを軽く広げて会釈をし、掌に手が乗せられる。

 心臓がバクバクと高鳴っていた。固くなりがちな全身に意識を集中し、慎重に足を運んでいく。向かい合うニーアの顔が華やかで顔が熱くなる。目のやり場に困って時々反らしてしまう。だけど、もう一度見たくて顔を合わせるのだ。

 踊りてとしては不格好だったかもしれない。でも、頑張ってエスコートした。


 足を止めると、床を鳴らす靴音や音楽が耳に戻ってくる。

 途中から彼女の顔しか覚えていない。けれど胸の内はとても満ち足りていた。沈黙が続き、俺は何か話さなくてはと口を開く。


「ニーア、あのね」

「見せつけてくれるじゃないか。嫌味かい? 嫌味だね」


 振り向いた先にあったのはハロルドの渋面だ。


「あわわわって、は、ハロルド!?」


 下手な怪談よりずっとホラーじゃないか。別の意味で心臓が跳ねたよ。

 邪魔な彼に視界を遮られ、その向こう側からニーアの声が聞こえる。


「ハロルドさんも来てたんですね」

「もちろんだよ、ニーアちゃん」


 ハロルドが素早く方向転換して答えた。姫君に愛を囁き始める。

 動いた際に背中の薄布が舞う。翅みたいな形状の物が数枚、ギザギザとした裾や王冠風の触覚帽子。全体的な印象から感じたままを呟く。


「虫の仮装なんて独特だな」

「違ぁーう。虫じゃない、妖精だ! 君の眼は節穴か」

「全力で否定するってことは、自分でも思ってるんだろ」

「思ってないっ」


 全力否定の邪魔者はさておき、俺は華麗な身のこなしで障害をすり抜ける。

 そしてニーアの手を引き「行こう」と歩き出す。抵抗はされなかった。背後からの制止を振り切り、衣装を着替えてから舞踏会場を後にする。



 廊下を手を引きながら歩く。途中で気づいて「ごめん」と手を離した。

 このまま別の区画に行くのもいいな。とにかくハロルドから少しでも遠ざかりたい。


(ハロルドの所為でせっかくの気分が台無しだよ)


 心の中ではむくれたい気分だ。まったく空気が読めないんだから。

 偶然目に入る窓越しの外、ちょうど上から滑り降りた怪盗が逃走劇を繰り広げる。高笑いをしながら優雅に疾走する怪盗は非常に目立つ。

 十分に目を引いた後、彼はドロンと煙で姿をくらましていた。


(ははは、とんでもない熱演)


 派手な演出と潔さが、なんとなく俺の鬱屈を晴らしていく。

 視線を戻すと、階段を降りてきた2人組の会話が聞こえてくる。


「やられたなぁ。まさか屋上の紙芝居小屋だったなんてさ」

「でもよく考えたら一目瞭然だったよな。梟の鳥籠に羊の着ぐるみって」

「わかりやすく手鏡を首から下げてたもんな」

「次どこだろ?」

「うーん、わかんね」


 悔しさと愉快を含んだ調子の彼らが目の前を通過した。

 去って行くのをよく確かめず、傍らのニーアを連れて別棟に向かう。気の赴くままに次の目的地を求めて渡り歩くのだ。



 ぶらりと訪れたのは経営科の区画。距離的には割と近いかな。

 各所に可愛らしいグッズから実用性の高い物と幅広く商品が並ぶ。一般的な出し物もあって、中でも目玉と呼べそうなのは「幻想★ラビリンス」だ。

 看板を見る限りは恋人推奨みたいだけど、実際には家族連れも多く並んでいる。気を取り直して目の前の出し物を示して言う。


「ニーア、次あそこ覗いてみようよ」

「はい。どんな風景か、楽しみです」


 誘った時の彼女の表情がまた緊張を孕んでいた。

 どこか落ち着きがなく、そわそわと視線が彷徨っている。

 長蛇というほどじゃないが長い列に並ぶ。一緒に順番を待って、時が満ち、いざ突入開始だ。一歩踏み入れた瞬間に、思わずあんぐりと口を開けてしまう。


(なんじゃこりゃ)


 一面に広がるのは無限の星々。迷路という想像を遥かに超えていた。

 なぜなら床も壁もないからだ。自分が今、空中に立っているようで我が目を疑う。一歩踏み出したら沈むんじゃないか。そんな不安さえ感じて、足取りは自然と慎重になる。


「綺麗。でも、なんだか落ち着かないです」

「うん、凄いとしか言いようがないよ」


 壁はひょっとして透明液の産物か。

 光の魔法や、道具を使って幻想的な空間を作り出している?

 迷路としての難易度は普通に高かった。触るまでそこが壁と判別できない。最初は慣れない異空間だけど、少しずつ景色を眺める余裕が出てくる。


「俺はちょっと慣れてきた。そっちはどう」

「私も、少しずつですが……」


 ゆっくり歩みを進めていく。やがて左側の先が色を変えていた。


「結構広いな。あっち側、色が違う。出口かな」

「どうでしょう」


 途中で真横を流星が通過して、色の継ぎ目を踏み越える。

 すると今度は一面が水中の楽園へと化す。色彩豊かな魚が群れを成して泳ぎ、宝玉を実らせた珊瑚が森を作っていた。奥には立派な岩のお城が見える。


(ひえぇぇ海の中に来ちゃったよ、俺)

「人魚の王国アトランタ。実際、こんな感じなんでしょうか」

「うーん、わかんない。でも半分くらい想像でしょ、想像であって欲しい」

「ふふ、エミル君ったら」


 思い描いた大冒険の夢を必死で死守した。

 くすくすと笑いながら、ニーアが俺の意見に同調してくれる。

 浮遊感を感じず海底を歩くという不可思議な体験。愉快な魚達のおかげで傍らの顔から強張りがほどけていく。海の生物と戯れる姿も格別だ。


(森と海の共演。ニーアは誰と一緒でも映えるなぁ)


 こっちを見て、小さく手を振る姿に全身の熱が湧きたつ。

 順調に迷路を解き、ついに第3の領域まで到達。どれだけこの部屋広いんだ。でも今は、そんな些細なことはどうだっていい。


「エミル君、見て下さい。とっても素敵な景色ですよ」

「うん、とても綺麗だ」


 現在地が何だったかを忘れて楽しむ。

 夕日に染まった花の丘と、うっすら空に浮かぶ月と月光蝶が湖面に輝く。

 ほどよい空の暗さが、大地の花々の淡い灯しびを一層強く浮かび上がらせた。いい感じに湖面へ移り込んで上とは違う星空を生み出している。

 彼女が振り返るたびに、スカートの裾が翻り、光の粒を帯びるようで美しい。


「とっても綺麗だ」


 他の語句なんていらなかった。いや、思い浮かばなかったのだ。

 言葉を受けたニーアの表情は、淑やかで柔らかくほころぶ。見ているだけで心が弾む。羽の如く軽やかに舞い上がる気持ちを止められない。


「名残惜しいですが行きましょう。まだまだ行きたい所がたくさんあるんです」

「そ、そうだね」


 たっぷり堪能したら俺を先へと誘う。

 そして幻想の迷宮を仲良く踏破し、1日目は大満足のうちに終えた。

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