第43話 噂と事件と文化祭準備①
秋の始まり、新たな風が学園内にまで吹き入れる。
良いことだったり、悪いことだったり。清濁が入り乱れる独特な空気の中で、窓辺に立ち、俺はしみじみとした気持ちをトーマスに吐露していた。
「皆、卒業しちゃったなぁ」
「ヴァルツとコリーのこと?」
「うん、つい最近ね。レンも行っちゃったしさ」
最後の挨拶さえ素っ気なかったんだよね。
それを言うと「挨拶があっただけ凄い」と感心された。
よく卒業できたよね、という学友の感想に共感しつつ妙に納得してしまう。ちょうど近くを通り過ぎる生徒の聞こえてくる。
「隣国に勇者が召喚されたんだってさ」
「マジ!? やっぱり最近の魔物と関係してるかな」
「たぶん。しかも結構若いらしいよ」
「へぇ、会いて~。この町来ないかなぁ」
遠のいていく噂話を聞きながら思う。勇者ってどんな人だろうって。
(でも勇者って、前に聞いたのとは別人だよね)
まさか2度も召喚の噂を聞くことになるとは予想外だ。
カサリナの町にいた頃は、タルホとよくごっこ遊びをした。伝説や物語を読むのは楽しくて今でも憧れは消えていない。
エルエトスと邪竜の伝説は特に有名だ。比較的に最近の勇者でもある。
「勇者、勇者か。一番最初って誰だっけ」
「バスカスだって言われてるね」
心の声に返答が帰ってきて驚く。
「もしかして声に出てた?」
「うん、まあね」
恥ずかしくて誤魔化すように笑った。
名前さえ忘れていた英雄に、思い入れなどなく話題は次へと変わる。教室を移動しながら話す。
「そんなことより文化祭! もうすぐだよね」
「俺も楽しみ」
「冒険科は裏方だけどさ。去年はアレだったでしょ、他は今頃ハジケてお祭り騒ぎなんじゃない」
「ハジケ祭りかぁ」
「ん~直結するとアホッぽいね」
彼の言い草に俺は首を傾げた。ふざけたつもりはなかったから。
他学科繋がりで、トゥワとのお試しを聞いてくる。本当にどこから仕入れてくるんだろう。もう慣れたので普通に「延長になった」と答えた。
準備期間に入り、講義が調整され各所が賑わう。
行き交う人々の顔には活気が宿り、楽しそうの声が飛び交っていた。俺は呼び出されて普通科へと足を運ぶ。指定された教室に行けば、トゥワとギルバートの姿がある。
「来たきた、待ってたにゃ」
ギルバートが静かに会釈をした。軽く手を振って返す。
「じゃあ助っ人さん達行っくにゃあ~」
「ちょい待った。まだ何も聞いてない」
全力で引き留めたら、彼女は頭を柔く小突いて謝る。
改めて説明された内容はお使いだった。町に買い出しに行くから手伝いが必要らしい。早速外へと向かう途中、門前で搬入物資を積んだ荷車とすれ違う。
メモの内容は装飾用の道具と食材ばかりだ。
食材は量を考えると試作用だと思う。手分けして買い集めていく。
(卵に小麦粉、リンゴと接着剤。あと色紙)
「全部揃ってるな。ん、あれって……」
重い袋を手に待ち合わせ中、ふと広場から見える通りに目に留まった。
遠目でもよく映えるオレンジの髪。おそらくインクリッドだ。彼は店の前で金髪の青年と親し気に話している。
「エミル、お待たせにゃ」
「早いですね」
呼ばれて振り向くと、袋や荷物を抱えた2人が歩いてきた。
「俺も今着たところ。わっ凄く重そう、大丈夫?」
「全然問題ないです」
ギルバートはミルク瓶の詰まった箱を軽々と持っている。
他にもいろいろ細々とした物を調達して戻った。学園が近づくにつれて違和感を覚える。敷地内へ一歩踏み入れた時、ぶわっと騒々しい空気が肌を撫でっていく。
表面を掠めていく痺れ、これは緊張感だ。何かが起きたのを直感する。
「おい、見つかったか」
「いいや。こっちにはない」
足早に去って行く生徒達。焦りの見える表情で言葉を交わし合う。
(何か起きたっぽいな)
「事件の匂いがするにゃ」
「匂いがするんですか。どんな匂いだろう」
「真面目に返されちゃったにゃ~」
両脇から間の抜けた会話が飛び出した。
彼らにツッコミをいれつつ、当初の目的を果たすために歩き出す。トゥワは文具や道具類をもって教室に、俺達は食材を別室まで運んだ。
運び入れる時に調理室から甘い香りが漂ってくる。室内で作業中の生徒に声を掛けて、袋や箱を床や机上に降ろす。
調理台に立つ彼らは、生地を焼いたり、果物を盛りつけたりしていた。湯を沸かし、ポットに茶葉を入れる姿も見られる。
「ちょうどいい。君達、試食してみてよ」
「試食、やった。いただきます」
飛びつきたい気持ちを抑えて歩み寄った。
包み紙に入れられた苺とクリームのクレープを試食。
「む、しょっぱーい!」
「えっあ、これ塩。でもラベルはちゃんと。誰だよ、砂糖の瓶に塩入れた奴はっ」
俺が舌の悲鳴に喘いでいると、青いプリンを食べていたギルバートが言う。
「プリンのほう。味はいいですが舌触りが悪いです」
「おっと、オーブンの調整が悪かったか」
「付与加工の調整が終わりました。ここに置いておきますね」
扉を開け、生徒が押してきた配膳車を置いていく。
お茶を入れていた1人が振り向いて言う。
「ありがとう」
「じゃあ、僕はこれで」
去っていく生徒に続き、俺達も次の手伝いへと向かった。
入れ違いに廊下を駆け足で通り過ぎる生徒が1人。血相を変えた様子に足が止まる。その人物は扉の前で覗き込むように身を乗り出して声を発した。
「すみません、こっちに。あぁいえ、無くなった物はないですか」
「いいえ、特には。何かあったの?」
「何もないんならいいんです。それじゃっ」
また慌ただしく横を通り過ぎていく。
疑問に思いながらトゥワのいる教室へ向かい歩き出す。
目的地に到着してすぐ人々の困惑した様子が目に飛び込む。
「皆、どうしたの」
誰に決めるでもなく尋ねると、机の下を覗き込んでいた生徒が振り向いた。
「カトラリーを入れる籠が足りないんだよ」
「確かにちょっと前までは机の上にあったわよね」
「ああ、おかしいな。下に落ちてもないし」
すると別の所から紙テープがないという声が上がる。
直後、物が倒れる音がして、微かに扉のほうへ這いずっていく物体が――。
「あっ籠!」
「紙束のお化けッ」
もじゃもじゃの紙塊が走って行き、上に載っていた籠が落ちた。
床に転がった物を拾った生徒が肩を落とす。齧られた跡がありぼろぼろだ。犯人はあいつしか考えられないけど……。
「今の、口にあるのかな」
「問題はそこじゃないと思う」
思わず呟いた言葉に女子生徒が意見した。
トゥワが「許さないにゃ」と血気盛んに飛び出して行ってしまう。
おまけに外がなんだか騒がしい。窓を覗いたら変なモノが蠢いているように見えた。よく目を凝らしてみるとペンキを被った人、としか言えない怪物だ。
しかも、たくさんいる。めちゃくちゃな数が闊歩していた。
「え、えぇ~!? いつから学園がお化け屋敷にっ」
逃げ惑い、騒ぐ人々の中から「ドッペルペンガー」という単語が聞こえる。
(ドッペルペンガーってなんだよ)
誰だか知らないがふざけた名前をつけたものだ。
困惑している間に、怪物集団へと向かっていく人影が視界に入った。独特なあの容姿は紫瑶に間違いない。薙刀を構えて彼女は突撃していく。
「悪行働くいけナイ。ボクが成敗するネ」
(1人で挑む気だ。大変、助けに行かないと)
大急ぎで教室を飛び出し、すぐさま俺は急停止した。
(そうだ、トゥワも走って行っちゃんだ。ええっと、どっちを優先すれば)
数秒間、俺は迷って決断する。危険度の差からまず紫瑶を助けに行く。
彼女の強さを信じていない訳じゃない。でも怪物の数を考えたら不利だ。剣は今持ってないけど、糸と魔法で支援はできる筈。
(こんな事態になるなら、剣置いて来るんじゃなかったよ)
階段を駆け下りて校舎の外に出る。まっすぐグラウンドまで駆け抜けた。
既に戦いは始まっており、間近に吹っ飛んできた1体が伏す。地面に激突した途端、そいつの身体は崩れ、ペンキの塊だということが明らかになる。
「ひぇぇ、気持ちわる」
「そこ危ないヨ。早く逃げル」
「ううん、加勢するよ」
首を振って不快感を払拭し、俺は一気に踏み込んで糸を飛ばす。
案の定だか糸はたやすく貫通した。なので魔法を流して内側から爆裂させる。しかし飛び散った破片が急速に集まり復活。不意に背後から悪寒を感じて飛び退く。
「さっきの奴、復活したのか」
「キリがないネ」
このままじゃじり貧だ。飛び散ったペンキが肌や服について気色悪い。
「自然発生する訳ないんだから原因を探さないと!」
「原因、それなら」
閃いた様子で紫瑶が翼を広げ飛翔した。
邪魔する連中を俺は拳を叩き込む。こいつら、身体の一部を射出できるらしい。
「わかったヨ! 奴ら、医療科のほうから飛んできテル」
「てことは、またかっ」
(絶対余計な物を作ったに違いないぞ)
以前、大変な騒動を起こした前科がある。
しかも今度こそ、ニーアが巻き込まれるかもしれない。現状では倒す術のない存在。放置するのは心苦しいけど、頭上に合図を送って空へと離脱した。
「このまま医療科まで飛んで」
「はいナ」
学園上空を行く最中、眼下に広がる景色へ目を落とす。
怪物の行動範囲はかなり拡大している。そんな中でトゥワの姿を発見した。彼女は庭を駆け抜けて芸術科のほうへと走っていく。
更に視線を流し、屋上で搬入作業中のギルバートの姿を見つける。影に気づいた様子でこっちを見上げ、その鋭く細めらえた視線に俺はぞっと背筋が凍った。
(なに、今の……)
すぐに外されたが、底知れない怖さが脳裏に焼きついて離れない。
今までに感じたことがないもの。そう憎悪という表現が似合いそうな感じだ。
「着くヨ、準備いいカ」
「大丈夫だよ」
医療科の区画に降り立つ。眼前には異様な光景が広がっていた。
そこかしこの床がペンキで塗れ、泡立つ溜り場から人型が湧き出ている。周囲には色彩爆発といった具合の被害者達がいた。植木に頭を埋め倒れている者や、逃げ惑う者、必死に抵抗している者と様々だ。
すぐ近くの物陰に身を縮めて潜む1人の生徒。彼のもとに俺は駆け寄る。
「君、何か知ってる。何があったか教えて」
「えっあぁ、あれ。向こうのペンキ缶から急に飛び出して」
時々悲鳴を漏らしながら顔を上げた生徒が言う。
指で示された方向を凝視すると、倒れたペンキ缶が幾つも転がっていた。
「誰かが蹴飛ばして零した、だけ?」
「わかんないよ。突然後ろで音がして、振り返ったらああなってたんだ!」
「いやあぁぁっ、今何か触ったヨ」
大声が聞こえて背中に衝撃を受ける。倒れそうになり手をつく。
振り向けば反対側に紫瑶が倒れ込んでいた。俺が踏ん張った反動だろうか。身体を起こした彼女が見えない敵がいると騒ぐ。
(まだ何かあるのかよ。冗談じゃないぞ)
とにかく今は原因究明が先決だ。
生徒に逃げるよう告げ、更なる情報を求めて校内へと突入する。




