第3話 魔法塾での学習
帰り道は割と同じ方向だった。2人並んで歩く。
街路樹や建物が視界の横を流れていった。まだ高い位置にいる太陽の光が優しく照っている。魔物の脅威が少ない穏やかな町中だ。
この町は気に入ってくれそうか。荷解きはもう終わったのかとか、と他愛もない話をした。彼女のほうもいろいろと質問してくる。
この辺りは緑が多くて好きだとか、どこかお気に入りの場所はあるかなど。そして塾の話になり……。
「えっ、じゃあ俺と同じ初級者クラスに?」
「はい。明日から」
「わあ、一緒だ。なんだか楽しみになってきた」
「え、えっと……他にも一緒の子っているのかな」
「なんで?」
複雑な気持ちで理由を聞く。
チラリとニーアを見れば、俯きがちに腕をもじもじと動かしている。
「だってその。知ってる顔が多いと安心するので……」
「そっか」
「はい、それで誰か……」
遠慮したような声がそう言った。
きっと不安なのだろう。なんとなくそう思って、一瞬だけ躊躇った後に口を開く。本当はアイツの名前を伝えるのはすっごく嫌なだったけど仕方ない。だって彼女が不安がってるんだもん。
「うん。一応、ハロルドが一緒のクラス」
「そうなんですね」
パッと彼女の表情が明るくなった。それを見て愕然とした。
なんか悔しい。負けたような気分だ。俺、破れたり……なんて声まで聞こえてくる。いいや、まだ諦めないぞ。まだまだ負けてなんかない!!
どうにかして気持ちを浮上させ、心の中で硬く拳を握った。
今なら自分のことをどう思っているか聞けるだろうか。
別に変な意味じゃないぞ。ただ、レストランの時とか学校の間とか、こっちを気にしている時があった。だから変な子だと思われてないかちょっと不安だったからだ。
第一印象って大事だと思う。特に可愛いと思った子相手には変に見られたくない。
「それじゃ、私こっちなので」
「うん。またね」
「また明日」
分かれ道まできて二人は分かれる。
結局、彼女に変な子認定されていないかを確認できなかった。なんて言って聞けばいいか思いつかなかったし……。
その後はまあいつも通りだ。家に帰って遊びに出かけた。帰った後も夕食にお風呂と何気ない一日として終わる。
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翌朝、俺は珍しく早起きして学校に向かった。
いつも通りに授業を受けて同級生と遊び、学校が終わって塾の時間になる。子供が多く通う魔法塾の初級者クラス。そこに今日、ニーアが加わった。
ちょっと上の中級者クラスや、上級者クラスでは年上の子達が学んでいる塾だ。
その殆どが魔法適性のある種族で人間族はかなり珍しい。人間族は魔法適性が低くて使える人のほうが珍しいんだって。前に大人や年上のお兄さん達が言っていた。
「では、新しい仲間も増えたことだし基本のおさらいをしましょう」
「はーい!」
入室した塾講師に元気よく返事をする。
塾講師は幼い子供向けに笑顔を浮かべながら話す。後ろのボードに文字や図を書き記し始めた。
「まず魔法とは、生物に宿る魔力と、自然界に宿る元素を合成して用いる現象です」
魔力は主に意志ある存在が体内に宿している霊的、あるいは精神的なエネルギー。魂のエネルギーという人もいるらしい。
一方で元素は自然の中に内包された生命力に近いエネルギーだ。この両者を合わせることが魔法と呼ばれるものの基本。ちょっと難しいけど、要は二つの異なる力を混ぜればいい。
「魔法をコントロールするためには集中力、精神力、イメージ力が必要になります」
集中できなければ魔法は発現せず、精神力が足りなければ維持が難しい。
そしてイメージ力は現象そのものの役割や形を造形する。つまりイメージできないものは現象として生み出せない。だから同じ魔法でも微妙に効力が違ったりするんだって。
「先生!」
「はい、なんでしょう」
一人の塾生が手を上げた。講師の視線がそちらに向き先を促す。
「魔法って適性がないと使えないんですか?」
「基本的にはそうです。でも、どんな種族も適性がまったくないことは非常に珍しいんですよ」
「えっと……ないわけじゃない?」
「はい。限りなく低くても、魔力をもつ存在であることに変わりませんから」
ただし、適性低ければそれだけで扱うのが難しくなる。低ければ習得すら困難。そういった人達が一般的に魔法の使えない人ってことだ。
自身に宿る魔力を意思の力で扱えるか否か、それが適正というのだろう。
適性とかいろいろと難しいことを話しているけど、これはあくまでも基礎知識なんだよね。魔法を扱いたい者は誰でも初めに覚える内容だ。難しいけど覚えないと始まらない。
ちゃんと扱うためには、まずそれがどんなものなのかを知る必要がある。講師が最初に教えてくれた。
「さて、魔法というモノがどんなものかはわかりましたね?」
「はいっ」
「では、次に魔法と大きくかかわる属性についても学びましょう」
属性……魔法を学ぶ子供達にとって、皆一度は聞いたことのある言葉。
講師は説明する。魔法には属性があり、属性があるのは元素と結びついている影響が大きい。さっきも言ったけど、元素は自然界にある物=自然物が持っているエネルギーだ。
自然物は必ずどれか一つの元素は宿している。川や山など、どこに属しているかで元素の分類が決まっていた。
「まず基本となる6つの属性。炎、水、風、地の四大元素、そして光と闇の二極元素です」
先生がボードにひとつずつ丁寧に書いていく。
基礎属性はすべての基本となる属性。魔法の中では扱いやすいほうの属性だ。
「次に基礎属性を2つ以上合わせて生まれた派生属性。木、雷、無があります」
派生属性はまずもととなっている属性が使えるのが前提。
具体的にいうなら、木は水と地、雷は風と炎、無は光と闇が合わさったもの。こっちは扱うのが難しくてより適性が重要視されるみたい。
「中には種族によって属性の得意傾向があったりしますね」
そう言って講師は二人の生徒を名指しした。
一人はニーア、もう1人はハロルドだ。名前を呼ばれた二人が立ち上がる。
「例えばニーアさん。貴女の得意な属性はなんですか?」
「はい。木属性です」
「ご家族の方も皆さん得意ですか?」
「はい、魔法は両親から教わりました」
「ありがとう。ハロルド君はどの属性が得意かな?」
「僕は風の属性が得意です。家族も得意な人が多いです」
「はい、ありがとう。このように遺伝的に得手不得手があったりします」
これは元素との結びつきが関係していると講師は言った。
ご先祖様が生まれ育った地や、種族の生態などの関係で親しみを持っているからだ。樹木、如いては森の精霊的な存在である森樹精人は植物との相性がいい。だから木属性が得意。
狩人の資質を高くもつエルフ族は、昔から弓の名手を多く輩出してきた。それは技術だけではなく風の寵愛を受けているとさているから。風に愛されている種族故に風属性を得意とする者が多い。
逆にそれらの関係性で弱点を持っていたりもするという。
「別に得意な属性の有無が魔法使いの質を落としたりはしません。一つの属性を極めるのも、複数の属性を幅広く扱うのも個人の自由です」
だけど、得意・不得意や遺伝的な部分を考えて習得するのもアリだ。
ここにいる生徒達の大半はまだその段階までいっていない。だからいろいろと興味を持ちながら学んでいくのが大切だと講師は教えた。
「はい、今日の座学はここでおしまい。ここからは瞑想の修練をしましょう」
「はーい」
魔法の知識を学ぶのはここで一度お休みだ。
当然だけど塾では実技も行う。初級者クラスはまず基礎を覚えるところからである。
集中力を育み高めるための瞑想。これはきっちりマスターして日頃からやっておくのが最適だ。雑念を捨てて常に一定の意思を保つことが重要だと教わっている。
(これができないと魔法自体が成功しないからな)
せっかく覚えても不発だ、なんてことにならないよう頑張って鍛錬した。
集中力は魔力と元素を合わせる際にも大切なもの。外部からの刺激で簡単に切れるようではお話にならないし、なによりも危険だ。自分も周りにいる人も。
じっとしているのが辛い、と感じる時もあった。でも我慢だ。余計なことは考えない。最初のうちは数を数えるようにすると楽だったりする。
だから俺は必至に雑念を取り払って集中力を保てるように意識した。
1・2時間ほど経った頃、修練の終わりを告げる声が響く。
外はすっかり暮れの空。じきに日が暮れる時間、初級者クラスの講義が終わる時間だ。
終わり際に「復習をしておくように」と言われた。荷物を片づけ講師に挨拶をして塾を出る。各々に帰路について歩く子供達。
俺は女の子を途中まで送るつもりでニーアと途中まで一緒に帰った。
こちらをチラリと見やるハロルドの視線。アイツは方向が全然違うからな。独り占めできたみたいでちょっと気分がいい。
分かれ道が来るまで魔法の話をしながら歩く。
「へぇ、治癒の魔法も得意なのか」
「うん。まだ応急処置くらいですけど……」
「でも薬いらずなんじゃない?」
ニーアは首を振った。
「まだ下手だから薬のほうが効き目がいいの」
「そうなんだ」
それに補助的な意味で薬を用いる場合もあるらしい。
治癒魔法もやっぱり適正がモノを言うから。それに重体者には魔法だけじゃ手に負えないかも。
そうこうしている内に分かれ道がきた。ここでもうお別れだ。ちょっと残念に思いながらも「バイバイ」と言って別れた。
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