幕間10 世界の観測者たち
注意:極端に長くはないのですが、考察よりのお話になります。
そうはいっても、ぶっちゃけると全部を覚える必要はありません。味つけ程度にどうぞ。
不穏な気配、勇者の召喚と、世間が忙しくしている今日この頃。
それでも私の日常は何ら変わらない。目覚めて髪を整え、クローゼットを開け数ある衣装の中から、お気に入りの執事服を手に取り身に着ける。
姿見鏡の前で軽く回って満足し、居住用に使っている部屋を出た。
青や緑の灯りが壁と天井に散りばめられた石の階段を降りる。
足音がよく響く、細く長いそこを抜ければ、ひと際広い空間へと行きつく。
祭壇と遺物に溢れし書架が並ぶ。この場所はいつでも静謐で、荘厳とも言える。
果てを感じさせない広間の中心には、本日も我らの始祖様がお眠り遊ばされていた。静かに黙礼と祈りを捧げて清掃と整理を行う。1人で粛々とこなす。
(本日は皆さんが来る日、でしたかね)
なんとなく思い出して、一度外へ繋がる道を見る。
「あれ、明日だったかなぁ」
「いいや、間違いではないぞ。インクリッドや」
零した独り言に女性の声が返ってきた。
鏡で見た自身より、やや幼い外見の少女が歩いてくる。白金の髪とローズピンクの瞳。日傘を手に持ち、人形の如きドレスを身に纏った姿は相変わらずだ。
「これはカトリーヌさん、お早いですね」
「儂が一番乗りとはのぅ。他の衆は来るのかえ?」
「どうでしょう。まあ、急がず待つとしてお茶でも如何です」
「良いの、お茶請けはあるんじゃろうな」
笑顔で応じるカトリーヌに私も微笑む。4つある椅子の1つに彼女は座る。
かつての真似事に興じ、香り高い紅茶を嗜んでいると新たな気配が降り立つ。
「あら、楽しそうね。衣装選びといい本当にもの好きなことで」
「お主とて時々村に下りておると聞くぞ」
「こっちはアンタ達ほど頻繁じゃないわよ。気まぐれに相手してあげてるの!」
「ラコルツィルタさん、お待ちしてました」
優雅に歩いてくる苺色の毛をした猫。
彼女は壇上に上がる女優の如く、しなやかな所作でふっと人型となる。瞳や毛色は変えていない辺りに性格が表れていた。
20歳前後の美女といった風だが服装はローブと素朴だ。
首から覗くチョーカーが淡い光を反射して煌めく。ラコルツィルタもまた席に座り、私が置いたカップを手に取った。口に含んでひと息した後にそれを置く。
「では、始めますか?」
ゆったりと寛ぐ2人に向けて私は進言した。
1人は菓子を摘み、もう1人は手元に本を引き寄せ開いている。
「儂はいつでも。あ、そっちのスコーンを取っておくれ」
「別にいいんじゃない。待ってても来ないだろうし」
(私が言うのもなんですが呑気ですねぇ)
これもまた個性があっていいと思う。なんと心安らぐ時間か。
されども今は次の予定があるので進めなくてはならない。あれ、でも次の予定って何時だっけ。ふと脳裏を過ったが、気を取り直して咳ばらいを1つ。
察した彼女らが本を閉じ、菓子を飲み込んで居ずまいを正す。
『はじめに我らが父、始祖テスカポルニア様の安寧と覚醒を祈って』
口を揃えて告げ、祈りを捧げた。沈黙を続ける中央の祭壇に向けて。
「まずは情報共有からじゃな。誰から行くのかえ」
「誰でも、今こっち読むのに集中したいから」
「何しに来たんだという言葉が飛んできそうですね。ああ、先日はどうもありがとうございます」
想像で例えつつ私はラコルツィルタに向けて告げた。
「先日、何の話だったかしら」
「封鎖の件ですよ。お願いしたでしょう」
「地の迷宮か、あったわねぇ。調査は進んでるの?」
「まぁボチボチなのでは。私は参加してませんのでなんとも」
頁を捲りながら淡泊な声を返しつつ、彼女は視線を落としたまま茶を飲む。
滑り出しは上々といったところ。次いで先日から連想した様子のカトリーヌが口を開いた。曰く、天狗族の里で騒動があったと風の噂に聞いたとか。大した話に感じない。
それよりも最近「魔装」を見たことが気がかりだ。私がそう話すと2人の視線が集中する。
「いつの話じゃ」
「ちょうど去年の今ぐらいで、鎧型でしたよ」
当時の状況を語ると、2人は呆れた風に顔をしかめた。
「あり得ないわ。物が残ってて、発掘できたとしても使える筈がない」
「同感じゃな。唯一扱えるとするならば……」
皆の視線が空席に注がれる。私自身、やっぱりという感想だ。
暗黙と呼ぶべき同意が皆の口を閉ざす。同胞の中でも珍しい「継承」を受けし存在のことを……。
「止め止めい進まん! まったく余計な話題を振りおってからに」
「すみません。ほんのちょっと気になりまして」
「ならば本人に聞きに行けばよかろう。確か居候と無人島で隠居中じゃったか」
「心底どうでもいい情報だわ。それとも何、元・吸血鬼さんは興味があるの?」
(言外に転生者のことを示唆してますね)
私の発言が思わぬ方向に飛び火してしまった。
ラコルツィルタは熱くなる前に喉を潤して冷ましている。
さすがは賢者と呼ばれるだけの人だ。本人は認めていないようだけど、純粋体で且つ年長者としての落ち着きを損なわない。
「私の失言でした。今回皆さんをお呼びしたのは勇者の件です」
空のカップに新しいお茶を注ぎ、菓子の補充も忘れず行う。
傍らで2冊目を読み終えて3冊目を引き寄せている。もう1人は早速菓子に手を伸ばしていた。
「また召喚したのか。懲りないのぅ」
「はぁ、始祖様がお与えになった力を何だと思ってるのかしらね」
「仕方あるまい、人は味を占めるものじゃ。そんな愚かなとこも可愛いのじゃが」
「あれ、そうだったんですか?」
そういえば、ちゃんと聞いたことがなかった気がする。
答えたのはラコルツィルタのほうだ。
「ええ、滅亡後のことだし、あたしも両親から聞いただけだけど」
全員で一斉にお茶をひと口入れた。十分な間をおいた後、再び話し出す。
気持ちを切り替えた様子だが、声音はそのままにカトリーヌが言う。
「それで原因はなんじゃ」
「話を聞く限りでは邪神絡みだとか」
「おかしな話ね。解体したんじゃなかったの?」
ラコルツィルタは未だ本に視線を落としたまま口を挟んだ。
私は給仕の真似事に勤しむ手を止め、空いている席の1つに腰を下ろす。菓子を1つ咀嚼し終えてから口を開く。
「違います。解体したのはフリウソール教団のほう」
「あぁそれそれ。大厄災の後、しばらくしたらふっと湧いたお騒がせ集団」
「なんだか威厳の欠片もない言い草じゃわい」
「いる? 威厳」
「儂に聞くな。あの方なら何というかのぅ」
再び浮上した暗黙の了解。今度は短く「呆れるんじゃない」と返された。
「おお、話を進めよと天から思し召しがっ」
「アンタ、時々間の抜けたことを言うわよね」
「人間的な感覚と言って下さい」
この話になると大方の返事は一緒だ。
まだ言っているのか、早く捨てろ、というみたいな感じ。
別に私とて今も保持している訳じゃない。でも些細な文言を聞くのが楽しいのだ。
「はいはい、で教団が解体されたなら残党ってこと? それもおかしいと思うけど」
ようやく本を閉じて傍らに置き、頬杖をついて彼女は言った。
「邪神ということはネメルヴェヒュト様か。はたまた別の存在かえ」
「考えたくない話ね。何人もおられてはたまらないわよ」
「では関係がないのでしょうか。残党の仕業か、別の要因が?」
「残党だけってことはない筈よ。魔物の異常が報告されてるんだから」
ああ、そうかと納得して頷く。言われてみればそうだ。
異常な現象が起きているのは事実で、人の領分を越えていると思う。
ならば別の要因はどうか。目の前の2人は考えている様子だった。年上の彼女達ですら知らないことは多い。
「そういえば、彼の教団には年若い同胞がおったよの。お主、その者と以前相まみえたと言っておらんかったか?」
「クエスマグナのことですね。ええ、確かあれは……」
カトリーヌの問いに私は記憶を呼び起こす。
前任の勇者・カイルを支援すべく各地を1人飛び回っていた頃だ。
ちょうど別行動をしていた時で、偶然にも教団内で囲われている同胞と邂逅した。一目見て、彼が私と同じ経緯で成った者だと感じたのを覚えている。
――罪深き祖・テスカポルニアの哀れな子よ。貴方はなぜ邪魔するのですか。
あの問いかけに正確な答えを持てなかった。
穢れを知らぬ訳ではないだろうに、彼の者は無邪気な笑みを浮かべて。
「あの者にも言ったことだけれど、継承を得ていない我らが真実を語るなど畏れ多いことです」
(出会い方が違えば、関係も変わっていたのでしょうか)
ふと思い至り祭壇の斜め右奥へと視線を向ける。
還りつくことの叶わぬ魂は、想いは如何ようなものか。
「儂らが哀れな子か。なるほどのぅ」
「連中の行動理念って魂の開放だったかしら」
「はい。そのように言ってましたよ」
「ふむ、歪んではおるが種としての渇望や葛藤とも言える。まさに摂理じゃな」
「否定はしない。けど他の概念に触れ、変容してるようにも見えるわ」
私は「アンタ達も関わり過ぎないことね」と釘を刺される感覚がした。
脳裏に浮かんでしまうのは幾度となく聞いた故か。やがて頭を使ったから疲れたと、おかわりを求められ給仕を再開する。
誰もが決定的な情報が足りていないと知っていた。むろん、今すぐ答えを求める浅慮は1人も持ち合わせていない。
「うぅん、何の話をしてるんだと天から声がっ」
「また妙なことを……。もう反応してやらないわよ」
傍でため息を零す様が見え、それが少し面白かった。
つい茶化すような、年上に甘えるような調子を意識して言う。
「えぇ~構って下さいよ」
「これこれ、集中が切れてしまったのか。困った子じゃ」
「はぁ、ひとまずの結論を出しましょう。勇者は召喚された、邪神絡みはまだ終わってない、これでいい?」
「いいですよ。できれば今後も協力を……」
そう言いかけると、素晴らしい反射神経で2つの声が重なる。
「断るのじゃ!」
「遠慮したいわ」
「わぁ~、なんて非協力的なお姉さま方なのでしょう」
見事な即答に苦笑いを浮かべている自信があった。
しかし不安は長引かず、各々に切り上げる準備を始めた。まず席を立ったのはカトリーヌだ。
「さて、帰るか。あんまり遅いと同居人の子らが寂しがるでの」
「一緒に暮らすなんて本当に信じ難いわね」
「そんなことを言って、羨ましいのじゃろ~」
「誰が、いつ、羨ましいと言ったかしら!」
「おぉ怖い怖い。退散じゃあ」
素早い身のこなしで小柄な人影が去って行く。
途中まで追いかけていたラコルツィルタは、戻ってきて再び本を広げた。いつも通りにもう少し留まるつもりなのだろう。
無言で頁を捲り続ける姿を放置し、片づけをしていく中で唐突に思い出す。
「あの以前、面白いものが空を横切って行きました」
「へぇ~いつ、どんな奴?」
平坦な声音で視線さえ合わせずに彼女は言った。
「見間違いかもしれないんですけどね。あれ、いつだったかなぁ。とにかく天狗族っぽかったですよ」
「もの好きはアンタ達だけじゃなかったのねぇ」
「また興味のなさそうな声ですね」
「そっちこそ、大して気にしてないでしょう」
「ご明察♪」
嬉しい返答を聞けて満足だ。
あとは相手の気が済むまで、静かに己の作業に没頭する。
同胞が集うこの催しはなによりも楽しいひと時で幕を閉じた。次はいつになるだろう。考えながら過ごす間さえ、私には楽しく充足した時の流れに感じるのだ。
憧れの設定でありながら、理解に苦しむというか。
いざ活躍させようとすると扱いに困る人達です。でも登場しないと、情報が進展しなかったりするから悩みどころ。自ら生み出しておいてなんですけど……。




