幕間09 望まぬ召喚×予期せぬ邂逅
注意:削るに削れず、また長くなってしまいました。
余裕をもってお読みください。
10番目の月、メルタナ神48の日。
東の地アルヴ、その国境近い村で僕は母さんと2人で暮らしている。
肩に農具の重みを感じながら畑への道を行く。その道中で端から声が掛かった。よく顔を合わせる男性だ。彼は土で汚れた姿のまま朗らかに言う。
「今年ももうすぐ終わりだねぇ」
「そうですね」
男性の言う通り、明後日は1年の終わり。実に早いものだと思った。
「国境は今日も沈黙、実にいいねぇ。平和が何よりだ」
壁の向こう側にいるという別の種族。行き来がなく、話にしか知らない。
互いの領域を脅かさない、という条約が本日もしっかりと守られている。北の国のエルフとか、一度は見てみたいと幼い頃は思っていたけれど……。
「はい。何事もなく終わりそうで安心します」
「ところでカインよ、嫁さんは貰わないのかい?」
「なかなか難しいです。早く母を安心させてやりたいですけど……」
できるなら両親のように想い合える相手がいい。
ふと父さんのことが脳裏に浮かび複雑な心地になる。寂しいような、悲しいような、顔を知らないのに変なものだ。
「あ、カイン! 年を越す前に魚狩りを手伝ってくれよ」
反対方向から声を掛けられた。魚と聞き、ちらっと空を仰ぐ。
(風潮の流れ、そろそろなんだ)
「もしかして都合悪かった?」
「いいえ、大丈夫ですよ。その代わり収穫したのを少し貰っていいですか」
「ああ、もちろんだとも」
日時を言って彼は去って行く。
再び畑仕事に戻っていくもう1人へ会釈して歩き出す。
いつもと変わらずに野菜の世話をし、帰路を歩いて、納屋に道具を片づける。
すぐそこの自宅から美味しい匂いが漂ってきた。鍋をかき混ぜる母さんの姿が思い浮かぶ。そちらに足を向けた時、ふいに足元から奇怪な模様と光が――。
(母さんっ)
無意識に自宅の扉へと手を伸ばす。でも視界と意識は光の中に呑まれていく。
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視界が鮮明さを取り戻す中で何度か瞬いた。
まず目に入って来たのは立派な内装。高い天井、上品なタペストリー。床に描かれた模様って、もしや魔法陣なのだろうか。次に気になるのは人、それも高位な雰囲気の男性だ。
(はっ、えぇ、どこ?)
驚きすぎて声すら出ない。頭が思考を放棄しようとしている。
「召喚には成功したようですが、これは魂が抜けてるのでしょうか」
傍らにいた身なりのいい青年が口を開いた。
高位らしい男性が低く唸る。面立ちが似ているので親子かもしれない。
少しずつ状況を観察する余裕が出てきた。ようやく頭が回りだす。この場から受ける印象は、まさに儀式といった感じだ。
(儀式? ちょっと待って、僕は何をされたの)
おとぎ話でしか知らないが、まさか生贄とか。
怖い想像が思考の中を駆け巡って乱していく。直後、悲鳴が口から零れてしまう。
「どうやら魂はあるようですね」
「そのようだ」
「誰なんですか、貴方達は。いえ貴方がたはっ」
目の前の2人は動じず「落ち着いて」から事情説明を始める。
まず彼らはジルビリット王国の王族だと打ち明けた。国王と王子が並んでいる状況だけでも理解が追いつかない。なのに彼らは、ここが異世界だと告げてきて――。
「貴方には勇者となって頂きたい。今現在、各地では魔物の狂暴化に加え、変異個体の目撃例が増えており……」
「帰して下さい」
「はい?」
王子がきょとんとした顔で言葉を止め、幾度か瞬きをした。
「家に帰して下さい!」
「落ち着いて、まずはお話を」
「申し訳ありませんがお応えできません。それに実家は男手が僕だけなんです。母を1人にするなんて」
相手の身分を忘れないよう努め必死に訴える。
近所の人々が親切だとはいえ、心配なのは変わらない。1人で僕を生み育ててくれた母さん。自分までいなくなったらと考え胸が苦しくなった。
あのまま扉を開いて、一緒に食事をする筈だったのだ。それなのに、どうして。
「お願いします。帰して、今すぐ帰らせて下さい」
(もし何かあった時。そうだよ、駆けつけられないじゃないか)
歯を噛みしめ、強く拳を握り込む。最善の対応なんてわからない。
落ちていく感覚を覚え顔をうつ向かせる。その時、第3の声が耳に届く。
「陛下、殿下、急がせちゃいけませんよ。お話は後にして休ませましょう」
「インクリッド様、わかりました。貴方にお任せします」
「おや、これは失言。押しつけられちゃいました」
「何をおっしゃるか。貴方ほど勇者の身辺を支援するのに慣れた者はいまい」
「慣れたって、2度目というだけですが?」
失礼とは思ったけど、正直にいうと心底どうでもよかった。
それよりも足元が崩れ沈んでいく感覚が僕を襲う。先程からずっと続く絶望感に苛まれながら、傍らに歩み寄ってきた人物に支えられて立つ。
訳が分からないまま歩かされ、扉の開く音の後、柔らかい物の上に座らされる。
膝の上に乗せた手の上へ誰かの手が重ねられた。そこでようやく顔を上げる。オレンジ色の髪と紫色の瞳をした男性だ。
浮世離れした雰囲気の人で、僕とあまり年が変わらないような……。
「初めまして。私、インクリッドと申します」
「あ、はい。でも……」
すぐに言葉が出てこない。思考が切り替えられなかった。
「無理に話さなくて大丈夫。ただ呼ぶ時に困るので、お名前だけ教えてくれる?」
「カイン・クロノスです」
どうにか声を絞り出して相手の反応を見る。
インクリッドと名乗った青年は優しく微笑むだけだ。少し怖いくらい。でも正直な気持ちを伝える度胸はなくて、呆然と見てれば彼は何かを閃いたように言う。
「唐突ですがカイン君は動物好き?」
いきなりの問いかけに僕は頷く。嫌いではなかった。
確認できて満足なのか、次の質問が飛んでくることはない。代わりに仰々しい仕草で1つ咳ばらいをする。見ててくださいね、と告げた次の瞬間—―。
「えっ」
唖然と、我が目を疑いたい心地で眼前のものを見つめる。
そこには小さく尾の長い獣が立っていた。蝶を模した首輪をつけ、立派な前歯が覗く口で流暢に話す。
「どうです、どうです。癒されそうですか」
「…………」
「あれあれ、好みでない。では別のものに」
「い、いいえ、すみません。その驚いてしまって」
手放しかけた心を引き戻し、慌ててそう言うと彼は尾を振り飛び跳ねる。
「なら良かった。さあ、存分に撫でて下さい。ご要望なら踊るなり、芸なりと頑張りますよぉ」
「お、踊る!? そこまでしてくれなくていいですから」
でも言われると、あの艶やかな毛並みを撫でてみたい。
堪えるべく逡巡したが、結局誘惑に負けてしまう。ちょっとだけと言い訳しておずおずと手を伸ばす。抵抗するどころか、身を差し出してくる小動物を慎重に抱き上げた。
柔らかくて、温かくふさふさだ。無言で撫で続け、次第に心が落ち着いてくる。
(それにしても不思議な存在だ。おとぎの国の住人みたい)
「ぐにゅぬぅにゅふ~」
「わっすみません。痛かったですか」
「いいえ。ただ、ここまで撫で回されるとは予想外でして」
指摘を受けて恥ずかしくなった。そんなに長い間撫でていたなんて……。
掌の上で転げまわり、踊って騒ぐ姿がなんだかおかしい。おかげでほんの少しだけ、彼となら話せそうな気がしたんだ。
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日を改めて、僕は謁見の間に呼ばれ事情を聞く。
正確には聞かされたんだけど不満を口にできない。昨今不審な事件が起き始めていて、邪神規模の災いがとかなんとか。けどそれより、召喚目的が達成されないと帰れないほうが重要だ。
気が重くてどうしようもない中で、僕はある人物に引き合わされる。
「お初にお目にかかります、勇者様。ワイは鑑定を生業にしとるもんや」
西の国の出身で、地匠民族だという男性。とても目が良いらしい。
名前は「アズーロ・トーン」と名乗った。大柄な身体を縮こまらせて椅子に座っている。
彼は簡単に説明してから同意を求めてきた。でも断れるものじゃないだろう。
「ほな始めさせて貰います。ふむふむ、なるほど~」
ごくりと唾を飲みこむ。何かが起きている風には感じない。
「わかりました。勇者様のお力は超治癒力という才能です」
「超治癒力、ですか」
効力についての説明がされて更に気が重くなる。
「はい。しっかし奇遇ですなぁ、前のお人もそうやったと聞いとります」
「それって珍しいんですか?」
「せやね、遺伝ならあり得るとは聞きますな」
話し込む時間はなく、鑑定士は部屋を出て行った。
遺伝がどうのと言われても困る。興味をもつほどの情報に感じない。母と故郷の情景が脳裏からずっと離れないのだ。
戦うこと自体は抵抗がなくても、いったい何のためにやるのか。
予備知識と称して情報を叩き込まれる日々。
そんな中で数日ぶりにインクリッドがやってきた。普段は頻繁に来る人じゃないらしい。休憩時間に鬱屈と窓の外を眺めていると部屋の扉が盛大に開く。
「町に繰り出しましょう!」
「インクリッドさん、突然どうしたんですか」
彼はそう言って歩み寄り腕を掴んでくる。
「問答無用です。さあ、行きますよ」
「え、ええぇ」
抵抗する間もなく僕は連れ出されてしまった。
どうして彼は、いつもこう唐突なのだろうか。周囲に花が舞っているような錯覚を覚える。わざとなのか判断がつかないけど、とにかく明るい。
促されるままに外へと出てルーンの町中を散策する。
ゆっくり探索する時間はなかったが、案外暮らしぶりは違わないのかもしれない。ただ明らかに「違う」と感じる部分はあった。行き交う人々の容姿だ。
「あはは……。何度見ても、不思議な光景」
(国境の行き来が盛んで、いろいろな種族が混在してるなんて)
今でも1対1で話すときは緊張してしまう。
そういう意味でも、インクリッドとの会話は特別だった。
「何か面白いものでもありましたか。あ、それとも珍しいほうかな」
「いえ、そういうんじゃ……」
彼の声に応えながら視線を巡らせ、ある一点で留まる。
服屋と薬屋に挟まれた建物。看板があるので何かの店だろうが注目点はそこじゃない。外に張り出された紙だ。足が吸い寄せられ、近くで内容に目を通す。
(そんな、まさかっ)
見るほどに視界が揺れた。記憶が呼び起こされ、眼前の物が信じられない。
自分の影の後ろにもう1つの影が近づく。
「ほう、ここは鑑定所ですね。何か気になる報せがありました?」
「これは」
視線を外せずに独り言のように声を出す。
視界の端に、脇から覗き込むインクリッドの顔が見える。
「落とし物案内かなぁ。気になるなら確かめてみましょう」
「は、はい」
一緒に店の敷居を潜り、奥にいる年嵩の女性へ声を掛けた。
張り紙の件を話して現物を確かめられないかと頼む。しかし現物は別の換金所に預けられているらしく、取り寄せに時間がかかるそうだ。落胆に肩が落ちてしまう。
「鑑定士さん、私が取りに伺いますよ。紹介状を書いて下さい」
「インクリッドさん」
一瞬振り返った彼の顔が微笑んでいた。
「お待たせしました。こちらが紹介状になります」
「どうも」
「ありがとう、ございます」
流れでお礼を言って店の外へ出る。なんだか迷惑をかけてしまった。
謝るとインクリッドは「私ならひとっ飛びですから」と言う。声の調子は軽く、気を悪くした風には見えない。急いで取りに行くと告げた彼の背中を見送った。
帰りを待つ間、不安と焦りに苛まれる。
ここでの生活に慣れつつも迷いは晴れない。心を紛らわすため鍛錬に励んだ。宮殿にいても辛いだけなので、最近は町や近隣の平原へと足を運んでいた。
出かける理由を話すと、毎回とても意気込まれて戸惑ってしまう。
「翼の神アレスティナよ、我に真実なる道を示し給え」
迷った時にやる呪いをする。もう1つ、鉄の神メルタナにも祈りを捧げた。
「きゃああぁぁっ」
「悲鳴!? 誰かが襲われてる」
考えるより早く足が動く。向かう先には広大な麦畑。
そこに悲鳴の主らしき人影と、異様な気配を放つ獣がいた。最初は幻魔かと思ったが違う。
(あれが魔物)
どの世界でも害獣による被害はあるのか。
僕は迷わず剣を抜いて踏み込む。逃げる人々と畑を庇いながら動く。
しかし数が多くて手が回らない。さすがに1人では限界を感じ、悔しさに胸が締めつけられた。
「破斬!」
するとどこからか衝撃波が飛んできて敵を両断。
続いて1人の剣士が割って入る。初めて見る衣服を身に纏っていた。手に持つ武器の形も独特だ。長い髪をなびかせ、次々と敵を切り裂いていく。
彼に負けず僕も剣を振るい、協力して魔物の掃討を行う。
戦いが終わった後、武器を収めて助っ人のほうに向く。まず言う言葉は決まっている。
「助太刀してくれてありがとう」
「いや、こっちも通りかかっただけだ。一緒に戦ってくれて助かったぜ」
年の近そうな彼の様子に安堵し、自然と自己紹介をしていた。
快く応じた相手は「蓮之介」と名乗る。変わった名前だと感じ、発音に苦戦していたら「レンでいい」と言ってくれた。
「旅の剣士さん達、どうもありがとうございました」
「いいえ。こちらこそ間に合ってよかったです」
「ああ、無事でなによりだ」
こんな物しかないと果実の入った籠を手渡される。
お礼を貰うほどじゃないと思ったけど嬉しい。人々は何度も頭を下げて去って行く。せっかくだからと道端に移動して腰を下ろした。
隣にレンが座って、並んで果実を手に持つ。ひと齧りして話し出す。
「美味いな、これ」
「うん」
甘酸っぱくて、果汁の染みだす果実を味わう。
「しかしすっかり道を反れちまったなぁ」
「どこか行く途中だったの?」
「おう、修行の谷って所にな」
黒い髪なんて珍しいけど、他の種族の人よりは話しやすい。
短いながらも静かな時間を過ごす。他愛のない話をして楽しかった。
翌日の昼過ぎ、待ちわびた人が部屋を訪れる。
隣国の鑑定所まで行ってきたインクリッド。彼の手から1つ小袋が手渡された。
呼吸を整えて開封しひっくり返す。中身が掌の上に落ちる。それは銀のロケットで、蓋に鳥の模様が入っていた。
蓋を開けると女性の肖像画が現れ、裏側に故郷の文字でこう綴られている。
――我が妻・タリア。××年、カイサリス神36の日、永遠の愛を誓う。
「間違い、ない。これ父さんの……」
確信を得て、涙が溢れ零れ落ちていく。
実際に見たことがなくてもわかる。こんな物を持っているのは1人しかいない。そして同時にロケットの存在が告げている事実。
(もしかして父さんは、勇者に?)
「あの、インクリッドさん。前の勇者って、名前はなんてっ」
「先代の勇者でしたら、カイル・クロノス様です。あれ?」
自分で言っておいて彼は怪訝な面持ちになった。
「あっああぁぁぁ」
でも相手の反応を気にする余裕はなく、答えを聞いてすぐ膝を折り号泣する。手の中のそれを胸に抱いて見苦しく声を上げた。
戸惑った声で、背を擦る感触がしたが涙は止まらない。
インクリッドが帰った後も気持ちは沈んだままだ。
散々泣いて、今は止まった目で窓から夜空を見上げる。握った感触を確かめながら思案した。正直なところ、ずっと関係ないと思っていたんだ。でも、今は違う。
(この世界に、父さんがいる)
自分が生まれる前に行方不明になって、死んだと思っていた。
母さんは今も、出稼ぎへ行った日に祈りを捧げている。あの姿は忘れられない。
「冥界と輪廻を司る夜の神ヘレヌよ。これは貴方様のお導きなのですか?」
(それとも試練なのですか)
夜の闇が色濃くなり、町が月光に眠る中で逡巡する。
そして遠くから朝焼けが見える頃、僕は心を決め、手の中のロケットを身に着けた。




