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第41話 約束、待ってろよ

 我に返った様子の仲間達が真偽を聞く。

 再びしっかりと断言して、獣に視線を戻し意見を交わし合う。


「コリーさんの匂いがする犬。ペットじゃないですよね?」

「ああ、違うだろ。あいつ魔物でも使役してんのか」

「それも違うと思う。彼の力はもっとこう、何もない所からバーンッて出る感じ」


 抽象的な説明だったが、蓮之介はなぜか妙に納得した様子だ。

 ニーアは「魔法でしょうか」と呟く。俺も詳しく聞いてないから、たぶん能力だとしか言えない。この際、魔法か能力・才能かは関係ないだろう。


「なんとなくわかった。けどエミル、なんで今も捕まえてるんだ?」

「えーっと、はっきりしないんだけど逃がしちゃダメだーって囁くんだよ」

「囁くって誰が」

「直感、本能、まぁそんなとこ」


 疑問に疑問を返すような声になってしまった。

 2人はじっくりと、今も腕の中に大人しく収まっていた獣を見つめる。彼らの反応は対照的で、ニーアは触りたげに目を輝かせ、蓮之介は怪訝に眉を顰めていた。


「う、うぅ」

「すみません。私行ってきます」


 掠れた呻き声を聞きニーアが離れていく。

 蓮之介が俺の抱えている獣を覗き込む。全身をよく観察していた。


「なあ、こいつって生物なのか?」

「えっ」

「あぁ今のなし! とりあえずさ、コリーと関係あんなら伝令に使えねぇかな」


 もちろん魔法印は使うけど、と彼は言う。

 確かにこの獣がコリーと関係があるなら有効な案だ。しかし気がかりがある。


「まだ関係があるかわからないよ。その、いろいろ変だし」

「具体的にどんなだ」

「えーっと体温がないし。あっでも一番は匂い、微かにするだけで他が全然」


 不気味なくらい別の匂いがしない。特有のアレやこれやが……。

 これだけで明らかに普通じゃないのがわかる。感じたままを伝えつつ、俺は関係性を探る方法はないかと考えた。

 確実にコリーの何かなら伝言を頼めるかもしれない。絶対に届く証明があれば、向こう側でうまく連携して救援が早まるのではないか。


(自信はないけど、意識同調ならイメージが得られるかも)


 言葉が通じない相手から情報を得られるか。可能性は低いが試してみたい。


「俺、能力を試してみようかな」

「本気か。正体不明だぞ、こいつ」

「だからこそだよ。レンだって言ったじゃないか。伝言を頼めないかって」

「そうだけどさ」


 言い淀む彼をまっすぐに見つめた。

 しばらく視線を交わし、蓮之介は観念した様子で頷く。


「わかったよ。じゃあ僕は見守ってるな。伝書も飛ばしとく」

「ありがとう」


 俺は「始めるよ」と声を掛け、腕の中の存在と向き合う。

 深呼吸をしてから意を決して意識同調を発動させた。集中を途切れさせず、飛び込むように心を飛ばしていく。真っ暗な中を泳いで、僅かな光を探し、見つけて目指す。


 ぐるぐると視界が、身体が回っている。実際は違うかもしれない。

 一面の白を抜けたら俺は知らない街に立っていた。海風が吹き、レンガの壁を彩る花と中心にそびえる尖塔のある城。でも荒廃していてどこか不気味だ。


『どこなの、ここ』

『はあ? なんでお前がいんだよ』

『コリー!』


 赤と紫に染まった空と町並みの中に1人佇む姿に驚く。

 本当に獣の意識なのかと疑問に思いつつ、目の前の人物と向かい合う。


『うぜぇ、さっさと出てけよ』


 何度も見た気だるそうなしかめ面だ。予想外の展開だけど運がいい。

 まずは勝手に入ったことを謝る。それから意気込んで事情を説明した。


『それでね、助けて欲しいんだけど。あっどっち方面……』

『知らずに人ん中入って来たのかよ』

『わ、忘れちゃった』

『おまけになんかだりぃし、マジ迷惑なんすけど』


 謝りながら、思い出したように倦怠感が俺を襲う。

 引き戻されそうになるのを堪え、眼前の彼にもう一度頼もうとした時だ。コリーは空を仰いで、次にまた渋面を作り不満げな声を漏らす。そして渋々といった体で口を開く。


『そっちが煩いからバレちゃったじゃん』

『えっと、ごめん』

『いいよ、このまま維持する。だから一旦出てけ』


 もう一度「うぜぇ」と言われ追い出されてしまう。

 衝撃を感じて仲間達のもとに戻ってきた。瞼を開けるとニーアの心配そうな顔が目に入る。気がついたら横たわっていて、腕に毛並みに感触がない。

 身体を起こし周囲を見回す。まだ周囲は暗く、焚火の明るさが目に染みる。


「無事に起きたな。よかった」


 声のほうに顔を向けると、蓮之介が木の幹に背を預けていた。

 一度視線を交わした後、彼は再び他所へと視線を移す。そこに反対側から声が掛かる。


「身体の調子はどうですか。痛いと所は?」

「うん、平気だよ。ちょっとめまいがして気持ち悪いけど……」

「全然よくないじゃないですか!」


 そのまま彼女に介抱されてしまう。結局心配をかけてしまった。

 彼らに今体験してきた情報を伝える。無事に確証を得られたので伝書を頼もうと獣を探す。俺の視線に気づいた商人が一点を示した。


「あの犬ならベアさんの所だよ。ほら、あそこ」

「寛いじゃってる」


 女商人の傍で身を丸めの休んでいる。

 適切に距離をとる人もいて、獣への受け入れ態勢は様々だ。

 慎重に声を掛けてみるが動く気配がない。状況も変わったし、仕方がないと諦めて身体を休める。交代で見張りをしつつ夜を明かした。



     ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔



 不安な夜を越え、無事に朝を迎える。

 目覚めて身体を伸ばす。その時、馬に囲まれるニーアの姿が目に入った。穏やかな表情で触れ合う彼女の肩に小鳥が止まる。


「あれが正真正銘のアロマテラピーってやつか」

「レン、おはよ」

「おう、おはよう」

「2人ともおはようございます」


 互いに挨拶を交わし食事を済ませて状況確認をした。

 悪路を進んだ馬車の痛みが酷く、応急修理ではもう速度を出せないという。馬のほうは大丈夫だろうか。できれば、このまま動かず救援を待ちたいところだ。

 馬車の傍で寛いでいた獣の耳が動き立ち上がる。空を見上げ唸る仕草をした。


(急にどうしたんだろ)


 不審に感じて空を仰いだ時、けたたましい鳴き後と共に飛来する影。


「キィルエェェッ」


 翼を広げた怪しく悍ましい巨鳥。あんな魔物は知らない。

 だけど山で見た奴にちょっとだけ似ている。何の言葉も浮かばなかった。


「嘘だろ。またっ」


 耳に届いた弱々しい声音に俺は我に返る。

 刀の柄を握り、唇を震わせる蓮之介の顔は青ざめていた。せっかく元気が出てきたのに、このままじゃ心が折れてしまう。そう感じ慌てて口を開く。


「レン、しっかり! 俺や皆がついてる」

「あ、ああ」

「そうです。こんな所で死なせません」


 巨鳥の眼光がこっちを睨む。獲物を射すくめる目だ。


(でも逃げる暇は作れるか。それとも場所をっ)


 再び敵の甲高い叫びが轟き、急降下してくる。

 瞬時に俺は考えた。商人達を逃がすのは無理、ならば次に考えられる手は――。


「ニーアは魔法で皆を隠して。俺が囮になる」

「そんな危険です。1人じゃ……」

「1人じゃない。僕もいるぜ」


 隣に立つ蓮之介に頷き、ニーアに後方を託して駆けだす。

 まず敵の注意を惹きつけなくてはならない。彼女が皆を隠す瞬間を見られないようにする。そのために隣へ目配せをし、俺は稲光を広域に放った。

 目眩ましなので威力は度外視だ。閃光が収まった時、商人達のいた場所は樹木の茂る断崖へと変わっていた。魔物は視線を彷徨わせ、即座にこっちへと向ける。


「よし、こっち来たぞ」

「できるだけ遠くに行くよ」


 平原を駆け抜け、着実に距離を離していく。

 ある程度進んだ先で急に足元が風に掬われる。抗いきれず身体が浮いた。


「うわあぁぁ」

「しまった。空中じゃ身動きが取れねぇ」

「こんな風に負けるか」


 この強風の中じゃ糸は厳しい。ならばと魔法を放つ。

 雷で攻撃しつつ、風を用いて態勢を整える。飛行は難しいけど激しく回転するよりはいい筈だ。蓮之介にも同様に魔法をかけた。うまく正面を向いた時、彼は刀を抜く。


「今だ、破斬!」

「キィエェェェッ」


 攻撃が命中して風が止む。衝撃に備えて受け身を取った。

 魔法の補助が間に合わず、受け身を取ってもすぐに立ち上がれない。そこに影が迫ってくる。


「まだ、だ。まだ」

「動けるか、エミル」

「うん」


 どうにか立ち上がろうとするが敵が目前。ダメだ、やられる。


「諦めてはなりませんわ」


 聞き覚えのある声にはっと目を見開く。

 上を見上げた瞬間、翼を持つ人影から煌めく赤き光。美しい熱線が敵を射抜いた。次いで地平を郁恵にも折り重なる旋律が揺るがす。

 怯んで一歩退く鳥と入れ違いに複数の人影が現れる。


「やあ、お待たせ。救援に来たよ」

「無事ですわね。他の方々は?」

「ローズマリー、メシィフェカ! 商人の皆はニーアが隠してる」

「了解です。そちらは別動隊に任せましょう」

(別動隊が動いてるんだ)


 ある程度は予想していたのかもしれない。一応の確認なのだろう。

 瞬時に状況を片づけて、今は目の前の敵を優先した。頭上にいるローズマリーと、地上にいる人魚族の部隊。彼らと並び立ち戻ってくる敵へ挑む。


「大きいね、こりゃ大変だ」

「メシィフェカは皆さんと合唱を頼みます」

「オッケー。2人はあっちの援護お願い」

『了解』


 声を揃えて俺達はローズマリーの加勢に動く。

 炎を巧みに使い、加速して攻撃を避け、中距離から光線を放つ。炎を使うたびに鎧がシューッと熱を逃がしているようだ。


『揺蕩いし我らの心の音色、響け、届け、重ね合わせて~』


 垣間見える人魚達の美しい調べ。周囲の空気が震えている。


『恐れず歌うよ、どこまでも。水よ、風よ、束なり給え』


 低音と高音が絡まり調和して響く。

 同時に彼らの掲げた手の先に、水泡が集い風を巻き込んで珠と化す。


(凄い、あれが彼らの魔法)

『青き海に捧げよ。逆巻く、流れの調べ~』


 歌は佳境を迎え、高まった魔力が一気に解き放たれた。

 上空からの合図で俺達は距離をとる。そこを螺旋を描き一直線に青の波動が貫く。水塊を叩きつけられた身体が、みるみると凍りついて崩れ去った。


「おぉ、マジか。戦場のライブが一撃必殺ってありかよ」

「貴方のその例え……」

「んん?」

「いえ、なんでもありませんわ」


 蓮之介とローズマリーの会話は奇妙だがまあいい。

 勝利を確信して安堵すると共に、残してきた人々が気になる。急ぎ駆け戻ったら、そこにコリーと制服姿の生徒達がいた。既に治療と搬送が始まっている。


「来てくれたんだ。ありがとう」

「はぁ、お前の所為でこっちは救助隊入りだっつの」

「ごめんなさい」


 ふん、とコリーはそっぽを向く。ヴァルツとは別行動みたいだ。

 向こうからニーアが駆け寄ってくる。また心配させちゃったな。でもお互い無事でよかったと喜び合い、救援部隊と一緒に水の都アクアリオへと行く。


「ようやくたどり着いたぁ」

「お疲れちゃん。ほんま、ありがとうございました」

「こちらこそ、勉強になりました」

「ほな、またどこかで~」


 商人達から声を掛けられて別れる。名残惜しさを胸に彼らを見送った。

 教師に呼び出されて事情を説明し、波乱万丈なキャラバン護衛の課題は終わったんだ。

 


 後日、学園に戻ってすぐ蓮之介が呼び出しを受けた。

 でも気になるのは彼のことだけじゃない。校内では今、ちょっと不穏な噂が飛び交っている。例の如くトーマスが廊下で呼び止めてきた。次の教室に向けて歩きながら話す。


「ねぇねぇ、聞いた? 各地で今までにない魔物が出没してるんだって」

「知ってる。俺遭遇したもの」

「本当、どんなだった」

「周辺で見かける魔物の変異っぽかったよ」

「こわぁ~。会いたくないな」


 適当に相槌を打ちながら話を聞く。また日々の中で学業と鍛錬に励む。

 けれどある日のこと、俺とニーアは蓮之介に呼ばれて寮の部屋を尋ねる。あまり入ったことのない彼の部屋はとても片づいていた。いや、違和感を覚えるくらい物がない。


(これって、まさか)

「来たな。ほれ入って、座ってくれ」

「うん」

「お邪魔します」


 部屋には自分達だけで少し悩んで床に座る。

 向かい側に礼儀正しく座った蓮之介が、しばらくしてから口を開く。


「実はさ。僕、卒業するんだ」

「そ、そうなんだ。おめでとう」

「おめでとうございます。レンさん」


 そこまで言って、また彼は口を閉ざす。落ち着きなく唇を開閉していた。

 正直にいうと寂しい。でも喜ばしいことだ。頭では理解できるけど納得できない自分がいる。考えて、やっぱり言うべきだよねと思う言葉があった。

 躊躇いを断ち切りたくて隣を覗き見る。ニーアの手は固く握られていた。彼女の姿に勇気を貰って、俺は意を決して言う。


「待たせちゃうけど一緒に旅したい」

「頼む、待つから一緒に旅してくれ」


 重なった声に思わず「えっ」と返してしまう。

 目の前の顔は驚いたように口と目が開かれていて。つい知って嬉しくなる。


「2人ともずるいです。私だって一緒に!」

「ああ、悪い悪い。でもありがとな」

「じゃあ約束、まってろよ」

「おう。待ってるぜ」


 そう言って蓮之介は、いや俺達は笑いあったんだ。

 連絡を取り合うために、彼が実家から取り寄せたという魔法印を受け取る。

 数日後に刀を携えた剣士は学園と王都を旅立って行った。見送って決意を新たに夏休みを迎える。今年も里帰りをして、また学園での生活が静かに始まるのだ。

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