第39話 課題はキャラバンと共に
翌朝、窓辺の床の上で目が覚める。
なんでだろう、と考えながら身支度した。ふと朧げな記憶が蘇る。
夜空の中を飛来してきた鳥。あれが何か、知っている人に変わったような……。
「朝から難しい顔してどうした」
部屋の中でぼんやり考えていると蓮之介が問いかけてきた。
「実は昨晩、インクリッドさんを見た気がしてさ」
「えーっと誰だっけ?」
「去年の競技大会でちょっとだけ話した人。確か隣国から来たって」
「よく覚えてんなぁ」
「不思議な感じのする人だったから」
今でも信じられない思いで、夢だったんじゃないかとさえ思う。
講義に向かう時も、休み時間でも、学内で姿どころか話すら聞かなかった。結局昨夜の光景はなんだったのか。わからないまま時間だけが過ぎていく。
かくしてカラド学園での生活は終了。王都に戻って競技大会に挑むのだった。
競技大会は去年みたく盛況のままに終わる。
当然だけど、学生の難関がまたやってくる訳だ。ただし、今回は去年と内容が違う。告知された内容を読んでいくと開始日と配置が指定されていた。
ニーアの話を踏まえると他学科の試験後、課題はキャラバン護衛。協力者を交えたもので、カラドとアクアリオの2方面実施っぽい。
「このパターンで来たか」
隣で告知を見ていた蓮之介が妙に動揺している。
「キャラバンの護衛だって。今年の試験は楽勝だな」
「んだね~。基本的に道を進むから敵なんて早々出ないし」
「そこ! 伏線を立てるな」
耳聡く聞き、他の生徒に対し反論した。明らかに様子がおかしい。
指摘された側は眉根を寄せたり、唇を尖らせて言う。
「なんだよ、伏線って」
「創作物じゃあるましさぁ」
嘲笑交じりに返す彼らとは対照的に、蓮之介はわなわなと震える。
「君らは知らないから言えるんだ。前回はつい口走ったばかりにあんな……」
「レン?」
「なんだよ。大げさな奴」
「行こう」
「マジで壊滅、いや死にかけたんだぞ。だいたい……」
彼らが立ち去った後もぶつぶつと言い続けていた。
仲間のこんな状態を見るのは初めてだ。前回の情報を知る方法はないか。そう考えて、俺は彼と別れた後で図書室に足を運ぶ。
関連資料を漁っていくと1つの報告の転記目録を発見した。
道中、荷崩れが発生。以下、該当部隊の事後報告。
担当区域に本来生息していない魔物の出現。一部海域で目撃例のある強・個体種と思われる。1人の生徒が殿を務め、撤退に成功したものの多数の負傷者と物品の紛失。
(その後、強・個体種は海に帰った模様か)
読み進めながら、いつか聞いた覚えがあるように感じた。
日付を見るに蓮之介が以前のチームにいた時だろう。これは気を引き締めないといけない。
(強い敵が出るとは限らないけど、問題は起きるってことだよね)
「レン、大丈夫かな。かなり動揺してたけど」
つい口から出てしまった。普段頼もしい彼だけに心配だ。
きちんと心構えをして挑もう。教師も言っていたけど、学園で学べる魔物の知識はあくまで一部。珍しい奴や強い種類は情報が少なくて教えられないのだと……。
(今回は俺が頑張らないといけないかもしれない)
「よし、聞きに行ってみよう」
詳しそうな人にコツを教えて貰えば成功率が上がるよね。
そう考えて図書室を後にし、上級者が集まっている場所を集中的に探す。
気持ちを整えて近くの生徒に尋ねた。まず聞くのは去年、実地演習で知り合った2人。確かキャラバン護衛を主にすると言っていた筈だ。
「あの2人なら卒業したよ」
「そ、そうなんですか」
返ってきた答えを残念に思う。
仕方ないので目の前の人に、遠慮しつつもコツを聞いてみた。
「コツねぇ。いろいろあるけど、とにかく乱戦を避けることかな」
「なるほど」
相槌を打っていると、すぐ隣にいた別の生徒が口を挟む。
「長期戦も怖いよね。不測の事態が起きやすいし」
「確かに戦いが長引くと余裕なくなるかも……」
こちらの意見にも一理あると頷く。
乱戦と長期戦、どちらも危険が高まるのか。もしそうなった時はどうすればいいだろう。
「もしなってしまったら、どうすればいいですか?」
「うーん、状況にもよるなぁ」
「仲間やその時の編成にもよるよね」
「あ、でも荷崩れの危険があるよ。ガチで孤立するヤツ」
「はぁ、あれね。まず護衛対象の保護が優先で、可能なら荷も確保しつつか」
「うん。連絡取って救援や連携を取るのが一番だけど」
「たとえ連絡取れても、合流が大変なんだっけ」
段々と世間話みたくなったが参考になりそうだ。
区切りの良いところで礼を言って立ち去る。次に足を運んだのは教師の所だった。張り紙に記載がなかったので確認したかったから。教員室の前で呼び止めて聞いてみる。
「先生。今、質問いいですか」
「構わないぞ、なんだ」
「冒険科の試験なんですが、備品の貸し出しってあるんですか」
特に知りたいのは「魔法印」についてだ。その旨を伝える。
「むろん魔法印の貸し出しはある。換金所と連携してるからな」
「じゃあ、もしもの時は救援がある?」
「よく気づいたな。そうだ、今年は他校生がその役を担う」
もちろん例外や想定外は起きるだろう。概ねはこんな感じだと教師は告げた。
他にも聞いてくる生徒はいたらしく、教師は満足げに感心の意を示す。頑張れよと言って歩いていく背中を見つめ、俺は安堵と誇らしさで心の奥が震えた。
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他学科が試験を受けている頃、協力者のキャラバンが到着したらしい。
そんな噂を耳にしたけど今の心配事は蓮之介だ。気になって様子を見にいくと、いつもの裏庭で一心不乱に素振りをしていた。
(いつにも増して激しい気がするな)
あれは暴走しているのだろうか。汗を振り乱して鍛錬に励んでいる。
(声、かけ辛い)
だけど、このまま放置して大丈夫なのか。
真剣というか、切羽詰まるという雰囲気に近い。過去の記述から想像することしかできないが、相当に恐ろしい想いをしたようだ。
しばし風景を眺めて悩んだ末、意を決して呼びかける。
「レン、ちょっと休憩しない?」
一度では届かず、再度声を掛けて彼が振り向く。
「悪い。気づかなかった」
「ううん、邪魔してごめんね。でも頑張り過ぎじゃないかな」
「そ、そうか」
半信半疑な声音で返され俺は肯定で返す。
本人でさえ気づいてないなら、止めてよかったかもしれない。木陰に移動して短い間話をした。取り留めもない内容だけど落ち着けただろうか。
確たる自信がないまま翌々日、本番の時を迎える。
荷を積んだ車や馬が並び、最終確認をしている商人達が待っていた。人間族が多い印象だが地匠民族の姿もちらほら見える。西の訛りが混ざった会話が飛び交う。
一団の1人がこっちに気づく。青基調のコートを着た、褐色肌の小柄な女性だ。
「短い間やけどよろしゅう頼んます」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
丁寧な対応に会釈を返した。直後に別の所から声が掛かる。
「ベアさん、そちらはどうですか?」
「準備万端やで。ほな、ウチはこれで失礼します」
彼女と入れ違いに蓮之介とニーアが合流。
貸し出し品の有無をしっかりと確認。大丈夫、ちゃんと揃っている。刻限がきて、隊列を組んだ俺達はキャラバンの人々を連れ王都を出発した。
ここまで大掛かりな護衛をするのは初めてだ。
教師が数人いるけど、隊列がそこそこ長いので配置が離れている。基本的に道を進むから順調で何か起こる気配はない。だから何事もなく終わればいいと祈った。
「魔物はいないな。よし、いないよな」
忙しなく周囲を見回す彼に声を掛ける。
「レン、落ち着いて」
「そうです。気負い過ぎてはいけません」
調子を意識しながら言うと、蓮之介は申し訳程度に「悪い」と応じた。
しかし返事はしたものの注意が右に左と錯綜中だ。ダメだ、冷静じゃない。普段はもっと落ち着いているのに、これでは先が不安になる。
(回復は遠そう。どうしたら……)
ほんの僅かに思考が反れた時だ。後方から悲鳴に似た声が上がった。
「襲撃だ!」
「魔物の群れが来たぞ」
「どうして。この辺りは平穏だと思ってたのにっ」
全員が一斉に臨戦態勢となり戦いが始まる。
10や20という数じゃない。100には達してないと思うけど、相当な数で押し寄せる群れ。
最初のうちは混乱が起こり、次いで聞こえた誰かの指示や鼓舞で場が動く。陣形や連携を意識して各所で刃を交える人々。
「レン! そっちに行ったよ」
「お、おう」
能力の行使はひとまず保留にして声を張った。
応じて刀を振る蓮之介だが動きが変だ。立ち回りが甘く、ぎこちない。
(こんな時にまでっ)
戦闘時にも係わらず不調を引きずっているのか。とても不味いぞ。
「ウチの商品に何しとんじゃボケッ」
(後ろから。まさか被害が!?)
振り返ると今まさに魔物と対峙する商人の姿があった。
おそらく逆方向からの襲撃。いや、今はそんなことはどうでもいい。
即座に転身し、糸を飛ばし引き寄せる。すぐ外れてしまったけど位置はズラせた。速やかに切り伏せて撃退。
(商人は、無事だな。次は)
どんどん乱戦になっていく。敵味方が入り乱れて視界が悪い。
「ヒヒーンッ」
「ああっこら、待て」
「おい嘘だろ。行くな!」
(今度はなに)
明らかに問題が起きたと感じて周囲を見回す。
怯えて走り出す馬を筆頭に、一部の車や馬が次々と道を外れてしまう。
誰かが荷崩れだと騒ぐ。迷走を始めた己の荷を追い、離れていく商人の姿まであった。
(待って待って、どこ行く気なの)
しかも離れた位置や、奮戦中の人々は殆どが気づいてない。
(放っておけない、でも。ううん迷うなッ)
『レン、ニーア! 離れた人達を助けに行こう』
一瞬の動揺が伝わった後に応じる声が届く。
隊列から離れるのは怖い。でも迷っていては間に合わない、と決断し走り出す。




