第38話 水面下の脈動
5月半ばの朝、外で盛大な物音と声が響く。
騒々しさに慌てて飛び出すと、目の前を駆け抜けていく影。
「今のってまさか」
「あたしの笛! 誰か犯人を捕まえて」
「こっちもやられた」
「壁に落書きしよったのは誰じゃいっ」
(大変なことになってる)
誰かが「犯人はフォレスモンキーだ」と言い、皆が慌ただしく動き回る。
「完全にバリケードが破られる」
「くそぉ、対策しても追っつかないよ~」
「どんどん罠抜けが達者になって行きやがるな、あいつら」
どこからか嘲るみたいな猿の鳴き声が聞こえた。
彼の声に憤慨する生徒がいて、嘆く者もいる。即座に対策部隊が編成され、俺もそこに参加し山中へと足を運ぶ。鳥の囀りに交じって猿の声が飛び交う。
挑発だと感覚が告げていた。おちょくっているとしか思えない。
「おのれ奴ら、今日こそは絶対に許さん!」
(隊長さん、本気だよ)
全身から怒気が見えるようだ。
近寄り難さを感じていた時、木々の合間に影を見つける。
枝の上で笛を太鼓のバチみたく振り回す。身体の大きさは自分より小柄だが、小動物と呼ぶほどじゃなかった。
「キィーキキッ」
「いたよ。あっち」
方向を指で示して教える。
「でかした。よーし、皆の者とっちめるぞ」
『うおぉぉっ』
(うわ~ちょっと怖い)
圧倒される空気に慄く。その後の展開は言わずもがなだ。
騒動が収まり、昼休み。被服科の一室に集まって話す。
ここはアイザックが普段利用している場所だ。他に蓮之介がおり、少し前までは「アニメ」とやらの話をしていた。でも今は転生者のことともう1つ。
「和食、帝国の料理っていいですよねぇ」
「おっわかるか」
「はい。また食べたいものです」
「いつでも食べに来いよ」
なぜか料理の話になってしまったんだよね。
「あの~話戻していい?」
「ごめん、ごめん。それでなんだっけ」
「もう、転生者の話だよ。記憶があったりなかったりも気にあるけどさ。同じ世界じゃないってあり得るのかな」
視線を向ける先は当然アイザックだ。彼は腕を組む。
そして可能性はあると告げた。どうやら俺以外の2人は同じ世界っぽいけど、他がそうであるとは限らないという。出会えていないだけかもしれないと。
「そもそも神自体が気まぐれなものだ、と拙者は考えてます」
「気まぐれねぇ」
「ええ。天界の神が、どのような尺度で選んでるかなど知る由もないでしょう」
「確かにな。八百万なんて言葉があるくらいだ」
「ニホンの言葉! でも国を問わず神は数多います。全員が一斉に気まぐれを起こしたら……」
「下手すれば地獄絵図の完成だな」
今度は神々の話になってしまった。ついていけない。
「転生者は神様の力でやってくる?」
「さて、どうでしょうか。召喚者や、稀ですが漂流者もいるようですし」
「過去の逸話に出てくるヤツだろ」
「はい。漂流者のほうは拙者も都市伝説程度の認識ですが、召喚者は違いますよね」
「勇者、だよな」
「それなら俺も知ってる。伝説になってて憧れの的だもん」
時代によって理由は様々だ。しかし事実として勇者を召喚する術がある。
詳細は公開されていないけど、隣国の王族に伝わる力だと言われていた。実際に勇者と会う機会なんてないだろう。でも伝説として語られ一度は憧れる存在だ。
「伝説で知る限り、彼らはほぼ即戦力でしょう」
「つまりどういうこと?」
合点がいかない俺に反し、蓮之介は気づいた様子で口を開く。
「なるほど、つまり勇者は地球人じゃない可能性が高い」
「同感です。力は当然ながら心構えという点でも、地球以外の世界から連れてくるほうが確実だ」
「地球には魔法とか魔物とかねえもんな」
可能性がゼロではないと言いつつ、彼らの結論は固まっているみたい。
憶測の域を出ないが異世界絡みの考察は白熱した。神の介入がどこまで及んでいるのか。転生に果たして意味があるのか疑問だとも……。
しかし次第に内容が迷走し始めてお開きになる。要領を得ない話題だった。
翌々日、シンドラから空中戦の手解きを受ける。
翼がないので完全な飛行はできない。だけど糸を使った空中での動きを磨くのにいい。修練場から帰って来た時、俺達は外れのほうで心配げな顔を浮かべるエルフの生徒と出会う。
「遅いなぁ、何かあったのかも」
「何かあったの?」
声を掛けると彼女は振り向き事情を話す。
どうやら今日到着する予定の外来客が来ないらしい。問題が起きたのだろうか。
「心配であるな。我々で見に行かないか」
「賛成、行こう」
「いいの。じゃあ、よろしくね」
念のため捜索隊の準備をお願いして2人で先行する。
シンドラに掴まって空を飛び、上から目を凝らして探した。特徴も確認済みでエルフの一団だ。
やがて山道で鳥型の魔物に襲われている一団を発見する。
「魔物に襲われてる。降ろして」
「心得た」
一定まで降下した所で彼女は手を放す。
魔法で着地補助をしつつ剣を抜き攻撃。別の個体を糸で絡め、雷を流してマヒさせた。完全に包囲されている一団を守りながら戦う。
(シンドラは、空か)
糸を飛ばし、敵の足に絡めて動きを鈍らせる。そこを彼女の剣が切り裂く。
半数を撃退した頃に援護射撃があった。増援が来たんだ。おかげで不利を悟った魔物が撤退していく。だからといって油断はせず、彼らを警護しながら学園までの道を進む。
「聖域に行く途中だったんですか」
「はい、定期的に手入れをしにいくんだよ」
「当番制でね。今回は我々に決まったのさ」
「へぇ~」
(ならハロルドも……)
道中で親しげに話しかけてきた。差支えのない範囲で事情を話してくれる。
脳裏にあいつの顔が浮かぶ。それを振り払いつつ、無事に彼らを送り届けた。待機していた生徒ともども礼を言われて別れる。彼らは今晩泊っていくらしい。
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時期は6月の始め、雨季に入った頃のこと。
任務の講義で俺達は森の洋館を訪れた。ここはアクアリオの近くだが、崖の上にあり山側から回り込むのが安全だ。
チームで内部を探索していく。無人になって久しい建物なんだけど……。
「荒れているね」
「それにしては綺麗じゃね。 人の手が入ってんのか?」
物は散乱しているが、壁や屋根などが大きく崩れている様子はない。
「いいえ、この子達は長らく人を見てないって」
周辺の植物に語り掛けていたニーアが答えた。
返答を聞いた蓮之介は「ならコレか」と手を胸の前で垂らす。言わんとすることを察し、疑う素振りを見せれば彼は茶化したように言う。
「決まってるだろ」
「止めてよ。まだ魔物って言われたほうが説得ある」
「きゃっ」
見えない所で声が耳に届く。慌てて振り向いた。
「まさか本当にっ」
「いえ、上から虫が落ちてきただけです」
「なんだ。驚いちゃったよ」
そこに上の階からオルカスの絶叫が響き渡る。
「きぃやあぁぁぁっ! 蜘蛛ぉ、アタシ苦手なのよ~ぅ」
「そう言いつつぶっ飛ばしてますやん」
「むしろ別動隊のほうがホラーだぜ」
「うん。雰囲気あるような、ないような」
「大変そうですね」
どたばたと騒々しい様子が音から感じられた。
緊張感が抜けそうだったが、頑張って保ちつつ奥へと進む。
魔物が出没すると聞いていけど妙に静かだ。姿どころか影すら見えない。この状況が返って不気味さと警戒を高めていく。
「洋館にいるのってフォレスモンキーとかだよね」
「ああ、そう聞いたな」
「いませんよね。大丈夫、ですよね」
奥へと歩みを進めていくが、やはり影も形もなかった。
転がる燭台や小物のいずれかを蹴飛ばしてしまう。驚いて足を止め、確かめて再び歩き出そうとした時――。
「ギギィーッ」
はっと息を呑んだ瞬間、派手に窓と壁が吹き飛ぶ。
(何かがぶち破ってきた!?)
腕をかざして顔を庇いながら全貌を凝視する。
誇りが舞い、白煙のように漂う中で蠢く影。自分より大きいくらいか。
空気の流れが視界を鮮明にしていく。身構えながら見据えた存在は、禍々しい猿だった。
「フォレスモンキー? でも何か」
「ああ、普通じゃねえ」
「こちらに、来ます」
叫びを上げることなく襲い掛かる猿。
明確な敵意を感じ、剣を構えて向かえ打つ。即座に距離を取ったニーアと、横へ回り込んだ蓮之介。刃の輝きが閃いて敵が避ける。
武器から伝わる重さが消えるのを感じて後退。更に踏み込む蓮之介を援護した。
「ギギ、ギシギシギシ」
歯ぎしりに似た声を漏らし、奴は俊敏な動きを見せた。
「気色悪い声出すんじゃねえ!」
「動きを止める。そこを狙って」
「了解」
「援護します」
ニーアが敵を誘導しながら防御を手伝う。
逃げ道を限定されたところを狙い糸で拘束。だけど力が強く、俺は必死に踏ん張る。近くの取っ掛かりを尾で掴んで持ち堪えた。
物を投げるなどの攻撃を掻い潜り、蓮之介が駆けて行く。
「でやぁっ」
しかし彼の刃は通らない。体毛を少々切り裂いただけだ。
動きが止まった一瞬を敵の腕が攻める。咄嗟に受け身を取ったが、彼は押し飛ばされてしまう。
「レンッ、うぐ」
(ダメだ。糸がもう)
これ以上は無理と判断して糸を切り離す。
すぐに敵の動きを察知し、空を仰ぐ。後方に向けて飛ばされた鈍器。気づいた時には地を蹴っていた。ニーアは怪我人に駆け寄り治療しようとしている。
「レンさん今、あっ」
「はあぁぁっ」
あと一歩手は届かず、俺は風魔法を使う。鈍器を弾き飛ばした。
彼らの前に滑り込み時間を稼ぐ。態勢を整えて再度挑む。
(どうする。逃げたほうがいい?)
だけど近くの町に言ったら大変だ。その時ある考えが浮かぶ。
正直にいうと、成功するかも含めあまりやりたくない。数秒迷った後、俺は――。
(後で謝ろう)
『誰か、新種の敵が現れた。応援求む!』
洋館のほうへ向けて意識を飛ばす。非常事態だといい訳して無差別に。
同時に身体を不快感が襲う。なんとか堪えるが動きが鈍り狙われる。直後、蓮之介とニーアが眼前に立ちはだかった。
「こっちだ、かかって来い」
「エミル君は私が守ります」
「2人とも、ありがと」
仲間達に感謝してもう一度能力で呼びかける。すると上から声が響く。
「おんどりゃあぁぁっ」
上方からの援護射撃と共にオルカスが殴り掛かった。
更に飛来する影と風の魔法が放たれる。別方向からは猛突進するクラウドの姿。
(皆、来てくれた)
「待たせたな。安心しろ、他のものが教師を呼びに行ってる」
クラウドが言いながら鉄拳を繰り出す。他の者と連携しながら叩みかけた。
全員で掛かれば怖くない。奇声を漏らして暴れ回る猿を皆で取り囲む。俺は中距離を維持して、前方と後方の援護に徹する。
蓮之介が静かに打刀を収め太刀を抜く。ふぅと深く息をしていた。
「皆、敵の動きを止めて」
「おおっ」
不思議な連帯感が生まれ、一斉に動き敵を追い詰める。
満身創痍といった様子の魔物を前に東国の剣士が行く。
「九頭龍閃!!」
「ギ、アァァ」
短い声を漏らして倒れ伏した。
動かないのを確認し全員が安堵の息を零して笑い合う。
戦いが終わったんだ。実感が湧いてきて、駆けつけた剣士に誰かが「遅いよ」というのを聞く。慎重に現場を改める教師を見つめながら脱力感に身を任せた。
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あの後、皆に謝罪する。反応は様々だったけど厳しいお咎めはなし。
現在の時刻は夜。対策を考えるべく、死骸を回収して学園に戻ってきた後だ。就寝時間はとっくに過ぎ、俺も眠っていたんだけど不意に目が覚めた。
「ふぁ、今外から何か」
変な音が聞こえた気がしたんだ。ベッドを下りて窓を覗く。
重たい瞼の中で見たもの。それは夜闇に映える色の大型鳥だった。地に降り立つ瞬間、それは人の形となる。駆け寄った職員と共に行く姿を見て思う。
(あの人って確か競技大会の……)
「イン、ク……。ふあぁ~」
またあくびが出て、起きていられずにそこで意識が途絶えた。




