第37話 愉快なカラドの学生たち
はちゃめちゃな歓迎を受け、彼らによる学園案内を終えた。
翌日から心機一転とした日常が始まる。まず朝の鍛錬、他の生徒達と混じって身体を動かす。
「筋肉は1日にしてならず! 健全な精神を鍛えるべく常を意識しろ」
(なんか先生にも似た人がいる~)
率直な感想を胸に秘め、遅れないように構えを取った。
「掛け声はどうした。実戦では声を張らねば聞こえんぞっ」
『はい』
皆が一斉に大声は出して素振りと型を身体に叩き込む。
基礎を体操の如く覚え、刻限が来れば座学が待っている。目は覚めたけど少し疲れた。魔物の講義は当たり前として、選択科目も別段変わらない。
ただ午後の大掃除が凄かった。まず箒で軽く塵取りをする。その後は布巾を持ち長い廊下を拭く作業だ。
「おおっとと」
「軌道が乱れているよ。まっすぐ!」
「ご、ごめん」
四つん這いになって行う掃除が堪える。身体が傾く。
「速度を維持して、後が詰まる」
「すみません」
慎重に進もうとすれば遅れ、後ろと激突は免れない。
2つほど前の蓮之介は慣れた様子でずんずん進んでいく。一切詰まらず、美しい軌道だ。直後、俺は派手に転倒した。
「気を逸らすからだよ。君、大丈夫?」
「うぅ、難しいよ~」
心配して覗き込んでくるカラドの生徒。彼は手を貸してくれながら言う。
「まぁ最初は皆そんなもんさ。見るに君は運動神経が良さそうだからすぐだよ」
「上達する気がしないけど……」
頑張るしかないよね、と己を鼓舞して残りを完走した。
布巾を洗いに行く時、偶然にも蓮之介と顔を合わせる。まだ掃除の途中なので作業しながら話す。
「レンは慣れてるね」
「ああ。まさか道場のアレをやらされるとはな」
「道場通ってたんだ。俺もだよ」
でも掃除の風景は全然違う。そう伝えると、彼は空笑いを浮かべた。
片づけまでをしっかり終えて次に向かう。
放課後、庭の辺りを散策中に談笑する声が聞こえた。
一角に設けられた東屋で腰かけて話す一団。殆どが女性で構成されていて、彼女らの中にオルカスとシンドラの姿が見える。俺は興味本位で近づく。
(うーん、やっぱり止めよう)
途中で足が止まってしまい、身を翻そうとした時だ。
「あらーん、エミル君じゃない。こっちにいらっしゃいよ♥」
オルカスの太い声音に逃げ道を失う。観念して再度翻し歩み寄った。
闖入者の登場に女子生徒達は楽しげに感想を交わす。可愛いや珍しい、ここでの生活慣れた、などと様々だ。質問に答えつつ会話を聞く。
(この空気感、居辛い)
「ひょっとして乙女に囲まれて恥ずかしい?」
「うん、ちょっと。でも……」
(別に全員って訳じゃないよね)
ちらっと視線を彷徨わせたからか、オルカスは何かを察した様子でジト目になる。
「もしかしてシンドラちゃんのこと。失礼ね、この子は女の子よ」
確かにぱっとは見分け難くて迷った。だけど声で察しはつく。
フェロウという前例を知っているから驚くほどじゃない。鳥人族はそうだったな、くらいの認識だ。
「あ、あのっ」
「はっそれともアタシ、アタシのことかしら!? やだぁ~」
頬に手を当てて身をくねらせていた。
動揺して返答に困ってしまう。すると彼は冗談めかして「気にしてない」と告げる。もしかして俺、弄ばれてるのか。終始ペースに呑まれてどっと疲れた。
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数日後、少しずつ他校生活に慣れてきたと思う。
なのでニーアと一緒に山を散策することにしたんだ。時々足を止めて、木の実や野草を観察しながら道なき道を歩く。
ちなみに危ないからとクラウドが同行してくれている。
「ふぬ、こちらに魔物の姿はないぞ」
安心して観察してくれ、と頼もしい発言。ただ1つ気になる点があった。
「報告ありがとうございます。戻ってきて下さーい!」
「いや気にしないでくれ」
(ひょっとして気を遣ってくれてるのかな)
大会の時の印象通りにいい人そうで安堵する。
心の中で結論づけ、傍らからの声に振り向く。彼女は美味しそうな果実を手に歩み寄ってきた。どうぞと差し出してくるそれを受け取り口に入れる。
「甘ずっぱい。これ何」
「チェリンゴです。チェリーの一種で、山で見られる自然の恵みなの。リンゴの風味もあって美味しいでしょう。野生だから小ぶりなんですけど」
時期が早いから酸味がある、とも解説された。
やっぱりニーアは物知りだ。微笑む姿に癒されていると、彼女は一点へ視線を移して駆け寄っていく。そっと膝を折り足元の草を確かめていた。時々メモを取っている。
「薬草?」
「はい、たぶん。この子は少しだけ貰って行きましょう」
祈りを捧げてから丁寧に採取していく。
「ふむ、勉強熱心で何よりだ」
「そこからじゃ見えないんじゃ……」
大丈夫だからと呼んでもクラウドは首を振る。
しばらく山の中を散策してから学園に戻った。到着早々に遠くから急接近してくる人影が見えて――。
「クラウドさーん、ちょっと手伝ってほしいことがあるんですがっ」
「ぬぅおぉぉ」
相手は人間族らしい女子生徒だ。止まる気配がない。
クラウドは叫びを上げ、派手にバク宙を披露した。まるで見えない壁に弾かれたかの如き転身っぷり。砂煙が立ち上る勢いで後退る。
「もうクラウドさんったら。いい加減慣れてちょうだいよ」
「むむ無理だ、け、怪しからん!」
目の前で繰り広げられた光景に一瞬、唖然としてしまう。
「えぇ何、どういうことなの」
「エミル君、おそらくですがクラウドさんはきっと」
隣から聞こえるニーアの声音は遠慮しているようだった。
女子生徒が動くたびに挙動不審になるクラウド。なぜか彼の視線は胸へと向いているように感じられる。女性が苦手なのか、と気づくがよくわからない。
(シンドラとは普通に接してたよね。つまり、えっ、うんん?)
その後、女子生徒を手伝いに行く背中を見送った。
天然の修練場が豊富なマウンテン・フォス。
俺は蓮之介達と一緒に山中を駆け回っていた。生い茂る木々は糸を扱いを鍛えるのに最適だ。悪路の中で、速度を落とさず進むのは体力と気力を使う。
(次は右)
全神経を使う感覚、五感の目を意識しつつ糸で木々の間を渡っていく。
軸にする物の性質を考えて選ぶ。方向や向き、あらゆる情報を身体で覚えるんだ。態勢を崩した時は尾が大活躍した。
――ガサッと葉が擦れるような音が聞こえる。
(左から来る)
回避だ、と直感で判断して糸を巻く。身体が上に引っ張られる感覚を覚えた。
直後、真下を通り抜ける影を視界に捉える。尾と腕が長いあの影はフォレスモンキーだろうか。はっきりとは見えなかったけど、襲ってくる感じじゃない。
「ただ通りかかっただけか」
「大丈夫かぁ!」
下から蓮之介の声が響く。大きな声で確認され、同じく声を張り応える。
「びっくりしたけど平気」
「じゃあ、すぐそこの泉で休もうぜ」
「了解」
地元の人に聞いたらしいそこまで移動した。
苔むした岩肌から湧き出る水。手で掬うとひんやりと冷たい。少し遅れてニーアがアイザックと一緒に歩いてくる。修業は別々のことが多いけど今日は一緒だ。
「遅れてごめんなさい」
「いいんだよ。俺が飛ばし過ぎてただけだから」
「君らの体力に惚れ惚れします」
アイザックが息切れした声で言った。
そんな彼にクラウドが「体力をつけろ」と告げ肩を叩く。
「拙者、アウトドアは専門外なんです」
「はっはっ、いかんな。後方とて体力は重要だぞ」
「くうぅ~。筋肉がすべてを解決するみたいな言い方やめてぇ」
弱音を吐いていても、ここまでちゃんとついて来ている。
最初は疲れた様子でいたが、休憩のおかげで落ち着いてきたら周囲を観察し始めた。身体を休めたり準備をする人とも話し、順に回って俺の所に来る。
「やあ、ちょっと君の服を見せて貰えるかい?」
「いいよ」
「では失礼して……」
興味深そうに頷きつつ全身を回られた。そんなに珍しいかな。
「エミルは血晶石の装身具を身に着けてないんですね」
「うん、俺は母さんと違って変身できないからね」
「それそれ、血晶石ってなんだよ」
蓮之介が話に割り込んできた。名前程度しか知らず気になったらしい。
問われた当人は僅かに紅潮した顔で語り始める。俺は復習の意味を込めて彼の話を聞く。
「解説しよう。血晶石とは、少量の血を取り込ませると、対象者との間に共鳴反応を起こすのだ」
「えーっと、その語り口はどういう」
「気にするなエミル。話を聞こうぜ」
「わかった」
こっちの意思を汲み取り彼は続ける。
「更に特殊加工した台座と組み合わせることで、現在身に着けている衣服一式を収納できるのである」
「ほほう、フェロウがつけてたアレかぁ」
「その通り! 海龍族を始め、変身する種族にとっては必需品。お求めの際は宝飾店などに依頼することになるだろう」
「でもさ、服の下に隠れちゃってたぞ。意味あんの?」
「もちろんだとも。ずばり、直接身体の一部に触れてないと効果ないからだ」
また演技が入っているのか。劇調の講座は新鮮だ。
質問者の相槌ですっかり興が乗ってしまっていた。楽しそうなので、静かに席を外して武器の調整を行う。しっかり確認してから再び修行のため山を駆ける。
無論体力づくりだけじゃなく、連携の訓練も行ってその日の講義は終わった。




