第36話 文化交流と他校への誘い
学園に帰還してすぐ掲示板に張り紙が張り出される。
それは「地の迷宮を封鎖」という報せだった。外部に依頼したらしく、関係者による調査も行われるとのことだ。教師の口からも説明され1日が始まる。
放課後、様々な場所で賑わう人々の合間を抜けていく。
芸術科の区画で目当ての人物を見つけた。一緒に音楽鑑賞や絵画体験をしている。邪魔するのは悪いな、と感じたけど思い切って言う。
「紫瑶、ちょっと話いいかな」
「やあ、エミル。別に構わないヨ」
元気よく手を振って彼女は応えてくれた。
「せっかくですし君も一緒にやらないか」
「えっ、でも邪魔しちゃうんじゃ……」
「全然そんなことないよ。むしろ大歓迎です」
「いいネ、一緒にやろう」
楽しいよ、と誘われて一緒に楽器演奏を体験する。
基本的な指導だけを受けて挑戦した。細かいところは気にしなくていい、と言われたんだ。合間を図って隣で弦楽器を奏でる紫瑶と話す。
「君の故郷ってどんな所なの?」
「どんな、うーん。素敵な所ヨ、自然豊かで皆修練を積んデル」
「修練かぁ。だからあんなに強いんだね」
「ボクは全然未熟、仙術もまだまだネ」
「仙術? 聞いたことないや」
「あぁ、ごめん。こっちじゃ魔法言うんだっけ」
「なるほど、魔法のことか」
呼び方が違うのは、文摩都語の講座で経験済みだ。
あとは都市襲撃の際に聞いた魔物の名称とか。特に驚くことじゃないだろう。
「黎さんは楽器演奏がお上手ですね」
近くにいた生徒が区切りのいいところで声を掛けた。
当人は顔を向け、愛想良く答える。
「実家で笛を少々嗜んでタヨ。でもこれは違うからとっても難しいネ」
(芸達者だなぁ)
文武両道ってやつかもしれない。彼女の学ぶ姿勢に関心した。
そう思っていると、手元が狂って変な音を出ししまう。すぐ傍で響いた音に肩が跳ね、身体が強張ってしまった。途端に恥ずかしくなって身を縮める。
周囲から笑いが起こり、誰かが「気にしないで」と優しく声を掛けてくれた。
「そうだ、エミル。今度町を案内して欲しいヨ」
「いいよ。どんな風がいいかな」
好みや希望を教えて、と言い加えて伝える。
「違う文化、感じられるがあれば嬉しい」
意外とありふれた内容でほっとした。
異文化に触れたいという気持ちに共感を覚える。ただ問題は、彼女の身近な風景がまだ想像できないことだ。何が「違う」に該当するのかを考えた。
だけど今は演奏にも注力したい。思案はほどほどにして存分に楽しんだ。
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空き時間に自習をしていた時、蓮之介にふと聞いてみる。
「ねえ、レンの故郷ってどんな感じ?」
「急にどうしたんだよ」
「いや、実はさ」
先日の出来事を手短に説明した。
そのうえで東の風景っていうのを改めて尋ねてみる。
すると彼は、手元の紙に絵を描き始めた。なかなかに上手だ。
(意外な特技)
「あの子の装束だと、更に東の従属国方面になる筈だから……」
こんな感じ、と完成した絵を見せてくる。
まるで違う雰囲気の町並みだ。前に見た劇団の背景とも異なるような気がした。隅々まで見て、ふと思う。この風景に似たものをずっと前に見た覚えがあると。
「思い出した。カラド学園の案内図!」
「うん? カラド学園がどうしたって」
「似てるんだよ。この屋根の感じとかがっ」
「瓦って言いたいのか。てか、そこだけかよ」
何かおかしいだろうか。相手の言葉に俺は首を傾げる。
「わかった、わかった。他に聞きたいことは」
先を促す彼に思いつく限りの質問を言う。
そこへニーアがやって来て、何を話しているのかと声を掛けてきた。彼女を交えながら町案内の話を繰り広げる。
「そういえばさ、僕達も他校で実習体験してみない」
蓮之介が話題に乗っかるというか戻して言った。
彼が提案する行き先は、ついさっき話に上がった学園だ。確かに他の場所で修練を積むのは面白いかもしれない。
「面白そう。ニーアはどうする」
「山、ですか。そうですね」
彼女はしばし思案してから口を開く。
「珍しい薬草とかありそうです」
「興味出てきた?」
「はい」
俺達の回答に傍らで嬉しそうに拳を握る者がいた。
でもまずは町案内が優先だ。既に約束したからと2人に言って自習を続ける。
休日を利用して約束の町案内を行う。
いろいろ悩んだけど、まずは普段利用するような場所を中心に選ぶ。学園から近い通りを進み、噴水のある広場まで行く。
「ここは外で待ち合わせるのにぴったりな広場」
「わぁお、派手! 水がたくさん噴き出しテル。象徴も趣あるネ」
「キャンパニアはもっと凄いって聞くよ。あそこは芸術の町だから珍しい物がいっぱいなんだ」
瞳を輝かせてはしゃぐ紫瑶に解説した。
大した内容じゃないけど、彼女は楽しげに見て回る。あんまり喜ぶものだからつい「そんなに噴水が珍しいの」と聞いてしまう。すると相手は振り返って……。
「霊泉ならあるケド、噴水はないナ」
「そっか。神秘的な響きの場所があるんだね」
「あ、勘違いしないで。里にないだけで外はあるカラ」
一瞬だけ混乱したが、すぐに噴水のことかと合点がいく。
十分に満足したのを確かめてから次へと向かった。店や公園を巡り、道中に通りかかった服屋で足が止まる。
「あ、綺麗な服の店あるヨ」
駆け寄って窓から中を覗き込む。興味深そうに見ているので誘って入店した。
1つ1つを念入りに見ていく姿を見守る。時々自分を顧みて、違いを見比べているんだろうか。同じように宝飾店でも品物を凝視していた。
「気に入ったのがあればプレゼントするよ」
「大丈夫。お店の人には悪いケド、物欲に呑まれるべからズ」
外に出た後も、彼女は忙しなくあちこちに目を向ける。
(うーむ。反応を見るに、相当に箱入りな気がしてきたぞ)
夢中になる気持ちは理解できた。けれど随分と急ぎ足な感じがする。
短期交流生だからかもしれない。そう思いながら、時間と相談して最後に一押しの絶景スポットへ誘う。名所の1つである鐘塔だ。
かなり高く、造形も凝っていて中に入れる。白く美しい塔を2人で登った。
柱が連なる展望フロアから絶景を眺める。
日が傾き茜に染まりつつある空。空を飛ぶ鳥と雲、眼下に賑わう建物の灯り。程よく緑が配置され景観は素晴らしいものだった。
「わぁ、一望。止まってみる町並も美しいネ」
「ごめん。飛べるの忘れてた」
失念を素直に謝ると紫瑶は笑みを含んだ顔で言う。
「十分に最高よ。見え方ときドキ、これはコレで見ごたえアル」
「そう? よかった」
しばし景色を堪能してから帰路につく。
どうやら彼女は寮ではなく国賓館に泊っているらしい。滞在中は後見人の支援を受けているという。考えてみれば、単身で来ていたら全然あり得る話だ。
(待てよ。使用人がいる可能性も……)
まあ、幾らでも想像できることだった。深く追及はできないし止めておこう。
「今日はありがとう。これからも仲良く、よろシク」
「こちらこそ。またね」
「はい、またネ」
無事に手前まで送り届けて別れる。
元気よく手を振る彼女に振り替えし、俺は寮への道を歩き出した。
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手続きと準備を経て、馬車に揺られついに到着。
ここはマウンテン・フォスにあるカラド学園。まだ5月に入ったばかりで、雨季の終わり頃=大会前までを予定している。
山間部に建てられたそこは、赤とオレンジを基調とした無骨な寺院風だ。
鐘楼があり、石の敷かれた道と青々しい樹木が並ぶ。グランドで武道を学ぶ生徒達が整列し、板敷の長い廊下を歩く姿も見られた。
(異質感が半端ない)
「なんとなく落ち着くなぁ」
隣で真逆のことを呟いたのは蓮之介だ。
「レンの故郷と似てるんだよね?」
「まあ、細かいとこは違うけどな」
そういえば、スキンヘッドの2人はここの生徒だったか。
強烈な第一印象を思い出していると盛大な声が響く。
「よくぞ参られた。実に久しぶり」
「考えが読まれてる!? もしかして口に出してた」
困惑が拭えない。視線を向けた先には例の男が立っている。
「歓迎するわよ♥ ね、シンドラちゃん」
「うむ、素晴らしき交流をしようぞ」
男の左右には個性豊かな面々が並び立つ。そしてポーズを決めながら――。
「無論だ、我らの輝かしきヘッドと」
「鍛え抜かれた、美しくも可憐な筋肉が」
「喜んでお相手致す!」
クラウド、オルカス、シンドラの順で高らかに宣言した。
ふと1人だけ立派な羽毛に覆われた鳥人族なのが気になる。でも深く考える間もなく、校舎のほうから別の声が追い打ちの如く発せられて。
「オォー侍! 貴方は間違いなく。もっとよく見せて下さーい」
「また変なのが来たぜ」
「今度はなんだろう」
「こちらに来ますよ」
足音も慌ただしく駆け寄ってくる人間族の生徒。
突如乱入してきた彼は栗色の髪と青い瞳をした細身の男性だった。武術と無縁そうに見え、腰にバッグとポケットの多い上着を羽織っている。
どんどん濃くなっていく出迎え勢に困惑が止まらない。頼むから落ち着かせてくれ、と願ってしまいそうな状況だ。
「素晴らしい。朱と桜色の衣、拙者も桜色好きでーす」
「おぅ、どうも」
「これが刀、ニホン刀ですか。ほぉーう、なんと見惚れる美しさ」
「ん? ちょっと待て。今なんて言った」
蓮之介が慌てた様子で聞き返す。相手は一瞬、きょとんと瞼を瞬いてから言う。
「しまったぁー! つい口が滑ってしまいまーした」
「アイザック殿、口調。口調がまだ」
シンドラがそっと教えてやると、彼は1つ咳払いをして背筋を正す。
「取り乱してしまい大変失礼しました。改めて、拙者はアイザック・フォルシュタインと言います」
「え、さっきまでの口調はなんだったの」
理解が追いつかずに聞くとアイザックは愛想良く告げる。
「演技です。なかなか迫力があるでしょう」
「うん、ばっちりだったよ」
言葉遣いに後で気づいたが、相手の好意を受け取りそのままでいく。
そこで蓮之介が爆発したように声を上げた。理由は言うまでもなく先程の質問だ。前のめりな姿勢で迫り、相手はあっさりとした態度で返す。
「墓穴を掘った手前、正直に言いましょう。拙者は転生者なんです」
「やっぱりか~」
「じゃあ俺と同じか」
なんとなく口にした言葉に微妙な反応をされる。
「どうでしょう。拙者、前世はカーライル・J・オックスフォードという名でしたが、同じ世界かどうかはわかりません」
「俺は記憶ないからなぁ。さっき墓穴と言ってたのはそういうこと?」
「ええ、基本的に前世は持ち込まない主義ですが……」
アニメや漫画好きだったんですよ、と彼は言い笑った。
妙に親近感が湧いてすぐに打ち解けられそうだ。静かに話を聞くニーアや、考えている様子の面々に囲まれて他校での日々が始まった。




