第2話 燃える対抗心
とある授業中のことだ。科目は語学。
「では、月ごとの文字を覚えていきましょう」
教師が黒板に記号のような文字を書いていく。
日々の会話の中でも聞くことのある言葉。そう日付だ。
この世界では1月~13月までを1年と数える。1ヶ月は30か31日で、2月だけ29日。幼い生徒達でも周知の事実。なにも疑問に思うことはない。こんなの当たり前の知識だ。
でも復習は大事というように、低学年の授業では普通に扱われる。
「はい。じゃあバークレイ君、この文字は今月のことを言います。何と読みますか?」
「はい、フルル(4月)です!」
「正解。よくできました」
指名されたハロルドが答えた。こんなの簡単だとばかりに自慢げな態度だ。ちょっとむかつく。そんなん答えらえて当たり前だろ。俺でもわかるわ。
1から順に書かれているので間違う筈もない。しかもヒントまで伝えている。これでわからなかったら相当のバカだ。
ハロルドは深緑色の瞳をし、ハニーブロンドの髪をチャラつかせている。
整った容姿をしてていつも自慢してくる嫌な奴だ。種族のこともあって男にしては肌が白い。背も……本当にちょっとだけ高いんだよな。ホントにちょっとだぞ。
「では次、クラリスさん」
「はい」
「こちらを答えてください」
おっ、次はあの子か。さり気なく注目する。
指名された彼女が教師の示す文字をじっと見つめた。一番最後の文字だな。
「えっと、オーリュ(13月)です」
「はい。正解です」
正解してちょっと嬉しそうな様子の少女。
控えめな微笑みがいい。やっぱ可愛いな。頭いいんだなあの子、と感心した。
「ヴェルベイン君、ヴェルベイン君!」
「は、はいっ」
にやけ顔ですっかり自分の世界に入っていた俺は驚く。
周囲から遠慮がちの笑い声が溢れた。恥ずかしいぜ。あの子は……笑ってる。ますます恥ずかしくなり顔を俯かせた。
その時、チラリとハロルドのいけ好かない顔が見える。あの野郎、なんだあの小馬鹿にした顔は!
「はいはいそこまで。さあ、これは何と読みますか?」
「えっ、はい。……リムケ(8月)です」
「よくできました。でもちゃんと話は聞くように」
「すみません」
自分の席で身を縮める。はあ、散々だったよ。
その後も教師がとっても丁寧に文字の説明をしていく。
ルチエ(1月)、ゼルク(2月)、ノース(3月)、フルル(4月)、テア(5月)、ローゼ(6月)、イルマ(7月)、リムケ(8月)、ウォラ(9月)、ファーネ(10月)、アーレノ(11月)、エンデ(12月)、オーリュ(13月)だ。
「その中でもルチエ、ゼルク、テア、イルマ、ファーネ、オーリュは神の誕生月とされています。なので神の名の一部を授かっています」
「はい、それってテレシア様やイルマレナ様のことですよね」
ハロルドが教師の話にしゃしゃり出てきた。
アイツまた知識をひけらかすような真似を。点数稼ぎでもしているのか。
だけど教師は気にした風もなく「よく知っていますね」と言っている。まったくあんな嫌味ったらしい奴の相手しなくてもいいのに……。
今日の俺は、特にアイツの言うこと成すことが気に食わなかった。
そして授業が終わり休み時間。
早速とばかりにニーアの所には人だかりができていた。
(スッゲー人気)
さすがにちょっと近づき難い。
見事に女子ばかりだし、あんなキャッキャッしている中に入れる男子なんていな――。
「やあ、ニーアちゃん。君は森樹精族なんだよね。近しいものを感じるな」
「え、えっと……」
「ほらこの耳。僕はエルフ族だからさ!」
「ああ」
とんでもない度胸の持ち主がいた!
しかも、よりにもよってアイツかよ。他の男子達が女子らの圧で近づけないのをいいことに好き勝手してやがる。天性の鈍感なのか。それとも狙って?
俺は意味の分からない危機感を覚えた。なんて、なんて危ない奴なんだ。
「お互い森で暮らす者同士仲良くしようじゃないか」
「あはは……今はもう、そういうの関係ないと思うけど……」
ニーアが身を引き苦笑いを浮かべている。これは不味い。
「そうだ! 今はもう皆仲良く暮らしてるんだから」
「そ、そうよね。今更先祖がどこで暮らしてたとか言ってもねぇ」
「うん。そりゃ、中には離れられない事情もあったりするけど……」
「ああ! 森で暮らす者とか関係なく僕達とも仲良くしてよ~」
同調してくれる女子や遠巻きに声を上げる男子達。
もちろん全員が同じ意見って訳じゃないけど、仲良くなりたい気持ちは同じだと思う。
へへんっ、どうだ見たかハロルド。これが皆の力だ。お前の望む通りにはさせないぜ!!
その後も授業は順調に進み、昼食を挟んで午後の授業に入る。
科目は体育で皆外に出て準備体操をした。ここでは基本私服なので、運動のために着替えるかは個人の自由だ。
今日の内容は球技。クラス合同だから、それぞれ幾つかのグループに分かれて競技をする。
種目はペインボール、サッカー、テニス、ドッチボール、ウィンドキャリーの5つ。どれも身体能力の向上とコントロールを学ぶのが目的。
俺が今回選んだのはペインボールだ。選んだ理由は……ハロルドがいるから。
「ハロルド、勝負だ!」
「いいよ。ルールはどっちにする?」
「キングダムッ」
「オッケー。華麗に負かしてあげるよ」
「こっちだって負けない」
「うわ~。やる前から白熱してるよぉ」
同じ種目を選んだ同級生達が思いっきり引いていた。
ペインボールには「ストレート」と「キングダム」の2種類ルールがある。
ストレートは遠方に設置された的に専用のボールを当てて得点を競う。制限時間があり、ボールは着弾点に色をつける。もちろん競技終了後に色は消えるけどね。
キングダムは相手陣地にボールを投下してすべて塗り潰すと勝利。対戦相手に当てても勝ちだ。こっちのボールは着弾点から一定範囲に色がつく。
どっちをやるにしても魔法のグローブを着用する。着弾したボールを瞬時に手元へ戻すためだ。互いに指定の位置について競技スタート。
「頑張れー!」
「ほれ、そこだっ。ああっ」
開始早々から激しい打ち合いが始まった。一騎打ちの決闘だ。
1対1だったりチーム戦だったりと参加人数は選べる。1チーム3人を越えなければいい。
順番待ちをしている子達が応援してくれた。ハロルドの投げるボールを避けながらこっちも反撃する。相変わらず素早い奴め。なかなか本人に当たらない。
「くっそぉ、ちょこまかと!」
「ふん。単調だね」
当たらないよと挑発してくる。
さすが狩人気質のエルフ族だ。風の恩恵を受けやすい所為か素早いな。子供とは思えない疾走で巧みに攻撃を躱していく。
けど、俺のほうも負けちゃいない。両親譲りの身体能力を発揮し縦横無尽にかけて投げる。速度ではちょっと勝てないけど戦闘種族を舐めるなよ。
「うおっ!? ふぅ、危ない所だった」
「隙あり」
「んあっ」
「くっ、逃げられた」
なかなかしぶとい奴だ。魔法を使ってなくてもやっぱ強い。いや、速い。
この競技が魔法の使用を禁止したルールでよかった。身体機能で飛べたりする場合は高度の制限がつく。まあ俺もハロルドも翼はないから関係ないけど……。
的確に空き領域へ投球していく相手。すっかり闘志に燃えてしまった俺は対戦相手ばかりを狙う。
「頭に血が上っちゃて……お子ちゃまだねぇ」
「お前だって子供じゃないか!」
「なんだってっ」
こっちの言葉に本気で驚いている。
「なんだか変な喧嘩してる~」
「男の子って単純よね」
観客が呆れている中で試合は続く。
他のコートでは決着がつき、順番が進んでいるのにこっちはまだだ。
長い激戦を繰り広げ、両者ともに息も上がってくる。すると見かねた教師が駆けつけ強制的に試合を終了させた。結果は僅かに……いや、結構俺が負けていたんだよね。
「しまった。はぁ……もっと広域を攻めるべき、はぁ……だった」
「はぁ、はぁ、体力オバケめ」
「今回はちょっと熱が入りすぎちゃったみたいね」
仲介しにきた教師までもが呆れていた。
今も睨み合いをし続けているとチャイムが鳴る。結局今回は鬱憤を晴らすに至らず。めっちゃ悔しい。次こそは絶対勝ーつ!
俺はそう誓い、残りの授業もやり抜いた。
放課後、帰り支度を済ませてニーアの姿を探す。
まだ彼女は自分の席にいた。学校案内は学級委員の女子にとられたからな。それは仕方ない。少しでもお近づきになるために一緒に帰ろうと誘うつもりだ。
方向が逆かもとかは考えていなかった。話しかけること。それ位一点に集中する。
「あの、一緒に帰りませんか」
ちょっと緊張して声をかけた。相手が振り向く。
「はい。どこまで一緒に行けるかわからないですけど……」
「全然、大丈夫」
「そっか、うん。一緒に帰ろう」
(やった)
俺はこっそり舞い上がる。第一段階はクリアだ。
友達になる第一歩を踏めたと嬉しくなった。相手の支度が終わるのを待って一緒に学校を出る。