第34話 毛魂バクレツ&皆でお花見
時が過ぎていき冬の試験期間がやって来た。
準備と本番が進む中、突如技巧科から轟音と絶叫が響き渡る。
ちょうど昼休みのことで耳にした人々がざわめく。野次馬に紛れて覗きに行くと、いっぱいに広がる異様な光景に目を見張った。
「また変なもの作ってる~」
「おい聞いたか。医療科も関わってるってよ」
「マジ!? それで、何しようとしたのこれ」
皆は驚きつつも受け入れ始めている。
この時期になると、思考のネジが飛んでやらかす人が出るからだ。
目の前に見えるもの、それは謎の毛溜りだった。毛量と長さのどちらも凄い。そして近くには蠢く毛玉までいるという珍妙空間。誰が見ても、たぶん「何これ」という感想が浮かぶ。
「原因はいったいなんだ」
生徒会が颯爽と駆けつけ、意味不明な状況に声を上げた。
すると毛塊の中から生徒が顔を出す。彼女は目を回している様子。
「はへぇ、大失敗や」
「説明して貰おう。何がどうしてこうなった」
「耳元で叫ばんといて~」
つい耳を塞いでしまう地匠民族の女子生徒。
次に口を開いたのは、少し離れた所で地面に顔面衝突していた男子生徒だ。白衣が大惨事になっている彼は上体を起こして言う。
「育毛剤ですよ。ちょーっと効力が強過ぎちゃいまして」
「ちょっとか、これ?」
「絶対違うだろ。鬱蒼と生え散らかしてるぞ」
当事者の言い訳に野次馬の中から囁く声が出る。
「んにゃあ! ふさふさが大爆走してるにゃ」
(あれ、この声って)
おかしな文言を聞き、視線を向けると蠢く毛玉に呑まれたトゥワの姿が……。
もはや何からつっこめばいいのかわからない。まずあの塊は普通の生物じゃなさそうだ。魔物でもないと思う。手足と呼べる部位はなく、毛先を動かして半ば転がるように疾走。
(魔法と何かいろいろ混ざってそう)
調合でたまに奇妙なものが出来上がるのは知っていた。
これも同じ類ではと考え、強引に納得してからトゥワを助けに行く。見た目の不気味さに怯みはしたけど負けない。辛うじて出ている腕を掴み引っ張り出す。
「ふさふさの中、ぽかぽかだったにゃ」
(ん? 助けないほうがよかったかな。いやいやっ)
妙にうっとりがしている様子の彼女の反応に困惑した。
顔というよりは声だけど、名残惜しそうだ。尻尾も耳もとろんと垂れている。
「えーっとトゥワ? 正気に戻って、ね」
「ふぁ! さ、寒いにゃー」
(うん、気持ちわかる。寒いのはちょっと)
我に返ったように腕を摩りだす。丸まって暖を取っていた。
「とにかく片づけなさい」
「は、はい」
向こうでは生徒会と騒動主の話が続いている。
その時、別の所から声が上がった。同時に慌ただしい物音が――。
「脱走だ、毛玉が逃げ出したぞ」
「やばいんじゃないか。このまま外に出たりしたら」
「急いで門を封鎖するんだ」
なんか大変なことになっている。
皆が慌てて駆け回り、一気に騒々しさが増す。
確かに外に出たら大混乱が起きるだろう。俺は収拾を手伝おうと走り出した。
逃げ出した謎物体は想像以上に素早い。
校舎や庭、グランドを駆け回って捜索と回収を行う。追いかけてきたトゥワと一緒に各地を巡っていく。全力で動いても十分についてくるので頼もしかった。
「どこまで行っちゃったんだろう」
「魅力的なふさふさ、どこにゃ~」
「トゥワ、その呼び方は……」
「全然おかしくないでしょ。ふさふさよ、憧れるにゃ」
(憧れの対象なんだ)
まったく理解できない。いや、動物の毛並みに癒されることはあるけど……。
グランドの片隅で大型のものが集合していた。それを協力してとっちめていると、校舎側から再び大きな音が響く。煙が立ち上っている。
「医療科のほうからだ!」
(ニーアが危ない)
脳裏に浮かんだ顔に焦りが沸き起こった。急ぎ現場に向かう。
「ニーアッ、てあれ」
(いないな。よかったけど、それよりも)
「発情期みたいだにゃ」
トゥワの直球な発言に、全身を電撃が走ったような感覚を覚える。
蠢く毛玉の群衆はあれやこれやとお祭り状態。室内に薬品の入った容器が散らばり、他にも道具が荒れ放題になっていた。
駆けつけた生徒会の1人が顔を引きつらせて言う。
「今度は何が起こったんですか」
「連中が突然押し寄せてきて開発中の惚れ薬を飲んだんですよ」
動揺した様子で白衣の生徒が説明する。それを聞き、生徒会は更に顔を歪めた。
「まず、貴方は貴方で変な物を作らないで!」
「この惨状どうしましょう。薬の影響は大丈夫なのか」
「それは問題ないと思います。実験段階だと人にはまだ効果ありません」
「既に試したと? まさかっ」
迫力のある形相で睨まられ、白衣の生徒は慌てて口を開く。
「やだなぁ。自分で実験したんです、本当ですよ」
「はぁ、とにかくひっ捕らえましょう。謎物体ともども」
「そんなぁ~」
あまりのぶっとび会話劇に俺はついていけない。
ふらりと立派な毛の塊にトゥワが誘われていく。彼女を止めながら作業を行う。
数時間に渡る大騒動を経て、試験期間のひと時は無事終了する。もうすぐ学園に入学して1年が経とうとしていた。
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冬の終わりから春にかけての連休。
穏やかな気候の中で俺は、ニーアと料理をもって裏庭へと歩く。
花が咲き乱れるそこには他の参加者が集まっていた。発案者の蓮之介がこっちに気づいて手を振る。布を敷いて、その上に料理や飲み物を並べた。
「皆、揃ったか? 始めるぞ」
全員がコップを手に持つ。そして発案者の号令で一斉に言う。
『かんぱーい』
お花見、と呼ばれるこの集いは桜嵐帝国の文化らしい。
周囲に咲き誇る色彩を愛でて楽しく過ごす。美的な催しがあるものだ。
「ミャーの肉を取ったら許さないにゃ」
「早い者勝ちだよ」
「我が女神に捧ごう。妖精が奏でし春の調べ、乙女は可憐に咲き乱れ、柔く舞い踊らん」
トゥワとトーマスが料理にがっつく。競うように手を伸ばして。
その傍らでハロルドが優雅に詩を披露していた。芸術科から借りてきた楽器で、ニルスと技巧科の生徒が音楽を演奏してトゥワが踊り出す。楽しそうだったので俺も便乗する。
「ニーアも踊ろ」
「はい、エミル君」
民族風の踊りが繰り広げられる隣で、手に手を取ってゆらゆらステップを踏む。
「おお、3人ともやるな。僕も剣舞くらいなら菊兄から教わったぜ」
「ほほう、奇遇ですね。ダンスなら当然嗜んでます」
蓮之介に続いてハロルドまで乗っかる。
女性の取り合い、なんてことは無粋なので今回はやらない。楽しい気分が台無しになるのは嫌だからね。一区切りしたら身を引いた。
ニーアは嫌がることなく応じている。観戦組の声援を聞きながら食事再開。
「ほな、ここで一発芸いくで」
「えぇ~本当にやるの?」
「当たり前やろ。今やらんでいつやるん」
トーマスと技巧科の生徒が賑やかに問答を交わす。
「ギルバート、君も参加してみてはどうかな」
「結構です」
ずっと静かに、枝の上で囀る小鳥を愛でていた彼にハロルドが言った。
離れた木の根元では、フェロウが陽気にうつらうつらと舟を漕いでいる。気持ち良さそうに寝ているので起こさないでおこう。
そんな彼女の奥、校舎から出てくる2人の姿に俺は声を上げる。
「ヴァルツ、コリーも一緒にどう」
人数は多いほうがいい。でも残念ながら相手の返事は聞こえなかった。
だけどヴァルツは仏頂面で顔を背け、コリーは困惑気味に顔を強張らせたのがばっちり見える。予想通りの反応だ。嫌そうな反応の後で去ってしまう。
(まあ、仕方ないか)
悪い人達じゃないし、誘ってもいいかなと思ったんだけど……。
「ほらほらエミル、いつまでも休んでねぇで一緒に騒ごうぜ」
「うん!」
温かい日光の下で、和やかでありながらも賑やかな時間が過ぎていく。




