第33話 からくり劇団がやって来た!
日常が戻ってきても、人々の心は最近の騒動で陰りが残る。
誰しもが明るく、普段通りに振舞う。けれども完全な回復には時間が必要だ。
普段通りに勉学や鍛錬に勤しみ、加えてヴァルツ達との交流も続けていた。そんなある日のこと、王都に珍妙な一団がやってくる。
「王都の皆様、初にお目にかかりまする。我々は昏咲からくり劇団で御座い」
大きなヘンテコ車を引き連れた、和装姿の1人が高らかに言う。
道行く人々が足を止め、俺も散策ついでに賑わいへつい目を向けた。
「なんだ、変わった連中だな」
「変なの~。ねえママ、おかしな人達がいるよ」
「どうぞご清聴ください。私どもは、お心を痛められた皆様を癒すべく、闘技場にて興行を打ちに来た次第で……」
(楽しそう)
街道で宣伝文句をいう彼らに胸が騒ぐ。
しかし用事を思い出し、話を聞くのもそこそこに歩き出す。
2日後、件の劇団がグランデール学園に招かれた。
前日に伝統芸能の一環での特別講義と告知され、全校生徒が特設会場に集う。
「よりにもよってコレかよ」
左隣の蓮之介が呟く。右隣にはニーアがいて、静かに前を見ていた。
演目は「鬼ヶ島三刀伝」だ。からくり車が駆動し、舞台が展開される。半円舞台の端は階段状となり、中央には細長い道。花道っていうらしい。
魔法を用いた灯りを浴び、幕前の語り部が朗々と話しだす。
「今は昔、舞台になるは海を越えし桜の国の南小島」
独特な語り口に期待が膨らみ、食い入るように舞台を見つめた。
「数多の鬼の衆が暮らす彼の地。其処には恐ろしく喧嘩っ早い、暴れん坊がいたので御座いました」
ゆったりとした語尾に合わせ、拍子木の音と共に幕が上がった。
風柳な音楽が鳴り響いて鬼面の役者が現れる。その手に金棒を担ぎ大股で歩く。
「おうおう、よい喧嘩日和じゃ。血が騒ぐのぅ」
「兄者~待ってくだせい」
小柄な鬼面の男が後から追いかけてきた。
直後、反対側から荷車を引いた一団が登場。盗賊らしく、豪快に喧嘩を始めてしまう。効果音と共に鬼達は大暴れ。語り部はこれが彼らの日常だと語る。
平原らしい背景での騒動に一区切りがつくと場は暗転。次に家屋の中で舎弟らと、楽し気に盃を酌み交わしていた。
「大収穫じゃったのぅ。愉快、愉快」
くいっと酒を一口に煽る。豪快な飲みっぷりだ。
「次は何処とやり合おうか。考えただけで笑けてくるわ」
腹から響く大きな笑い声、その中で舎弟らが騒ぐ。
「兄者、兄者、たまにゃあ戦利品に女子ってのはどうだい?」
「オラは食いもんのほうがいいべや」
「何を言う。財宝が一番に決まっとろうが」
「財宝と言えばよ。山奥の洞穴に大層立派な物があるらしいぞ」
誰かが言った一言に暴れん坊は興味を示す。
考えることは皆同じで、翌朝早くに旅立ち山奥の洞穴を目指した。
再び暗転した中、灯りが一点を照らし、役者の姿だけが映し出される。恐る恐る進んでいく彼らの前に古びた社が現れた。発見した舎弟らは嬉々とし、暴れん坊に率いられて中を暴く。
「これは何じゃろう」
ぱっと舞台が明るくなり社の全貌が判明。眼前に札つきの床扉があった。
俺は息を呑むと同時に「それ絶対触っちゃダメなやつ」と思う。
「きっとこの中に宝が隠されてるんでい」
「そうだ。そうに違いねえ」
「おし、開けてみるぞ」
背後の声に応じつつ暴れん坊は、強引に札ごと扉をぶち破る。
途端に不穏な気配が立ち込めた。口を開けた深淵から黒い煙が溢れ出す。悲鳴を上げる鬼達、逃げ惑うが抗いきれず、次々と煙に呑まれていってしまう。
「ぐっ、この儂が抗えぬだと。ふざけるなぁー!!」
最後には暴れん坊までもが呑み込まれてしまった。
暗転すると共に、再び語り部が灯りに照らされ語り始める。
「かくして鬼達は、愚かにも封印を解いてしまったので御座いまする」
いったん区切られた言葉。その拍子に低い音が断続的に響く。
「うごおぉぉぉ」
「響き渡るは雄叫び、現れたるは巨大な邪悪。彼の者は悍ましくも喰らった鬼の姿をしておりました」
語りに合わせてからくりの大鬼が派手に出現。
機械的な動きがかえって不気味だ。語り部は更に「こやつの呼び名は……」と言う。続いて瓦屋根の木造家が並ぶ町並みの背景に切り替わった。
「邪鬼だ!」
「なんと禍々しいこと」
「こっちに来るぞ。逃げろ」
村人達が慌てふためき逃げ回る。
騒然となる町の風景に少しだけ胸が痛む。隣で蓮之介のため息が聞こえた。
しばし凄惨な襲撃場面が続き、人々の抵抗の後、場面が鍛冶場らしきものに移る。黙々と鋼鉄を打ち続ける刀匠がいた。
「うーむ、否足りぬ」
これでは打ち勝てない、と呟きながら3つの刀を作っていく。
とても短い場面で、すぐさま「しばしの時を経て」と言葉を挟み町へ。
「騒ぎを聞き来れば、なんと惨い」
旅装束の大柄な剣士が1人、花道から歩いてくる。すぐ傍を進んでいく。
彼の行く先には大きな包みを抱えた娘が彷徨う。狼狽えた様子で右に左に……。
「娘さん、如何なさいましたか」
早く逃げたほうがいいと剣士は告げた。
けれど娘は振り返って、相手の全身を順にみた後に血相を変える。
「あぁ旅の剣士様、さぞお強いとお見受けしました。どうかこれで悪しき魔物を屠って下さいまし」
「これを? しかし魔物とは……」
「ええ、そうに違いありません。皆が申しておりますもの」
「うむ、確かにかような鬼を見た覚えが御座らんな」
「そうでしょうとも。ですから、どうかこちらで討伐を依頼したく」
娘が包みを渡し、封を解かれた中から3つの刀が姿を現す。
「思わぬ形で剣士の手に渡った三刀。左近助が作りしこれらは、それぞれ封桜華、流滝丸、朧月影と申しまする」
その名が出た時、隣で蓮之介が噴き出すのを耳にする。
「ごほ、げほっ」
(レン)
同情に近い気持ちでふと彼の刀に視線を落とす。
家宝とは聞いていたけど、まさかこんな所で名前を聞くとは思わなかった。
たった1人の動揺を他所に劇は続く。最初は受け取りを拒み、己の愛刀で立ち向かうが途中で折れてしまう。
「最早これまで」
「いいえ、終わってなどおりません!」
膝を折る剣士に娘が包みを抱えて叫ぶ。
歩み寄ってくる彼女を伴い、物陰へと身を隠して話す。
「娘さん、なぜこちらに。危ないでは御座らんか」
「どこにいようと脅威は変わりません。それよりもこれを」
不思議な力が込められている、と念押しながら刀が差し出された。
「ぬぅ、止むを得ん」
愛刀が折れていては戦えぬと判断し受け取る。
大太刀を担ぎ、2本の太刀を腰に着け再び邪鬼と対峙した。暗雲が立ち込める下で両者が睨み合う。不気味な雄叫びを上げ、邪鬼が剛腕を振り回す。
魔法による演出で、刀を振る度に花・光・水の異なった力を表していた。
背景の暗明で日数が経過しているのが伝わる。三日三晩といったところか。やがて剣士が大太刀を盛大に振るう。
「悪鬼退散、成敗!」
「ぬおおぉぉぉ……」
刃から放たれる力が邪鬼を縛り、大岩に封じ込めた。
桜の文様が描かれた岩。剣士は疲労を隠し、人々から称賛を受ける。
「貴方様はまさに救世主じゃ」
「ありがたや、ありがたや」
「旅のお方よ、感謝いたします」
「いいえ。拙者は己が信念に従ったまでで御座る」
謙遜する彼の前に刀匠が歩み出た。
刀の作りてが3つの業物を英雄となった若者に託す。
大勢の人々と娘に見送られ、再び武芸を極めるため旅立つ。
「これにて平穏は取り戻され、伝説として長く語り継がれたので御座いました」
最後は語り部の一言で締めくくり幕を閉じる。
静かだった観客席から盛大な拍手が響く。再び幕が上がり、役者達が並んでそれを受け取った。
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演劇が終わり、皆が各々に席を立ち並んで退場していく。
ニーアと並んで歩き感想を語り合う。話す内につい胸が熱くなる。
「最後凄かったよね。刀でバーンッて倒してさ」
「ええ、迫力に圧倒されてしまいました」
「だよね、だよね。剣士の人がめっちゃカッコいいし!」
「でも刀匠の人も良かったです。娘さんも、絶対怖かった筈なのに……」
途中までは夢中で言葉を交わしていた。でもふと気づく。
「そういえばレンは?」
「あれ、いつの間にかいなくなってますね」
「出る時は一緒だったのに、どこ行っちゃったんだろ」
気になって2人で探しに歩き回る。
はぐれないよう人込みを抜けて、熱気疲れの回復を待つ。休憩後、舞台裏まで足を運ぶと目当ての人物を見つけた。団員の1人と何やら話しているみたい。
「どうしてあの演目なんだ。不味いだろ」
「一般興行では別の演目です。こちらは文化と伝統芸能の講義ですから」
「だからってなぁ。宝刀の名をそのまま使うとか」
「名はそうですが、造形はちゃんと変えていますよ」
近づくにつれて聞こえてくる話に俺は戸惑う。引き返すべきか迷った。
「エミル、そんな所にいないで来いよ。ニーアも」
「仕方ないし行こっか」
「はい」
ニーアに声を掛けて蓮之介と団員の所まで行く。
挨拶を兼ねて会釈をしてから、再び話し始めた2人を見つめる。団員の男性は若いが年上に思えた。けれど非常に丁寧な受け答えで話す。
(随分親しそうだけど、この2人の関係って……)
純粋な疑問だったけど聞くのは難しい。静かに耳を傾ける。
「劇中の描写、結構脚色してあったな。鬼一派のとことか」
「ええ、原作では深く触れられてない箇所ですからね」
「うんうん、そもそもが知る訳ないよなぁ。封印が解かれた時の状況や、当時の連中の活動とか」
「そうですねぇ。多くは剣士にまつわる部分しか伝わってません」
この時、俺は「あれ?」と思った。つい口が出てしまう。
「ちょっと待って。劇なんだよね?」
「ああ、昔話のな」
「もちろん作り話ですよ。何の間違いもなく」
さして難解なものじゃない筈なのに混乱する。
一瞬だけ理解が遠のいたという感じか。時間が経つにつれ、少しずつ思考が追いつてきた。
「あ、そうそう、忘れるところでした。こちら兄君からお預かりした物です」
団員は懐から手紙を出して蓮之介に渡す。
受け取った彼が封を解いて読み始める。そして苦笑とも違う笑みを浮かべ言う。
「この様子じゃ、また蘭兄が大変だったみたいだなぁ」
「はい。菊之助様と皆で止めました」
「ああ、菊兄のほうに書いてある」
言いながら蓮之介の顔や声は嬉しそうだ。
怪訝に思っていると彼が簡単に教えてくれた。兄の1人が会いに来ようとして騒動を起こしたと。
(大人数で止めるくらいなんだ。強いんだろうな)
どんな事件だったのか、とつい想像してしまう。
同時に人物像を考えて思わず吹き出してしまった。隣にニーアの控えめな笑い声を聞きながら、穏やかにしばし会話を楽しむ。
団員が呼ばれるまで続き、別れた後は再び劇の感想で盛り上がる。異国の雰囲気に触れつつも、心に響くひと時をくれたんだ。




