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第32話 糸使いの師弟

 別の日、俺は方向性を変えることにした。

 説得がなかなか成功しないからだ。確実に一緒になる講義を利用して探す。無理に近づかないで、距離を保ちつつ一挙一動を観察。


(観察してみるものだなぁ)


 ちょっとした発見、ヴァルツは普段糸の武器をバッグに入れていた。服装のふわっとした長い袖で手元が見え辛い。靴に限っては、相方と比べ悪路向きに感じる。

 ひたすら見よう見まねで練習していく。時々鬱陶しがれたが構ってられるか。


(ん~こうかな。手の向き? それとも姿勢全体かな)


 一定の距離を保ちながら、チラチラと見ては実践を繰り返す。


「ねぇ、ヴァルツ。あのチョロチョロうぜぇの何とかしてくんない」

「知るか。放っておけ」


 何か言ってるけど気にしない。集中、集中してやるんだ。

 やっぱり身体の捻りが大事かも。いや、正確な狙いが重要か。いろいろと考えて試した。


「よーし、なんかわかったかも。こうだ」


 だが糸はうまく刺さらず、ズレて変な風に絡まってしまう。

 武器の不調を疑うが首を振る。技術の足りなさを道具の所為にするのは早い。もう一度、落ち着いて狙いを定めていると……。


「角度が甘い。方向を考えろ」

「えっ」


 俺は驚き振り向こうとして「視線を外すな」と叱責が飛ぶ。

 遠くでコリーの声が聞こえてくる。


「ちょっヴァルツ! 放っとくんじゃなかったのかよ」


 その声には誰も答えない。俺は言われた通りに構えた。

 しかし上手くいかず、そっと伺った指導の主は眉間に皺を寄せている。視線の鋭さが怖いくらいだ。背筋に当たる気迫から手元が震えてしまう。


「手振れを抑えろ、刺さりが甘くなる」

「ご、ごめん」


 近づいてくる足音に全身が強張った。

 鼓動が早まり、唾を飲みこんだ。でもヴァルツはまっすぐ的に向かっていく。そしてトンッと軽く手で示す。


「せっかく身体能力が高いんだ。五感の目を使え」

「五感の目」


 怪訝な顔をしていたのか、彼は静かに息を吐き言う。


「わからないのか。簡単な言葉だぞ」

「簡単な……。あっ」

(要は肌で感じろってことなんだね)


 すっかり難しく考えていた。一瞬思考を置き去りにしていたんだ。

 とても直球な言葉で拍子抜けするくらい。簡単だけど難しい、そんな感覚を覚える。五感を使うべく対象に歩いて近づく。狙っていた柱に触れてみた。

 質感を肌で感じ、木製のそれを注意深く調べていく。


(当たり前だけど、所々ざらっとしてて筋がある)


 唸りながら思考を巡らせていると、すぐ近くでコリーの声がする。


「あー面倒くせ。材質によっちゃ刺さんねぇだろ、これ」

(材質? 材質を選ぶ、用途に応じた選択か)


 改めて技巧科で作って貰った物を確認した。

 本当にいろいろあって、鉤状から星型の物とある。一応説明は聞いたつもりだ。それでも実際に使うとなれば話が違い、2人の言葉は参考になるなと思う。


「やっぱり熟練者に教わるのっていいね。2人ともありがとう」

「自分は何も教えてねーよ」

「技を盗むのは勝手だが、生かせるかは別問題だぞ」

「ぐっ、まったくおっしゃる通りです」


 鋭い指摘にまた背筋が伸びた。

 決して優しくはない言葉の数々を受けつつ、実技訓練の講義は過ぎていく。



     ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔



 都市襲撃の影響で、今年の文化祭は延期と縮小を受けて終わった。

 そんな中で曖昧な師弟関係は続く。半ば強引に始めた模倣だけど、時々声を掛けてくれて何とも言えない空気になっている。

 ある日、昼休みに裏庭で自主練をしていた時だ。


「やっぱここにいたか」

「コリー? どうしたの」


 気だるげに歩いてくる人物に目を向けた。


「用事に決まってんじゃん。あのさ、依頼すんだけど組む気ある?」


 視線を合わせ辛いのか。目を泳がせて言った。

 一瞬理解が追いつかなかったけど、俺は胸の奥に湧き上がるものを感じて答える。


「誘ってくれて嬉しい! もちろん行く行く」

「うわぁ~」


 コリーは口元を引きつらせ、更に視線を反らしてしまう。

 変わった反応を返されて戸惑った。でも嫌な感じじゃないので、特に突っ込まず日程を聞く。

 なんと明日で内容は周辺調査らしい。学生は3人以上でなければならず、依頼主は防衛機関だとか。待ち合わせの約束を済ませた後でふと言われる。


「誘っといてなんだけど、断らねーのな」

「断る理由ないからね」

「んぐ……。やめた、疲れるわ」


 1人で小さく呟きながら彼は歩き去って行く。

 今後のことを考えながら、俺は準備をするべく寮へと急いだ。



 翌日、学園はお休み。朝にお弁当を作って待ち合わせ場所に向かう。

 掲示板の前まで行くと、2人に交じってもう1人意外な人物がいた。思わず足を止めて声を上げる。


「ハロルドがどうしてここにっ」

「利害の一致だよ。でなければ君なんかと……」


 そっとヴァルツを見た。相変わらずの仏頂面で言う。


「必要と判断したから誘ったまでだ」

「約束は守って下さいよ」

「当然だ、抜かりはない」

(いったい、どんな密約を交わしたんだろう。この2人)


 彼らの会話を聞きながら移動を始める。

 早速で悪いけど、ハロルドが一緒と知り先が不安だ。でも依頼は真剣に取り組まないと、と気持ちを引き締め王都の外へ。


 結界から一歩足を踏み出したら一面の平原。

 冒険者や騎士の姿がちらほら、どちらかといえば冒険者のほうが多いか。彼らは遠方のほうに足を延ばしている様子だ。


(割と規模の広い依頼みたい)


 たぶん目的は同じだろうと勝手に予想した。


「まず近辺を細かく調べていく。皆、気づいた点は速やかに報告しろ」

「もち」

「わかった」

「任せたまえ」


 ヴァルツの簡潔な指示に応じて周辺調査を進めていく。

 彼は時たま手帳を取り出して何かを書き込んでいる。表紙との間に何か挟まっているみたい。気になって視線を向けただけで「集中しろ」と注意されてしまう。

 近くを通りかかる冒険者の人との挨拶や情報共有は忘れない。


(なんか自警団での活動を思い出すな)


 ちょっと思い出しながら、見晴らしのいい平原に目を凝らす。

 視力には割と自信があった。聴覚はエルフのほうが良くても、索敵でハロルドに負ける気はない。見かける魔物の種類と数を報告していく。


「あ、あそこに……」

「ホビットが3体います」


 ホビットは王都周辺の平原にいるウサギのことだ。


「今俺が言おうとした!」

「へへん、早いもの勝ちさ」


 先にすべて言われてしまい声を荒げた。絶対わざとだ、そうに決まっている。


「止め止め~。誰が報告しても変わんねえから」

「幼稚め」

『ふがっ』


 辛辣な一言にあいつと声が揃ってしまった。

 しばらく歩いて、川沿いの森へと範囲を広げて行く。川側に行くほど畑が密集していて、たまに木々の合間から覗くことがある。


 魔物の動向を探っている最中、俺はふとヴァルツの動きに目が向く。

 てっきり同じものを見ていると思っていた。だけど彼は周辺の草木や土、岩などを見て触れる。表情の変化は些細なもので、相変わらず手帳を出して目を落とす。


(魔物以外も調べてる?)


 傍に気配が近づいてきて止まる。尻目に見ればコリーだった。


「調査任務って何だと思う」


 ふと隣の彼が問いかけてきて戸惑う。

 ちょっと考えて、自分なりの答えを導き出し口を開く。


「魔物の分布を調べたりじゃないかな。あと遺跡調査があるって聞いたよ」

「間違っちゃいねーか。でも情報ってのは大本だけじゃねぇ」

「お前ら、無駄話する暇があるなら調べろ」

「ごめん。じゃあ自分はあっち見て来るわ」


 軽い調子で話し離れていく背中を見つめる。

 同時に視線を感じて俺も歩き出す。でも脳裏には、たった今聞いた言葉が浮かんでいた。それに倣ってより注意深く周囲を観察してみる。特に魔物以外の部分にも意識を向けて。


(これ、罠を張るのにちょうど良さそう)


 不思議なくらい視界が広く見えた。

 地面の這う根、木々の絡み具合や岩の位置。いろいろ利用できそうな地形だ。ずっとは大変だけど、想像が膨らんでいろいろなことが頭の中に浮かぶ。


「ヴァルツ、俺さ。……どうしたの?」


 気づいたことを伝えたくて振り向く。

 視界に移る彼の様子がおかしい。雰囲気が鋭くなった気がする。

 その視線を追うと、ハロルドが耳を澄ませていた。なぜか険しい顔をしていて――。


「何か捉えたか」

「はい、蹄の音が多数。向かっては来てないようだけど」

「あー嫌な予感」


 しんどそうなコリーに一瞥をくれ、ヴァルツは「確認するぞ」と指示を飛ばす。

 皆が気を引き締め音を殺して進む。木陰に潜んで平原のほうを見やった。土煙を上げながら群れが駆けて行く。こちらには気づいていない様子だ。

 進行方向に目を向けて俺は息を呑む。あの方角は水の都アクアリオがある。


「大変だ。アクアリオ方面に魔物の群れが向かってる」

「見ればわかる。種類は?」


 問われて目を凝らす。この中で一番視力が良いのは俺だから。

 奴らが立ち上らせている土煙が邪魔で見え辛い。でも判別に支障はない。


「カウホーンとセンゴートかな」

「不味いっすね。万が一、連中がキャンパニア側に反れちまったら」

「えーっと」

「忘れたのかい。キャンパニアの町は結界がないのだよ」


 疑問に答えたハロルドの言葉に血の気が引く。


「急いで止めないと!」


 飛び出しかける俺をヴァルツの腕が止めた。


「どうして止めるの」

「お前はバカか。状況把握と冷静な判断ができない者は味方を殺す」


 喉に言葉が詰まる。言い返せなかったのだ。

 彼は同様の見えない顔で傍らの人物へと視線を向けて言う。問うような声音で。


「ハロルド、風の報せはできるな」

「無論だとも。よくエルフ秘伝の魔法を知っていますね」

「事前の調べを怠るようなへまはしない。早くやれ」

「ふっ、少々言い方は気になるけど緊急だしね」


 許そう、と告げると共にハロルドが弓矢を構えた。

 やや時間をかけて魔法を付与し放つ。風の螺旋をたなびかせ、矢は高く飛翔し、鳥の姿を模してキャンパニア方面へ。

 風の流星を降らせながら蒼天の彼方に消えていく。


「これで矢の射程内にいれば伝言が届くよ」

「上出来だ」


 得意げに効力を解説した射手をヴァルツが労う。

 彼らの姿を見て、拳を強く握りしめた。


「俺……」

「下を向くな。ヴェルベイン、お前は覚えがいい」

「え、あの」

「だから覚えておけ。中距離は、如何にして感情的な前方と腰の重い後方を繋ぐかだ。機能しなければ全員死ぬ、だがハマった時は最高に心地いいぞ」


 聞いた瞬間は唖然としたが、その言葉は強く心の最奥に突き刺さる。


「へぇ~ヴァルツにしちゃあ、随分と饒舌つか親切じゃん」

「誰が親切だ、冗談はよせ」


 どこか可愛げのある弄り合いを始める2人。

 しかしすぐに「報告に戻るぞ」という一言で緊張感を取り戻す。

 学園に戻って報告して任務を終える。なんだかんだで苦しくも、有意義な時間だった。

 あけまして、おめでとうございます。

 これからも執筆と投稿を頑張っていきますので、応援して頂けたら嬉しいです。

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