表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/63

幕間08 コリーが見た背中&おまけ

 注意:今回はかなり長いです。余裕をもってお読みください。

 また一人称ですが、これは意図したものであり誤字ではありません。

 メルクリナ国の都・ファルツァネーラ。南半球にある大陸の東側か。

 海が近く、森と川に恵まれた、まあまあ平穏な故郷だ。代り映えしない。

 レンガの壁を彩る花と港。中心にそびえる尖塔をもつ城はまさに都の象徴。観光客から見れば、それなりに楽しめる所なんじゃないか?



 6月下旬、冬が近づく秋の終わり。

 屋敷の一室で目覚め、毎朝恒例の礼拝を済ませて外に出向く。


「ふっふふん~♪」


 今日は妙に気分が良くて足が弾んだ。

 他国(よそ)じゃ魔物がどうとか言ってるが、ここらじゃ大して気にならない。

 理由は至極簡単な話なんだけどさ。それはともかく、調子に乗って都の外まで足を運ぶ。


「ブルルッ」

「ひやぁぁ」


 だけど考えが甘かった。油断していたとも言えるか。

 緑地帯を駆け回る猛牛を前にした時、そんなもんじゃないと感じた。魔物=使徒が人を襲うのは神の思し召しだなんて……。


(怖い怖い怖い。死にたくない)


 小さな悲鳴を上げる以外、まったく機能しない喉。腰が抜けて動けない。

 次の瞬間、眼前にぶわっと薄青の外套(マント)がはためく。直後に金属音を響かせ魔物が止まる。受け止めた、と感じた時唖然とした。


「カイル、そのまま抑えてろ。どるぁあぁっ」


 舌を巻くような叫びと共に、鬼族の少女が金棒を振り下ろす。

 どこからか男性の声で詠唱が聞こえる。攻撃を受けて、なお暴れ回る牛を鞭で締め上げた。持ち手には人魚族らしき女性の姿。


「ン、モゥ」


 魔法と剣でとどめを刺されて魔物は倒れ伏す。


「君、大丈夫? 怪我はない」

「はい」


 思ったより頼りない声が出た。差し伸べられた手に助けられて立つ。

 相手の顔なんて見れなかった。なんとなく情けなくて唇を引き結ぶ。みっともなくてさ。


「もう怖くないよ。君はこの近くの子かな」


 問われて無言のまま頷く。すぐに指で方向を示す。

 送ろうという男に仲間達は言葉を濁していた。耳打ちしていて聞き取れなかったけど……。


「皆の話はわかったけど、子供を放置はできないよ」

「そう、ですわねぇ」


 おっとりした雰囲気の女性が言う。

 結局、道案内を頼まれて都に彼らを連れていく。

 他所から来た人々に、興味を示す皆の視線が気恥ずかしいと感じた。

 礼儀として、礼をしたいと彼らを屋敷まで連れてくる。玄関の前で老齢の執事と会う。


「おかえりなさいませ、坊ちゃま」

「ただいま。バルフェロ、客を連れてきた。僕の不注意で、魔物に襲われていたところを助けてくれたんだ」


 言っとくが、バルフェロはシャキッとしていて自慢の執事だ。

 白髪の映える歳だが背筋正しく、身体つきも非常に逞しい。実年齢より若く見えるだろう。彼が完璧な所作で対応する。


「畏まりました。すぐに旦那様にお伝え致しましょう」

「いえ、我々は……」


 4人の中心にいる金髪の男性が遠慮した。


「遠慮しないで下さい。恩人に礼をしないと僕の恥になります」

「わかった。お邪魔させて貰うよ」


 こちらに向けて言う彼を案内して、夜。

 一泊の宿を提供したため晩餐をもてなす。緊張した様子の彼らを両親と一緒に応じた。やや無作法なのは目を瞑ろう。むしろ慣れない手で綺麗に食事している。

 ただ1人、鬼族の少女以外はまったく気にならない程度だ。歳が一番近そうなのに豪快な食べっぷり。


「ヒスイ、不味いわよ~。お行儀よく」


 人魚族の女性が小さく耳打ちしていた。でも大して改善されていない。

 視線を少女の右隣に向けると、エルフ族の男性が静かに料理を啄んでいた。


(こちらは可愛いな。ギャップすげぇ)


 更に視線を左へ流しいき、女性2人を通り過ぎた端。

 金髪の男性が父と会話している。どちらかというと父の話に応じている感じか。


「なるほど、人探しとは。大変ですな」

「はい。なかなか見つからなくて」

「それで探しながら、各地で人助けや調査活動をしているのですね」

「ええ」


 穏やかな雰囲気で話す2人。時々、母が口を挟んでいた。

 一行を部屋に返した後、僕は父の呼び出されて書斎に行く。

 状況なだけに恐縮して扉を叩き入室。晩餐の時とは打って変わり、奥に立つ姿は厳格さを帯び険しい表情をしている。視線が合うだけで背筋が冷えた。


「あの、父様……」

「なぜ11にもなって、使者様の怒りを買うような真似をしたのだ」

「申し訳ありません」


 己の不注意を素直に詫びる。事実なだけに言い訳のしようがない。

 頭を下げているとため息が降ってきた。恐る恐る頭を上げると、父が手に持っていた資料を机に置く。


「まあ良い。今はあの一行だな」

「父様、どういう意味でしょう?」

「憶測の段階だが、金髪碧眼の男と種族の異なる4人組。連中は勇者の一行かもしれん」


 その言葉を聞き、言葉を引っ込め息を呑んだ。


「いいか。連中に決して気を許すなよ」

「は、はい」


 応えながら複雑な心地を味わう。頭の中が混乱していた。



 翌日から監視という名目で男を見つめる。

 距離を保ち、影からそっとだ。表面上は至って普通、住民に声を掛けつつ散策。道中で果物を落とした老婆に歩み寄って一緒に拾う。


「どうも、ありがとさん」

「いいえ。このくらいお安い御用です」

(普通だ)


 また別の所で、風に飛ばされ木に引っ掛かった帽子を取り……。


「はい、どうぞ」

「ありがと」


 少女に手渡してお礼を言われていた。


(不審な点がない)


 我が目を疑いたい心地だ。本当にあれが、伝承に語られる勇者なのか。

 無論、伝説の人物と別なのは承知している。だけどいつの時代も、本質的には違わないとも思っていた。個人としての要素が違うのは些細なことだ。


(黒龍王ベルモンド様を討滅した、勇者エルエトスの意思を継いでるの?)

「本当に穢れを振りまく悪しき存在なのか」


 誰の耳にも届かぬよう小声で呟く。正直な疑問だった。

 尾行しながら海辺の一角まで足を運ぶ。港が見えはするが人気は殆どない。男はそこで懐から取り出した何かを見ている。


(何だろう。全然見えねぇ)


 監視対象が動くたびに隠れ、身を乗り出すように覗き込む。


「君、こんな所に1人で何してるんだい」


 不意に背後からぼそぼそした声が掛かった。

 背筋を駆けあがる悪寒と、連動するように総毛立つ。


「いぎゃあぁぁぁっ」


 悲鳴を上げ、転げるように振り向く。

 そこには一行のエルフ男が立っている。杖を手に持ち影の深そうな顔で。


「ああ、ごめんごめん。驚かせてしまったね」

「えっおじさん。び、びびった~」

「おじさん……。そうか、うん、君くらいの子だと当然か」


 未だぼそぼそと感情の読めない顔で話す。

 すると今度は背後から「あれ君はお屋敷の……。バルクさんまで」と、状況を尋ねる声が聞こえた。エルフの男性は「やあ」と生気の薄そうな声で返す。

 見つかったと再度振り向けば、男の顔と手元で光る銀色の物が見える。つい凝視してたら彼が気づいた様子で――。


「このロケットかい? 妻の肖像画が入ってるんだ」


 無意識に近づいて覗き込む。蓋には鳥の掘り込みがあった。

 見つめる男の表情が温かくて深い。そして、切なげだ。


(僕らと変わらない、人だ)


 きっと故郷に残してきたんだろう。想像して胸が苦しくなる。

 何も聞くことはできなかった。海を眺め、時々ロケットに目を落とす。その姿を見て、言葉もなく立ち尽くすしかなかったんだ。



 数日後、この町に巡礼者の一団が立ち寄った。

 フードつきの外套やローブを纏った人々。その中でひと際目立つ人物が1人。

 紗幕のついた帽子を被り、周囲の者らが恭しい態度で従う。さぞ高位な役職だろうと想像する。綺麗に列を成して城へと歩んでいく。


「いけね。朝の礼拝に行かないと」

(面倒だけど、やらないと煩いんだよなぁ)


 さぼった時の恐怖を思い出して急ぐ。

 礼拝堂でいつも通りに祈りを捧げる。そろそろいいかと思い腰を上げた時だ。


「敬虔な信者よ。貴方の行為は称賛に値します」

「貴方様はっ」

「我らが主、我が父、始祖ネメルヴェヒュト様はきっと祝福を下さるでしょう」


 視界に入ってきた人物が紗幕つきの帽子を外す。

 その姿が露わになった時、僕は形容しがたい思いで絶句した。

 神々しいまでの美貌、中性的で華奢な体格。上質な衣は踊り子の如き式服だ。さらさらと流れる髪は淡い虹色に輝き、褐色の肌、儚げな銀色の瞳をしている。


(歳同じくらい。下手したらちょい下か)


 恐れ多くて、とても年齢なんて聞けなかった。

 10歳前後の容姿は親しみやすい。でも服装から推察した正体を思えば無理だ。


「何か言ったらどうです?」

「いいんですか」


 こくりと相手が頷く。喉が渇くのを感じつつ声を発する。


「どうしてこちらに、お城にいる筈では……」

「ああ、そのこと。んふふ、抜けてきちゃった」

「えっ」


 急に調子が変わった相手に戸惑う。

 魅了するまでの無邪気な微笑みを浮かべて少年は誘った。一緒に遊ばないか、と。そして思い出したように言う。


「クエスマグナ」

「はい?」

「私の名前。君はなんて言うの」

「コリー・サンダリア・フォルツァネーラです」

「じゃあコリー、行こう!」

「わわっ、ちょっと待って下さい」


 強引に手を引かれ外へ飛び出す。

 礼拝堂を出てすぐもう1つの旅の一行の姿を目撃した。

 両者の視線が一瞬だけ合った気がして、僕は慌てて帽子を被せ手を引く。楽しそうな声を聞きながら駆け足になる。


 緑豊かな公園まで息を切らして走ってきた。

 ずっと手を握っている訳にもいかず離す。少年は周囲を見回し、楽しそうに笑っている。


「もう帽子はいらないね」

「ちょっ捨ててはいけません」


 帽子を外して放るのを見て、慌ててそれを拾う。

 その直後、逆に腕を引かれえれて帽子を取り落とした。強く抗うことができずに近くの石舞台まで歩く。舞台上に上がり踊る。


(こうなったら、つき合うしかないか)


 教養の一環で学んでいるからダンスは苦手じゃない。

 気が済むまで舞い踊った。意外と悪くない、と感じるひと時だったと思う。


「導師様! やっと見つけましたよ」


 愉快な時間は呼び声に遮られ、瞬く間に静寂が場を満たす。


「はぁ~見つかっちゃった」

「勝手に姿を消されては困ります」

「ちえぇ」


 悪戯が露見したような顔をして少年が舞台を下りる。

 僕は軽く手を伸ばし引っ込めた。足を踏み出せない。そうしている間に、迎えから帽子を被せて貰いながら少年が振り返る。後ろ手を組んだような姿勢で……。


「楽しかった。じゃあね」

「ど、導師様」

「だーめ。コリーは私を名前で呼んで」


 身を翻しながら少年が言い、こちらが戸惑うのを知った風に周囲に念おした。

 供の者らは意向に従った様子で応じる。次いで僕のほうを向き、会釈して歩いていく。一団の中に紛れて去って行くのを黙して見送った。



 ある夜、漠然とした予感を感じて飛び起きる。

 無性に窓の外が気になりバルコニーに出た。夜闇に紛れ人影が蠢く。


(胸騒ぎがする)


 居てもっ立ってもいられず部屋を抜け出した。

 布を掛けた灯りを持ち、外に出て少し歩いた所で布を外す。そこからは小走りに行く。

 チカッと町の外側が光る。急いでそちらに足を向け、激しくなる光を睨みながら野外に出た。そこで思わず目を見開く。


「ついに追いついたぞ。邪教団!」


 鬼の少女が叫び、4人と対峙する導師クエスマグナが笑う。


「酷い言い草ですね。我々は崇高なる始祖ネメルヴェヒュト様のもとに集いし、フリウソール教団」


 中心に立つ者の言に率いられた人々が声を上げる。


「そうだ。断じて邪教なぞではないっ」

「我々は魂の開放を望む神のご意思に従うまで」

「神の御子たる導師様の言葉に偽りはないのだ」


 対する4人組のほうは黙っていない。今度は人魚の女性が口を開く。


「魂の開放? それと魔物をけしかけることに、何の関係があるというの」

「彼女の言う通りだ。大勢の人が死ぬんだぞ!」

「違うよ、勇者さん。死は解放の1つ、神が遣わした使徒故に意味ある行動なのです」


 対話は堂々巡りして、魔物の群れを加え、力の鬩ぎ合いを始めた。

 蚊帳の外に佇んだまま両者の争いを見る。群れの一部がこちらに迫ってきた。灯りを取り落とし、その音で我に返る。即座に生成慣れした燭台杖(カンデリエレ)を出す。

 夜戦には打ってつけだけど、動揺し過ぎて攻撃が当たらない。


(やべ、やられる)

「危ない!」


 次の瞬間、男性の呻き声が耳に届く。庇って怪我したんだ。


「だ、大丈……」

「心配しないで。平気だから」

「けど、あっ」


 目を落とした傷が瞬く間に塞がっていく。


(嘘だろ。これって)


 人間族ならまずあり得ない。ただ1つの理由を除けば――。

 すぐに立ち上がった男性と、教団の激戦は続く。決着はつかなかった。


「頃合いですね、皆さん引きましょう」


 後のことを魔物の群れに任せて退散していく。

 一瞬だけ目が合った導師は、とても柔らかい微笑みを浮かべていた。

 視界の端で勇者と呼ばれた人達が各々に武器をしまう。一息つく間もなく、あらぬ方角から悲鳴じみた怒号が響く。


「導師様方を、使徒様を追い払った。勇者だ、紛れもない勇者がいたぞー!!」


 そこからは怒涛の勢いで展開が進む。

 取り囲まれ、抵抗を躊躇った彼らは拘束を余儀なくされる。


「なんてことをしてくれたんだ」

「恐ろしや~。きっと天罰が下る」

「汚らわしい。私、あの人に触られたのよ」


 騒然となる民衆の視線は冷たい。

 当然だ、それだけのことをしてしまった。だけど、でも……。


(助けてくれたんだよな。2度も)


 追い詰められていく彼らを見て、僕は情緒が狂いそうだった。

 やがて父達と城主が姿を現す。武装した兵を連れ、城主が「神の怒りを鎮めるため、背徳者どもを火刑に処す」と触れ回る。人々が駆けまわり準備が進む。


(いいのか。このままで)


 狂いそうな心を抑えようと胸元を掴んだ。


「待ってください。僕達はっ」

「黙れ!]


 視界中を横切っていく物があった。地を滑っていく銀色の輝き。

 訳も分からず足が動く。己が何をしているかを理解するより前に、人込みを掻き分けそれを拾う。その直後、背後の人ごみからよく知る声が轟いた。


「ぬおぉぉぉっ、お逃げくださいカイル殿」

(今の声はバルフェロ!?)


 別の意味でまた騒然となる人々。

 父の怒号、人々の悲鳴、駆け巡る足音が錯綜する。

 大混乱を極めた場で手元に目を落とす。僕はどうしたらいい。自問自答の末、駆け出した。


「はぁ、はぁ」

(勇者はどこだ)


 視界が最悪で思うように進めない。音が多過ぎる。


(あれか)


 一瞬だけ見えた薄青を追う。

 しかし視界が開けた所で肩を掴まれた。振り向くと父の顔。


「何をしている。お前は戻っていなさい」

「しかしっ」

「非常事態なのだ。わかったな」


 強い口調で言われ身がすくむ。とても抗える状況じゃなかった。

 明るくなっていく空の下、ただただ途方に暮れる。勇者の落とし物(ロケット)を握って。



     ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔



 【おまけ:競技大会の後で……】


 くそ暑い中、自分はマウンテン・フォスのカラド学園に来ていた。

 文化の違いこそあれ、礼拝堂みたいな趣のある校舎。その瓦ぶきの屋根の上で工具を持つ。


「だっる、面倒くせ」


 正直に言うと修理する気力なんて湧かない。


(さぼっちまおうかなぁ)


 手を動かしつつ、よく回らない頭で考える。

 弱くはないつもりだが思考力が落ちて仕方なかった。気を抜くと意識が……。


「あ、いけね。飛ぶとこだったわ」

「おーい、真面目にやっとるか!」

(げっ暑苦しいのが来た)


 大会で即席チームを組んだスキンヘッド男・クラウドだ。

 姿が見えるだけで気分が萎える。ちょくちょく見に来て鬱陶しい。高い屋根の上からだと見晴らしが良過ぎて、探す気がないのに見つけてしまう。


(視界の端でちょろちょろすんじゃねーよ)

「うぜぇ」

「んん、何か言ったか?」

「何も~」


 地獄耳を疑ったがとりあえず問題なさそうだ。


「修理が終わったら学内配達、昼食の後は皆で掃除だからな」

「はいは~い」

「誠意が足らんぞ」

「わかりましたっ」

「宜しい。あ、そうだ。最近は暑いからな、本日のデザートはジェラートが出る」

「そすか」


 では頑張るんだぞ、などと無駄に覇気のある声で去って行く。

 本当に、なぜあんなに元気なんだよ。意味わかんねえ。思うところは多々あったが、騒がしいのもご免なので丁寧に作業する。別に慣れてるし……。


(ま、あの人達よりは全然マシか)


 修理を終えて屋根を下りた後、言われた通りに各所を回った。


「じゃあ、これ被服科によろしく」

「はい」


 女性から異様に重い箱を受け取る。

 なんだこれ、中身なんだよ。更に意味わかんねえ。

 文句を言いたい心地だが、そこは堪えて落とさないよう気をつけて運ぶ。

 受け渡し後、こっそりと周囲を気にしつつ木を登る。ちょうどいい枝に足をかけ、幹に背を預けて瞼を閉じた。


「おいコリー、休憩か? まさかサボりじゃないだろうな」

「うおっと」


 唐突に下から声が掛かり飛び起きる。そのまま滑り落ちてしまう。

 受け身を取ったが痛い。打ちつけた箇所を抑えて呻く。すぐそこにヴァルツが立っていた。


「脅かさないでよ」

「悪い。……へばってるのか」


 問いかけるような声音だ。なんとなく意味を察する。貧血だろ?


「こんくらい平気だし。そっちこそ暑くて辛いんじゃねーの?」

「別に」

「嘘つけ、雪国育ち」


 ヴァルツは北のモルダナ共和国の出身だ。

 自分が少しからかうように言うと、彼は水筒を差し出しながら――。


「関係ないだろ。ほら」

「どうも」


 有難かったので素直に礼を言ってそれを受け取った。


「それ飲んだら、さっさと終わらせに行くぞ」

「うわ、スパルタ―」

「誰がだ」


 睨んでくるが全然怖くない。互いに本気じゃないからな。

 実際、こいつは「連帯責任だ」とか言ってつき合ってくれている。正直な気持ちをいうと、ヴァルツといるのは気が楽なんだ。時々怖いけどさ。

 だから、こう言って立ち上がる。ありがとなって。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ