第28話 不測の事態
場所に乗り、王都グランオールに戻ってきた。
下車後は寮に向けて歩く。なんとなくだけど町の雰囲気が普段と違う。
(なんか人増えた?)
目に見えた変化は、街道で冒険者や騎士団の姿を見かけることだ。店の様子や人々の表情が大きく変わっている感じじゃない。
隣を見るとニーアも怪訝な面持ちで周囲を気にしている。
何があったんだろう、と話しながら学園の近くまで来た時だ。
寮の方角から鳥の影が飛んでいくのを見た。感想は不自然な鳥だな、程度。特に気にしなかった。
再び学園生活が始まる。休み明けでまだぼんやりする頭で教室へ。
室内を眺めて欠席が多いなと思う。やがて入室した教師の口から、重要な報せを通告される。
「既に知っている者はいるだろうが改めて言うぞ。3日後、都市結界の大規模な整備が行われ、一時停止する。避難の判断は任意だ」
よく考えて行動するように、と忠告された。
教室内がざわめく。混乱する人、冷静な人、怯える人と様々だ。
(だから欠席が多かったのか。でも町は全然……)
俺は思い至った考えを否定する。そう見えていただけかもしれない。
教師が場を静め、表向きは平常通りに講義や鍛錬を行われた。脳内は情報が駆け巡っていたけど、一旦棚上げして目の前のことに集中。身が入らないなんて本末転倒は絶対嫌だ。
休み時間、技巧科に立ち寄ってから蓮之介の所に行く。
人気のない裏庭で彼は素振りをしていた。拍子抜けするくらい平常通り。
「ブレないね。結界停止なんて大変な時なのに」
蓮之介は手を止め、刀を降ろして言う。
「慌てても仕方ないだろ。どのみち危険なことに変わりないし」
「うーん、そうなのかな」
考えていると彼はこちらを探るように見ている。荷物に注目しているような……。
心当たりはあった。まさかと察して言ってみる。
「新武器ならまだだよ。微調整には行ったけど」
「そうかぁって、僕顔に出てた?」
「うん、がっつり」
わざとらしい声を上げるが顔は全然笑ってない。
相手のごまかしには敢えて触れず、話題を変えて夏休みの出来事を話す。向こうの近況も聞けて、手紙は出したけど帰国はしなかったようだ。
会話の途中で木々の向こう側から音がした。風を切るような音が――。
「他に誰かいるのかも」
「ちょっと気になるよな」
遠慮がちに「行ってみる」と促し、2人して木々の合間の茂みを覗く。
再び風を切る音が響き、視界にはよく知る人物の姿が映る。
「なーんだハロルドか」
「ぐっ、よりにもよって一番面倒な奴に……」
(面倒な奴で悪かったな)
どうせ「ニーアちゃんならよかったのに」とか考えてるんだろう。
まったく思考がバレバレなんだよ。俺だって、こんな所で特訓しているなんて思ってなかったさ。
「弓の特訓か。精が出るな」
隣で様子を見ていた蓮之介が関心した風に言った。
するとハロルドは自信満々に胸を張る。
「当然ですよ。僕は優秀な冒険者候補だからね」
「わぁ~生意気」
「君こそ」
久々に睨み合ったが優秀なのは確かだなんだよな。
語学に関しては変わらず上だし、大会では悔しい思いをさせられて。思い出しただけで悔しさで腹が立つ。今すぐ叫び出したい。
「どうどう落ち着け~。その調子じゃ持たねぇぞ」
「わかってるよ、もう」
「剝れるなよなぁ」
「はっはっは、早速迷惑をかけてるじゃないかエミル」
「何をー!」
「はぁ、ダメだこりゃ」
すぐ横でため息が零れるのを聞きつつ、俺はしばしハロルドと睨み合った。
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放課後、寄り道がてらにニーアと町中を歩く。
彼女の勧めで雑貨屋を見て、俺は武器屋の前でちょっと足が止まったり。そんな中でふと通りがかりの会話が聞こえてくる。
「結界停止なんて大変なことになったね」
「けど、私は信じてますよ。騎士団や冒険者がいますし」
「確かに今までないことだが、慌てて飛び出すよりずっといい」
「ええ、避難中に襲われたらって考えたら……」
道端で飲料や軽食を片手に話す内の1人が身震いしていた。
少し歩いた先では、これから避難するのか、大荷物を背負った人々がいる。必要最低限の物を抱えている人もいて、誰もかれも護衛らしき人は殆ど連れていない。
(そっか。非常事態で割ける人員が限られてるんだ)
だから危険でも残る人がいる。避難を選んでも安全とは限らないから。
市民達は各自の判断で、己の安全を天秤にかけているのだろう。判断を信じて行動するしかないんだ。彼らを見て、少しずつ実感が湧いてきた。
結界停止の前日、昼休み。俺は1人で食堂に来ていた。
料理を載せた盆を持って歩く。向かう途中で通りかかった席に偶然目が留まる。大会ぶりに見たコリーだ。つい視線が彼の手元の料理、レバーと野菜の炒め物にいく。
(またレバー食べてる)
露店で見かけた時も串焼きを買っていた。好きなのかな。
視線を感じたらしい彼が手を止め睨んでくる。
「何じろじろ見て。うぜぇ」
「ごめん」
「悪い、待たせた」
謝るのとほぼ同時にヴァルツが盆を持ちやって来た。
コリーは彼に向け、だるげな笑顔を見せて言う。
「ううん、先に食べてたし」
(今の内に行っちゃお)
そろっと場を後にする最中、2人の会話が聞こえてくる。
「今日の何選んだ?」
「ああ、これ」
「ひゅ~報酬いいじゃん」
「相変わらず金に目がないな」
「まぁ、さっさと突きつけて開放されたいからさ」
最後のほうは聞き取り辛かったけど、依頼の話っぽい。
進行方向から俺を呼ぶ声がした。トーマスが手招きして、ニーアと蓮之介も同席している。席に着いた時には不良達のことは頭から抜け、皆で楽しく食事をした。
片づけ後はそれぞれの用事で別行動。俺は依頼をしたくて掲示板に向かう。
学内の掲示板まで来て依頼書を眺める。
こんな時でも依頼の内容はさして変わらない。1人でやれそうな雑用系の依頼を選んで手に取った。事務に行ってから校舎を出て駆け足。
外を歩く生徒の背中が見え、彼が不意に足を止めて空を見上げる。
(あそこにいるのって、ハロルドのチームメイトの?)
声を掛けるほどじゃないと、通り過ぎようとした瞬間――。
「まさかあの人が……」
(えっ)
聞き間違いだろうか。そのまま学外に駆けて町を行く。
今日は冒険者や騎士団の姿が少ない。目的地を目指しながら意味深な言葉の意味を考える。あの生徒はギルバートだったと思う。彼は上を見ていた。
だいぶ学園から離れても頭から離れない。あまりに不自然で気になる。結局、今更と感じつつも上を見上げ、俺は目を見開く。
「あれ、今なにか」
小さく呟いて足を止めた。雲と光が邪魔でちょっと見辛い。
目を細めつつ位置を調整して睨む。何か小さな影が見える。鳥、にしては妙だ。動いているから生物なのは間違いない。
もしや人かと推測していた時、唐突に結界が停止した。
「えっ何」
「おい、結界消えたぞ」
「嘘でしょ。明日じゃなかったの」
周囲がどよめいた。確かに予定と違う。
耳から人々の様子を受け取りつつ、空を睨み続けると、ついに空の一部が歪み大量の影が降り注ぐ。
(魔物だ!)
近づくにつれて影の正体が鮮明になる。
半分以上が翼を持たない個体で、成す術もなく落下してきた。
「ま、魔物だぁ」
「空から、なんで!?」
「これは……。おい、外回りに出た部隊を呼び戻せ」
「逃げろ」
「こういう時はええっと」
「皆さん落ち着いて下さい。学園や闘技場へ避難を!」
一気に場が騒然となり、人々が慌ただしく動き始める。
再び空を確認する余裕はなかった。とにかく今は人々を助けて学園に戻るべきだ。一瞬の放心を経て、即座に気持ちを切り替える。
しかし人々の波と、魔物の群れに進路を塞がれまっすぐ戻れない。
(遠回りになるけど仕方ない)
既に戦いが始まり、各所で悲鳴と戦闘音が響く。
けれど応戦者はまだ少ない。不測の事態で浮足立っているんだろう。俺だってそうだ。騒ぐ感情を胸に町中を突き進む。
「えぇぇん、ママ」
目の前で人形を抱えて大泣きしている少女。魔物が近づいていく。
「危ない。雷よ」
突っ込みながら魔法を放つ。雷で貫かれ怯んだところにとどめを刺す。
武器を収めてから、魔物の死骸を隠すように立ち少女に向かう。少し姿勢を落として話しかける。
「怖かったね。大丈夫?」
「うっうぅ」
少女は涙を止め、身を震わせ立ち竦んでいた。
「ここは危ないから逃げよう」
「マ、マがっ」
「うん。一緒に探そうね」
気持ちが逸って声を遮りそうになった。努めて堪えるけど難しい。
相手が何とか頷くのを認め抱きかかえる。ぎゅっとぬくもりが縋りつく。しっかりと手を回して、俺は魔物が徘徊する町中を走った。
「迷子のお母さんどこですか~」
魔物への対処と人探しを並行する。基本的に戦闘は避ける判断だ。
理由は簡単で迷子の安全が優先だから。正直にいうと、この子を抱えながら戦うのは厳しい。接敵せず、止むを得ない場合は魔法で牽制。
(体力きつ。仲間欲しい)
迂回しての道中はきつかった。思うように進めないのが辛い。
散乱物と倒木で悪路と化した道を進む。次第に女性の、誰かの名前を呼ぶ声が聞こえてくる。近づいていくと母親らしき姿が見えた。互いに気づいて合流する。
「ママッ」
「ああ、よかった。無事だったのね」
「合流できてよかった。今はとにかく逃げよう」
母親が頷き、我が子を抱きかかえた。
安心するのはまだ早い。俺は親子を護衛しながら行く。
彼らが置き去りにならないよう、走る時も速度に気を配らないといけなかった。
(すっかり逃げ遅れちゃったな。でも見捨てられないよ)
足が遅くなっても確実に歩みを進めていく。
道を選びながら建物の角に差し掛かった時だ。屋根の上に獣の影が現れ怖気が走る。直後、影が動き俺はそちらへ視線を向けた。
「グルァーッ」
飛び掛かってくる魔物に全身の血の気が引く。
俺は親子を守るため武器に手をかける。だが、とても間に合わない。




