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幕間06 天国と地獄、落ち転じまして

別の話を執筆中、急遽挿入することにした幕間です。

初期プロットでは描くか迷っていたエピソード。設定資料を読まれない方もいると思うので、考えた末執筆するに至りました。心の準備は大丈夫ですか?

 わたくしは8歳の誕生日に両親と旅行に来ていました。

 正確にいいますと、現地に着いたのは前日です。とても浮かれていたんですの。


「マリー、楽しいのはわかるが転びますよ」

「迷子にならないようにね」

「はい。お父様、お母様」


 大好きな両親。振り向くと優しい笑顔。

 町の至る所にある芸術品は、とてもキラキラと輝いて見えました。


 明日は最高の日になる筈と疑いませんでしたわ。

 だって今、こんなに楽しいんですもの。一緒に旅先を歩いて、景色を眺め、遊びや食事をして、ちょっとの我が儘も聞いてくれる。


「お父様、あれ。あれを食べたいですわ」

「パフェかぁ。美味しそうだね」

「ねえ、早く行きましょう!」


 父の服の袖を引き急かしました。


「わかった、わかった」

「あらあら。今日はいつにもまして甘えん坊ね」

「いいじゃないか。明日はこの子の誕生日だ」

「もう早く行きましょうよ~」


 2人は微笑えんでいて、一緒にパフェのお店まで行きます。

 旅行先での1日はあっという間でした。大きなお風呂がある宿で、のんびりとした時間を過ごします。  

 壁にかけられた森の女神様みたいな絵画。行き交う人の鮮やかな衣装。お部屋に着くと、今日見たものを母と楽しくおしゃべりしました。

 夜が深まってきて「おやすみ」と告げて眠りについたのですわ。



 けれど大きな音が聞こえて目が覚めましたの。

 重い瞼を擦りながら開け、薄暗い中を歩いて光の漏れる敷居の向こうへ。


「ん~」

「マリー! 来ちゃだめ」

「ちっ、ガキもいたのか」


 母の切羽詰まった声に眠気が吹き飛びました。

 直後、わたくしは目を見開きます。身体の奥が冷たくなるようでした。なぜなら父が、父が倒れていたのですもの。その傍に刃物を持った知らない男の人もいて――。


「あ、あ……」


 がくがくと足が震えて動けません。根が生えているかのよう。


「騒がれたら面倒だな」

「止めて。娘に手を出さないでっ」


 眼前に割り込んだ母の悲鳴。床の倒れ、そのまま動かなくなりました。

 視界が歪む。けれど頬を伝うものはありませんでした。駆け寄りたくても身体は石のように動かず。そして男がどかどかと歩み寄って来ます。わたくしは祈るように全身へ力を注ぎました。


 男が持っていた刃物を振り上げます。

 動いて、動いて、動いて。お願い、声を出して、誰か助けて!


「ひぅ」


 ずるっと足が後ろに動いたと思えば、滑って転びました。

 おかげで刃物はわたくしの顔のすぐ横を掠めます。髪が切れた感覚がしました。

 床についた手に髪が触れる感触。その時です。視界に何かが被り、頭の中にある光景が浮かんできて――。



     ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔



 バサリ、と髪を引っ張られれハサミで切られる。

 目の前には同級生の女子達。学校の中で私は囲まれていた。


「わぁ美咲(みさき)、超ぶさいく。でも似合ってるよ~」

「どうしてって顔してんね。相澤(あいざわ)さん、アンタさ、先生の前でいい顔して。正直ウザいんだよねぇ」

「優等生演じて点数稼ぎしてるでしょ」


 私は殆ど声にならない声を漏らす。

 逃げようにも、周囲をがっちり塞がれていて逃げられない。他に人がいない一室で、完全に行き場を失っていた。


「なぁに、文句でもあんの?」

「言ってみなよ。聞いてあげるからさ」

「や、やめ……」


 喉に何か詰まっているよう。全身が熱を持ったようだ。


「聞こえなーい」

「もっと大きく」


 1人が耳元で囁いた。肌を撫でた息に怖気が走る。


「でもさ、これじゃバレるんじゃね」

「確かに。ならほら」

「あっ」


 また髪を掴まれ乱暴に切り揃えられた。

 ひそひそと笑う彼女達は「可愛い可愛い」と言ったり、スマホを取り出して「せっかくだからビフォーアフター披露しよ」などと言っている。

 どうしても「止めて」の一言がつっかえて出てこない。そこに扉を開く音が響いて紋崎千尋(あやさき ちひろ)が入ってきた。

 私は一縷の希望を込めて見つめる。周囲の女子達が振り向く。


「ご、ごめん」


 逃げ去って行く千尋。待ってという間もなかった。


(そんな、親友だと思ってたのに)


 せめて先生を呼んできてくれれば……。

 ううん、無駄だ。こんな時本当に頼りになるのか。

 やがて女子達はスマホを見て、用事を思い出したように解散する。

 またね、という明るい声音が、私には「バラしたらわかってるよね」と聞こえた。



 家に帰っても両親は共働きで帰ってくるのが遅い。

 無様な姿を見られない安堵と、助けて欲しい気持ちと、困らせたくない気持ちとが複雑に入り乱れる。相談したらこの現状は終わるのか。それとも更に激化してしまう?


(もう何がなんだか。どうしたらいいかわかんないよ)


 翌朝、起きてリビングに行くと支度をする母がいた。

 今日も早いらしく食事の支度をして既に家を出るところだ。


「美咲、髪型変えた?」

「うん。ちょっと」


 力なく応え、私は迷う。思い切って言うかどうか。


「あ、ごめん。もう行かなきゃ」

「そうだね。行ってらっしゃい」

「行って来ます」


 結局、忙しくする姿を見て言葉を飲み込んでしまった。

 父は昨日は泊りだったみたいだ。帰ってきた痕跡がない。別に珍しいことじゃなかった。

 静まり返った部屋にただ1人。寂しいなんて感じる余裕はない。今思うのは、学校に行きたくないってことだ。時が進んでいく時計をぼんやり眺めた。


(あぁ、そろそろ出ないと……)


 でも、と重くなる身体をどうにか動かす。遅刻ギリギリになりながら登校した。



 そうして日々が過ぎていく。

 私はある夜、ふらっと適当な建物の屋上に足を運ぶ。

 喧騒のない静かな夜風に肌を撫でられながら柵を乗り越える。空へ足を延ばし、そして――。



     ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔



 次から次へと呼び起こされる光景。目の前の状況。

 わたくしは困惑し、泣き叫びました。その瞬間全身に更なる熱が迸ります。


「くっ、炎だと。こいつ能力持ちだったのか!?」


 遠くで複数の足音を聞いた気がしました。ついでに男の声も。


「仕方ない。とっ捕まるのは御免だ」


 ぐちゃぐちゃの思考の中、ガラスが割れる音と扉が開く音が聞こえて。

 そのまま泣き続け終いには意識が真っ暗になったのです。



 長い間、身体の奥が熱くて仕方がありませんでした。

 ようやく熱が引いて目が覚めると、わたくしは知らない場所に横たえられていたのです。ここは病院なのかしら。きっとそうでしょう。


「ローズマリーちゃん、おはよう。気分はどう。痛い所や苦しい所はないかな?」


 看護師が優しく嬉しそうな声音で話しかけてくれました。

 何度も瞬くわたくしに、彼女は母のような雰囲気で対応してくれます。知らない感情が喉の奥からせり上がってきました。衝動というべきかしら。とにかく叫び出したい心地でした。

 必死に堪え続ける間、看護師はそっと寄り添ってくれたのですわ。


 それから時が過ぎ、事件の事情聴取を始まって少し経った頃。

 アクアリオに住んでいる父方の叔父様が駆けつけてくれました。見覚えのある顔が目の前に来ます。そっと膝を折り、包むように手を握ってきて。


「遅くなってごめんね。怖かっただろう」

「叔父様」


 まっすぐ向かい合い、わたくしは絞り出すように言いました。


「我慢しなくていい。泣いていいんだよ」

「う、うぅひっく」


 穏やかな声でそう言われ、呪縛を解かれたように涙が溢れ出します。

 止められませんでしたわ。叔父様はふわりと優しく、ぬくもりが感じられるくらいにはしっかりと抱き締めて背をポンポンと叩きます。


「よいよし辛かったね」


 しばらく胸の中で泣き続け、落ち着いた頃に彼は離れて言いました。


「ローズマリーちゃん。一緒に暮らそう」


 妻もそう望んでいる、とゆっくり言います。

 こうして、わたくしは叔父夫婦の家に行くこととなったのですわ。



 叔父夫婦とともに水の都アクアリオで暮らし始めました。

 未だ両親を殺した犯人は捕まっていません。記憶の整理がついて来ても、気分は晴れませんでしたわ。心を鎮めるために1人海へと足を運びます。


(叔父様達はとっても優しいですけれど……)

「はぁ」


 ついため息が出てしまいました。思考はぐるぐるとめぐっています。

 前世、とでもいうのかしら。相澤美咲(あいざわ みさき)という少女の短い人生。おかげでちょっとだけ大人になった気分ですが、正直あまり知りたくない内容でしたわ。

 余計な知識まであって、中には理解に苦しむものまで含まれていたのです。


(転生時に神様と会うだなんて、誰が考えたのかしら)

「♪~♪」


 自分で自分の記憶に呆れる、という奇妙な心地になっていた時でした。

 神秘的で清らかな歌声が聞こえてきたのです。導かれるように海岸へと足を運び、そして――。


「ひ、人が、歌いながら流されてますわ!」


 慌てふためき水面を漂う人影に駆け寄ります。

 てっきり溺れているのかと思っていました。けれど人影は尾鰭を持っていたんですの。


(人魚族、初めて見ました)

「あ……」


 美しい青い髪をした、人魚の少女がこちらに気づき振り向きます。

 唖然とした顔で声を零したまま固まっていました。目があって感じたもの。なんという運命なのでしょう。そんな言葉が似合う感覚でした。

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