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幕間05 ハロルドの学園生活

 水の都アクアリオ、美しく芸術的な水路に彩られた地。

 ランカディア王国の最も東に位置している。海に面し、大型船が停泊可能な港、統一感を感じられる建物の景色が素晴らしい。


 その美しさはウォラシオ学園にも反映されていた。

 白と青を基調とした清涼感に溢れた外観。内装の品よく爽やかで心地よい。在校生は校舎に合わせた白と青系の清楚な制服を纏っている。他では見られない一体感を感じられた。

 広々としたプールで人魚族の生徒達が戯れている。乾燥を嫌う彼らにとっては必要な行為だろう。魔法薬で多少の対策ができても、だ。


(やはりグランデール学園とは違った趣があるね)


 ニーアと話せないのは寂しいが致し方ない。

 僕は目的の1つを果たすべくプールの方へ歩み寄った。1人の少女の前に立つ。


「ごきげんよう。お寛ぎのところ失礼します」

「ふふ、ごきげんよう」


 青髪の人魚族である少女・ヴォイス=メシィフェカが微笑む。

 神秘的な銀の瞳がまっすぐ見つめてくる。うっかり魅了されてしまいそうだ。

 しかし僕は一途を貫く。気をしっかり持ち事に当たらねばなるまい。そう決して惑わされ、甘美で卑猥な空想に現を抜かしたりしないのだ。


(だとしても、これは……)


 水に半身を浸かり見上げてくる少女。尾鰭が水面近くを優雅に遊んでいた。

 誘うかのような上目遣いで、腕輪が煌めく腕を組んで縁に寄りかかっている。髪と同様にサファイアの光沢を放つ鱗が艶めかしい。

 遊泳中の人魚族は煽情的だと聞いていたが本当だったとは――。


「どうしたの?」

「や、いや、理解はしているのだよ。そう特別な意味は」

「口に出てるよ」

「なっ」


 咄嗟に口を塞いだ。心の声、僕の理性と羞恥心が破裂してしまう。

 メシィフェカが微笑んだまま声を漏らす。


(なんと美しい旋律なのだろう)

「いや違う。僕はこんな体たらくを晒しに来た訳ではないのだ」


 口を閉ざしていた手は拳を握っていた。気づいた頃にはもう遅い。


「ひょっとして癖? 面白い人」

「誤解しないでくれ。いいや、違う。僕は君を勧誘しに来た、のです」

「もう崩壊しちゃってるね。言葉の世界が」


 本気で頭を抱えた。どこで間違えてしまったのか。普段の調子が出ない。

 一度空回りしてしまうと止まれず、ずるずると墓穴を掘りまくっている。なんと不甲斐ないのだろう。教養が崩れ去っていく。


「お待ちなさい! そこの貴方、わたくしの相棒に何してますの」

「ひゃっ!?」


 素っ頓狂な悲鳴を上げてしまった。だが知った声に振り返る。


「白昼堂々とナンパなんていい度胸ですわね」

「決して不埒な考えはなく。そもそも口説くのに時間は関係ないのでは……」


 ローズマリーはわざとらしく咳ばらいをした。

 可憐で麗しい巻き毛の少女。凛々しく意思の強さを感じさせる。最初の印象通りに振舞う姿と、仲間を思う心が美しい。


「それで、メシィフェカに何のご用かしら」


 ひとまず落ち着いた様子を見て、僕も気を取り直す。


「貴方と出会えたのも何かの縁。どうか2人を仲間に迎え入れたいのです」

「要するに手を組みたいということですわね」


 どうするか、と傍らの少女と意見を交わしている。

 焦らず紳士的に答えを待つ。しかし時は残酷、講義に遅れると声がかかってしまう。ローズマリーが「またの機会にしましょう」と検討の意を示しつつ、友を連れ立ち去ってしまった。



     ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔



 勧誘は一旦保留にしておくとして、もう1つの目的を果たすとしよう。

 それはウォラシオ学園限定の講義。特別講師を招いての、不定期かつ短期開講の「エルメシア発掘講座」だ。偶然にもローズマリーが参加していた。

 半円に並んだ階段席と、教壇の間に大きな机が置かれている。


「貴方もホネスティ先生の講義を受けるのですか」

「ええ、神祖族にまつわる貴重な話が聞ける機会だからね」


 エルメシアとは魔導王国のことだ。つまり神祖族に関連した内容といえる。

 適当な席につくと予鈴が鳴り講師が入ってきた。セミロングの白金の髪に、ラピスラズリの如き青い瞳。肌まで白さが際立つ人間族の美男。

 上品な服装と所作、身だしなみの良さに好感が持てる。


「ごきげんよう。エルメシア文明に興味を抱いてくれた生徒諸君。大変、素晴らしい心がけだ」


 優雅に挨拶を述べた特別講師、ナルシス・ホネスティ。

 事前の紹介文ではローデリム合衆国に在住。遥々海を渡って来てくれた人だ。


「短い期間になるが、有意義に学びを得てくれることをワタシも望んでいる」

(ローデリムはきな臭い話も聞くが悪い人ばかりではない)


 今は魔王という君主のもとで団結していると聞く。

 最も肝心の魔王は表舞台どころか、素性・素顔などが謎に包まれているが……。


「早速本題に入ろう。諸君はどこまで魔導王国エルメシアのことを知っているかな」


 問いかけるような文言に沈黙で返す。皆の表情を流し見て講師は頷いた。


「宜しい。では基礎から順に、実物を踏まえて解説していく」


 洗練された美の指捌きで黒板に文字を刻んて行く。

 僕は食い入るように、されど表情には出さぬよう耳と目で学ぶ。


「諸君もご存じ、魔導王国は神祖族が築いたものだ。神祖族については生態や文化など多くが謎に包まれている。伝承では原初の民という説があるね」


 神祖族が現存しているかは定かじゃない。だが講師は「いる」と断言した。

 しかし実在するとして、確証を得るのは難しいだろう。話を聞く限り彼らは人や動物に変身できる。会うたびに姿を変える存在をどう判別すればいいのか。


「神祖族には始祖がいるという話だ。それは彼らの頂点たる存在、至高の王。始まりから終わりまでを見届けた唯一王の存在を諸君らは信じるか?」

(話が壮大かつ飛躍してきたな)

「でも先生、魔導王国は大昔に滅びたんですよね」

「その通り! およそ1万年前の大厄災が原因とされる」


 大厄災に関しての記述は殆ど残されていない。にわか知識だけど……。

 講師は熱量をそのままに技術面へ語りを進めた。その中でも興味深いのは仮想領域と、エルメシア文明のものと推測されている遺跡についてだ。

 中央の大きな机に魔装や発掘品を並べられていく。席を立つことも許可された。他の生徒とともに歩み寄り並べられた品々を観察する。


「なかなかに美しい品だろう。この独特な芸術性も魔導王国の魅力さ」


 確かに不思議な模様が描かれれていた。装飾か、魔法のようなものか。

 熱心に机上を眺める生徒の傍らで講師が熱弁を振るう。


「彼らは長きに渡って繁栄し、各地にその痕跡を残している」


 冒険を通じて目にする機会がある筈、と講師は言った。

 時間がきて第1回目は終了。まだ始まったばかりだが、実に好奇心をそそられる内容だ。

 次の講義に向けて移動する者。時間に余裕がある者は講師に話しかけていた。片づけの片手間に対応する姿も優雅で好ましい。


 持ち物をまとめて教室を出る。

 空き時間に図書室を利用し放課後は弓の稽古に励む。

 夜、寮の部屋に戻った時、ギルバートが窓を開け手紙鳥を飛ばしていた。気には留めても言及せず、僕は自分の机に向かい雑誌を広げる。



 日を改めて他学科の区画に足を運ぶ。

 ローズマリーは冒険科だが、メシィフェカが医療科なのだ。グランデール学園と違い、ここは冒険科と医療科のみ。


(おや、あそこにいるのはローズマリーさん)


 進路から外れた廊下の先、親しげな様子の人物に目が留まった。

 相手は特別講師のナルシスだ。しかし特別気に留めることもないだろう。


(いけない。時間は有効に使わねば)


 すっかり止めていた足を再び動かす。

 そっと覗いた医療科の様子はグランデール学園と大差ない。

 薬品や草の匂いが漂い、清潔感のある内装には、研究や実験に使う道具が整然と並ベられている。静かに勉学へ向かう姿勢は、心地の良い緊張感を保っていた。


「失礼、ヴォイス=メシィフェカさんはいるかな」

「いるよ。呼んでくるね」

「ありがとう」


 近くの生徒に頼んで待つ。ほどなくして彼女が歩いてくる。


「やぁやぁ、お待たせ」

「こちらこそ突然の訪問を失礼するよ」


 独特な明るさを含んだ文言に笑顔で応じた。

 長居するつもりはない、なので単刀直入に用件を告げる。


「宜しければ放課後、お茶をしに行きませんか。もちろんお友達も一緒に」

「ローズマリーも? 聞いてみる」


 返事をお待ちしている、と丁寧に伝えて講義に向かう。

 普段通りに日程をこなしていき昼休み。食事に行こうと席を立った時、ローズマリーが歩み寄ってきた。お茶の誘いを受けてくれるそうだ。

 気分が上がり、その後は調子良く勉学と稽古に励めた。



 放課後、彼女達と町を歩いて喫茶店に入る。

 事前に調べた通りの洒落た内装。視覚的に癒されながらも、適度な刺激を与える華やかさが良い。女性が好みそうな店を選んだつもりだ。


「良いお店ですわね」

「うん、いい感じ」

「それは選んだ甲斐があるよ」


 それぞれに注文した後、幾らか会話を楽しむ。雰囲気は悪くない。


「ところでハロルドさんは、なぜ冒険者を目指していらっしゃるのかしら」

「始めの頃は冒険を通じて、遠方の人々と交流したいと考えてた」

「今は違うんですの?」

「無論根本は変わってない。ただ父や兄が遠方に向かわれる時の護衛ができればと」

「まあ、立派な心掛けですわ」

「傭兵おらぬ異邦の地。されど旅人が担う、遊撃の騎士」

「勇ましくも独創的な解釈の詩だ」


 澄んだ声で紡がれる言葉に耳を傾けつつ思う。ヨウヘイとは何だろうか。

 悩んだ末、この疑問は胸にしまうことにした。ティーカップを掴みお茶をひと口飲む。眼前では少女達が色の小箱の如き菓子を匙で食べている。

 穏やかな時間の中、麗しい乙女達に向けて何とはなしに聞く。


「僕からも冒険者を志す理由を聞いてもいいかな」

「構わない」

「当然の質問ですわね。ただ、あまり楽しい話ではなくてよ」


 ローズマリーが一瞬だけ周囲に目を滑らせた。人目を気にしているようだ。


「ここでは差支えのない範囲で、僕が手伝えることならば後日に……」

「ありがとう。――わたくし、どうしても探さなければならない人がいるのです」

「あたしは親友の願いを叶えたい。ううん、叶えなくちゃいけないの」

「どうも只ならない事情らしいね。わかった、じっくりいこう」

「ええ。そうして頂けると助かりますわ」


 自らお茶を濁してしまったことを謝罪し話題を変える。

 暗い空気を払拭させ再びカップに口をつけた。その後は絶妙に話題を避けつつ、互いのことや巷の噂などを話す。楽しい時間というのは瞬く間に過ぎるものだ。

 こうして僕の国内留学は続く。短い期間を存分に活用すべく意欲的な行動を心掛けた。

 あれれ? 変更した結果、なんか前言撤回したような内容に……。

 何はともあれ、ハロルド視点で他校の様子をちらっとお届けする流れとなりました。構成・展開の都合でエミルは行けないのでこのような形にした次第です。(おかしな所はないよな、とビクビク)


 さて、そろそろ多作品の更新もしていかないと……。

 そうは思いつつ案はあっても、物語化するのが大変で苦戦している状況。出来上がったら投稿しますのでお待ちいただけると助かります。

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