第17話 開幕、競技大会!
久しぶりの晴れた日、裏庭で俺は蓮之介と魔法の勉強をしていた。
事前に調べた適性は高くない。でも魔力はあるんだし、威力を求めなければ可能性は残っている。進歩は芳しくない。
「ちょろっとも出やがらねぇ」
「あのさ、今更だけど魔法を何に使いたいの」
なんとなく気になって問う。
「一言でいうなら憧れ。まあ、戦闘で使うのは諦めたけど……」
「諦めちゃったんだ」
「仕方ないだろ。教師に匙投げられちゃあな」
「へ、へぇ、俺で務まるか心配になってきたよ」
(自信ないけど俺が諦めちゃダメだよな)
なんとか方法を、と借りてきた本を捲りながら考える。
精神力は申し分ない。初級程度の知識なら頭に入っている様子だ。ならばどこで躓いているのか。問題点を探っていると予鈴が鳴ってしまう。
残念に思いながら慌てて練習を切り上げる。夢中になり過ぎた。確実に遅刻だ。
今回の講義では、冒険に役立つかもしれない技を教わる。
内容は必ずしも冒険者に特化したものばかりではない。備品である縄を手に、習いながら梯子造りや投げ縄などを学ぶ。細い紐を縄にする作業まで実践した。
「じゃじゃーん。見て、ハンモック完成」
「器用だな。サバイバルでもしてたのかよ」
野山を遊び場にしてたからと俺は胸を張る。
感心を示す蓮之介の手には履物っぽい物が握られていた。
「レンも凄いじゃん。作り方が読めないや」
「へへ、これだけは爺やに教わって覚えて来たんだ」
「な、なぜ作れる!?」
すぐ傍で作業していたハロルドが覗き込んできて言う。
あまりの驚きっぷりに手元を見るとぐちゃぐちゃだった。完成形がわからない。
「ハロルドは不器用過ぎるんだよ」
「こんなの必要ないだろう」
「えぇ、道具がない時はどうするのさ」
「そうそう。覚えねーと旅はできねぇぜ?」
「バカな……」
表情は強張り青ざめている。大げさに言い過ぎたか。
さすがに悪い気がして慰めた。不器用でも形になるようコツを教えつつ学習は続く。途中、唐突にフェロウの奇声が上がる。
「そこー上手くできないからって暴れない」
だるげな教師の注意が飛ぶ中で順調に講義は進んだ。
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雨季が明け、ついにこの日がやってきた。
秋の文化祭ほどではないが他所から人が集う競技大会。
場所は学園外にある闘技場。開催日は2日あり、1日目は全校生徒が参加する一般競技。2日目は個人エントリー性の闘技という時間割だ。
「高得点とるぞー! ハロルドには絶対負けない」
人々の熱気に気分が高揚する。色で組み分けされ、俺は赤。
「燃えてるねぇ。それで、お前のライバルはどこだ?」
「白組。俄然やる気出ちゃうよね」
蓮之介とニーアは同じ色だ。チームだからかな。とにかく嬉しい。
情熱を爆発させていると背後から声がかかった。顔を見なくても誰かわかる。
「今日こそは僕の実力を思い知らせてあげるよ」
「来たな。ハロルド、とあれ?」
「紹介しよう。彼はギルバート、僕のチームメイトさ」
「ども」
身長の割に逞しい体格の男子生徒が会釈した。
人間族で茶髪に空色の瞳だ。素朴な印象と言うか、目立った特徴がない。落ち着いているってことかも。挨拶は簡潔で自己主張してこなかった。
互いに自己紹介を済ませ、早速火花を散らし合う。
「熱くなるのは良いけど敵は他にもいるぞ」
蓮之介が周囲を示しながら告げた。言われて見回す。
(他校生、どんな人がいるんだろう。あっ、制服に鎧?)
偶然視界に入った少女に目が留まる。なかなかに目立つ。
キャラメル色の巻き毛に珈琲色の瞳をした人間族。鎧は軽装っぽくて上半身のみだが、何か不思議なものを感じた。装飾だろうか。普通じゃない感じだ。
形容しがたい気持ち悪さを感じていると、蓮之介がこそっと耳打ちしてくる。
「それ本当!?」
「マジ、気をつけろよ」
一度外した視線を再び彼女に向けた。振り向かず歩き去って行く。
「凛々しい雰囲気のする方でしたね」
「うん」
(青組、要注意だな)
ほどよく闘志をぶつけ合った後、ハロルド達とも別れて整列する。
開会式が終われば、いよいよ競技開始だ。赤・青・白・黒がそれぞれ鬩ぎ合う。一部の競技を除き、武器や魔法、能力の行使は許されていない。
種目は短距離走・リレー、ウィンドキャリーと続いて――。
「♪~♪」
楽器の音を彷彿とさせる歌声。独特な詠唱法ってところか。
操り手は人魚族の少女。制服を着ており、サファイアの如き青髪と銀色の瞳を持つ。耳の形状が鰭型なのも特徴的だ。これは自力で変身できない種族に現れる。
「俺、人魚族なんて初めて見たよ」
「水の民は陸で暮らすこと自体少ないもんなぁ」
「レンの故郷でもそうなんだ」
「ああ。沖を泳いでるのを見たりはするけどな」
奏でるような調子でウィンドキャリーを制する少女。
鎧を着ていた巻き毛の少女と親し気にハイタッチしていた。同じ青組だからか。
「午前の部は以上になります。皆さん、しばし英気を養って下さい」
「さて、昼飯にするか」
俺は同意して一緒に歩き出す。ニーアも一緒だ。
皆が好きな場所で昼食をとる中で、俺達は偶然にも1人の男子生徒と遭遇した。
闘技場の近くにある露店でレバーの串焼きを買っている。茶髪に緑の瞳、人間族で覚えのある顔。気だるげでちょっと行儀が悪い。
「げっ」
「人の顔みて最初の反応がそれか。ちったぁ隠せよ」
「あーはいはい。すんませんねぇ」
仕方ないといった様子の言動で蓮之介が話す。
俺は短い間考えを廻らせ、ようやく1つの出来事を思い出した。
「初日の不良!」
「ちっ、面倒くせ」
もの凄い小声で言っていたが聞こえてしまう。
記憶が確かなら取り巻きっぽいほうだ。考えてみたら同じ学園生。参加していて当たり前だよな。今まで意識してなかったけど、腰にトンファーを装備していた。
(この人近接型だったんだ)
武器からおおよその動きが想像できる。でも競技に関係ないかな。
「なにジロジロ見てるんだよ」
「ごめん」
「いやぁ、この時期の学生さんは血気盛んだね。好敵手ってヤツかな?」
見かねたのか。急に露店のおじさんが口を挟んできた。
「はい、つい熱くなっちゃうんですよね」
俺は目を丸くして驚く。きっと他の2人も同じだったろう。
あまりの豹変ぶりに頭の中が真っ白になった。絶句したまま凝視する。笑顔、声音、がとても同一人物に思えない。
「コリー、ここにいたか」
「ヴァルツ! うん、今行くよ」
放心気味の意識に、またしても見知った顔がと飛び込んできた。
もう1人の不良だ。グレーの髪に青い瞳で、腰にはバッグとサーベルをつけている。合流した彼らは一瞥をくれ、何も言わずに歩き去って行く。
(意外と普通?)
第一印象は悪かったが友達に対しては変わらない様子だ。
店主とのやり取りを見て、外では案外大人しいのかもと俺は思った。
昼食を済ませて午後の部が始まる。
幾つかの種目の後、アクロバットリングという競技。
これは障害物を乗り越え、利用してリングを潜り点数を稼ぐ。リングごとに点数が違って空中にある物まであった。直接攻撃は反則だが能力の行使は許可。
身体機能なら制限自体ない。よって人選はおのずと決まってくる。
「腹ごなしにピッタリだにゃ」
「今年も圧勝しますわ」
黒組で意気込んでいるのは猫系の獣人族。青組は例の巻き毛の少女。
「翼ある者の誇りを見せようぞ」
「強敵揃いだな。でも負けない」
白組はカラド学園生らしき鳥人種。赤組は犬系獣人族のトーマスだ。
他にも何人かいるのだが注目すべきはそこじゃない。ざっくり見回してつい声に出す。
「ちょっと白組が有利過ぎない!?」
「それはどうかな。他も相当ヤバいぜ」
「でも赤組が一番不利だと思う」
トーマスの身体能力を侮っているんじゃない。あれ、けど黒組も……。
明らかに空を飛べる奴と、陸上を走るしかない種族では状況が違う。勝てる気がしなかった。
「最初から諦めちゃダメです。精一杯、応援しましょう」
「う、うん。頑張れ!」
各陣営から声援が飛ぶ。合図が出て、競技開始だ。
そびえ立つ足場つきの柱。至る所に浮いた風船や渦巻く風塊、垂れさがる縄。高低差のある舞台を縦横無尽に駆け巡る姿に熱い視線を送った。
トーマスは手堅く下方のリングから順に攻めて行く。
翼をもって飛翔し上を目指す鳥人族の生徒。驚くことにそれを追う影が1つ。適度に障害物を利用しながら宙を駆けあがる猫人だ。
(あの動き、もしかして)
見えない足場を踏み行くその様は、空中散歩をした夜を思い出させた。
「高得点で差をつける、にゃっ」
リングまであと少し、という所で遮る影。
衝突を避けるために空中回転して着地した猫人。失速した隙を勢いよく飛び抜けていく。その影は1人の少女だった。俺はあんぐりと口を開ける。
鎧の背部から伸びる翼。燃える炎の如きグローブ。特異な装いだ。
「これは珍しい。鎧型の魔装ですか。魔導王国時代の遺物、継承が途絶えた筈のものにお目にかかれるとは。しかも魔力だけでなく能力とも連動している様子」
「はへ~魔装なんてあるんだ。て、誰!?」
隣で随分と大きな独り言を聞き振り向く。
若い男性で人間族っぽいけど不思議な感じがする。やや茶色っぽいオレンジの髪に、宝石みたいな紫の瞳をしていた。
「遥々ジルビリット王国から来た甲斐がありました。あ、私インクリッドと申します」
「初めまして、俺はエミルです」
「よろしく。おや、君は……」
「どこかでお会いしましたか?」
「いえいえ、こちらの話です。お気になさらずに」
妙な反応をされたけど気にしないでおこう。
「お待たせしました。飲み物、こちらで宜しかったでしょうか」
「お気遣いありがとうございます。でも、ご自分で買いに行かれなくても良かったでしょう」
「好きなんです。たまにはいいものですよ、露店を廻って悩むのも」
人込みを通り抜けて歩いて来た男性が視界に入った。
金髪にアイスブルーの瞳をした若い男の人だ。こっちは自信をもって人間族と言えるぞ。彼は状況を察した様子で「お話し中にすみません」と言う。
「こんにちは。王都で宝飾店を営んでいる、アシュレイ・フォルスチャップと言います」
「どうも、エミルです」
俺は緊張しながら挨拶を返す。とても品の良い人達だ。
簡単な話をする中で、後見している子を応援しにに来たのだと知る。細かく聞かなかったけど、目的が同じなので一緒に応援した。
激しく点を取り会う。されど空中を勢いよく飛ばれては敵わない。
赤組は圧倒的不利を覆すことができず最下位。これまで積み重ねた得点はあるけど、少し差が開いてしまった。この競技の1位は無論、迫力満点な飛行を見せつけた青組だ。
「負けちゃったけど次だ。次でひっくり返す!」
「おう、その意気だ」
「頼んだよ~2人とも」
全力で奮闘したトーマスの激励に応えつつ俺は前を向いた。
今回名前がでた人達は1人を除き再登場組です。
さあ、どこに登場していたでしょう?




