幕間04 彷徨いし少女
注意:一部のルビ=ふりがなは異世界語の雰囲気です。
急遽増えたキャラがいるので、後から修正や変更が入るかもしれません。
温暖なチャンカの密林にある猫人族の集落。
ミャーはここで仲間と暮らしていた。本日も気持ちのいい青の空。
朝起きて、毛づくろいをして、仲間と話し、狩りをしながら縄張りを見て回る。他の部族が許可なく立ち入った時は警告しなきゃいけない。
「こっちかにゃ」
匂い、音、空気などを全身で感じ取って獲物を探す。
「トゥワ、調子はどうだ」
「まだ何とも言えないかにゃ」
樹の上から声がかかって振り向く。幼馴染のシゥバだ。
危なげなく降りて来た彼と、耳元に鼻を近づけ匂いを嗅ぐ。
(やっぱりシゥバの匂いが一番好き。調子も良さそう)
彼はどうなのかな。ふさふさと美しい濃青の毛と金の瞳を見ながら思う。
シゥバは集落の中でも強くてカッコいい人気者。しなやかな筋肉、細いけど整ってた体つきが好印象。泳ぎもミャーより上手だし。贔屓目抜きでいい男だ。
「ほら、やるよ」
「覚えててくれたの。ありがとにゃ」
取り出して渡されたのは小さな角笛の首飾り。
早速身につけたらお揃いになった。感想を聞けば「似合う」と言ってくれる。
「今日は一緒に行くか?」
「行くにゃ」
「にゃらついて来い」
いつもじゃないけど一緒は嬉しい。できることが増える。
ミャーは他の子より身体が小さいし、舐められたらおしまいだから。
競うように速度を上げながら密林の中を駆けた。樹から樹へ跳び移ったりもする。これが爽快で気持ちがいい。
「止まれ」
「うん」
湖の手前、茂みに身を隠しながら覗き込む。
巨大な鳥が上空を飛んでいる。言葉を介さない鳥獣は獲物だ。水面のほうでは時々魚の影が跳ねていた。どちらも美味しそう。
肩をちょんちょんと突かれ、目を向けたら指で上と合図される。ミャーは頷く。
(本日の獲物はカルコンドゥラ、ご馳走だわ)
獲物が降下してくる瞬間を狙い飛び出す。
疾走の最中、横を抜ける投げ縄。鳥の足に巻きつく。ピンと張った縄が飛行の邪魔をする。でも時間の問題で破られる可能性はあった。
「さくっと仕留めるにゃ」
「行くぞ」
シゥバが追いつき並走。途中で離れて回り込む。
水面を踏みしめ跳躍した。まず腹に一撃。翼で払われるけど、空中で一回転しつつ踏み込んだ。
背後から上を取った彼の蹴りが炸裂。鳥が暴れて振り払われる。湖に落とされたけど心配ない。波を立てて水上に立つ。もう一度跳躍した彼と目が合う。
(了解。呼吸を揃えて一気に、だね)
長年の勘が告げていた。迷わず連続攻撃を叩き込む。
高速で駆けめぐりながら息を途切れさせない。次の動きが直感でわかる。
「ガアァァ……」
力尽き、転落する鳥は派手に水飛沫を上げた。
「捌いて持ち帰ろう」
「手伝うにゃ」
力を合わせて水から引き揚げ捌く。その時だ。
――ミゥオォォォーン。
遠くで雄叫びみたいな轟音が聞こえた。
小鳥が慌ただしく飛び立ち、空気が震える。地面さえも……。
ひくりと全身が粟立ち総毛立つ。シゥバのほうも険しい顔をしていた。
「轟神だ。逃げるぞ」
せっかくの獲物を置いていく。惜しいけど仕方ない。
抗いようのない現象の支配者は避けて通るべきだ。生きる残るために。
草樹を踏み越え、岩や水辺をものともせず進む。慣れ親しんだ密林だ。迷うことはない。けれど集落へ直行する訳にはいかなかった。
――ミゥゥオォォーン。
見えない巨獣が追いかけてくるようだ。
堪らず振り向いてみると、めきめきバキバキと樹や地面を抉り何かが迫る。
「にゃっ」
「怯むな、走れ」
「でも……」
追い立てられて、不安と恐怖が喉の奥からせり上がってきた。
厳しいシゥバの声に励まされながら手足を動かす。ただ前を向き走るしかない。必死に逃げ続ける最中、不意にあらぬ方向から強烈な光が出現する。
「そんな、うねるものまで!?」
現象の支配者が同時、それも近くに現れることは稀だ。
うねるような光の塊が間近に見えた。直後に足がもつれる。
「トゥワ!」
死を覚悟した。背後と側面から脅威が迫っている。まず助からない。
血相を変えて戻ってくる彼に「行って」と微笑む。手を伸ばしてくれるのは嬉しいけど……。
次の瞬間にはミャーも、彼も、眩い光に呑まれ白んで消えた。
10月4日の春、ミャーは11歳で故郷を去ったのだ。
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生々しい風の感触を肌に感じて瞼を開ける。
途端に呆けてしまう。信じられなかった。視界に映るのは見知らぬ世界。
樹林がない。奇妙な形の建物が建ち並んで、変な恰好の人々が通りを行きかっている。彼らの容姿を見てほど不気味さが増す。
(ここはどこ? なんで違う部族が一緒に。ううん、それよりも)
彼らは本当に人か。知らない匂いがたくさん。
「お嬢ちゃん、迷子?」
困惑していると声を掛けられた。振り向きミャーは更に驚く。
顔は羊人族に似ている。別の部族、すなわち敵だ。ふわふわの毛には心惹かれるけど接触を許しちゃいけない。言葉も意味が分からなかった。
「フシャァァァーッ」
反射的に毛を逆立てて威嚇。舐められたら負ける。
睨みを利かせたまま後退したら背中が何かにぶつかる。別の敵だ。隙間を見つけて逃げ出す。
(安全な場所を探さないと)
そんな場所なんてあるのだろうか。探している間にも不安は募った。
集落と呼ぶには広過ぎる中を全速力で抜けて行く。普段から使ってきた異能「天足水歩」を活用していくけど……。
「んにゃっ」
途中で力が及ばなくなる。いつもの感覚で空を移動しようとして落下。
どうにか体勢を変え、近くの樹に爪を手足を引っかけた。でもずり落ちる。致命傷は避けられたけど安心はできない。
「ねえ」
「ニャアァァッ」
また話しかけてきた。変な耳と目で気味の悪いヤツだ。
囲まれる前に走り出す。味方はいないのか。身を隠せる場所はあれど落ち着かない。異能はなんか調子が悪いし、先行きに不安しかなかった。
あの後、闇雲に駆け回って見つけた緑の空間で休息する。
人工的で薄気味悪かったが他よりはマシだ。妙につるつるテカテカした篝火と、寝るのにちょうどいい長椅子。でも目立つから使わない。茂みの中に細やかな家を作った。
(1人でも負けない)
「絶対生き残るにゃ」
生きてさえいれば可能性はある。
大きく強くなって、遠くへ行けるようになれば仲間と会えるかもしれない。
だけど現実は甘くなかった。狩りをすれば、なぜか追われる。
せっかく作った家を失い彷徨う。何度聞いてもわからない言葉。なんとなくの雰囲気で独自の文化があるのはわかった。でも、それだけだ。
(お腹、すいた)
ついに限界がきて意識が途絶える。
ミャーはここで死ぬんだ、と思った。見知らぬ地でひっそりと……。
夢の中、遠くで蹄の音を聞いた気がする。
どこの部族の足音だろう。やがて意識が引っ張られ、目を覚ました。
「え、何が起きたにゃ」
またしても知らない空間だ。建物の中っぽい。
背中とお尻の下がふかふかする。上にも何か乗っていた。これは寝具か。
視線を動かし、天井から周囲に移す。綺麗な調度品と窓から見える庭。外は明るい。カーテンがひらひら揺れて陽気を含んだ風が入ってくる。
「目が覚めたのね」
知らない言葉が飛んできて身を縮めた。
被った掛布の隙間から周囲を覗く。扉の所にいた人が何かを言って立ち去る。
ほっとしたのも束の間、別の人を連れて戻って来た。年上の男だ。金髪に薄い青の目をしている。
「君は路上に倒れていたんですよ。身体は大丈夫、何か食べられそう?」
「いったい何なのにゃ」
男が目を丸くした。驚いているのはこっちだ。
「察しはついてたけど異国の人か。困ったなぁ」
更にいろいろな言葉で話しかけられる。
意味はわからなくても、別々の言語じゃないと感じた。
「意味わかんないこと言わないで」
「主要な言語は通じない。なら民族語か。でも聞き覚えが……」
「親後さんはまだ見つからないようですし、困りましたね」
「うん。怯えているようだし、ララを呼んできてくれるかい」
「畏まりました」
(なんか話が勝手に進んでるみたい)
1人立ち去っていくけど何をする気だろう。
まさか、この連中はミャーを食べる気か。だとしたらマズい。逃げなければ死ぬ。身の危険を感じて抵抗を試みる。寝具から飛び出して駆け回った。
「うわっ、暴れ回ったら危ないよ」
(素早い動きで翻弄して活路を開く)
倒れる物、落ちる物は構わない。むしろ利用して注意を引く。
「止まりなさい。怪我をしたらどうするんですか!」
怒りで冷静さを失う様子はなく困る。
だがふと気づく。冷静さを失っていたのはミャーのほうだった。
(そうだ、窓)
逃げるならどこから出たって同じ。まっすぐ窓に向かう。
脱出できる、と思ったが捕まってしまった。懸命に逃れようと足をばたつかせ、窓枠を力一杯に掴んだ。それでも引き剥がされてしまう。
(あれ、角笛がない)
気がつかなかった。いつからだ。
シゥバから貰った大事な物なのにと探す。全然見つからない。他に思い当たるのは――。
(ひょっとしてこいつらがっ)
「失礼します」
「何事ですか!?」
「乱れひっかき!!」
「わわっ」
「きゃあぁぁぁ」
複数の絶叫が響き渡る。宝物を取り戻すべくミャーは奮戦した。
数分後、片づけが行われる傍らで1人の女と対面する。
第一印象は「他よりも普通」だった。知らない顔だけど猫人族らしい姿。手当てを受ける男と何やら話をしている。
「事情は今話した通りです。ララ、相手をして下さい」
「承知しました」
改めて面と向かい、彼女は己の胸に手を当てて言う。
「初めまして、私はララと申します。ララ、です」
(自分を示してララ? 名前ってこと)
首を傾げながら考察した。次いでこっちを手で示す。名前を言えってことか。
「リャウ・トゥワ・ニャーファン」
同じように自分を示して告げる。
「リャウ?」
確かめるような声音で言われ首を振った。
違う、それは忌名。儀式に用いるもので普段は使わないのだ。
「何か起こっていますね」
「トゥワ」
「どうやらトゥワのほうが名のようですよ」
「みたいですね。すみません、トゥワ」
(よくわからないけど伝わったみたい)
呼ばれた名に笑顔を作って頷く。すると相手も微笑む。
「じゃあボクの名前は伝わるかな。アシュレイだ」
「アーシュ?」
「うん、上手。良いよソレで、そう呼ぶ人もいます」
なんだか嬉しそうに頷かれた。無暗に触れてこないのは好印象だ。
少しだけ安心したらお腹が鳴る。恥ずかしくて見上げるとクスクス笑っていた。油断した自分を小突きたい。男の人がララに何かを言って部屋を出て行く。
それからは彼女と2人、運ばれてきた食事を貰って過ごす。角笛の首飾りは、後で綺麗になった服と一緒に返ってきた。




