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第16話 夜空を駆ける猫人

 中庭の東屋まで退避してきた。呼吸を整える。

 緑豊かで穏やかな空間が、落ち着きを取り戻すのを手伝う。


「追っては来てないね」

「ヒヤヒヤしました」

「すっかり巻き込んじまったな」


 気まずそうな蓮之介へ気にしてないことを伝えた。

 ニーアは怪我の有無が気になるみたい。改めて見るとかすり傷程度で、彼女が治癒魔法で手早く治す。礼を言うなどのやり取りを見届けた後で俺は口を開く。


「レンも仲間を探してたんだ」

「ああ。エミルもか」


 聞き返されて肯定した。お互いにもう1人くらいと考えたようだ。


「個人的に中距離で戦える奴が欲しいんだよな。攻守のフォローが欲しい」

「俺は別分野の人がいいと思う。芸術家とか」

「なるほどなぁ」

「でも、急いで探す必要はないと思います」


 しっかりとした声音で指摘したニーアに俺達は振り向く。

 一理ある。冒険は仲間と共に、という願望が先走っていたかもしれない。同時に聞いておくことが1つ思い浮かんだ。


「ちなみにニーアは、今後仲間が増えるとしたらどんな人がいい?」

「えっ、うーん。怖い人じゃなければ、あと我が儘をいうと同性の方がいたら……」

「わかった。考えてみるね」

「はい」


 蓮之介は「女子か」と呟きながら考えている様子だった。

 思うところはあるけど、今は話を切り上げて解散する。1人でもやることはある。自主練したり、勉強したり、依頼をこなしたり。特別じゃなくても大切だ。



 そうして夜、露店で買ったハニーブレッド入りの袋を抱えて街路を歩く。

 香ばしい匂いが鼻孔を擽り、小さく甘いそれをひと摘み。ふわふわ食感が口に広がる。小腹が空いた時にちょうどいい焼き菓子だ。

 もう一口、上に放って口を開け待ち構えた。その時、視界に人影が写る。


「はぐっ」


 危うく喉を詰まらせかけた。どうにか飲みんで空を仰ぐ。

 軽快な足取りで宙をかける獣人の影。見えぬ足場を渡るかの如く学園の屋上へ。


「噂、本当だったんだ」


 しなやかで細いシルエット。獣人族が空を飛ぶなんてあり得ない。

 如何に獣人が身軽といえど、あの芸当は範疇を超えている。考えられるのは1つしかなかった。

 俺は好奇心に任せて屋上へ向かう。間に合うか。時間との勝負だ。夜の校舎に忍び込み、階段を駆け上がって屋上の扉を開ける。


「はぁ、はぁ……。ねえ君」


 そこには夜風に髪を揺らす少女の後ろ姿があった。

 猫らしい長い尾が揺れている。ぴくりと身じろいで彼女が振り向く。


「こんばんわだにゃ」


 独特な発音と、柔らかい声音で言われて同じく返事をした。

 周囲が暗くて容姿の詳細はわからない。でも猫目が闇によく映える。俺は探るように数歩近づく。彼女は手を組んで大きく伸びをした。


「やっぱり外は気持ちいいにゃ」

「さっき空を歩いてたのは君だよね。何をしてたの?」


 相手の雰囲気に影響されて言葉遣いが砕けてしまう。


「散歩。身体がなまっちゃうから」

「空を散歩かぁ。羨ましいな」

「なら一緒に行くにゃ?」

「行きたい」


 威勢よく即答したら彼女が手を差し出す。

 歩み寄りそっと手を繋ぐと強く握り返される。一言添えてから腰を支えられ、ぐっと距離が縮まった。もう一言「じゃあ行くよ」と告げ屋上から跳躍。


「わわっ」

「慌てない。落ちたりしないから大丈夫」

(本当に浮いて、空を歩てる)


 慣れてくると楽しくなってきた。

 地面を駆けるのと何ら変わらない足捌きで進む。

 動きだけでも合わせると、自分まで空中を歩いているようで気分が上がる。


「綺麗だ」

「星、それとも町かにゃ」

「どっちも」


 時々、街灯や屋根などを中継して数分間の空中散歩。

 あっという間の一時だった。ふわりと寮の近くに下ろされて別れる。もう少し散歩していくらしい。素敵な体験をして、なかなか興奮が冷めなかった。



     ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔



 とりとめもない日々が過ぎていく。季節は春が終わって雨季。

 再びあの狂気が炸裂する。雨が続いて湿気が支配する今、活動的になる奴が――。


「最高潮! 全身の細胞がしっとり騒ぐぜぇ!!」


 確かめるまでもない。アポイル=フェロウの声だ。

 最近は特に機嫌・体調ともに良いようで騒がしかった。いつも以上に方々へ喧嘩を売っている。


「また君か。鎮まりなさい」

「おーおー生徒会の出動だ」

「ご苦労様~」


 すっかり慣れ親しんだ光景に、教室内は気の抜けた声援で溢れた。

 窓の向こうで取り押さえられる1人の生徒。なまじ戦闘能力が高いせいで大変そう。おまけに濡れた海龍族の肌は滑りが良いみたいだ。


「ん~お肌トゥルトゥル。いい感じ♥」

「気味の悪い強さだ」

「これ以上潤ったら手に負えないぞ」

「やむを得ん。爆裂札の使用を許可する」


 どんどん大事になっていく。俺はただ眺めるしかない。

 医療班を呼んでまでの強硬手段へと発展していた。水を吸い過ぎた蛇を乾燥させて止めるつもりか。予鈴が鳴る頃、外から盛大な爆発音が響く。

 その後は至って平穏だ。普段通りに学業と交流、鍛錬をして過ごす。



 後日、行事の報せが張り出された。

 内容は雨季の終わりに、3校合同の競技大会が開催されるとのこと。


「ついに来たぞ。冒険科にとって最大の見せ場が!」

「他校の生徒と交流するチャンス」

「仲良くなれたらチーム組めるかも」


 周囲の盛り上がり振りに俺も胸が躍る。

 どんな人がいるんだろう。今から当日が楽しみで仕方がない。

 まだ見ぬ人々に思いを馳せながら講義を受け、放課後になり蓮之介と裏庭に来ていた。目的はもちろん特訓だ。でも、そろそろアレを試そうと思っている。


「どーんと来い」

「本当に不調を感じたら言ってよ」


 気合十分に身構える蓮之介と向かい合う。

 アレ=意識同調(シン・テレパシー)を試す。精神を集中させて能力発動。


(繋がった)

『レン、聞こえる?』

「おっスゲー。頭の中に声が響く」


 大げさに身振り手振りで感情を伝えてきた。声に出てるからわかるのに……。


「通じてるみたいだけど体調は平気?」

「んん~ぬっ、うーん」

「どうなのさ」


 探っているのか。返答は要領を得ない。

 能力は一度解いて感想を待つ。重要なことなので無視できなかった。

 少ししてから彼が「ちょっと違和感を感じたが不快なものじゃない」と言う。更に言葉を重ねていくと、不慣れからくる感覚らしいことがわかった。


「練習していけば大丈夫になるかな」

「かもな。ところで会話はできないのか」


 当然の疑問が返ってくる。想定していたことだ。


「実はね、人相手ならできるってわかったんだ」

「へぇ~ってマジ。どうやるんだよ」

「本人に伝える意思があって念じればいい。それ以外は精神の壁に弾かれちゃうみたいで」

「ほう、じゃあ敵には厳しいか」

「たぶん反動の食らい損になると思う」

「便利なようで不便だなぁ」


 その言葉に俺は同感した。まったく言う通りなんだよ。

 動物はなんか通じないって感じで、凄いのは確かだけど仲間内だけっていうか。まあ文句ばかり言ってられないので彼に頼みもう一度試す。

 結局、一度で終わらなくて無理のない範囲で練習を続けた。



 雨が降り続く雨季はまだ終わらない。

 晴れ間が覗く時はあるけど、今日は朝からずっと空を雨雲が覆う。 

 しかし天気が優れずとも有意義に過ごすことは可能だ。今日はニーアを交えて蓮之介から文摩都(やまと)語を学ぶ。場所は図書室を選んだ。


「文字が複雑すぎて難しいよ。しかも季節の呼び方まで違うなんて……」

(ルチエが朱昇(しゅしょう)で、ノースが雪終(せっしゅう)で、ローゼが雨月(あまづき)。こんなのわかるかっ)

「ええ、一文字が細かくて書くのが大変です」

「難しいのは最初だけ。覚えちまえば変わんないぞ」


 蓮之介は真面目に教えてくれるけど、何がなにやらで頭の中は大混乱。


「まあ今すぐは無理だし、わかる範囲だけでいいから」

「わぁ~投げやりな発言」

「いや現実問題、全部は覚えきれねーだろ。追々使ってく内でいいんだよ」


 とりあえず気に入ったヤツだけ先に入れろ、と彼は諭す。

 理由はなんでもいいという。字面が綺麗だとか、音の響きが好きだとか。その指導は真面目なんだか、不真面目なんだかわからなくなってきた。

 言われた通りに絞り込んで読み書きを練習する。俺が書いた文字を見て――。


「あ、ここ書き方違う。一旦止めてしっかりはねる」


 手本を見せて貰いながら書き直す。確かに気をつけるだけで字がカッコいい。


「ニーアは書き順が違うな。こっちが先」

「こうですね。わかりました」


 適当な指摘を受けつつ勉強は進み、頃合いをみて休憩を挟む。

 集中力を回復するために一時気を抜く。ただ休むのは味気ないので雑談を始めた。


「そういえば、レンはわざわざグランデール学園に来たのはなぜ?」

「桜嵐帝国からですと、ウォラシオ学園のほうが近いんでしたっけ」


 ウォラシオ学園は水の都アクアリオにあり、帝国からの船も出ている。


「決まってる。制服が好みじゃなかった」

「ずばり言ったね」

「エミルはどうなんだよ。なんで冒険者に?」

「俺は昔会ったおじさんの話に憧れてかな。一緒に冒険したいし、外の世界を見て回りたい」

「ニーアは?」

「私は渡り蜜鳥を目指してて」

「ああ、癒しの旅をするっていう」


 知り得ない話を聞くのは面白い。互いの話を交わし、学園でのことも話す。

 ふと言語の話題に戻った時、気になる話を聞いた。それは「変わった言語を話す普通科の生徒」という内容だ。普通科って意外と変わった人が多いんだな、と俺は思う。


「さて、休憩はこのくらいにして続きしようぜ」


 彼の言葉に俺とニーアは口を揃えて返事をする。

 再び机上の文字に向かいながら、雨の日の勉強会は和やかに続くのだった。

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