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第15話 獰猛なる槍使い

 翌朝出立して、行きと同じだけの時間をかけルルキノ村に戻る。

 まだ全員戻ってきていない様子だ。成果を教師に報告した後は自由行動になった。入手した糸や草などは貰っていいらしい。遠くへ行く訳にもいかず、チームを一時解散させて村の中を散策する。

 その時、外から来た冒険者らしき3人組を見かけた。話し声が聞こえてくる。


「賢者様いなかったな」

「噂通り初見じゃ会ってくれないのかも」

「そもそも賢者だという話自体が怪しいよ」


 声を掛ける勇気までは湧かない。

 近くに賢者の噂が立つ人の家があると辛うじて聞き取れた。

 数日間に渡って合流を待つ。期限の最終日、1組のチームがギリギリで滑り込んだ。彼らが到着するとともに村を出立する。馬車で王都へと向かう道中に相席した一行と話す。


「迷宮内で猫に助けられた?」


 俺が問い返すと、彼らは神妙だったり、安堵などの表情を浮かべた。


「妙に賢い奴でさ。探しに来た先生と無事会えたのはその猫のおかげ」

「なぜか魔物が少ない道ばかりだった」

「正直にゃんこの先導なしじゃ間に合わなかったよね」

「それ、本当に猫だったのか?」


 蓮之介が疑問を投げかける。当事者らは揃って肯定した。


「ああ、でも達成条件がぁ……」

「まあまあ、無事に帰って来れただけよかったじゃん」

「ギリギリまで粘ったのに~」


 本気で悔しがる声を間近に聞く。

 帰り道は順調に進み、俺達は学園のある王都へと帰還するのだった。



     ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔



 実地演習の余韻が残っていても学生の日常は続く。

 今日の講義は、冒険者にとって重要な道具や便利な物についてだ。


「皆さんは学内掲示板の依頼は経験したかな?」

「えーまだぁ」

「オレやったぜ。超簡単」


 男性教師の言葉にざわざわと皆が話す。

 穏やかな表情で返答に応じて続きを話し始めた。途端に周囲は静まり返る。


「依頼を受けるには事務で手続きが必要です。その時仮証を渡されるんだけど、これは冒険者カードの代わりになります」


 つまり仮証か冒険者カードがないと依頼は受けられない。

 更にランクについての説明が始まった。黒板にわかり安く要点が書かれていく。


「冒険者のランクは下から、ノーマル・ブロンズ・シルバー・ゴールド・ミスリル。卒業生はブロンズから始められ、仮証はノーマルの扱いに相当します」

「ならノーマル冒険者って殆ど見習いじゃんか」

「学生と同等とか……」

「はいはい。皆さん、ノーマルだからと見下さないように。誰でも最初は同じです」


 見下すことは相手の協力を得られなくなる行為、と教師は注意を促す。

 現地で即席のチームを組むことがある冒険者。その時に大事なのは真摯な心構えだと説く。俺はなんとなく、この言葉が胸の奥に響いた。なんか良いなって。


「さて次は魔法印について話しましょう」


 教師は実物を見せながら話す。不思議な模様がある。

 魔法眼鏡(マジックレンズ)で大きく映写されているので細部がわかり安い。


「こちらは冒険者向けの連絡手段。宛先は換金所になっており、主に救助を呼ぶ際に用います」


 試しに文をしたため魔法印を押した。すると紙は鳥の形になり飛んで行く。手紙を届けるという魔法にかかったのだ。

 教師の言葉からして、言うまでもなく宛先は印ごとに違う。個人使用の場合は対になっていることが多い。印そのものが宛先の役割を果たしていた。


「しかし魔法印の多くは緊急用です。くれぐれも悪戯目的で使用しないように!」


 皆で返事をした。登録時に換金所で手に入れる物だから俺は持っていない。

 他にも細々とした道具の話がされて講義は終わる。休み時間と日課を順調にこなし、お待ちかねの放課後だ。


(今日は芸術科を覗いてみよう)


 この前の地図は簡易的だったけど上手だった。

 きっと技工科か芸術科の生徒が作ったに違いない。そう思って邪魔にならないよう覗く。芸術科が利用する区画は、絵画や音楽などの楽しいもので溢れている。


「色とりどりだなぁ。目移りしちゃうよ」


 思わず感嘆の息が零れてしまう。あまり触れてこなかった世界だ。


「ねえ、キミキミ」

「ん?」


 突然声を掛けられてて振り返った。画材を持つ男子生徒が立っている。


「独創的なビジュだよね。ちょっとモデルになってくれない?」

「いいですよ」

「ありがとう。じゃあ、場所は……」


 彼が適当な場所を探し「あそこにしよう」と言う。

 熱心にデッサンする男子生徒と話す。手を動かしつつ、素人な俺を退屈させないようにしてくれているのか。芸術は文化を超えた交流さ、と語ってくれる。


「芸術って交流なんだぁ」

「そうだよ。音楽や踊り、絵画、これらを通じて知り合える縁がある」

「ふぅーん?」

「実感がない? 例えば神や精霊に捧げる踊りがあったり。絵で後世に伝えていく物語がある。冒険者でいうなら調査依頼で行く遺跡がいい例なんじゃないかな」

「遺跡! トレジャーハントって奴か」


 興奮して大声を上げた俺に男子生徒は笑う。


「財宝ばかりに目が行くようじゃダメだよ。冒険は未知への探求さ」

「うぐっ」

「はっはっはっ。あ、動かないでね」


 愉快な印象を受ける彼のデッサンが終わるまで待つ。

 言葉を交わしていくと、案外必要な人材なのかもしれないと意識を改めた。ぱっと見は戦闘向きじゃないし、冒険者の仲間としてどうかと思っていたけど……。


(意外と気づかない何か。感性って重要かも)

「あの、良かったら一緒に冒険してみませんか?」

「ごめん。それは無理」


 あっさりとした即答だ。他分野の仲間を得るのは難しい。

 絵が完成して不動の任から解放される。去り際に彼がお近づきの印と称してバッジをくれた。繊細なデザインの芸術家らしい品物だ。


「これは何?」

「ハルブーメンの顧客章さ。同じ装飾の所で使ってみるといい」


 旅の共になるかもね、と気楽に言われた。俺は礼を言う。

 もう少し見て回ろうかなと思い散策する。仲間にも誘ってみたけど成果はゼロ。でもニーア達のことがあるし、これでいいのかもと思う。


「おい、競技ホールで一騎打ちだってよ」

「マジ!? 組み合わせは」

「フェロウと目立つ服着た先輩」

「えーまたぁ」

(目立つ服ってまさか)


 心当たりが頭に浮かび現場に様子を見に行く。

 俺が到着した時、競技ホールは遠巻きに眺める人々で溢れかえっていた。

 その中心には2人の人物の姿がある。1人は紛れもなく蓮之介で、もう1人は初日に見かけた海龍族の女性だった。


「だから話を聞けって」

「言葉は不要。ほらもっと、もっとアタイを楽しませてぇ!」


 刀と槍を交えながらも両者の様子が対極的だ。熱量が違う。


「エミル君、どうしよう。レンさんがっ」


 俺を見つけたらしいニーアが駆け寄って来た。


「ニーア落ち着いて」

「でも止めないと危ないんじゃ……」

「無理に割り込むほうが危険だよ。今は様子を見よう」


 冷静さを失っている彼女を落ち着かせつつ状況を見守る。

 白熱していく決闘を観戦する人の中に、トーマスとハロルドの姿を見つけた。一緒にいて何やら話している様子だ。ちょうどいいと思って2人に歩み寄っていく。


「――っていうことがあってさ」

「実に野蛮な話だね。僕だったらまず関りたくない」

「なになに、何の話?」


 隙あらば割り込む。2人がこちらに目を向けた。


「フェロウの話。初日のバトロワ勃発事件」

「待って待って。フェロウって誰さ」

「決まってるでしょ、今そこで戦ってる海龍族の女子。アポイル=フェロウ」

「ちなみにアポイルのほうが家名だからね」


 ハロルドが補足事項を差し込む。海中国家の名前の特徴だ。

 トーマスが続きを話す。曰く、初日の競技ホールではあの後大乱闘が起きたらしい。俺は途中退出したから知らなかった。発端があの女子生徒だという。

 ちらっと見れば、果敢に、いや派手に攻め込む彼女を蓮之介がどうにか受け流している。


「彼女今でもソロらしい」

「そりゃそうさ。話しかけたら、いつの間にか戦いに発展してるんだもん」


 既に何度かやらかしているようだ。

 今回も同じなんじゃないかな、とトーマスは発言した。


「好戦的なんだね」

「ちょっと怖いです」

「そうだよね、ニーアちゃん」

「まあ、後はバトロワ時の一言が利いたかな」

「なんて言ったの?」

「皆ひよひよしてて興ざめってさ。何しに来たんだろうね、彼女」


 話の内容から状況を整理している間にも戦いは続く。

 フェロウが鋭い突きを連続で繰り出す。それを避け、背後に回って峰打ちを仕掛ける。しかし躱された。一旦距離をとり再び踏み込む。

 迎え撃つ蓮之介が姿勢を低くして足を払う。フェロウは体勢を崩し転びかけるが、柔軟な動きで受け身を取りつつ反撃。避け切れず軽く飛んで――。


「いいね、いいね、いい感じ。ジワジワ攻めたくなっちまう」

「お前っ、性格悪いぞ」

「君なんか変。もーっと見せてくれよ」


 楽しそうに顔を歪めて彼女は向かって行く。開いた口から長い舌が覗いた。

 ここまで蓮之介は技を出していない。相手の動きが素早いせいか、隙がないからか。理由はわからないけど……。


(反撃自体したくないのかも)

「止める隙がないね」

「はん、あれを止めるだって。命を溝に捨てるようなものだよ」

「オイラも止めたほうがいいと思う。前例あるし」


 ほらあそこ、と示された先に負傷した人がいた。

 三度視線を戻すと戦いは決着したようだ。双方に呼吸を乱している。どちらが勝ったんだろうか。倒れていないのでわからない。


「引き分け?」

「いや、僅かな差で剣士の勝ち」

「見事な剣裁きで槍を払い飛ばしたね」

「あれ剣じゃなくて刀っていうらしい」


 へぇ~とトーマスがだらけた相槌を打つ。

 今ならと判断して俺は、ニーアに待つよう告げ当事者らの元に駆け寄った。


「とりあえずお疲れ。でも何があったのさ」

「わかんね。勧誘のつもりで声を掛けたんだけど……」


 俺はフェロウを見る。向こうは手元を離れた槍を見ていた。

 呆けていたのは一瞬、静かに獲物を回収して生ぬるい笑みを浮かべ言う。


「んふ♥ 最後の動きよかったぜぇ。なあ、もう一回やろう」

「やらねーよ。たく」

「またどうして彼女を?」

「大したことじゃねえよ。この前エミルが泳いでるの見て、水棲系もいいなって」


 納得はしたが複雑だ。鱗や尻尾など外見の感じは似ているけど……。

 水棲系は珍しいから候補が絞られるのもわかる。でも改めて彼女を見て、遠慮したい気持ちが湧いてしまった。


「俺は遠慮したい。ニーアも怖がってたし」

「同感。だけど水中行動できる魅力がぁ」

「なあ、やらねーの? そっちの半端龍も一緒でいいからさ」

「半端って俺のこと!?」


 唐突な話題に驚き、大声を上げてしまう。フェロウは嘲り笑う。


「他にいないだろ。原種でもねーのに鱗も尾も出てるし」

「確かに母さんと違って変身はできないけど。でもこれはっ」

「まぁ、どーだっていいか。半端でも龍なら期待はできるよね?」

「聞き捨てならないな」


 訂正する間もなく、蓮之介の顔つきが変わり刀に再び手をかける。

 殺伐とした雰囲気に危機感を覚えた。さすがに不味い。俺は力づくで蓮之介の腕を掴み、強引に両者を引き離しにかかる。だがフェロウのほうは止められない。


(どうしよう。あっちまで手が回らない)

「本当に世話が焼けるよ」

「ハロルド!」


 地を踏み出したフェロウを風が捕え、空中に拘束した。


「今のうちに早く」

「ありがとう」


 トーマスの呼びかけに応えつつ俺達は競技ホールを後にする。

 背後では捕えられた彼女の、罵詈雑言が飛び交う様子を聞きながら――。

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