第14話 はじめての実地演習
グミとの初遭遇を逃げ切って林内を歩く。
各所を徘徊する魔物の体色は様々で、赤・青・黄・緑・紫など。同色で群れている場合もあれば違ったりもする。色が違おうと喧嘩はしないようだ。
警戒しながら歩いていると、少し先の茂みから3人の生徒が現れた。
「あれ、レンじゃん。そっちもここ選んだんだ」
「上手くやってる?」
親しげに話しかけて来た男女。もう1人表情を強張らせている少女がいる。
「まだ手探りだっつーの」
「せ、先輩達、知り合いなんですか?」
「前にチーム組んだことあるだけ」
「そういや他の連中は留守番か」
「ううん、向こうは迷宮。オレ達は新入りの訓練」
「まあ、上手くやってるでしょ。無理せずにさ」
話が弾んでしばらく行動を共にした。
耳を傾けていると彼らが前に蓮之介と組んでいたらしい。なかなか入り込む機会がなくて、やっとめぐって来たと思えば逆に声を掛けられる。
「チーム組んだんだね」
「はい」
「こいつ場数踏んでるから頼りになるけど。大丈夫、ちゃんとついてけてる?」
(俺達が蓮之介について行けてるかって意味だよな)
「もちろん。いろいろ教えて貰っちゃって申し訳ないくらい」
「はい、とっても心強いです」
殆ど即答の勢いで俺とニーアは応えた。
男子生徒は蓮之介の肩を抱き、感激した様子で何度も頷く。
「よかったなぁ、レン。慕われてるみたいで」
「兄上みたいなこと言うなよ」
顔を赤くして言い照れているのが一目瞭然だ。
今の一言で「お兄さんがいるのか」と思う。深い意味はない。
気持ちが脱線しかけたけど、俺は思い切って気になっていたことを聞いてみる。
「先輩達とチーム組んでた時は、どんな感じだったんですか?」
「普通かな。弱いと感じたことはないよ」
「パッとしないって言ったくせに……」
蓮之介がぼそりと小声で言った。男子生徒は苦笑いを浮かべる。
「だから適材適所と言ったろ」
「一応の納得はしてる。でもちょっと傷ついたのは事実だ」
わざとらしく剥れる彼に、謝りつつ機嫌を直せと宥める男子生徒。
彼らのやり取りを静観していた時、先輩の女子生徒がそっと耳打ちしてくる。
「アタシらが普段やってる依頼は採集が中心なの。卒業後はキャラバンの護衛が主になると思うわ」
「それが外した理由?」
「うん。並の敵に負けたりしないけど彼、強敵向きでしょ。武者修行を理由に故郷を出て来たみたいだし」
強敵は基本避けるしその気もないからね、と彼女も苦い表情を浮かべていた。
でも実力は認めている様子で、以前一度だけ起きたアクシデントの話をしてくれる。ちょっとした武勇伝で素直にカッコいいと思ったんだ。
(卒業後の活動か。冒険者と言ってもいろいろあるんだね)
どんな冒険をするか。いろいろと想像が膨らむ。
「グミィ~」
和やかな空気から一転、高い雄叫びと共に魔物の群れが出現。
ざっくり数えて10匹ちょっとか。色は赤と黄色が多い。俺は剣を構えた。今度の個体は敵意剥き出しで襲い掛かってくる。よく跳ねる奴らだ。
「攻撃はこっちが引き受ける。後方から魔法で援護して」
「はい」
「わかりました」
男子生徒の指示にニーアともう1人が応える。
「そっちの男子2人。敵の動きを止めるよ」
「了解」
「任せとけ」
事前に動きを見てきたので大丈夫な筈だ。
急遽、別チームと共闘することになったけど焦らす周囲を見る。
(間合いを見極めてうっかり入らないようにしないと)
歳の近い彼らと戦っているとわかった。町の大人達は凄かったんだと。
走り込む道筋を見定め、敵の動きを観察し、得た情報で的確に攻めていく。俺は雷魔法で麻痺させつつ攻撃した。背後から声がかかり身を引くと水弾が通過。次いで風の刃。
「グミャ……」
「今のでかなり数が減ったね」
「一気に攻めるぞ」
先導していくれる先輩に応える。前に出過ぎず魔法と剣で対応。
蓮之介は太刀で次々と倒していた。刃に付着した敵の体液を適宜落としている。後方は大丈夫そう。戦い慣れた3人の立ち回りが上手いのか。魔物は1匹と抜けていない。
ここで運悪く、徘徊していたグミの群れが増援として加わってしまう。
「エミル右だ」
「うん」
再び雷魔法を放つ。遅れて来たもう1匹は間に合わない。剣を振り抜く。
ほどなく戦闘が終わる。講義で習った通り、魔法を用いれば対処できる敵だった。仲間との連携を確かめながら戦うにはちょうどいい相手かな。油断大敵だけど……。
「敵はもういないな」
「ふぅ、君達平気だった?」
「はい」
「ちょっと緊張しました」
「怖かったけど皆がいたから……」
「ならよし。念のため怪我の有無を確かめよう」
負傷は隠すべきじゃない。きちんと申告するように言われた。
全員の確認が澄んで再び歩き出す。数分くらい足を進めると最初の目的地に到着した。そう思うのは簡単だ。木々の合間に大きな宝箱が置いてある。
「まあ、1つはわざとらしいのあると思ってたけど」
「目立ち過ぎでしょコレ」
「待てよ、怪しい。我らを欺くための陰謀か。開けた瞬間呪われるなどの罠が……」
「さすがにそれは想像の空回りじゃないかな」
先輩達の流れるような会話に割り込めない。
幾らなんでも気にし過ぎだと思う。だから俺は率先して宝箱を開けた。
「わ~なんで開けるんだよ!」
「迷ってても仕方ないだろ」
「普通に開いたね。何事もなく」
焦って騒ぐ蓮之介に意見する。無事に空いた箱を見て女子生徒が呟く。
何の仕掛けもなかった。ただの箱でしかないソコを覗くと、一定の量で束ねられた糸が大量に入っている。1人ひと束ずつ掴み取ってしまう。
これが記載にあったオリハルコンの糸か。光を反射して綺麗だ。
「今回のは使い勝手が良さそうな物だったな」
「毎回違うんですか?」
女子生徒が控えめな声音で言う。先輩生徒らは頷く。
残りは2つ。グミベリーとマントローヴを持ち帰れば課題達成だ。互いの成功を祈り別々に歩き出す。
他の生徒や魔物の群れを見かけながら進む。
時々戦闘になりつつ探索していると、ニーアがふと足を止め声を掛ける。木陰に歩み寄ってしゃがんだ。その傍らに青い花を咲かせる野草が生えていた。
「どうしたの?」
「やっぱり間違いありません。マントローヴです」
「本当! これが……」
彼女が気づかなければ見落としていただろう。
小さくて想像していたのと違っていた。課題なので丁寧に摘み取る。ニーアが野草に何かを囁いていた。よく聞こえなかったけど手つきが優しい。
マントローヴを魔法の瓶に入れてしまう。そうして俺達は再び歩き出した。
「最後のグミベリーってなんだろ。果実っぽい名前だけど」
「果実ですよ。低い樹木で青や紫、オレンジ色の実がなります」
「詳しいな」
嬉しそうに微笑んで彼女は言う。
「好きで勉強しましたから」
「美味しいの?」
「甘酸っぱくて噛み応えがあるとか」
話を聞きながらどんな物か想像する。
大きい実だろうか。甘酸っぱいというけど具体的には?
蓮之介が生えていそうな場所の心当たりを聞いていた。地図と、応える彼女の言葉に従って探す。おかげで日が傾く前にそれらしい樹を見つける。
「オレンジ色だね。どれどれ」
弾力のある小さな実を摘まみ味見した。
これは蜜柑の味だ。他の色の奴も気になる。俺は周囲を見回した。
「エミル君?」
「あ、こいつ食い意地張ってんな」
「いいじゃん。気になるんだよ」
うきうきと尾を揺らして隅々まで注視していく。
「おぉ、青い実あったぞ」
「本当。すぐ行く」
「はやっ!? 別に取らねーのに」
「ん~美味しい。ソーダみたいな味!」
「マジか。僕も1つ」
「2人とも、課題を忘れてませんか」
控えめに指摘する声を聞きながら「ちょっとだけ」と果実を頬張る。
すっかり気に入って紫の実も探す。でも近くには見当たらなかった。残念に思いつつ、青とオレンジの実をまた別の瓶に詰めてしまう。魔物が来ない内に撤退だ。
夕方、林から出たすぐそこの水辺で野営をする。
無理をせず朝を待ってから行く予定だ。本日の料理はニーアの担当。俺達は薪の確保やテントの準備などを行う。近くに水場があるので魚を獲るのもいい。
「テントの設置終わり。俺、魚取ってくる」
「いってらっしゃい。私は魔物除けの確認を……」
蓮之介は薪集めでこの場にいなかった。じきに戻って来るだろう。
「よーし、いっぱい獲るぞ」
軽く身体を解してから水中に潜る。釣るより素潜りで獲ったほうが早い。尾で方向転換、加速と減速を加減して魚を追う。そっと忍び寄るのがコツだ。
いい感じに大きくてふっくらした個体を狙った。1、2、3匹と――。
「ぷはっ」
「おーい! 獲れたかぁ」
「順調」
成果を聞かれて捕獲した魚を見せる。
持ってきた網に入れてあるから逃げられたりしない。
もう少し粘って水から上がった。食材をニーアに渡して身体を拭く。
「んん? こんなキノコあったっけ」
「僕が採って来たんんだ。旨そうだろう」
「心配しないで。キノコの知識もありますから」
特に心配はしていなかった。任せて身体を休める。
蓮之介は荷物の整理をしたり周囲の見回りをしていた。魔物除けは気持ちに余裕を与えてくれるけど完全って訳でもない。
(少ししたら交代しよう)
今は疲労で動けそうになかった。寝そべりたいが野外なので我慢だ。
太陽が落ちて夜になる。料理が完成して、仲間と焚火を囲んで食事をした。焼いた魚にキノコのスープが心と身体を温める。
片づけの後は武器の手入れをしたり、読書をしたりと各自自由にしていた。就寝までの短い時間を楽しむ。そして万一のために見張りの順番を決めて眠った。




