第11話 チームを組もう
自己紹介を終え、改めて面と向かう。髪だけでなく瞳も黒かった。
(やっぱり懐かしい。いったいどこに感じる要素があるんだろう)
「じっと見て、僕の顔に何かついてる?」
「ち、違う。ここら辺じゃ珍しいなって思っただけ」
(困ったぞ。話の展開を全然考えてなかった)
行き当たりばったりな自分を恨みたくなる。
しかし蓮之介は慣れた様子で口を開く。ちょんと腰の刀に手を乗せて。
「まあ、今時風来なんて目指す輩は少ないし。学校通ってまでなるもんでもないからなぁ」
「風来って冒険者のことを言ってるの?」
「そう、昔の呼び方で響きが好きなんだ。他の理由だとこいつかな」
言ってポンと軽く腰の獲物を叩いた。曰く修理や調達が困難らしい。
ならば彼は大丈夫なのか。素直に口から出た疑問を聞き「秘策がある」と言う。だけど雰囲気から誰でもできることじゃなさそうだ。
転生者の話は知りたいが、不躾に尋ねる気にはなれず機会を伺いながら話す。そうしている内に話題は実地演習の話になった。
「10日後の奴ね。知ってるか、その日は他の科も自由な態勢を取ってるんだぜ」
「つまりそれは、他の学科生を誘えるってこと?」
「当然だろ。この学校の存在意義はそこにあるんだからよ」
外部から人を呼ぶ講義もあると聞き、俺は理解する。
要するにいろいろな所へ知り合いを作れって話だ。冒険科だけでチームを組む必要はない。いや、寧ろごちゃ混ぜのほうがいいだろう。
(確かこの学園には他に、普通科・医療科・技工科・経営科・芸術科とかあるんだっけ)
武術や魔法を習得している生徒は他の科にもいる筈。戦えるかは別としても。
真っ先に脳裏を過ったのはニーアの姿だった。学科の縛りがないのなら彼女を誘いたい。
逸る気持ちを抑えつつ時計を確認する。校内時計が設置されているので確認には困らなかった。見てみると休み時間までまだ時間がある。
「誰か誘いたい奴でもいるのか?」
「うん。でもまだ時間あるし話そうよ」
そう言うと嬉しそうに頷かれた。お互い得意分野や好きな物について語り合う。
でも、なかなか転生者については聞けない。ある程度言葉を交わした頃、彼が真剣な面持ちでこう切り出す。
「あのさ、良かったらその……。僕とチーム組んで下さい」
「ちょっと待って。他の仲間はいないの?」
「実は、半年くらい前に外されちゃって今は1人」
歯切れ悪く言った彼の言葉を聞いて思案する。
何か問題があったのか。だけど悪さをする風には見えない。理由を聞いてみると、言い辛そうに「方針が合わなかった」と言った。彼自身、疑問を隠し切れない様子だ。
とりあえず話しただけで測り切れない部分を確かめてから決めよう。
「1つ条件を言ってもいいかな」
「もちろん」
「今から俺と手合わせして欲しい」
蓮之介は一瞬ど肝を抜かれたように目を見開き、次いで目力強く真摯な顔で応じる。
「受けて立つ」
俺達は邪魔されず戦える場所に移動した。
時間帯のおかげで人の少ない裏庭。その更に人気がない石舞台を選ぶ。静かに適正な距離感の位置に立つ。両者構えて、気合いをかち合いと共に踏み込む。
一度刃を交え離す。打刀を構えたまま動かない相手に、俺は駆け回って隙を狙う。
(目では追えてるみたいだけど)
「はあぁぁ!」
「くっ」
刃を紙一重で回避。なんとか反応している。そんな感じだ。
(速度なら俺が上だ)
再び切り結ぶ。蓮之介の刀捌きは巧みで押し切る前に流された。
(力も負けてない筈。でも)
なぜか油断ならない。純粋な身体能力は上だと思うのに……。
更に速度を上げ、相手の視界から外れるように動く。しかし予測したかの如く防がれる。背中に目でもあるのか。つい考えてしまう。思わざるを得ない。
(強い。不自然なくらいに)
「レン、何か隠してる?」
「確かめてみな」
ほんの僅かに口端を上げた。アレはどういう感情だ。
苦しいのか、余裕なのか。だがすぐに彼は表情を引き締め直す。
「そろそろイケるか」
(聞こえた。仕掛けてくる)
俺は距離を取り魔法を放つ。業火の玉を正面に向けて。
「破斬」
「魔法を切り裂いた!?」
振り抜いた刀身から放たれる衝撃波。直線上に飛び火球を両断。
間髪入れずに蓮之介は一気に踏み込む。さっきより僅かに速い。本能が警鐘を鳴らす。あれはヤバい。俺は身の危険を感じて個人的な拘りを捨てた。
「九頭龍閃!」
至近距離での目にも止まらぬ9連撃。その一発がすぐ近くを霞めた。
ふわりと高く飛び上がる感覚が全身に広がる。空中を軽やかに舞いながら真下に見る驚愕の顔。とても緩やかな速度で変化が見えた。
次の瞬間、蓮之介はハッと我に返り動く。打刀を一旦鞘に納め身備えていた。俺は風を操りそっと着地する。互いに緊迫したまま睨み合う中で予鈴が鳴り響く。
「もうこんな時間! ごめん、ここまでにさせて下さい」
「いいけど結果は?」
「是非仲間になって欲しい」
「ふぅ、よかった。これからよろしく」
「こちらこそ」
実力を確かめ合って握手した。だが、のんびりもしてられない。
誘いたい人物がいることを改めて説明し校舎に急ぐ。誰かに先を越されるのは嫌だ。走り出した俺を蓮之介が追いかけて来る。
「ねえ、その医療科の子ってどんな子?」
「ニーアは大人しくて優しいよ。魔法が得意なんだ」
「魔法使い! それは是非とも勧誘せねば」
横から熱意が伝わってきた。つい先刻聞いた魔法好きは本当らしい。
医療科の区画に到着したらニーアの姿を探す。彼女の姿はすぐに見つかった。傍にむかつく野郎も一緒だったけど……。
「ハロルドもこの学園にいるなんて」
「君こそ、まさか同じ進路だったとは」
対峙したまま視線を反らさない俺に蓮之介が耳打ちする。
「エミルの知り合い?」
「うん。一応、幼馴染かな」
「認めたくないけどね」
「へぇふーん。ライバルって奴か」
戸惑うニーアを挟んで牽制し合う。
ハロルドの存在を予想外に思いつつ彼女に歩み寄った。
「ニーア、俺とチームを組んでくれないかな?」
「え、あっ」
「ちょーっと待った! ニーアちゃんは僕と組むんだ」
相手が同じことを言ってきたので負けじと火花を散らす。
彼女を取られたくはない。だからといって争わずコイツと組む選択肢もなかった。教室近くの廊下で大いに揉めていたら、あらぬ方向から注意を促す声音が飛んでくる。
「アンタ達ねぇ、交渉相手の意見を無視して喧嘩してんじゃないわよ!」
教室から登場した女子生徒の一喝に黙り込む。
「見てないで止めなさいよ」
「いやぁ、あの程度の喧嘩なら水差すのも悪いかと思って……」
「こっちはいい迷惑だわ」
静観していた蓮之介にも注意を促した後、再びこちらを見て言う。
「いい? 仲間交渉は誘われる側に拒否権があるのよ。協力するかを決めるのは彼女、わかった」
「はい」
「わかりました」
短く返事をする俺と、丁寧に応じたハロルド。
改めてニーアに向き直り頼み込む。どんな答えが返ってくるか。ドキドキして待っていると彼女は震える声で告げる。
「エミル君と行きます」
「やったー!!」
俺は盛大に歓喜の声を上げた。めちゃくちゃ嬉しい。
うっすら隣に「ごめんなさい」という声を聞く。すごすごと立ち去っていく男の姿を見送る。講義があるのでその場は解散したけど、昼休みに再び集まる約束を交わす。
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魔物の知識や、技能を身に着けるための講義を終えて昼休み。
購買で弁当を購入してから中庭に行く。簡単な自己紹介を済ませた後、蓮之介が最初に確かめておきたいことがあると言ってきた。ニーアに向けて彼が言う。
「冒険科以外の生徒がチームいる時の恒例。君は一緒に戦う?」
補足すると、戦闘や別行動の有無を知っておきたいという話。
同じチームであっても役割は様々だ。他学科ともなれば目的が違うだろう。どこまで許容できるかを決めておくのは大切なことだった。
「医療科なら安全地に待機し帰還後に治療するでもいい。同行する場合は全力で守るけど、無理のない範囲を教えてくれ」
ニーアはしばし沈黙したまま考えを巡らせている。
「一緒に戦えます。攻撃は得意じゃないですけど、守りなら」
「了解。戦闘員の後衛って解釈で動くわ」
(そうか、戦闘員と非戦闘員の違い。よく考えてる)
さすが先輩と感心して、俺も見習わなければと思う。これはどちらになるかで動き方が変わる。小さな差かもしれないが大事な確認だと思った。
そして本題、より詳細な情報交換だ。今ならばと俺は思い切って聞いてみる。
「あの、失礼を承知で聞きたいんだけど……」
「なんだ」
「レンは転生者なの?」
「噂聞いたのか。耳が早いな」
気迫から逃れるように目を反らして彼は呟いた。
相手の反応をみて、自分から打ち明けるべきだったと気づく。知りたい理由としては弱いかもしれない。けれど好奇心の源がそこなのは確かだ。
「突然でごめん。実は俺も転生者みたいで話をしたかったんだ」
案の定、2人は驚いた顔をする。
前世の記憶がないのを不思議に思い、他もそうなのか、あるとしたらどんな感覚かがずっと気になっていた。素直な気持ちと疑問を話す。
「前世の記憶なんて、あまり良いものじゃない」
躊躇いがちに告げられた言葉がこれだった。
浮かない表情で言葉に詰まりながら話を続ける。
「感覚は創作物を見たり、読んだりした感じ。前世由来の人格や感情は希薄かな。感想なら浮かぶけど登場人物と自分は違うし」
正直ないのが羨ましいよ、と言う。記憶方面の期待はして欲しくないとも。
察するにこれ以上は聞けない。場の空気を暗くしてしまい気まずくなった。気持ちを切り替えられそうな話題を思案しているとニーアが口を開く。
「レンさんは何か好きなものはおありですか」
「好きな……」
「はい。お料理でもご趣味でも」
興味のあることでも構わないと言った時、ふるふると身を震わせて声を上げる。
「もちろん魔法に決まってる! 詠唱、魔法陣、くぅ~最高だぜ」
俺達は揃って絶句した。盛大に爆発した蓮之介の気迫に負けて。
一度スイッチが入ったらもう止まらなくて、質問攻めにされてしまう。技名・呪文・拘りに至るまで余すことなく。
「どうして皆何も言わないんだ。カッコいいのに」
「いらないでしょ。難しい魔法や、慣れるまでなら使うけど同時行使に不便じゃん」
「技名を叫ぶの、ちょっと恥ずかしいですよね」
「それにバレる」
「んな~信じられねぇ。逆に気合い入るってもんだろ」
本気で残念に思っている様子で言う。とても賑やかな昼食になった。
念のためご報告、活動報告に詠唱についての注意事項を記載しました。
既に第10話を読まれた後の方はご確認ください。




