第9話 学園への出立
目が覚めた時、十数分が経過していた。
はっと瞼を開けて飛び起きる俺を心配げに見守る2人。すぐ元気なことを伝えると安心した顔になる。実際、体調は回復していた。
「ごめん。まさか気絶するほどだったなんて……」
「本当に気分悪かったら言って下さい」
しおらしく謝罪するタルホと、まだ不安が拭えない様子のニーア。
俺は元気に立ち上がって明るく言う。
「全然平気だって。ちょっと失敗しただけじゃん」
「う、うん。でも無暗に使わないほうがいいかも」
「私も慎重になったほうがいいと思います」
「心配し過ぎ。大丈夫だから」
念押ししてから今一度考えてみる。
今のは制御ができなかったのか、選んだ対象がマズかったのか。
何度かやってみて感覚は掴んできた。任意のタイミングで発動させられるっぽい。ならば能力だろう。使いこなせない力じゃない筈だ。
(生物以外はできるのか?)
思い至って近くの石ころを掴み拾う。感覚を想い出しながら力を込めた。
「何も、起きない」
「もしかしてまた力を使ったの?」
「うん。でも石はダメみたいだ」
「意識同調なんですよね。だからじゃないでしょうか」
「つまり意志があるものにしか効果がないと。じゃあ植物も無理かも」
「いいえ、植物にも意思はあります。動物のものとは違いますけど」
なんとなく零した言葉に意見が飛んでくる。
話しながら試していく内にいろいろと考察が進む。意思を始めとした道具類には効果なし。魚や獣はわかってたけど、植物にも効果があったのは驚きだ。でも反発するような不快感があった。
「段々コツを掴んできたぞ」
「動物と話せる風じゃないんだね」
「そうみたいだ。あと記憶が見える感じでもない」
「逆に見えたら怖いって」
相手の漠然とした気持ちは伝わって来たけど話まではできない。
これは対象の問題かな。魚の何匹かは力なく浮かび上がってしまう。それ以外も心なしか元気がないかも……。
(魚には悪いことしちゃったかな)
「会話ができないというのは?」
「うーん。無視されてる感じ」
要領を得ない言い方にニーアは考え込む仕草をする。
するとタルホが「繋がっても指示を聞くかは相手次第でしょ」と言う。
結論その1、繋げられる対象は生物。でも言うことを聞いてくれるかは別。
「反動のほうはどう?」
「どうって言われてもなぁ。普通にあったよ」
「なかったのはお父さんの時だけ?」
「うん」
即答した。本当にその通りだったから。
「だとすれば、繋げる相手との関係性でしょうか」
「なるほど。頭いい!」
「いや、そのくらい気づいてよ」
「あははは……」
恥ずかしくなり笑って誤魔化す。言われてみたら簡単だった。
結論その2、反動の有無は関係性。ああ、それと同調中は痛覚共通で、こっちは誰が相手でも変わらないみたいだ。
そこで最初の猫・ナタリアと今しがたの魚らを思い出す。
(無理に繋げると影響出そう。相手にちゃんと伝えてからにしないと)
一回、深呼吸をした。
「あのさ、上達したら2人に能力を使ってもいいかな?」
短い沈黙の後で2人ははっきりと頷く。
「いいよ」
「はい」
「ありがとう。もちろん時と場所は選ぶから」
「ていうか、上達するために練習台になってあげるよ」
「確かに能力の内容を考えたら1人は難しいかも……」
友人達の勇気ある提案に有難く乗っかることにする。
しばらくは試す気持ちになれなくて、魚や植物に申し訳なく思いながら特訓を続けた。
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能力の修行を続けながら俺は周辺の森や山を駆け回っている。
石や根で凹凸のある斜面を全速力で上り下りしていく。途中、茂みが揺れ影が飛び出す。
「ギャアァァァッ」
「せいやっ」
何度か遭遇したことのある猫型の魔物。剣を抜き振り抜く。
一撃では倒せない。だけど取り乱さず数回切り結んで撃退。剣を収め走り込み再開だ。
「グルルルッ」
「雷よ、貫け!」
今度の敵は雷魔法で迅速に倒す。
複数出てきた時は広く放電。または剣に炎を纏わせて範囲を調整し薙ぎ払う。
(剣に付与はほどほどにしないと)
やり過ぎると武器が壊れる恐れがあった。それはマズい。
最近はこうして基礎を鍛えつつ、大人達の周辺警備に参加したりしている。少しでも実戦経験を積むために……。
(そろそろ休憩しよう)
峠に差し掛かり折り返す。そしていつもの川辺まで来た頃だ。
「あれはニーア」
「お疲れ様です」
薬箱を抱えたニーアが町から足を運んで来ていた。
すっかり見慣れた光景で、俺が足を止めると歩み寄り傷の有無を調べる。今日は何もないのにほっと安堵を息を零す。心配してくれているのが伝わってきて嬉しく思う。
「いつもありがと」
「お礼なんて。私はただ少しでもお役に立ちたいのです」
「十分助かってるよ」
俺が言うと彼女は照れた様子で頬を染める。
弁当を持ってきてくれたようで一緒にご飯を食べた。
「美味しい!」
「よかったです。今日は新しい品目に挑戦したの」
「初めてでこの味!? 凄い上達してるじゃん」
「うふふ、そんなに褒められると照れちゃいます」
もじもじするニーアを見てるとこっちまで照れてしまう。
他愛もない話をしている筈なのに、どうしてこんなに顔が火照るのか。カッと身体が熱くなるのを感じた。激情のままに弁当の残りを掻き込んだ。喉を詰まらせたら飲み物をくれて。
「おーい! 2人ともやっぱりここにいたんだね」
向こうからタルホが駆けてくる。彼の登場で熱が収まった。
「今日はなんの用だ?」
「えー用事がないと来ちゃいけないの」
「そんなことねぇよ。なあ」
「はい、もちろん」
「まあいいや。せっかくだし剣の相手でもする?」
「是非頼む」
せっかくの申し出を受け俺は立つ。
持ってきてくれた木剣を受け取り位置について構える。それからはしばし剣の打ち合いをして時を過ごした。
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あっという間に時は過ぎていく。日常を繰り返し13歳。
とうとうこの日がやって来た。手続きや準備を済ませて今日、町を旅立つ。王都行きの馬車の前で俺達は両親や友人に見送られる。
「しっかりね。身体にを気をつけるのよ」
「勉強と鍛錬を怠るんじゃないぞ」
「言われなくてもわかってる」
身体の心配や注意を促す両親に俺は苦笑い。隣ではニーアも似たような会話をしていた。
「元気で。これ良かったら持ってて」
「手作りのお守りか。ありがとう、大切にする」
「はい、うちのパン。道中で食べな」
「ありがとう。おばさん」
「いいんだよ。いつも息子と仲良くして貰ってるからさ」
餞別のパンは量が多かった。それもその筈で2人で分けるように言われる。お守りは彼女も同じように貰っていた。
たっぷりと別れを惜しみ、御者の人が声を掛けるので馬車に乗り込む。座って走り出すのを待ってから大きく手を振る。こうして学園のある王都へ向け町を出立した。
馬車のお守り「魔除けの鈴」が澄んだ音色を響かせる。
カサリナの町を出てすぐ橋を渡り道なりに行く。青い空の下、砂利道の脇に広がる畑では麦や野菜が実り風に揺れていた。
のんびり揺られながら時間をみて分け合ったパンを齧る。
長く揺られているとやがて小川に架かる橋が見えた。ここを超えればもう王都グランノールだ。結界に守られた都市は華やかに賑わう。
今日からこの場所で新しい生活が始まる。外の世界へまた一歩、俺は踏み出す。




