第8話 意識同調
年月が過ぎていく。学校や道場に通い、遊んで、手伝いをして日々を繰り返す。
一時不穏な時期はあったけどやることは変わらなかった。ただ人伝に、邪神復活を目論んだ邪教団の暗躍を防いだ勇者が姿を消したのを聞く。今、魔物の狂暴化は収まっている。
北半球にある王国のローゼ(6月)は雨季、俺は11歳になった。
今、グランデール学園への入学を目指して勉強中だ。でも初っ端から難関に直面している。放課後の雨音が聞こえる教室内でハロルドと話す。いや、話そうと思うがなかなか言い出せない。
「あのさ、こっちは君の百面相を見る気ないんだ。用事がないなら行くよ」
「待って!」
席を立ち去ろうとする彼を引き留める。
(こいつに頼むのスッゲー嫌だ、けど)
「お願いします。語学を、教えて下さい」
口が裂けそうだ。でも言い切って頭を下げた。
仕方ない。俺が知る中で彼が一番語学に詳しいんだから……。
そろ~っと顔を少し上げて相手の顔を見る。ハロルドは口元を引きつらせ、眉根を寄せて半身を反らしていた。でもすぐ平静に戻り言う。
「別にいいけど、どれが知りたいんだ?」
「アトラティエス語!」
「選んだ理由を聞いてもいいかな」
「冒険で行ってみたいから」
「実に単純でわかりやすい理由だね」
から笑いを浮かべながら了解したと言い資料館に行く。
渋っているように見えたから不安だったが、とりあえずよかった。
資料館の片隅で俺達は並んで長机の上に向かう。辞書と教本、紙とペンを手に学ぶ。
「始めに言っておくと、僕が教えられるのは読み書きまでだから」
「会話は教えてくれないのか」
「口頭説明のための発音はするさ。けど声帯や音域的に完璧は無理なんだよ」
そう言われると反論できない。身体構造が違うから似せるまでが限界か。
注意事項を伝え終わると早速本題だ。俺達が普段使っている中央共通語と、照らし合わせながら読めるようにしていく。合間にちょっとした小話が入った。
「彼らの国では家名が頭にくる。名前に古き言葉の意味を乗せたりね」
「ファミリーネームが先かぁ。混乱しそう」
「仕方ないよ、そういう文化なんだからね。桜嵐帝国だって家名が先にくるじゃないか。他にも冒険に役立つことがあるんだ」
「えっそうなのか。例えばどんな?」
「一番は古代文字の解読だね。完全ではないが、アトラティエス語は古い言語と共通項が見られやすい。多少の効率あげや参考程度にはなると思う」
深く考えてなかっただろう、と自慢げに言ってくるのは少しむかつく。
だけど同時に感心もした。意外と丁寧に教えてくれ、要点をまとめたノートが完成する。おかげで今後の自習が捗りそうだ。
また指導を頼んでもいいか、と聞けば「仕方ないな」と苦笑いされた。そして帰り道でのこと。
「今日はありがとう」
「このくらい大したことじゃないよ」
帰路につくため別々に歩き出そうとした時――。
「あのさ、前から思ってたんだけどさ」
「んん?」
「ニーアと話す時、今も時々から回ってるからもう少し落ち着いて話した方がいいよ」
「なっ!?」
「じゃあ、またな!」
敵に塩を送ったかもしれないけどいいんだ。
俺は言うだけ言って走り出す。家に帰った後は食事と風呂を済ませてから自習した。頭の中で海の世界を夢想しながら……。
別の日でも俺の勉強会は続く。今度はニーア達と一緒だ。
会場はニーアの家のリビング。俺ん家と違って植物多めの内装で雰囲気が出ている。まさに癒しの空間って感じだ。タルホは俺達の教科書を見ながら紙にペンを走らせた。
「タルホ君、ここの式間違ってます」
「あれれ、うーん。えっと……」
ニーアが優しく教えると少し遅れて気づく。
「俺はここに入る薬品の名前が、どーしてもわからなくて……」
「見せて。あ、そこはですね」
苦手な分野の課題を教え合いながら進めていった。
しばらく文字や数字と奮闘した後、大きく伸びをして一息入れる俺に彼女が言う。
「エミル君。私もね、グランデール学園に行こうと思うの」
「本当に? もしかして冒険科目指すの?」
そういうと彼女は首を振る。
「医療科、治癒師になろうと思ってて」
「なるほど~。でも嬉しいよ」
「私も……。一緒に通えるね」
「えへへ、俺頑張っちゃうぞ!」
つい拳を握って力が入ってしまう。気分が高揚して胸の奥が熱くなった。
照れて頬を赤らめているニーアが可愛い。まさか同じ学園を目指していたなんてという驚きと、この先も一緒にいられる喜びが全身に漲っていく。
「もしもーし、僕のこと忘れてない?」
「ごめんごめん。さあ、残りの課題もやっちゃおう」
「はい」
まあ、こんな感じで勉強会は滞りなく終わった。
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雨季が過ぎ、夏がやってくる。そして今日は朝から忙しかった。
ことの発端は数日前で畑が荒らされてしまったらしい。誰かが偵察に行って魔物の増殖を知り、相談して被害が拡大する前に減らしておこうと決まる。
そのすぐ後、夜に部屋で寛いでいた時だ。父さんが部屋に入って来てこう言う。
「今度の討伐一緒に来るか」
「いいの?」
父さんは静かに頷く。
「お前も大きくなったし冒険者になるんだろう。経験は詰んでおいたほうがいい」
「行く行く。俺頑張るよ」
「よーし、じゃあ準備しておくんだぞ」
「うん」
こんな感じで参加が決まった。そして今、俺は父さん達と森に来ている。
大剣を背負う父さんの後を追い、山の方へ向かい登って行く。増殖した魔物の根城は山の中腹付近らしい。事前に聞いた話だと鋭い爪を持ち、しなやかな体躯で俊敏に動く獣型だ。
いろいろ想像を廻らせてきたけど緊張してしまう。
日々の修練がどこまで通じるか。己の実力を試す機会に落ち着かない。
「この先だ。皆気をつけろ」
男の1人が言った。身を隠しつつ茂みの隙間から敵の状況を探る。
魔物は以前遭遇したものに似ていたが小さい。その分数が多く、巣穴の前や周囲を数匹が巡回していた。奴らは見張りだろう。子供の俺にもわかることだ。
「手筈通りにいこう」
皆が頷いて応じる。他の人達が包囲するように散って行く。
「合図が来たら一緒に出るぞ」
「うん」
合図が来た。俺は父さんと茂みから飛び出す。
武器を構えるが敵に睨まれると一瞬ビビってしまう。でも冒険者になるんだ。そう己を叱咤して足を、腕を動かした。獣の咆哮と唸り声が響く。
向かい来る牙や爪を剣で受け流して反撃。
危ないところを父さんに助けられながら着実に倒していった。
でも俺は見てしまう。離れた味方の近くにある岩の上に、一回り大きな敵の姿を――。
(ここからじゃ間に合わない。声も届くかどうか)
何か伝える手段はないかと考える。だけど思いつかない。
獣が姿勢を低く構えた。飛びかかる気だ。味方の男が気づく様子はなく、いつの間にか父さんとも距離が離れている。父さんの位置からなら助けられるかもしれない。
「父さ――ッ」
獣が跳躍した。ダメだ、やられてしまう。
そう思った時、既視感のある感覚を覚える。あの時の意識が繋がるような感覚だ。敵、上、助けなきゃという直感的なものが脳内に渦巻いていた。即座に父さんが反応する。
「上だ!」
「はっ」
――ガッと大剣で奇襲を受け止め防ぐ。
狙われていた人も気づいて応じる。協力して撃退した。
戦いが終わり武器を収める。周辺への警戒を続けながら父さんが駆け寄ってきた。
「エミル、今のは?」
「よくわからない。前にも同じことがあって……」
能力の可能性を含め説明する。あれから音沙汰なくて忘れていたんだ。
俺の話を父さんともう1人の男が聞いていた。
「能力か。意識が同調するような、テレパシーを受けたような感覚だった」
「シンクロしたってことですかね?」
「じゃあ俺の能力は意識同調って感じか」
「そうかもしれないな」
笑いながら頭を撫でてくる。隣の男が軽い調子の声音で言う。
「使いこなせたら連携が楽になりますね」
「あ、そっか。今みたいに仲間のピンチを助けられる!」
「そうそう。便利だぞ~これは」
「こら、能力なら代償が伴う。きちんと確認しないと危険だ」
「おーい。帰るぞ」
呼びかけに応じ、道中話をしながら考えた。
これはまた1つ課題が増えたぞ。剣術や魔法はだいぶ上達したし能力開発の再会だ。
翌日から能力の特訓を始める。昨日は疲れてたからやめた。
いつもの森で頭を悩ませる。タルホとニーアも一緒だ。意見を交わし合う。
「どんな感覚なのかな。操れる感じ?」
「いいや。頭の中とか通じてる感じかも」
「へぇ、凄そう」
「でも能力ということは反動があるんじゃ……」
当時の状況を話しつつ考察していく。どちらも誰かの危機だった。
でも初めての時は反動があって、この前はなかったと思う。何が違うんだろうか。他にも共通点がないかを考える。
「助けたいって気持ちが関係してるみたい」
自信なさげにニーアが言う。自問のような、独り言っぽい声音だ。
「反動があったりなかったりはなんで?」
「最初の時は猫のナタリアだったろ。次は父さんで……」
「人か動物かの違いってことかな」
「その場合、植物は入るのか? どっちだろう」
俺が植物や物も対象に入るのかを考え中、タルホが何気ない調子で聞く。
「ちなみに今使える」
「ん~どれ」
ちょっと答えられなかったので試す。対象は魚でいいか。
水面を覗き込み、魚影を見つけ意識を集中してみる。あの時の感覚を思い出すんだ。通じろ、繋がれ、と念を送った。自然と力が入って睨んでしまう。
「あっ」
「成功したの?」
「逃げられた」
「危険を感じてってことかな」
気まずい空気が流れるが諦めない。次だ、次。
手当たり次第に見えた影を凝視して念を送る。何度も逃げられ、見失い、やがてピコーンッと何かのスイッチが意識の内側で入った。
「うげぇ~気持ち悪い。頭ん中が揺れてるみたいだ」
「大丈夫ですか!?」
「まだ平気。せっかく繋がったんだしもうちょっと……」
直後、俺は盛大に悲鳴を上げる。魚が頭から岩に激突した瞬間に。
頭を押さえて呻く。それを見たタルホが「もしかして痛覚まで共有してる?」と呟いた。痛みで繋がりが解けるのを感じ、不快感が限界を極めて目を回す。




