06話 古代都市ポンペイ
ポンペイの街で最初にやってきたのはフォロだ。
「おふろ?」と娘が上着を脱ごうとする。ユリさん、ここはお外ですよ?
「ちがうわよ。この広場はフォロっていうのよ」と妻が教える。
「それであっちに見えるのがジュピター神殿。昔の人にとって教会とかお寺みたいな場所だよ」と僕は言った。
ジュピターとは、ローマ神話ではユピテルとも呼ばれ、天空を操る神の一柱だ。よくギリシャ神話のゼウスと同一視される。まあ、つまりライトニングボルト持ってるあの人のことである。
「ほぇ〜。でもでも、はしらしかないよ?」と娘が素朴に聞いてくる。
「そこは指摘したらだめよ。ちゃんと目をつぶって昔の姿を想像するのよ」と妻が正しいような正しくないようなことを言う。
「まあまあ。ユリ、その後ろの大きな山を見てごらん。あの山が噴火してこの辺り一帯は灰に覆われたんだよ」と僕が解説する。
ジュピター神殿の真後ろには、車窓からも見えたヴェスヴィオ火山が雄大に佇んでいる。
「ふっふ〜ん。ユリならやまが、ボーン!てなってもにげれるよ?」と走る真似をしながら娘は言う。
「ユリの足じゃたぶん無理だわ」と冷静に妻がツッコんだ。
神殿の横には保管庫があった。そこには大小様々な壺や瓶、食器らしきもの、果てには当時製造された彫刻までもが陳列されていた。
「ねえまま?あそこにある、ちっちゃいのはなに?」とユリが聞く。
「ああ、あそこに展示されてるのはね噴火の時に灰で埋もれてしまった子供だよ」と妻が若干答えづらそうに言う。
「とは言っても、本物の体じゃなくて、形どった石灰の塊だけどね」と僕も付け足す。
「う〜ん。ちょっとかわいそう」とユリが呟く。どう取り繕っても小さな子供の遺体なわけで、少し残酷なことには変わりない。
「さて、次は秘儀荘の方へ行こうかしら」と妻が少し暗くなった雰囲気を戻しながら提案した。
「そうしよっか。そこに辿り着くまでは特に見どころはないから、ゆっくりと景色でも見ながら歩いていくか」と僕も賛成した。
「ねえねえ、みてみて!」とテンションがもとに戻った娘が何かを発見して催促してくる。
「そんなにはしゃいじゃってどうしたの?」と妻が聞き返す。
「ユリのあしがね、はまっちゃったの!」と石畳の道路に出来ていた溝に靴をはめた娘が言った。
「それは、轍って言ってね、荷馬車が何度も同じ場所を通ることによって車輪が石を削って出来た跡なのよ」と妻が解説した。
秘儀荘は少し遺跡群から離れた所にあり、道中には所々で緑が生い茂っている。石に囲まれた遺跡群から外れたことでの雰囲気がガラッと変わり、どこか南の国を連想させる、のどかな散歩道が続いていた。
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今回は「ジュピター神殿」「陶器保管庫」「石畳の轍跡」です