◆最終話 メタフィクションの構造
「っだあああああああああああ! 終わったあああああああ!!」
「お疲れ」
ごきごきと肩を鳴らした俺を見て、コトリ、とデスクの横にアイスティーが置かれた。夏らしい柑橘系のフレーバーティーは、学生時代から贔屓にしているカフェで、期間限定販売されていたものらしい。
先代の跡を継いだ甥夫婦がやっている喫茶店は、雰囲気が良くて味も良いのだ。
それを飲んで喉を湿らせたところで彼女はにっこりと微笑んだ。
俺は今、生まれて初めての恋愛小説に挑戦していた。
契約している出版社が新しく恋愛系のレーベルを立ち上げることになり、そのオープニングをにぎやかすために書き下ろして欲しいと頼まれたのだ。長く書いてるといろんなことを頼まれる。
慣れない恋愛モノに四苦八苦したが、どうにかこうにかエピローグまで書ききったのが今であった。
「で、美華ちゃんと陸くんはどうなったの?」
「いや、そりゃくっつくでしょ」
「まぁ、それはそうよね。ちょっと読ませて」
ずずいと身を乗り出した彼女は、マウスを動かしながら原稿を目で追っていく。
だんだんと険しくなる彼女の表情は、やがて最終話を読み終えたところで怒りに変わる。
「はぁ!? アンタのどこがこんなに男らしい訳!? 美化しすぎでしょ!」
「別にこんな感じだっただろ!?」
「どこが! もっとゴニョゴニョ言ってたし、前っ然聞き取れなかったんだからね!?」
「おまっ、じゃあなんでオッケーだせんだよ!? 聞き取れてたんだろ!?」
「そもそも美華って弱すぎじゃない!あの程度で泣いたり絶筆とかあり得ないし!!」
「あの時、絶対泣いてたぞ!? 何ならギャン泣きに近いレベルだったろうが!」
「うっさい元陰キャ! 言語化できないくらいどもりまくってたくせに!」
「黙れ元ギャル! まつ毛むしるぞ!?」
俺たちが罵りあう部屋の片隅。
額縁に納められた手書きの券が俺たちのやり取りを眺めていた。
【おしまい】




