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02

 私の推しである隼瀬雪路(はやせゆきじ)と言う人は、一言で言えばハイスペック毒舌執事キャラだ。主人のことをなによりも第一に考え行動し、そのための苦労ならどんなことでも厭わない、そんなキャラクター。私は彼のそんなところが好きだったし、勿論今も素敵だと思っている。

 だがしかし、隼瀬雪路はあまりにも主人、海音寺常盤(かいおんじときわ)のことが()()()()()、というのが、『イケ学』ユーザーの総意だ。

 『イケ学』をプレイするにあたり隼瀬雪路、海音寺常盤のどちらかのルートをクリアしようとすると当然のように片方が出張ってくる。それも全て隼瀬雪路が海音寺常盤に対してべったりくっついているせいである。寝ても覚めても常盤様、昼休みになっても常盤様、放課後も勿論常盤様、家に戻っても寝る前も休日も常盤様常盤様常盤様。いつでもどこでも常盤を追いかけるその姿はもう崇拝に近い。常盤は常盤でそんな雪路にうんざりとしながらも突き放したりはしないので、乙女ゲームとして以外の『そういう嗜好』で楽しんでいた人たちにもその二人の姿は人気があったようだ。

 まあつまり、何が言いたいかといえば。

 『イケ学』ヒロイン、春風唄(はるかぜうたい)が転校してくるのは七月の頭頃、そして今はまだ五月。


 当面の間のライバルは、ヒロインよりもこの目の前の海音寺常盤ということになる。


「仮にも大切な友人に対してひどい言いぐさじゃないか? それは」

「『大切な友人』の頭に『仮にも』がついてる時点でどうかと思うんだけど、それはまあ置いといて」

「置いとかずにちゃんと突っ込めよ」

「どう見たって今雪路さんの中での一番好きな人って常盤じゃん」

「聞いて、スルーしないで。そして気持ち悪いこと言うのはいい加減やめてくれ」


 その端正な顔を歪め、全力で拒絶を示してくる常盤に若干の不満が募る。

 なんだよ、雪路にあれだけ愛されて尽くされているくせに、それを言うに事欠いて気持ち悪いなんて。なんて恨めしい。


「そりゃ君は雪路のことを好きだから羨ましいかもしれないけど、雪路は男でぼくも男だ。そしてぼくの恋愛対象は女の子。同性に好意を寄せられても全くこれっぽっちも嬉しくないし、気持ち悪いだけだよ」

「本当に雪路さんが常盤に想いを寄せてたらどうするの!? 雪路さんを振ったら末代まで呪ってやる!!」

「勢いが!!」


 常盤は若干青ざめつつ、詰め寄る私の額を押し返して咳払いをした。とにかく、とその端正な顔に疲れの色を滲ませて、私を見遣った。


「確かに雪路は過剰に、それこそ鬱陶しいくらいにぼくに対して世話を焼いてくる図々しやつだが――ちょ、事実だろ、そんな呪い殺しそうな目で睨んでくるな。――ごほん、そんなやつだが、恋愛対象は当たり前に女の子だ。これは間違いない」

「……なんで常盤にそんなこと分かるの」

「君、妙に疑り深いな……なんなんだ、そんなに雪路の好きな人をぼくにしたいのか」

「他の女に取られるくらいならそれもありかなと思ってる」

「やめてくれ」


 真顔でそんな私の妄言を否定したあと、常盤はもう一度咳払いをして、話を進めた。


「雪路の恋愛対象は間違いなく女の子なんだ。これは間違いない」

「いやにはっきり言い切るね」

「いやまあ、本人に聞いたからな」

「え、わざわざ聞いたの? 恋愛対象の性別はどっちかって」

「そんなこと聞くか! ……じゃなくて、えーと、雪路が六歳くらいのときかな。雪路が家の近くで迷子になってた女の子を助けたらしくてな」

「……え」

「助けたお礼にってシロツメクサのかんむりを作ってくれたらしい。思えばあれが初恋だったのかもしれませんね、って雪路本人が言ってたんだよ。だから雪路の恋愛対象は間違いなく女の子――ってあれ、どうした?」

「……」


 先程と立場は逆転し、今度は私が青ざめ俯く番だった。

 やばい、これはまずい、非常にまずい。何がまずいってそりゃもう、今常盤の話したエピソードに心当たりがあるすぎるせいである。

 六歳、迷子、助けられる、お礼のシロツメクサのかんむり。これらの要素が全て詰まったエピソードをひとつ、私は知っている。

 これは『イケ学』のヒロイン、春風唄が幼少期に体験する最も重要なエピソードのひとつだ。ゲームではこのエピソードでの相手役が誰かによって、春風唄の本編での相手役が変わる。もっと言うと、最初に誰を攻略するかの選択によって、このエピソードを体験するキャラクターは変わってくる。常盤を攻略キャラに選べばこのエピソードは常盤のものになるし、雪路を選べば当然このエピソードは雪路のものだ。もちろん全ルートを攻略した私は全てのキャラクター相手にこのエピソードを体験した。それはまあ置いておく。それよりも、だ。

 隼瀬雪路の幼少期にこのエピソードが存在する、ということはつまり、春風唄が隼瀬雪路のルートに入ってしまったことを示している。

 これは非常にまずい。


「なんだ、好きな男が他の女に取られる未来が確定したみたいな顔して」

「……嫌に的確で腹立つな……ぐぅ、でもそれに返す余裕がない……そんなまさか、なんだかんだとどうせ一番人気の生徒会長ルートに入ると思ってたのに……」


 隼瀬雪路は私の最推しではあるが、全体的な人気で言うと真ん中より少し下くらいだ。純粋に乙女ゲームを楽しみたい人から見るとたの過剰なまでの常盤愛はあまり好ましいものではなかったようだ。だからまあ、ヒロインが来たらライバルになってしまう、とは思いつつもそんなに注視はしていなかった。だってまさか数多くいる攻略キャラの中で雪路が選ばれているなんて思わないじゃないか。


「これなら本当に雪路さんと常盤がくっついてくれたほうがマシ……」

「おや。私の話ですか?」


 ふと。頭上から聞こえた声に、ドキリと心臓が高鳴った。パッと顔を上げると、完璧なまでに綺麗な微笑みを携えた雪路が立っていた。


「ゆ、いや、えっと、は、隼瀬さん――」

「こんにちは、(かがり)様。今日も常盤様と仲良くして頂きありがとうございます」

「あ、あはは、いえ、そ、んな」


 バクバクバクバク、痛いくらいに波打つ心臓の音を聞きながら、私は赤い顔を見られないように下を向いた。常盤はそんな私を『誰だよお前』と言いたげな目で見ている。うるさい、こっちを見るな。目の前に推しが立っている事実を受け止められてないんだ勘弁してくれ。

 因みに今雪路が私の名前を読んだ通り、私と雪路はこれが初対面ではない。なにせ私は教室では基本的に常盤と一緒にいるし、雪路は常盤より一つ上の学年で当然クラスも違うというのに朝学校に来てからホームルームが始まるまでと昼休み、そして放課後の時間全て常盤のいるこの教室で過ごしているのだ。そりゃあ会わないわけはないし、常盤も雪路に私の話をしていると言っていたから認識もされている。推しに自分の存在を視認されている事実がヤバイ。吐きそう。一応数多くいる推しの中の一人である常盤の前ではこうはならないので恐らく雪路の前限定での現象だと思われる。息が苦しい、が幸せだ。


「……篝様、どうかされましたか? 体調が優れませんか?」

「あ、いえ、その、ぜ、全然元気です、ので」

「そうは見えませんが……よろしければ車で家までお送りしましょうか」

「ひえっ、いっ、いえそんな、ご、ご迷惑を」

「迷惑などでは……いつも常盤様と仲良くして頂いているお礼です。どうか送らせてください」

「ち、ちか……あの……」

「あー、雪路、雪路」

「? はい、なんでございましょう、常盤様」


「近い。もうちょっと離れてやれ」


 そいつの心臓のために。

 と、声にこそ出していなかったが常盤の声が聞こえた気がする。何にせよありがたい。顔面ドストライクの男にこれ以上迫られていたら私の心臓が臨終するところだった。

 「これは失礼致しました」と慌てて離れていった顔にほんの少しの寂しさを覚えつつ、ほっと息を吐いた。が、それも束の間、


「でもそうだな、顔色が悪いみたいだから車で送って帰ろう」

「……は」

「流石は常盤様、お優しい」

「え、ちょ、ときわ……」

「なあに、遠慮なんかするな。ぼくと冬雪(ふゆき)の仲じゃないか!」


 そう態とらしく私の名前を呼びながら肩を叩き、常盤は笑顔を向けてきた。……こ、このやろう。


 雪路の常盤へ片想い説推しまくったこと根に持ってやがる……!!


 抵抗も虚しく、私は雪路に手を引かれながら――この間も失神しそうだった――常盤の車へと連行された。

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