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01

 私には、前世の記憶がある。


 なんて冒頭から始まると電波なんて思われるかもしれないが、本当のことだ。今、私は前世でプレイしていた乙女ゲームの世界に転生してしまっている。

 『イケメン学園~運命の相手を探せ~』略して『イケ学』と呼ばれていたそのゲームは前世の私がひどくハマり一時期猛烈にやり込んでいたものだった。『イケ学』は推し以外のキャラも魅力的で、他のゲームでは推し以外は見向きもしないところをつい熱が入り全ルート全エンドをクリアしてしまっていたのも記憶に新しい。いや前世だから新しくはないんだけど、それはいい。置いておく。

 『イケ学』は先程も言ったとおり魅力的なキャラクターが沢山いるゲームだ。推しが複数人出来てしまい、友達に『浮気者』と称されてしまうくらいには、魅力的で素敵なキャラクターが沢山いた。しかしそんな私にも最推しはいる。名前は『隼瀬雪路(はやせゆきじ)』。とあるお金持ちのお坊ちゃんの執事を務めており、誰に対しても微笑みを絶やさず、礼儀正しく、勉強も運動も卒無くこなすハイスペックキャラ。ただし少し毒舌なところがあり、丁寧な口調で主人や学友たちに厳しいことをズバッと言ってのけるそのギャップもまた人気があった。執事キャラにそれまで特にときめいたこともなかった私は、そのドストライクな見た目に即効で落ちた。早い話が一目惚れである。しかしその性格を知り、雪路のルートを進めていくうちに彼自身を好きになった。今思えば私は前世、隼瀬雪路という人に恋をしていたのかもしれない。

 そしてその恋心は勿論、彼と同じ世界に生まれ落ちた今でも継続して私の中に住み続けている。


「まったく雪路なんかの何処がいいのか、ぼくにはさっぱり分からないな」


 そう肩を竦めて苦言を呈すのは、私の最推し隼瀬雪路の主人であり『イケ学』の攻略キャラクターの一人――『海音寺常盤(かいおんじときわ)』だ。錆色のサラサラとした髪に輝く金の瞳を持つ彼は、『イケ学』の攻略キャラクターだっただけあって文句の付けようのない美形である。苦言の割にからっとした表情をしている常盤に、私はきょとんとした顔を返して、首を傾げた。


「どこって、そりゃいつも言ってるけど」

「ああ『全部』だろ、知ってるよ」

「そうそう。んで、強いて言うなら」

「『顔』だろ。それも何回も聞いた」

「……なんだ、分かってるなら聞かないでよ。恥ずかしいなあ」

「いや、分からないんだよ」

「……スルーしないでよそれこそマジで恥ずかしいから」


 両手を頬に当て、恥ずかしそうに笑ってみせるフリまでしたのに、常盤は全くなにも気にしてない笑顔で話を進める。

 相変わらずのスルースキルに、私はうんざりとして溜息を吐き出し、常盤の話を聞くことにした。話を聞かないやつに何を言ったって無駄だ。


「で、何がわからないの」

「いや、だってどう考えたって雪路よりぼくのほうがいい男だ」

「…………」


 ……出た、ナルシスト。

 清々しいまでに言い切ってみせるその態度には、毎度のことながら呆れを通り越していっそ感動すら覚えてしまう。これもゲームで見ていた常盤の性格通りだ。

 海音寺常盤はお金持ちのお坊ちゃんという設定こそあるが、見た目や実際話してみた上での印象は案外『普通』。気さくで明るく、クラスメイトや転校生としてやってくるヒロインにも親切な人気者キャラ――というのがゲームのプロフィール欄に書いてあった彼の性格だ。お金持ちということを鼻に掛けることなく、初っ端から明るく話しかけてくれる彼の姿はプレイヤーの目から見ても好印象だった。…がしかし、当然彼にも難点はある。そりゃそうだ。完璧で欠点の一つもないキャラクターなんてなんの魅力もない。私の最推し隼瀬雪路にだって毒舌という欠点があるように、彼にだって欠点はある。

 それが、『ナルシスト』という設定。

 先程の彼の台詞からも分かるように、海音寺常盤は自分が誰よりも優れた人間であると信じて疑わない。自分が人より上にいる人間であることは絶対の事実。こちらもそれを理解しているという前提ですべての話を進めてくるのだ。

 とはいえ、普段は常盤もそんな性格を隠して生活している。当然だ、その他大勢に対して空気を吸うように当たり前の態度でマウントを取ってくるようなやつ、例えどんなに良いやつでも頭が良くとも人気者になれるはずがない。普段の彼は本当にただのハイスペックな良いやつだ。

 そんな常盤がなぜ、私に対してはナルシストを隠そうとしないか。それはまあ、あれだ。私が隼瀬雪路のことが好きだからである。


 海音寺常盤と出会ったのは入学式の日、出席番号で前後の席になったのがきっかけだった。前世の記憶を持って当たり前のように『イケ学』の舞台でもある『星宮(ほしみや)高校』を選び入学してきた私は、目の前に立つ常盤にも動揺することなく話しかけた。常盤はゲームでの記憶通り、気さくに応えてくれた。席が近かったこともあり、入学式以降、私と常盤はよく話をする仲になっていた。その話の中には勿論、彼の執事である隼瀬雪路の話題もあるわけで、私はそれを楽しみに彼と話していた。そしてある日、つい口を滑らせてしまったのだ。私が隼瀬雪路に恋をしているという事実を。


『……(かがり)、雪路のことが好きなのか』

『え、あ、うん。まあ、えっと』

『……』


 篝とは私の苗字である。

 黙り込んでしまった常盤に私は焦燥を覚えた。雪路の話を聞く為に彼に近づいたと思われたらどうしよう。勿論雪路の話を聞くのが楽しみでなかったわけではないが、それだけで彼と友達になったわけではない。折角友達になったのにこんなことで距離を置かれてしまうのは寂しい。

 どうにかして友達のままでいれないだろうか、と頭の中でぐるぐる考えていた私に、常盤のこの言葉である。


『雪路のどこがいいんだ? ぼくのほうがよっぽどいい男だ』


 ――暫し、固まって。

 そうして、ガクリと項垂れた。ああ、そうだ。そうだった。彼はナルシストだ。決して忘れていたわけではないが、殆どの人に隠している本性を、まさか一友人である私に見せてくるなんて誰が思うだろうか――ちなみに本人は言ったすぐあと、「あっやべっ」と口元を抑えていたがその言葉も合わせてもう遅い――いや思わない。

 しばらくたっぷりと項垂れたあと、私はフッと顔を上げ、しっかりと常盤を見た。常盤はキョトンとした顔で私を見返していた。そうして、はっきりと言った。


『いや、雪路さんのほうが一億倍かっこいいから』


 ――言い切った私に、常盤は暫く間の抜けた顔をたっぷりと晒したあと、にんまりと笑って、私の手を取り言った。


『そうか! 一刻も早く目を覚ませるといいな!』


 ……殴らなかった私を誰か褒めてほしい。人の恋心を気の迷いみたいに言いやがって、この疑似坊っちゃんが。

 しかしこれでこそ私の知っている海音寺常盤である。お互い隠すこともなくなり、それからも交友は続いている。


 そうしてその間も何度か言われている「ぼくのほうがいい男だろ」発言にはもうすでに慣れきってしまっていて、私は軽くため息を吐きながら最初と同じ答えを返す。


「いや、雪路さんのほうが一億倍かっこいい」


 その言葉に、今日も彼はご満悦のようだ。

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