6話 逃走
なんとか山の中腹まで下り、野営の準備を始める。
雨が降るとの事だったので、簡易テントも張る。
薪も問題ない量は集められた。
今は17月に入ったばかりなので、まだ雪は降っていない。
「ダメだ、もう動けない」
良介はテントの中に寝転がる。
「だらしないな。荷物はほとんど俺が持ってただろう?というより良介の分の剣くらいは持ってほしかったんだが」
「無理、それ重いから持ってたらここまでこれなかった!」
「はぁー」
リハはため息をつく。
無理なもんは無理だ。リハ程僕はムキムキじゃないんだよ!
「とりあえず飯にして休憩するぞ。火を熾すから消えないよう番をしててくれ」
準備はしてくれるらしい。
空を見上げる。
空には星空・・・はない。
代わりに月のような星が2つ寄り添うように光っている。
おかげで完全な闇にはならず、月明かりのような明るさは残っている。
「空を見ると地球じゃないってつくづく思うよな」
良介は不思議と、地球に帰りたいと強く思うことはなかった。
帰れたらいいなーくらいには思うことはある。
が、このファンタジーな世界が結構気に入っていた。
実際は戦闘などを行っていない為、日本で狩猟生活しつつ不思議なパワーに目覚めた!くらいの感覚だったのは確かだが。
良介も一人だったら今は生きていないだろう。
その点は、リハにものすごく感謝している。
「今日の飯はビーモスだ。最後だから味わって食えよっ」
この世界に来た時に食べた、あのフレンチトーストもどきを手渡された。
「食べ方覚えてるか?」
とミルクの入ったコップを渡してくれる。
「覚えてるよ。ビーモスっていうんだな。そういえばこれは何なんだい?」
良介は浸しながら聞く。
「言ってなかったか?こっちがジャイアントビーの巣を解体、加工したもので、こっちがイモータルモスの体液だ」
良介が固まる。ビーモスってそういう意味か。
ビーにモスって翻訳だと・・・蜂と蛾じゃないか!
「どちらも特級の保存食だ。栄養価も高く疲労回復効果まである。そして常温での超長期保存が可能だ。
しかし数が少なくてあまり出回っていない」
「超長期ってどのくらい?というか僕ちゃんと消化できるのかな」
「10年以上持つぞ。イモータルモスの体液に浸すことによって食べることができるようになる。
そもそも良介は前に食っただろ?保存性は失われるからちゃんと今日中に食べろよ」
うわ早い。もう完食してるよ。
「わかってるよ」
聞かなきゃよかったと若干戸惑いながらも口に放り込む。
甘味が口に広がる。うん、やっぱり美味い。フレンチトースト懐かしい。
残ったイモータルモスの体液も飲み干す。
少しクセがあるが、ミルクの様だ。
食わず嫌いはダメだな。一度食べてるけど。
「さて、早いが就寝するぞ。天鳥がくる前に麓まで下っておきたい。雨が降り出したら移動する」
「了解」
そういいつつ良介は横になる。
疲れすぎて今日はぐっすり眠りそうだ。雨が降っても寝ていられる自身がある。
そう思っていたが、ひと眠りした後唐突に目が覚めた。
犬の遠吠えのような声が聞こえてくる。
「おい、リハ。この声はなんだろう。犬かな?」
「チッ、最悪だ」
リハが飛び起きテントを片付け始める。
「早く片付けろ!あの声は血 狼だ。もう補足されている。戦闘は避けられん。進みながら相手をするっ」
良介は初の魔物との戦闘にビビっていた・・・。
なんとかテントを片付け荷物を持ち、二人は麓へと駆ける。
後ろから2体の狼が近づいてくる。
デッケェ・・・
「魔物ってみんなあんなに大きいのか?」
走りながら良介が聞くと
「キョウガ峡谷特製の狼さ」
追いつきそうだった一匹を振り向き様、燃焼術で炎をまとった矢で速射しつつ答える。
相変わらずリハは多芸だなぁ。
「しかも、あれは群れの長だな。数が多すぎる。このまま谷を抜けるぞっ」
遠くに見える一際大きな狼。
「わかった。とにかく走ればいいんだな」
僕も振り向き様、追いついてきた一匹を鞘杖の切断術にて何とか切り捨てる。
ちっ浅かったか。
「狙うなら足を狙えっ 少なくとも追う速度が鈍くなるっ」
そう言いながら、少し離れたところを追って来ていた一匹の眉間を射貫く。
「一発で仕留められるならそれが一番だがな」
なんか悔しい。
とにかく僕らは追いついてきた血 狼を、撃退しながら谷に向かった。
初戦闘が逃走って僕らしいな。などと考えつつ、走る。
血 狼を鞘杖で切り捨てつつ谷底へ向かう。
10匹ほど倒したところで麓にたどり着いた。
木が多く生えており、体格の大きい血 狼の追い足が鈍る。
「もう少し進めばウォーグストンの生息地だ。気を抜くなよっ」
そうだった。忘れてました。
『ありがとうリハ』と内心感謝しつつ走る良介。
ふと後ろを確認すると血 狼はもう追いかけてきていないようだ。
「近くに気配はないが、気を抜くなよ?良介。」
「わかってる」
連戦にならないよう、慎重に歩を進める。
「なにしてる、置いていくぞっ!」
リハは走っていく。
「待ってくれっ!」
また走るのかぁ。
木をよけながら、二人は走り続ける。
夜行性と思われる動物の目が光るたびにビクビクする良介だが、リハはお構いなしにどんどん進んで行く。
「この峡谷は深いだけで、全長はそこまで長くはない。嫌な予感がする。このまま谷を抜けるぞっ」
当初は4日の行程だったはずなのに、2日以下で通り抜けることになりそうだ。
僕の体力持つかな?
しばらく走り続けていると、林を抜けた。
この場所は事前に聞いていた、最も危険な地帯だ。
峡谷の入口から3分の1程度に当たるこの場所は、遮蔽物がほとんどない牧草地帯のような形になっている。
つまりウォーグストンの集団に見つかれば、逃げ切る事は難しい。
「気を引き締めろよ良介。他腕多足人亜種は血 狼よりも早いからな」
「見つかったらどうする?」
リハ、余り不安になるようなこと言うなよ。
「さすがに集団はきつい。戦闘は避けて逃げるぞ」
「しかし、血 狼より速い相手に逃げ切れるとは思えない!」
僕は声を張り上げる。
正直、血 狼でさえ簡単に追いついてきた。逃げられるとは到底思えなかった。
「全くしょうがないな。仕方ない。奥の手を使う」
そういうとリハは僕の肩に片手を置く。
「離れるなよ?」
そういうとリハは力を込めた。
すると、リハの体が透けていく。いや、僕の体も透けている。
「二人だとこのくらいが限界か」
「なんだこれ!?」
僕はここ最近で一番驚いた。
「前に教えただろう?これが透過術だ」
「だから使えないんじゃなかったのかよっ!」
「だから奥の手だと言っただろう。内緒だぞ?」
「言う相手がいないよっ!」
リハって嘘つきなんだな。
本当は術全部使えるんじゃないんだろうか?
「切り札は二重、三重にさっ」
とウインクしながら言う。
くーっ、トラの顔がカッコよく見える。ずるい。
こいつ絶対他の術も使えるな。
「さて、俺の手が離れないように急いでいくぞ。離れたら効果が消えるから丸見えになるぞ」
「わかった」
良介は渋々リハと手を繋ぐ。
リハの手って意外と柔らかいんだな。
今度腹筋も触らせてもらおう。
そんなことを考えながら、小走りで進む。
しばらく牧草地帯を進むと、大きめの樹が見えてくる。
峡谷のほぼど真ん中に位置するその樹は、何の変哲もないただの樹だ。
しかし、他腕多足人亜種の住処となっており、危険極まりない場所となっている。
予定では、風下側を大きく迂回する予定だったが・・・
「何かおかしい。濃い血の匂いがする。危険だが、少し様子を見るために近づくぞっ」
僕の手を引き、木のほうへ向かう。
リハは鼻が良い。だが、人並みな僕でもわかるほどの生臭い鉄の臭いが鼻を突く。
正直近寄りたくない。
「大丈夫かな?いまは風下側だけど、見つかったら逃げられないよ?」
っと迂回したい旨を遠回しに言うが、
「キョウガ国側からは、この牧草地帯へ採集の為に人がくることがある。見殺しにするのは忍びない」
「僕を見殺しにしないでね?」
「もっとシャンとしてくれよ・・・見捨てるぞ?」
「冗談はやめて~! ・・・冗談だよね?」
良介は念を押すように聞くが、リハは答えない。
リハの顔が険しくなる。
もしかして・・・
「心当たりがあるのか?」
「・・・俺があまりに戻らないので、捜索隊が出た可能性がある。
長期間戻らないことは伝えておいたはずだが、血気盛んな奴もいたからな」
「でもここまで来るってことは、それなりに腕が立つんじゃないか?」
いくらなんでも弱かったら来ないでしょう?
「少し胸騒ぎがしてな。危険かもしれんが少々急ぐぞっ」
リハはそう言い、手を放し駆け出す。
当然、透過術は解除される。
「待ってよ!おいてかないで~」
本日何度口にしたかわからない言葉をいいつつ、良介は追いかける。
「見えてきたぞっ」
どうやら血の臭いの元が見えてきたようだ。
物音は聞こえてこない。
戦闘はすでに終わっているようだ。
木の根元には、数十ものバラバラになった他腕多足人亜種が散らばっていた。
余りの惨劇に、良介は口を押える。
「透過術を使っているかもしれん。近づくなよ」
と、リハに止められる。
その時、なにやらクチャクチャと音が聞こえた。
二人が目を凝らすと、散らばった他腕多足人亜種の胴体の影から、小さな茶色い縞模様の蛇が星明りを反射させながら首をもたげたのが見えた。
それを見た瞬間、リハが剣を抜き構える。
「よりにもよってコイツかっ!」
リハから強烈な殺気が零れる。
今まで生きてきていて殺気なんて感じたことないが、確実にこれは殺気だとわかるほどの悪寒を感じた
何が何だかわからない。
しかし、リハはこの峡谷入って以来最大限の警戒をしているようだ。
ただ事じゃない。
「この小さい蛇がどうしたっていうんだ!」
一応、リハに倣って良介も鞘杖を構える。
「あれは地竜だっ。それもおそらく、ノーガと呼ばれる上位種だ」
ただの蛇にしか見えない・・・。ヤバすぎじゃないか?
「上位種ってことは強いのか?」
「恐らく、ウォーグストンを殲滅したのは地竜だ」
嘘だろ。あんなに小さいのにこれを蹂躙したっていうのか。
地竜はこちらを見ていたようだが、興味なさそうに横を向くと、スルスルと這っていく。
そして、他腕多足人亜種の転がった頭に近づくと、目にかみついた。
「他腕多足人亜種を食べているのか・・・」
地竜は両眼を食べると、次の他腕多足人亜種の転がった頭に近づき、また『目』にかみつく。
「目だけを食っているのか?」
地竜はこちらを尻目に、次々と他腕多足人亜種の『目』を飲み込んでいく。
最後と思われる『目』を飲み終えると、地竜は満足そうに「ケプッ」とゲップをし、こちらを再度見つめる。
「クッ・・・くるか?」
しばしの膠着。
そして、地竜がこちらに這ってくる。
「うぉぉおおおおおぉぉおぉぉぉお!」
リハが雄たけびを上げ、地竜に切りかかる。
くそっ、僕もそれに続き切断術を発動させ走り出す。
リハの剣が地面に大きなクレーターを作る。
しかし、響いた音は地面が陥没する低い音と、『ギィィィン』という甲高い音だった。
「クッ」
リハが飛び退る。
地竜は気にした様子もなく、スルスルと這って行く。
ヤバイ、こっちに来る。
「良介逃げろっ」
攻撃力はリハのほうが格段に上だ。
僕の攻撃でははじかれるだろう。
そう判断し、破砕術を地面に当て土を巻き上げつつ、横に走り抜ける。
地竜が一瞬、こちらを見た気がするが、結局何もせず地竜はスルスルと這いながら離れていく。
警戒はまだ解けない。殺気が痛い。
二人は去っていった地竜の方を見る。
しばらくそうしていたが、戻ってくる様子もない為、構えを解きリハに問いかける。
「圧縮術は使わなかったのかい?」
うん、僕もZIPはさすがにヒドいと思うけど、思いついちゃったら固定されちゃったんだ。
「見ていただろう?使ったさ。使ったが傷一つつけられなかった」
どうやらリハも脅威は去ったと判断したようだ。
殺気が薄れていく。
「しかし、なぜこんなところに地竜が現れたのだ?」
「珍しいの?」
「存在自体が伝説級だ。図書館で挿絵を見たことがあるくらいで実物は初めてだ。」
リハはまだ警戒を解いていない。
そんなに危険なのか?確かに攻撃は効かなかったけど。
「複数の国が一匹に滅ぼされたと記載されていた。それに、
強いか弱いかわからないのであれば、最大限警戒するのは当たりまえだ。死んでからでは遅いぞ」
気を付けるようにします。僕もまだ死にたくないです。
おうち帰りたい。
良介は内心泣きながらため息をつく。
「とにかく急いで峡谷を抜けよう。あんなものが何匹もいるわけないが、他腕多足人亜種の生き残りに遭遇する可能性もある。気を抜かずに走り抜けるぞ」
「地竜は去ったんだし、走り抜ける必要はないんじゃない?」
しかしリハは
「トワカの村についたらすぐに避難を呼びかけなければならない。地竜気が変わって村が襲われてからでは遅い」
トワカの村とはキョウガ国の端、つまりキョウガ峡谷の入り口にある小さな村だ。
村ではあるが、常駐しているのは選りすぐりの騎士と傭兵で構成されている。
キョウガ峡谷はキョウガ国の一部ではあるが、警戒すべき場所だ。
「キョウガ峡谷は閉鎖だろう。地竜を討伐できるほどの部隊を編成するとなると何年かかるかわからんからな」
もうあのコテージには戻れないのかな。
地竜のせいでまたしても帰る場所を失ったように感じる良介だった。
「いくぞっ」
そして、後ろ髪をひかれつつ、二人は迅速に走り出す。
空には二つの星が、寄り添うように光っていた。
その光の中に、天鳥と思われる鳥が一羽飛んでいたことに二人は気づかないのであった。