2話 プロローグ2
読んでいただいてありがとうございます。
良介はどうやら気絶していたようだ。
左半身に地面の感触がある。
慌てて身を起こすと、そこは見渡す限り真っ白だった。
「今度は白かよっ」
思わず一人ツッコミ。
白い空間に前触れも無く顔のようなものが浮かび上がる。
見上げるような大きさで、石膏像のような無表情の顔だ。
絶えず形を変えているような、変わっていないような不思議な顔だった。
「えっと、ここはどこなんですか?」
良介はとりあえず話しかけてみた。
《選べ》
するとあの声が聞こえてきた。
ということはこの声の主はこの顔なのか。口は動いていないが。
「教えてください。僕は一体どうなったんですか?」
《選べ》
すると正面に鏡のようなものが3面浮かび上がる。
ちょうど姿見の様な長方形のものだ。
そして良介の姿が映る。
しかし、3面の鏡のような物には3種類の良介が映っていた。
一つは記憶にある自分、一つはかなり痩せている自分、最後は自分だろうと判断できる程度に姿の変わってしまった自分だ。
《選べ》
「選べって言われても・・・」
自分は自分だ。
痩せることにあこがれたことも有るが、自分であることを変えるつもりはない。
なので、記憶にある自分の前に立つ。
「選ぶも何も、これが僕です」
《進め》
「待って、僕の質問に答えてください」
《進め》
《進め》
《進め》
一つ声が聞こえるごとに顔が一つ増えていく。
「ここはどこなんですか!進んだらどうなるんですか!」
《進め》
《進め》
《進め》
ダメだ、聞いても何も答えてくれない。
顔はどんどん増えていく。
すでに何十もの顔がこちらを無表情に見ている。
《進め》
《進め》
《進め》
『このままここにいたら危ないかもしれない』
そんな恐怖感を覚えた為、追い立てられるように姿見に手を伸ばす。
手が触れた瞬間、視界が暗転し意識が落ちていく。
《加護があらんことを》
やっぱり他の言葉喋れるんじゃないか・・・
と思いつつ意識を手放した。
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気が付くとまた闇だった。
いや、闇ではあるが仄かな明かりがある。
空を見上げると、木々の隙間からの星明りがあった。
周りを見渡しても暗闇だが、どうやら森のような場所の様だ。
「また真っ暗だ。今度はまともな場所だといいんだけどなぁ」
地面には落ち葉があり、肌寒い。
虫の鳴く音が聞こえる程度で、かなり静かだ。
目がまだ慣れていないのか、手を伸ばしても指先が見えない。
暗闇の空間に恐怖を覚える。
「さっきと違う・・・」
五感で現実を感じ取ることに恐怖を覚えているのだろうか。
ほとんど前が見えず、進むことにためらいを覚えていた。
手探りで木を見つけ、根元に座り込む。
「これから僕どうしたらいいんだ・・・」
しばらく座り込んでいたが、だいぶ目が慣れてきたようだ。
まだ暗闇にはなれないが、辛うじて木々が見える程度に目は慣れてきた。
セオリーとしては救助を待つのが正解なのだろうが、
ここはどことも知れぬ場所。
救助を待っても来ることはないだろう。
時間もわからないし、手持ちに食料はない。
水もないから日が登るのを待つ余裕はなさそうだ。
生きるためには行動するしかない。そう良介は決断した。
目を凝らし、手探りで歩き始める。
鞘杖も使いつつ木々をよけて歩く。
どちらに進めばよいか、真っすぐ進めているかもわからないがとにかく進む。
せめて水場があれば。
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日が昇り始める。
木々の隙間から木漏れ日が差し込む。
そして異様な光景に息をのむ。
「ひっ・・・」
木々だと思っていた「それ」らは、紫色をしていた。
確かに木ではあるが、幹には色々な動物の「顔」が浮かんでいた。
「なんだよこれぇっ!」
良介は慄いた。
そして持っていたも鞘杖も服も投げ出し、一心不乱に駆け出した。
「はぁはぁ」
体が重い。
もっと痩せておけばよかった。
と後悔する暇もなく、走った。
とにかくこの森から離れたかった。
しかし、進めど進めど紫樹木が先々に現れる。
根っこに躓き、地面に手をつく。
恐怖が襲い掛かる。
思考がまとまらない。
「走らなきゃ・・・逃げなきゃ・・・」
何から逃げるのか、なぜ逃げているのかもわからずひたすら走る。
「もうダメだ、走れない・・・」
良介は運動が不得手だ。
かなり走ったつもりだが、どのくらいの距離かはわからない。
だが、なんとか紫樹木の領域からは抜けられたようだ。
前方には、普通の木々が見えている。
「ぜぇはぁ・・・死ぬ~」
肩で息をしつつも、何とか抜けられたことに安堵する。
「ダメだ、もう歩く気力もない」
地面に寝転がったまま木々を見上げる。
「僕、これからどうしよう」
その時、突如声が聞こえた。
「何者だっ!」
木の上から緑色の塊が落ちてきた。
それが人影だったと気付いたのは、剣を目の前に突き付けられた後だった。
「助けてくれ・・・」
良介がそうつぶやいた瞬間、またしても意識を手放した。
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次に目が覚めた時は、手と足を縛られ地面に転がされていた。
「どうなったんだ・・・?」
ぼんやりと目を開けると、目の前には人が居た。
いや、人のような物がいた。
「目が覚めたようだな」
例えると、それはトラだった。
トラのような顔、そして緑色の体。
腰蓑のような物以外は身に着けておらず、手に剣を持ったままこちらを警戒している。
紫の木々もそうだが、
「魂樹の森で一体何をしていた?」
良介は目の前の人物を見る。
言葉は理解できる。
だが、ここは日本ではないことは明らかだ。
「助けてくれ・・・」
とにかく自分の置かれた状況を伝えるため、まずは懇願してみた。
「もう一度聞く。魂樹の森で一体何をしていた?」
「何もしていない、気が付いたら紫の木のところにいたんだ!」
良介は聞かれたことに対して答えた。
「気が付いたら魂樹の森にだと?ありえん!」
またしても剣を眼前に突き付けられる。
「ありえんと言われても、実際そうだから他に言い様がない・・・」
「そもそもその腹に隠しているものはなんだっ!」
と良介の腹を指さす。
「腹?隠すっていうかこれは腹の肉だっ!太ってて悪かったな!」
「腹の肉だと!」
トラ顔は目を見開く。
「肉か・・・そうか・・・」
あ、食われそう・・・。
良介は失敗したと思った。
トラって肉食だし人食べるよな・・・
「助けてくれっ、食べないでくれっ!」
必死に懇願する。
「僕なんて食べても脂身ばかりだし、おいしくないよっ」
「食べたらお腹壊すよっ、だから見逃してくれっ!」
トラ顔は無言で剣を振り上げる。
「ひっ」
目をつぶる。
剣を振る音が聞こえる。
死んだと・・・終わったと思った。
が、待っても痛みは来ない。
そして縛られていた手と足が解放されたことがわかる。
良介が目を開けると、眼前にトラの顔があった。
「お前なんぞ頼まれても食ってやらんわい!」
あとで鞘杖回収に行かないとね。