4話
これがゲームなら最初から始め直せばいい。夢なら起きればいい。でも起きたことは紛れも無い事実。寝て起きても変わる事のない事。友達は死んだ。好きな人も死んだ。学校も壊れた。一人だけが生き残ってしまった。残った一人は選ぶことができる。死んでしまった人たちのところに向かうこと。自分だけ生き残ってしまったことを後悔しながら向き合い生きていくこと。そして何もかも忘れて別な場所で生きていくこと。でも私はどれも選べなかった。
あの地震からすでに一週間たった。古く老朽化した建物だけが壊れたため私の家は食器や家具が壊れただけで済んだ。人々はやっと自分たちの生活に戻ろうとしていた。でも私は元の生活には戻れていない。学校から連れ出され、お母さん達がえに来てから私は家に帰った。そして家に帰ってから一週間私はずっと部屋に篭ったままだった。トントンと軽い音がドアから鳴る。
「こころ……。今日、綾ちゃんのお葬式だから……。こころ綾ちゃんにお別れしてきなさい」
私はノックをされてもドアを開けなかった。ドアを開けない娘でもお母さんは怒らずに優しい口調で私に語りかけてくる。今の私にはその優しさが少し辛かった。
「こころ。ご飯置いておくからね。あとで食べて」
少し時間が経つと階段を降りていく音がする。お母さんは私のことを心配し少し部屋の前で待っていたようだ。私の胸が痛む。心配してくれているのに返事も何もしていなかったことに。だから私は少し外に出てみることにした。
「母さんこころはまだ……まだ出てこないのか?」
「そう……。やっぱり目の前で綾ちゃんとか他の友達が死んだことが負担になってるんだと思うの。カウンセリングとかした方がいいんじゃないかしら?」
部屋を出てリビンクに行くとお父さんとお母さんが私のことを心配し話をしている。私はリビンクに入らずドアノブに手をかけ黙って聞いていた。
「母さん今度は俺が呼びに言ってくるよ」
そう言いお父さんが席を立った。お父さんが席を立ったところで私はドアを開けた。
「……心配かけてごめんね……。綾ちゃんと……お別れ……してくるから……」
私は今できる精一杯の笑顔でそう言った。でもきっと酷い顔をしていただろう。
喪服に着替え外に出た。雨が降っている。まるで私の心を写しているようだった。綾の家に向かう道私は周りの視線が怖かった。別に何も悪いことをしていないはずなのに自分を責めるような目で見られている気がする。その目がただただ怖かった。私は帰りたい気持ちを抑え人の目が気にならない道を通った。
綾のお葬式の会場に着くとお葬式に来た人達で溢れている。学校で沢山の生徒が死んだからか私と同年代の人は少なかった。私はただ一人生き残ってしまった罪悪感で中に入ることができなかった。
やっとの思いで綾の遺体の前に来た。しかし綾の遺体は見ることができなかった。正確には顔だけしか見えない。棺に入れられた遺体は顔以外見えないようになっていた。きっと瓦礫で体の半分以上が潰れたからだ。綾ちゃんの遺体を見ると一週間我慢していた涙がまた出てきた。ポツリポツリと落ちて行く雫。一つ、また一つと棺にシミを作る。
「綾ちゃん……ごめんね。わ、私なんかが残って。……綾ちゃんじゃなくて私が……私が死ぬべきだった!きっと綾ちゃんなら!綾ちゃんなら……残った時間を……私より意味のあるものにできるのに……」
ふと思い出せなかった地震直後のことを思い出した。私は綾と一緒に教室にいた。でも気付いた時には廊下にいた。それは綾が私を守るため綾が私を廊下に突き飛ばしたからだった。そんな大切なことを忘れていた。私は綾の遺体に覆い被さり、子供のように泣いた。綾が死んだ時言えなかったことも言った。この時は本当のお別れのように感じたから。
「綾ちゃんに綾ちゃんに守ってもらったから……。私、頑張って生きるね……。おやすみ綾ちゃん……」
「ほらあの子……」
「御門さんの娘さんの友達で死んだ時に一緒にいた子……」
「そうそう。見殺しにした癖によくお葬式にこれたわね。どんな神経してるのかしら……」
私は葬式に来た人達の注目の的になっていた。それもそうだろう。来て早々、綾の棺の前で大声で泣き喚いたのだから。人の目を集めない方がおかしい。それに一週間部屋に篭ったままの私はあるもののようにしか聞こえなかった。私はその場にいなかった人の憶測だけの罵倒に耐えられなかった。ここにいるだけで私の心が押し潰されそうだった。もうここにはいられない、そう思い私は棺の前から立ちこの場を離れようとした。すると私に声をかける人がいた。
「あなた……こころちゃん……?」
綾の母親だった。
「お久しぶりですおばさん。そうですこころです。」
「よかった……。来てくれたのね……。あの子も……綾も喜ぶわ」
「すみません私のせいで……私のせいで綾ちゃんは……」
「ううん。綾が自分の意思でやったことだもの。誰も悪くないわ」
「でも私を庇わなければ綾ちゃんは……。だからおばさんが私に死ねって言うなら私は死にます」
「こころちゃん。こころちゃんの今の命は自分のものだけではないの。綾がこころちゃんに託したものだってあるんだから簡単に死ぬなんて言わないの。こころちゃん生きてね。生きるのが辛くなったらまた私に会いに来て」
綾の母は私を抱きしめた。自分の母に抱きしめられるより心に溜まったものが綺麗に洗い流されるように感じた。
「こころちゃん、他の人に何か言われても反応しないで。自分の生きたいように生きればいいの。それが綾の最後のお願いだし、私のお願いでもあるの」
「おばさん。おばさんありがとう。また今度来ます。そこで私の知らない綾ちゃんの話、いっぱい聞かせてください」
「もちろんまたいらっしゃい」
綾の母親に見送られ私は家に帰った。でも葬儀に出ていた人達の軽蔑するような目に耐えれず逃げるように。
家を出た時より私の心は明るいものになっていた。家に帰ったらお母さん達と少し話をしたいと思えるほどに。でもその願いは叶わない。今度こそ世界が終わるほどの地震が私たちの世界を襲った。
11月6日加筆、編集しました